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■ 世界が終わるとき 〔1〕
「――繰り返しお伝えします。
ユニウスセブンの破砕活動は成功しましたが、破片による脅威は、未だ残っています。
落下地点は、残念ながら特定できていません。現在、赤道を中心とした地域が最も危険とされています。沿岸部にお住まいの方は、高台へ避難してください――」
オフィスでの放送を打ち切り、シェルターへ移る道の途中、茜に燃える流星群が見えた。
取材道具一式を抱え、立ち尽くす。
大災害の情景を一瞬でも “キレイ” と感じるなんて……あまりに非現実的すぎて、恐怖心も麻痺してしまったのかもしれない。
各地のネットワークから送られてくる、世界が壊れゆく様。瓦解するメガロポリスの映像。
湖がボートごと水蒸気と化し、山岳はゴンドラもろとも吹っ飛んで――砂漠を這いずる竜巻、港街を襲う津波が、緑に覆われた農園や、世界遺産の古代神殿をも粉微塵にしていく。
パネル表示が次々にノイズと変じ消えていくのは、暴風に電波が掻き乱されたからか、それとも。
(撮影設備そのものが……?)
シェルター内の通信施設で。ミリアリアは、周りからすると奇妙に平静な態度で、コダックとともに被害情報の整理を続けていた。
鼓膜が破れそうな轟音、足元を突き上げる激震――そんなもの、自慢じゃないが幾度となく味わってきたのだ。今は遠い地にある、白亜の艦で。
(こういうのも、昔とった杵柄っていうのかしらね?)
とりあえず、泣きだした女性社員のフォローをこなす程度には冷静でいられた。もちろん死ぬのは怖い……けれど、動揺は周囲に伝わり、増幅する。
『最年少の、しかも女の子が、あれだけ落ち着いてるんだから』
などと、ひそかに励ましあう男性スタッフもいるとあっては、怯えた素振りなど見せられないし。
親しい人々の安否が判らないことの方が、もっとずっと怖い。
つい昨日まで、当たり前のように傍にいた人がいなくなる。ひとり置き去りにされる恐怖――正気を保てないほどの喪失感を、ミリアリアは知っていた。
(父さんと母さん……オーブのみんな、無事に避難できたかな……)
どの国も無傷では済まないだろう。シェルターだって万能じゃない。こんなことになるんだったら、ディアッカにも一言、謝っておけばよかった。
『だいたい、あんたには関係ないでしょう!? 私のやることに、あーだこーだ文句つけるのやめて。余計なお世話よ!!』
頭に血が上っていたとはいえ、心配してくれた相手に、ひどい言い草だったと思う。
けれど、戦争でなくともこんなふうに唐突に、死の危険が訪れる世界なら――いっそ暴言の数々に、愛想を尽かされた方が良いんじゃないか?
あやふやな形で放り出されることは、なにより苦しい……少なくとも自分はそうだった。
MISSING IN ACTION。
突きつけられた単語の意味を、頭では理解しながらも、頑なに一縷の可能性に縋り続けた。
『受け止めろ! 割り切らなければ、次に死ぬのは自分だぞ』
バジルール中尉が、叱り付けてくれなければ。
『ああ、それとも馬鹿で役立たずなナチュラルの、カレシでも死んだかァ?』
あのとき、ディアッカに出会わなければ。
きっと現実を拒絶して殻に閉じこもったまま、そのうち発狂するか自殺していたに違いない。
――当時の精神状態は、傍から見ても相当ひどかったんだろう。
実家に連絡を入れるたび、恋人の一人くらい出来たのかと訊ねてくる両親や、アークエンジェルの元クルーたちも。
浮いた話のひとつも無く仕事に没頭するミリアリアが、未だ恋人の戦死を引きずっているものと考え、心配しているようだが……それは実のところ、誤解だった。
トールのことは、二年の時を経て、どうにか気持ちの整理はついていた。
もしも、生きて帰ってきてくれたら――嬉しい。泣きたくなるほど嬉しいだろうけれど、あの頃と同じような恋愛感情では、彼を迎えられないと思う。
終戦直後、遺品を渡しにケーニヒ家を訪ねたとき。彼の両親から、
『息子のぶんまで幸せになってね』
そう声をかけられても素直に頷けず、二度と恋なんてしないと思っていた頃の頑なさは、すでに無い。
だからと言って、ディアッカのことが好きで、恋人関係になりたいかと問われても首を縦には振れない。ごまかしている訳ではなく、いい加減に考えているのでもなく……本当によく分からないのだ。
