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■ 悪夢 〔1〕


 応急処置を受け、独房に放り込まれて間もなく。

「あの子たち、まだ錯乱していて。筋道だった説明ができる状態じゃないのよ――」

 そう断りつつ、事情聴取に訪れた相手に、
「……赤毛の方についちゃ、話せるほどのことはないけどな」
 医務室でのやりとりを捨て鉢に再現してみせると、グラマラスな女性士官は絶句し、連れに “少佐” と呼ばれていた長身の男も、やりきれないといったふうに金髪をがりがり掻き毟った。
 人間としちゃ、まともな反応だと思う。

 ただでさえ人手不足の艦だ。責任者クラスの連中も、彼女には同情的だったようだし、
(お咎めなし、ってことになりゃいいんだけどな。あいつ――)
 鬱々と考えながら寝返りを打った拍子に、まだ塞がっていない傷口が疼いた。
「痛ッ……」
 思わず顔をしかめ、真新しい包帯を押さえる。切られたのは、かなりこめかみに近い部位――あれだけ激しく取っ組み合ったんだ、眼球に当たらなかっただけマシだろう。

「まさか、ビンゴだったとはな……」

 “足つき” の爆破は、延期せざるを得なかった。
 独房のセキュリティは医務室とは比較にならないくらい複雑で、さすがに即刻解除というわけにはいかない。なにより、今の自分は平静を欠いている――それくらいは自覚していた。
(……知ったこっちゃない)
 開き直ろうとしても、気づけば少女の泣き顔と絶叫が、頭の中をぐるぐる回って――
『トールが、トールがいないのに……!』
 思い返すたび心臓が、きりきりと締めつけられるように痛む。

『なんで、こんなヤツ――こんなヤツが、ここにいるのよっ!?』

 否定された。
 自分が生きてあの場にいたこと、そのものを。
 
 ディアッカにとって他人とは、幼い頃から、短絡な打算を向けてくるモノでしかなかった。それが根本的な能力に劣るナチュラルであれば、なおのこと。
 羨望や嫉妬、あるいは媚情なら、自尊心の餌にするだけ。畏怖や嫌悪も結局は、劣等感が形を変えたに過ぎぬものと。
 だが、それらとまるで違う、彼女にぶつけられた激情を……どう片付ければいいか分からない。

 ずっと戦場で命のやり取りをしてきて、なんで今更あの程度のことで動揺してるんだ――己への問いには、あっさり答えが浮かんだ。
 ……知らなかったからだ。
 プラント生まれ、プラント育ちの第二世代コーディネイター。
 ナチュラルと直に接したことは、ほとんどなく。数に物を言わせて蔓延る、低俗な旧人類だと、物心つく前から植えつけられた漠然としたイメージに疑問を抱くこともなく。
 いくら砲撃支援用モビルスーツ “バスター” で敵機を屠ろうと、ヒトが死に逝く感触や、物が壊れる衝撃は手に残らない。
 ナチュラルごときに殺される可能性など。
 エリートとしての功績が、なにを踏み台に誰を泣かせてきたかなど考えたこともなかった。
『なぜ、アイツが死ななきゃならない!?』
 ニコルが死んだとき、イザークは、涙目でアスランに掴みかかった。
 誰より直情的な同僚のそれを――彼女の形相は、放たれる憎悪は遥かに上回っていた。それだけ “トール” との精神的な繋がりが深かったんだろう。

 戦争だ、国を守るためだと大義名分を唱えたところで、その行為は物理的には人殺しに過ぎず。
 ヒトが乗る鉄の塊を、これまで自分は、何百機……無造作に撃墜してきたのだったか?

 ずっと、ニコルを臆病者だと思っていた。
 敵機に止めを刺すことを渋る。戦功を素直に喜ばない。ザフトレッドにあるまじき甘ったれた心構えだと。
 だが、あの少年が、こういうことに気づいていたなら。解ったうえで “ブリッツ” を駆っていたんだとすれば――いまさら気づいて戦慄している自分の方が、よほど腑抜けだ。
(俺の、知ったこっちゃねえよ……)
 固いベッドに寝転がり、出口の見えない物思いに耽るディアッカの耳に、
(…………?)
 かさり、微弱な衣擦れが聞こえ、ヒトの動く気配もした。


(また、士官連中が来たのか……)

 ようやく処遇が決まったかと通路側へ視線を向けたディアッカは――壁に隠れるようにしてこちらを窺っている、栗毛の少女を見つけ、跳ね起きた。
「!?」
 ギクッと身を竦ませ、逃げだそうとする相手を、
「待てよ!」
 考えるより先に呼び止め。びくびくと、それでも彼女が振り返ってくれたまでは良かったが。
「……どうしたんだよ」
 言いたいこと、訊くべきことも山ほどあったはずが。
「殺しに来たんなら、やればいいだろ」
 他人を小馬鹿にすることを日課としていた、ディアッカの口から転がり出たのは、わざわざ地雷を踏むような台詞だった。
 違う違う、また煽ってどうすんだよ? 馬鹿か、俺は!

