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■ 敵軍の歌姫 〔2〕


「……そうか。君は、あの戦争で恋人を亡くしていたね」

 顔色ひとつ変えずに答えたミリアリアを見つめ、納得したように、
「ラミアス艦長は、軍には不向きな人情家だったと聞く――確かに、そういう女性なら、不利な戦局や重要機密は伏せておこうと考えるかもしれないな」
 議長は、頷きながら呟いた。

(なんで、この人……私とトールの関係まで知ってるの?)

 大切なもの、ならば。
 ヘリオポリスや平和な日常を指しているとも解釈できるが、議長は、はっきり “恋人” と言った。
(どうして?)
 薄れかけていた不信感が、また頭をもたげる。
 表情を硬くして、うつむくミリアリアの様子を、死別した男を想っての翳りと勘違いしたらしい。デュランダルは眉をひそめ、ほんの少し気まずげに続けた。
「すまない。嫌なことを思い出させてしまったようだね――ただ、もし彼女たちから連絡があったら、報せてくれないか?」
「えっ?」
「あんなふうにオーブを出ては、表立って動けまい。旧知の間柄、しかもジャーナリストの君を頼ってくる可能性は、充分にある」
 ミリアリアは、やや厚手の立派な名詞を渡された。
「この番号に衛星通信をかけてくれれば、すぐ私の執務室へ繋がるようにしておくから……引き受けてもらえないだろうか?」
「わかりました。私も、戦争は嫌ですから。なにか判れば、連絡させていただきます」
 偽ラクスの問題は、置いておいて。
 みんなが――特に、カガリが望むなら、プラントからの援助は願ってもない話だろう。
「ありがとう」
 満足げに微笑した議長は、話に一段落ついたところで、ちらりと壁時計に目をやった。
「もう、こんな時間か。こちらから誘っておいて申し訳ないんだが……実は、このあと会談の予定があってね」
「はい、それじゃあ」
 私も出ます、と立ち上がろうとしたミリアリアを、片手で制して、
「ああ、コダック氏ならインタビューが終わり次第、ここへ案内させるから。君は、ゆっくりしていてくれたまえ」
 切れ長の眼を細め、柔らかい声でうながす。
「この席の支払いは、私のポケットマネーに請求が来るようにしてある。なんなら、お二人で夕食も済ませて帰るといい。ディオキアは水質が良いらしくてね。コーヒーだけでなく、食材も豊富で見事なものだよ」
「いえ、でも」
「貴重な時間を過ごさせてもらった、ささやかな礼だ。いい年した男が、民間人のお嬢さんに払わせては格好がつかないだろう?」
 こういう慣習は、やはりナチュラルもコーディネイターも変わらないようだ。
「……ありがとうございます」
 あまり頑なに遠慮しては、相手を困らせるだけだと思い、ミリアリアは椅子に座りなおした。

「そういえば――」

 会釈しての、立ち去り際。
「私が期待をかけているザフト軍パイロットに、ディアッカ・エルスマンという青年がいるのだが……開戦してからしばらく、なにか気がかりでもあるのか、ひどく憔悴していたようでね」
 デュランダルは唐突に、とぼけた口調で言った。
「え?」
「それがある日を境に、すっかり元の辣腕ぶりを発揮していると、国防委員から報告されたんだが」
 意味ありげに振り返り、からかうような含み笑いを向けてくる。
「それは君の、おかげなのかな?」
 こんな状況で聞くとは思わなかった男の名を、いきなり持ち出され、
「し、知りません!」
 ミリアリアは危うく、飲みかけのコーヒーを吹き出すところだった。
「きっと不健康な生活してたから、開戦で仕事が急に増えて体調崩してたのが、ようやく治ったんじゃないですかッ? あいつは、ただの昔の知り合いで、べつに私とは関係ありませんから!」
「そうか」
 ムキになって否定してみせても、議長は、ふむふむと頷くだけで。どうも、半分くらい聞き流されている気がする。
「それでは私は、お先に失礼するよ。ジャーナリストとは、危険も伴う大変な仕事だろうが……どうか身体に気をつけて、世界のあるべき姿を伝えていってくれたまえ」
 ひょうひょうとそんなふうに言い残して、デュランダルは去っていった。