仕事に忙殺されて休む暇もないと聞けば、心配になるし。
話をしていると、この間のように癪に障るときもあるが、基本的に楽しい。
けれどミリアリアの価値基準において、恋とは、あくまでトールとの馴れ初めのように――ごく穏やかに知り合い、他愛ない会話を重ね、やがてお互いに好意を抱くようになって成立するものであって。
他方、ディアッカ。
出会い頭に痛烈な皮肉を浴びせられ、逆上した自分がナイフで切りかかり、以降二ヶ月近くは、敵軍の兵士と投降した捕虜という関係。
オノゴロ戦を経て、第三勢力に身を投じた仲間になり。
いつしか最初に抱いた敵愾心は失せ、休憩時間に雑談したり、一緒に食事するような機会も増えていったが……彼が自分にかまうのは、医務室での一件に負い目を感じているからだと思っていた。
半年前まであれだけナチュラルを馬鹿にしていた、元ザフトのパイロットから告白されるなど、寝耳に水の出来事としか言いようがなかったのだ――
××派××
……そもそもディアッカの思考回路はどうなっているのかと、ミリアリアは時折、考える。
ナチュラルとコーディネイター云々いう以前に、彼を殺そうとしたのだ、自分は。駆けつけたサイが止めてくれなかったら、間違いなく、衝動のままナイフを突き刺していただろう。
後になって思い返してみても、あの瞬間、そこにはトールを侮辱した敵兵への憎しみしかなかったのに。
同情しているふうでもなければ、興味本位といった様子もなく。
なんとも掴みがたい飄々とした男は、ふと気づけば、空気のような自然さでミリアリアの傍にいた。
敵だったこと、捕虜だったことも嘘のように、アークエンジェルの一員として溶け込んで。
その真意を測りかね――オーブを脱出した直後だったか、いったいどういうつもりなのかと面詰したことがある。
『ここに残ったら、ザフトと敵対することになるのよ!?』
『覚悟は済んでる。まあ、ザフトの敵に回ったつもりもないけどな』
『親とか友達とか、いるんでしょ? プラントに! せっかく釈放されたのに、なんで戻ってくるわけ?』
『アスハ代表の演説は、おまえも聞いたんだろ?』
『…………』
『あのオッサンの言うことが正しいと思った。この艦が、戦争を止める “希望” なら――ここでバスターを駆ることが、最終的にはプラントの為にもなるだろ』
『艦長たちは、いい人だけど……アークエンジェルも一枚岩ってわけじゃないわ』
『あー、いるな。整備士か技術兵か分かんねーけど、物騒な目つきで四六時中こっち睨んでる奴ら』
『笑ってる場合じゃないでしょ!』
『なに、心配してくれてんの?』
『そ、そんなわけないじゃない! あんた、私に殺されかけたこと忘れたの!?』
図星を指され、ムキになって否定すれば、
『また、あんなことになったらどうするのよ! 中立国の民間人だったキラでさえ、地球軍の艦で、ずっと居心地悪そうにしてたのに』
『また、って――』
瞠目したディアッカは、すぐさまニヤリと笑い。
『ナイフで襲われて? 拳銃ぶっ放されそうになる俺を、助けてくれるわけだ。おまえが』
『な、だ、だからそーじゃなくて、私がっ……!』
『医務室のアレは俺の自業自得だから、おまえが気にする必要はないし、この艦はもう “地球軍” じゃなくなってんだろ?』
己の凶行に対する罪悪感でいっぱいだった、当時のミリアリアは、
『けどまあ、躍起になってアークエンジェルを堕とそうとしてた、クルーゼ隊の一員だったんだからな。俺は。無条件に歓迎されるとは思ってねーし――トラブルになったら、自力でどうにかするって』
あっさりしたディアッカの言動に面食らいつつも、いくらか救われた気分になったのだが。
出会い方が最悪だっただけに、素っ気ない態度は急に変えられず、好かれるようなことをした覚えも全くない。
何度か独房に食事を運びはしたが、それはアークエンジェルが慢性人手不足だったから……気まずくて、出来れば行きたくなかったし、話しかけられてもマトモに目も合わさずにいた気がする。
オノゴロの戦いに現れたアスラン・ザラが、トールを殺した相手と知ったときなど、気遣って追いかけて来てくれたディアッカに、八つ当たりで怒鳴り散らして。
