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■ 二人だけの戦争 〔1〕 


 最初は、皆殺しにするつもりだった。
 マーシャル諸島でフラガ機に墜とされ、バスターが使い物にならなくなった、あのとき――

 このまま素直に殺されてたまるか。投降の屈辱を糧に機を待とう、と決めた。
 ニコルへの手向けに “足つき” の残骸を。
 外からでは息の根を止められなかった不沈艦も、中に潜り込めば壊せるかもしれない。議員である親父の立場も、この際、有効利用させてもらおう。
 問答無用で銃殺という展開さえ避けられれば、打つ手はいくらでも講じられる。ナチュラルが作ったセキュリティシステムなど、どうせ欠陥だらけのはず……独房に拘束されようが抜け出せる自信はあった。
 必要なものは、艦を沈める仕掛けのみ。あとは脱出ルートのひとつも確保できれば御の字だ。

 隠し武器を警戒したんだろう、パイロットスーツは拘束時に脱がされた。
「なんだよ、そう突っつくなよ!」
 後ろ手に縛られ、連行される。遠目には白亜と思われた艦は傷だらけで、いつもいつも後一歩のところで取り逃がしていた――ここ三ヶ月の苦い記憶に、ディアッカは、ぎりっと奥歯を噛み締めた。
「怪我人だぞ、俺は……ったく、いつまで放っとく気だったんだよ!?」
 連中を油断させるには、“単に命が惜しくて投降した敵兵” を装ったほうが得策だ。
 銃をかまえた兵士に囲まれ、計算づくの悪態をつきながら、ディアッカはひそかに敵艦の内部構造を観察していた。脱出口の位置、監視カメラや警報装置の有無、クルーの構成人数――と、
(…………ん?)
 野次馬野郎がたむろっている通路に、やたら場違いな彩りを見つけた。
 ピンクの軍服に、パステルカラーのミニスカート。外ハネの栗毛が特徴的な少女が、彼氏らしきメガネの男に寄り添われ立っている。
 これまで相手にしてきたプラントの女たちとは、まるでタイプが異なるが、可愛いと思った。派手さは無いにしろ、ナチュラルではまあ美少女の部類に入るだろう。
 だからこそ余計に、癪に障った。
 うつろな涙に濡れている、蒼とも翠ともつかぬ瞳。こっちは負傷した挙句とっ捕まって、銃を突きつけられてるってのに――なにが怖いんだか知らないが、衆人環視の場でベタベタと。

「へぇ。この艦って、こんな女の子も乗ってんの?」

 すれ違いざま、ぐいと顔をのぞき込まれて初めて、こっちに気づいたらしい。
「!?」
 びくっと全身をこわばらせる少女を、メガネ男がさっと背後に庇い。ディアッカは舌打ち混じりに吐き捨てる。
「バッカみてぇ! なーに泣いてんだよ、泣きたいのはこっちだっつーの!」
 すると突然、男の方が、
「この……っ!」
 怒り狂った形相で殴りかかってきた。
 カノジョに絡まれたくらいで激昂するとは、なんともお熱いことで――公衆の面前でイチャついてるからだろーが、どっか他所でやれよ。
「よせ! 捕虜への暴行は禁止されている」
 繰り出された、ひょろっとした拳は傍にいた士官に押さえられた。まあ、食らったところで鍛え抜いた身体には痛くも痒くもなかったろうが。
「早く、そいつを連れて行け」
 メガネを諌めた士官が、苦虫を噛み潰したような顔つきで兵士たちをうながす。
 乱雑に引っ立てられていくディアッカの耳に、
「……あの、ヒト」
 少女の呟きが聴こえた。途切れがちなそれは、消える寸前の蝋燭のように頼りなく。
「ミリィ、見るなよ」
「サイ……あの人が……?」
 ああ。バスターのパイロットで、おまえらが忌み嫌うコーディネイター様だよ。
「さっ、行こう」

 カノジョを気遣う男の声を聞きながら、ディアッカは低く嗤った。
(この艦は、俺が墜とす)
 それが三日後か、数週間後になるかは定かでないが――せいぜいそれまで冥土の土産に仲良くやってなよ、お二人サン。

×××××


 “足つき” に収容されて三週間が過ぎ、怪我もほぼ完治しようという頃。
 ディアッカは未だ、移送はおろか尋問もされず、医務室奥のスペースに放置されていた。

 初日に、士官クラスと思われる女二人が現れ、名前や認識番号、所属部隊などを聞いていったがそれっきり。
 食事が出される時間はまちまちで、冷めてるわ、味付けも好みでないわ――娯楽などあるはずがなく、筋トレで時間をつぶそうにも手首は縛られており、ただベッドでごろごろ寝ているしかない日中は、死にたくなるほど暇だった。
 自由の確保に、知恵を絞る必要すら無かったのだ。
 手首の拘束具は容易に外れるうえ、ドアロックシステムも子供だましの代物。手間が省けたのは事実だが、
(俺を舐めてんのか……それとも新手の虐待か?)
 まずは勘繰り、地球軍の軍規はどうなってるんだと呆れた。しかし軍医が自室に戻り、消灯された夜間――ひそかに艦内を調べ回るうち、それは油断や怠慢ではなく圧倒的な人手不足によるものと判明した。
 なにしろ “ヴェサリウス” に引けをとらぬ戦艦でありながら、クルーの数は10分の1足らず。しかもそのうち二人は、ぐずぐず泣いている少女に、神経質そうな優男ときた。
(……ありえねえ!)
 よくこんな人員で稼動してるなと感心しかけ、そんな艦にこれまで手こずらされていたと悟り――むかつくやら情けないやら。