 残されたミリアリアは、赤くなった顔を両手で抱えテーブルに突っ伏す。

 恥ずかしいったらありゃしない。
 よりにもよって、なんで議長の口からディアッカの名前が出てくるわけ!?
 ああそうだ、あいつが軍の設備を私用で使ったりするから。きっと例のケンカも記録に残っちゃって、お偉いさんにまで報告が行って、それでトールのことも――

(…………あれ?)

 ディアッカとの、半端な関係だけならまだしも。
 トールについてまで議長が把握している、なんて――やっぱり、いくらなんでも妙だ。いちクルーの交友範囲など、戦後、三隻同盟に寛大な措置を取ってくれたアイリーン・カナーバとて知らないはず。
(ディアッカが話したの?)
 違う、それもおかしい。いちいち無関係の相手に聞かせるとは考えにくい。議長が、ディアッカの復隊を後押ししてくれたという話は聞いているが、それにしたって、

(だって……いつだっけ。あいつ、言ってたじゃない)

 雑談からデュランダルの話題になったとき、『なーんか気に食わないんだよねぇ、あのオッサン。感謝? してないけど』 などと、失礼極まりない言い草で吐き捨てるから。
『なんかって、なによ? 恩人には敬意を払いなさいよ』 と呆れて説教したのだ、ミリアリアは。

(じゃあ、どうして)

 いや。アークエンジェルクルーなら、たぶん皆が知っていただろうこと――エターナルやクサナギ乗員に話が伝わり、戦後、誰かがプラント政府関係者に漏らして、それが議長の耳に入ったと考えれば、そんなにおかしくもないか。

(……ちょっと、待ってよ?)

 自分が、いま何かすごく大事なことの片鱗に触れた気がして。ミリアリアは必死に、違和感の正体を探る。
 そうだ。それ以前に、なにかおかしいと思わなかったか?
 さっき、すっかり議長のペースで進められていった、会話の流れに追いやってしまった不審点は?
 アークエンジェルに連絡を取りたいと言われて。子供じみた反発心で、少しは困ればいいんだと思って、なにも知らないフリをした――だって、ラクスの協力が必要なら。

(そうよ、おかしいじゃない?)

 ユニウスセブンが落ちたあと、スカンジナビアでは、しばらく使えなくなっていた衛星通信が――復旧して、ディアッカたちとモニター越しに話をした数日後、撮影用ヘリの中で開戦を知った。
 それよりずっと早く 『支援の手を惜しまない』 という、議長の声明は地球に伝わって来ていたんだから、ほとんど被害を受けなかったオーブ本土と連絡不能だったとは考えにくい。
 非戦を訴える映像くらい、オーブ政府を通じてラクスに頼めば、いくらでも用意できたはずだ。わざわざ声が似ている少女など探さなくとも――

(探し、た……?)

 ユニウスセブンが落ちてから?
 それとも核攻撃を引き金に、戦争が始まってから? たった一日や、そこらで?
 容姿は、特殊メイクや整形でごまかせるかもしれない。けれどプラントでは英雄扱いされているらしいラクスの代役を、いきなり頼まれて引き受ける者がいるだろうか? デュランダルとて、偽者とバレる危険を冒してそんな策を練るより、本人を頼った方がよほど迅速で確実だろう。
(アークエンジェルへの連絡手段はともかく……ラクスの居場所を、議長が知らなかったはず、ないわよね)
 ますます不自然なことに思い至り、ミリアリアは、愛用のバッグを抱きしめる。