ヴェサリウスが墜ちたあと、ひとりで居たいだろうときに纏わりついていた自分は、さぞかし鬱陶しい存在だったと思う――とにかく印象に残っている出来事すべて、ろくなことがないのだ。
それなのに、好きだとか言われて。
しかも、一緒にいる時間が多かったサイどころか、マリューやマードックなど比較的身近にいたクルーまでが、薄々そうだろうと勘付いており、
『トール君のこともあって、負担に感じるだろうから……せめて戦争が終わるまでは彼女に悟られないように』
それが彼らの間で、暗黙の了解事項だったという。
そうして、終戦から約半年後――
ユニウスセブンで正式な停戦条約が交わされることになり、三隻同盟の一翼であったアークエンジェルの元乗組員が、非公式ながら、プラントで催される内輪のパーティーに招待された夜のこと。
“ちょっと話せるか?” とミリアリアを庭園へ連れ出したディアッカは、単刀直入に言ってのけた。
「おまえが好きだ」
まず最初に自分の耳を疑い、それから、なんの冗談かと相手の正気を疑った。
けれどディアッカは一切たじろがず、真剣そのものの眼をしていて。
視線に込められた熱の意味を取り違えるほど、ミリアリアも子供ではなく、かといって素直に喜べる状態にはなかった。
「え、と……ディアッカ?」
急に、空気の密度が増した気がした。頬が熱い。見慣れているはずの少年が、なぜか、まるで違う男の人みたいに思えて。
「……あの、わた……し」
とにかく、なにか答えなきゃ。飽和状態の頭で焦っていると。
“ ほら行けっ、男なら、もう一歩ガツンと! ”
“ いや、それでカウンターパンチくらったら、再起不能でしょ? ”
“ それにしても……意外に真面目なんですのね、彼 ”
精神的に追い込まれたせいだろう。しんと静まり返った空間に、ひそひそ幻聴が聞こえだした――と、思ったら。
“ おい、もうちょっと詰めてくれよ ”
“ なんだよ、俺だってよく見えないんだぞ ”
“ ばっ馬鹿! 押すなって―― ”
「うわああぁあああぁ、ちょっとーっ!?」
どさどさぼてぼて、ばたんむぎゅう
……し〜ん。
振り向くと、見覚えある顔ばかりで構成された不恰好なトーテムポールが、背後の建物の陰から飛び出していた。
(……空耳じゃなかったんだ)
リアクションに困り、横目にディアッカを窺えば。
これから半年は思い出し笑いが出来そうな、ぽかんと間の抜けた顔で突っ立っていて――浅黒い肌を、はっきり耳まで赤くして、ふるふる肩を怒らせたかと思うと、
「そ……こでっ! なにしてんだよ、おまえらァ!?」
「! やばっ」
「見つかっちゃったじゃないか、おまえのせいだぞ!」
「なんでだよ!?」
〔ミトメタクナイッ ミトメタクナーイ!〕
「うるさいぞ、ハロ!」
「あああ、だから止そうって言ったのに――」
さっきまでの大人びた雰囲気は、どこへやら。
頭から湯気たてそうな勢いでトーテムポールに突進していき、身の危険を感じたらしいノゾキ御一行様は、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「…………」
ミリアリアは、ひとり置いてけぼりを食わされ、このまま何も無かったことにしてパーティー会場へ戻って良いものか、ちょっと迷った。
「あ、あのさ、ミリアリア――」
数分後、息を切らせ駆け戻ってきたディアッカは、おそるおそる話しかけてきた。
「これ、どっきりカメラ?」
周囲を浸していた熱は霧散して、平常心を取り戻していたミリアリアは、じと目でを彼を睨む。
「違うって! 俺は」
「……あのね、ちょっと」
あたふた言い募ろうとする相手を遮り、ひとつ提案した。
「もう、頭こんがらがってきちゃったから……考えさせてくれる? 今夜一晩」
からかわれた訳じゃなさそうだ。それは解るが、突然あんなことを言われたって、返す言葉が見つからない。
「明日、シャトルの出立前――午前中は自由時間なの。あんた、空いてる?」
「あ、ああ」
ディアッカは、こくこくと頷いた。
「じゃ、10時に。私たちが借りてるホテルの、エントランスで待ってて」
待ち合わせの約束だけ交わして、その日は別れた。
TV本編で 『振っちゃった♪』 と言うからには、告白というステップを踏んでいたのか、それともマードックらによる追及を避けるため、嘘も方便でああ答えたのか――可能性は五分五分かな。なんせディアミリだもの。