 ともあれ、監視カメラやセンサーにさえ注意すれば、誰かに見咎められる危険性は著しく低かった。

 “ストライク” は、アスラン機 “イージス” が撃ち果たしたこと。
 “足つき” はディン部隊の追撃を逃れ、地球連合軍の指令本部 “JOSH−A” ――アラスカを目指していることも簡単に調べがついた。
 最新鋭艦だけあって、メインシステムのセキュリティは案外手強かったが、それでも十日ほどで “細工” は完成した。
 あとは起爆装置にスイッチを入れるだけだが、どうせなら生きてプラントへ戻りたい。脱出に使えそうな機体は、バスターとの交戦で被弾した “スカイグラスパー” ――青と白にカラーリングされた戦闘機のみ。メンテナンスもあと数日で終わるようだ。アレをいただいていくとしよう。
 そう決めて、整備の目処がつくのを待っているうちに “足つき” はアラスカへ入港した。
(……ちょうどいい)
 因縁の艦を沈めるついでに、敵本拠地にもダメージを与えてやれる。入港して五日目には、スカイグラスパーの修理も完了した。決行は今夜だ――
 これからの大仕事に備え仮眠をとろうと、上機嫌でベッドに寝転がっていたディアッカは、ふと不審を抱いた。

 ろくな監視も無しに放ったらかされていたのは好都合だったが、それにしても拘束されてから半月以上――人手不足の “足つき” はともかくアラスカへ着いたからには、いい加減、軍施設に移されるか、捕虜交換のカードに使われるか、とにかく処遇が決定されなければおかしい。
 父親が最高評議会の一員であることは、最初に、所属を確認されたとき伝えてあった。いつぞやのラクス・クライン人質事件のようにはいくまいが、それでも一般兵よりは “使い勝手のいい” 捕虜であるはずだ。
 しかしホストコンピュータにアクセスしてみても、自分や “足つき” に関する今後の扱いは白紙のまま。クルーたちは上陸許可も得られぬまま、艦内待機を強いられているようだった。
(…………妙だよな……)
 ただの怠慢でないなら、本部もしくは “足つき” ――どちらかが厄介事を抱えているはず。
 大抵のイレギュラーには対応できる自信があるが、せめてもう少し、外の状況を掴んでおきたいところだった。
(んっ……?)
 あれこれ憶測を巡らせていると、人の気配がした。
 中途半端に引かれたカーテンの向こうに、さっきまでは無かった影がある。三十分ほど前どこぞへ出ていった医師が、戻ってきたんだろう。

「なぁ、センセイよぉ!」
 話しかけても黙殺されることがほとんどだが、この際だ。いつまでここにいなきゃなんないんだと問い質そうとした、
「……あれ?」
 ディアッカは、予想とまったく違う人物をそこに見つけ、わずかに困惑した。
 拘束された日に通路で見かけた――確か、ミリィとか呼ばれていた子だ。あのときより暗くやつれた表情で、
「!?」
 イスに座っていた彼女は、こっちと目が合うなり、弾かれたように飛びずさった。
 もとより大きな瞳は限界まで見開かれ、声も出せないらしく、頭のてっぺんから爪先までがたがた震えている。
「なんだよ、そのツラは?」
 まるで、外敵に追い詰められた小動物だ。
 ほとんど化け物か亡霊でも見るような、純然たる恐怖に満ちた――その様が、ひどく癇に障り、
「俺が怖い? 珍しい? だいじょーぶだよ、ちゃんと繋がれてっから」
 大部分は嫌味で。あとは相手が女だという遠慮から、別になにもしやしねえよと、上半身を起こして拘束具を見せつけてやったが、
「つーか……おまえ、また泣いてんの?」
 少女は余裕を取り戻すどころか、青褪めた顔をますます引きつらせるだけだった。
 白い頬をつたう涙に、ディアッカは、だんだんうんざりしてきた。涙は女の武器というが、泣いている他人など鬱陶しいだけだ。
「なんでそんなヤツが、こんな艦に乗ってんだか――そんなに怖いんなら、兵隊なんかやってんじゃねえっつーの!」
 とっとと出てけよ、という意味合いを込め、再びベッドに寝転がる。
 外見年齢からして新兵か?
 “足つき” が沈みかけた前回なら、まだ動揺しても許されるだろうが……あれから敵襲もなしに半月が経ち、自軍の基地でだらけてるくせに、なんだってメソメソ泣いてんだ、この女は。

「ああ、それとも馬鹿で役立たずなナチュラルの、カレシでも死んだかァ?」

 あとは、せいぜい親兄弟が死んだときぐらいだろうか?
 戦場で泣いて許されるのは――それでも涙ひとつ見せないのが、軍人としてあるべき姿だろうに。
 前線に出るわけでもない女兵士が、あの過保護なカレシもおりながら、この世の終わりみたいな顔して泣いている姿は、憐れを素通りして滑稽だった。

 そんなふうにしか思えなかったのだ……そのときは、まだ。



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かーなーり、長期間放っておかれたんですよね、捕虜だったときのディアッカは。TV版での描写は、なにもありませんでしたが、ザフトレッドでプライド高そうな彼が、おとなしく捕まっていたとは考えにくく――水面下で、アークエンジェルは危機だったりして。