 彼女が暮らしていたアスハの別邸は、一夜にして破壊された。
 跡地から発見されたという、たぶんキラが倒したんだろう、ザフト製モビルスーツと思しき金属片。

 戦艦ミネルバへの仕打ちに対する復讐なら、まず行政府を狙うはず。
 なのに、どうして街外れにある別邸が襲われた?
 住人はキラとラクス、マリュー、バルトフェルド。キラのお母さんに、マルキオ導師と、その保護下にある孤児たちだったらしいが――オーブは、コーディネイターも暮らす多民族国家。犯人が何者であれ、襲撃先にどういう人物がいるかくらい、普通は調べるんじゃないか?

(無差別だった? それとも……)

 調べたからこそ、だったなら。
 標的は? 議長が、今になってラクスを、アークエンジェルを探している理由は?

「――おい!」
「うきゃあっ!?」
 完全に考え事に夢中になっていたところに、いきなり後頭部をはたかれて、ミリアリアは文字どおり飛び上がった。
「なに、目ぇ開けたまま寝とるんだ。仕事は終わった。とっとと帰るぞ」
「へ……?」
 ぎくしゃくと背後を仰げば、呆れ顔のコダックが、取材道具一式を抱えて立っていた。

×××××


 いつにも増して口数少ない師を追って、車に乗り込み、ザフト基地を後にしたところで、
「あの、師匠――」
 話しかけようとすると、ばさっとルーズリーフの束を押しつけられた。
「無駄口きいとらんで、こいつをまとめろ」
 筆記スピードが速い点は尊敬するが、走り書きというより殴り書きである。最初の頃は、こんな字じゃ読めませんよと不平をこぼしていたものの、ずっと見ているうちに自然と解読できるようになった。やはり何事も慣れが肝心なようだ。
「歌姫様へのインタビューじゃ。さっさと終わらせんと、本社から催促が来るぞ。デュランダル議長については後で聞かせてもらう」
「は、はい」
 やはりコダックは、弟子に取材経験を積ませるため、議長の要望に応じたらしい。

 だが、交わした会話は、とても記事に出来る内容ではなかった。おまけに自分は、有り得ない憶測をしている始末。洗い浚い報告したとて、期待に添えそうもないが……どうもコダックは機嫌が悪いようだ。こういうときは逆らわず背伸びせず、感じたままを話すしかない。
 下手に取り繕おうとすると、いつも何故だか見抜かれて 『ぺーぺーの小娘が知ったかぶりするんじゃねえ!』 と怒鳴られるのだから。

 ミリアリアは、会話を断念。ルーズリーフに目を通した。
 記された “ラクス・クラインの言葉” は、どれも杓子定規、優等生的な応答ばかりで。本当に、要約して紙面に載せるだけで終わってしまう代物だった。
 まるで事前に用意された台本を読み上げているような。
 目新しさも隙も無いから、こちらとしても工夫の凝らしようがなく――学生時代、テスト前に教科書の要点をまとめていた感覚で、ざかざか赤線を引いていると、
「ちょっと、そこで止めてくれんか。煙草が吸いたくなった」
「わかりました」
 海沿いの路肩で、車は停車した。
「降りるぞ。いい景色が見つかったら、写真も撮るからな。手荷物ぜんぶ持って来い」
「え、え?」
 残って仕事してますと断ろうと思ったら、とっとと来んかと言いたげに睨まれた。さっきからなんなんだ、と不満に思うものの、雇い主の機嫌に振り回され一喜一憂していてはアシスタントなど務まらない。
「30分ほどで戻る。それまで、好きにしていてくれ」
 雇われ運転手に言い残して、コダックは、海岸線へ続く傾斜道を降りていった。




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アスラン&キラの関係を語るときの言い草からしたら、議長の価値観では、ディアッカの不幸はミリアリアと出会ったこと、になるんだろうなぁ。管理人は断固そんな理屈、認めませんけどね!