(ああ。けど、そうか――それを確かめたかったんだ)

 なんで庇った?
 あのまま撃たせておけば簡単だったじゃないか。俺を殺したかったんだろう?
 いったい何しに来たんだ?
 だいたい、ここの警備はどうなってんだよホントに。あんな騒動の後だってのに、こいつ一人でうろつかせてんのか?

「そう、じゃ……なくって。あの……」
 少女は、逃げ腰ながら、おずおず切り出した。
「……教えてほしいの」
 教える?
「トールとキラ――どこで、どんなふうに死んだの?」
 か細い声音は真剣そのものだったが、ディアッカは、返すべき言葉を持たない。
「なんで、そんなこと聞くんだよ」
 投降して捕まった敵兵が、知るわけないじゃないか。コンピュータの記録で、交信が途絶えた位置でも調べた方がよっぽど確実だろう。
「戦争、終わって……生きてオーブに戻れたら……おばさんたちに、伝えなくちゃいけないと思うから」
 死んだ奴らの両親に話すつもりらしい。
(ナチュラルの兵士にだって、帰りを待つ親はいるんだよな――)
 考えると、また少し気が塞いだ。
 だが少女の返答は、ディアッカの疑問と噛み合っていない。

 “足つき” を追っていた約三ヶ月。敵母艦や “ストライク” はおろか、旧式モビルアーマーすら墜とせなかったのだ、クルーゼ隊は。
 彼女の “トール” がパイロットだったなら、撃ったのは少なくとも自分ではないし……負傷が元で命を落とすか、クルーとして艦内にいたなら、なおさら捕虜などに死に様を尋ねる必要はないだろう。
 それともヘリオポリス、アルテミスか、第八艦隊――あの辺りにいて死んだのか、そいつは?

「おまえのカレシ……どこで、その……」
 また泣き出されやしないかと、おそるおそる問い掛ければ、少女は訝しげな顔になった。
「……スカイグラスパーに乗ってたの」
 詰られる気配も逃げだされる素振りもないことに、ひとまずディアッカは安堵する。
「島で、あんたたちが攻撃してきたとき――」
「スカイグラスパー?」
 聞き返したのは、単なる確認の意味でだったが、
「戦闘機……青と白の……」
 少女は、ぽつりぽつり説明を加えた。
 ディアッカが機体名を知っているのは “足つき” のデータベースを勝手に覗いた結果であるから、まあ自然な反応だろう。
 与えられた情報を、整理する。
 “ストライク” を殺ったのはアスランだ。だが、少女の恋人は “スカイグラスパー” に乗っていたという。
 オーブを出てきた辺りから、二機で旋回するようになった空色の機体――確かに先の戦闘で、自分の相手は “スカイグラスパー” だったが、

「……俺じゃない」

 複雑な気分で、かぶりを振る。
「俺が戦ったヤツは、被弾はしたけど無事に不時着していた。中から、紫のパイロットスーツ着た男が出てくるのも見えた」
 気休めにもならない、現実。
 少しでも戦況が違えば、トールの機体と戦ったのはディアッカだったろう――それでも。
「だから、トール……キラって奴のことも知らない」
 彼女の恋人を殺したのが自分でなくて良かった、と思った。
「え?」
 少女は、浅葱の瞳を瞬いた。
「だって。あんた、トールのこと――死んだって」
 ああ、それでか。
 自失状態でいたところに遭遇した敵兵から、あんなふうに図星を指されて、筋道だてて物事を考えられるわけがない。こいつが仇だ、と思い込まれて当然だ。
「テキトーに言ったら、当たっちまった」
 己の毒舌、他人の神経を逆撫でするような態度を、まともに後悔したのは初めてだった。
「……悪りぃ」
 謝罪の言葉は、自然に転がり出たが――混乱が霧散した代償に、少女の表情を、さっと失望が浸す。
 ディアッカは心底慌てた。

 俺はまた、なにか間違えたのか?
 カレシのことを知りたくて来たんだろうから、手強かったとかなんとか話を合わせてやるべきだったのか? ……ったって、彼女が冷静さを取り戻せばすぐさまバレる嘘なんだし、それこそ “トール” に対する侮辱だろう。
「…………」
 暗く翳った少女の瞳を、正視出来なくなり。
 ディアッカは、独房の床に視線を落として考え込む――けれど慰めになる台詞など、一向に思い浮かばない。人生17年間で培ってきた話術は、今この場では、なんの役にも立っちゃくれなかった。

「あ……その……」

 あとひとつ言うべきことがあったのを思い出し、ディアッカは、そろそろと顔を上げた。
 だが、そのときにはもう、彼女の姿はどこにもなかった。



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この頃、ミリアリアの思考回路はあまり働いていなかったと思われるので。
敵の兵士に、あんなふうに言われたら、トールの仇と思い込みもするでしょう。あのあと、ひとりで独房を訪ねたのは、トールのことを知りたかったからだと解釈。