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■ すれ違う視線 〔1〕


「ハイネ・ヴェステンフルスが死んだ……?」

 モニターの接続調整をしていた、ディアッカが片眉を跳ね上げた。
 気づけば溜まっている書類と格闘していた、イザークの右手も思わず止まる。
「はい。ダーダネルス海峡にて、セカンドシリーズの一機 “ガイア” に撃破されたと――今日、家族の元へ遺品が届けられたそうです」
 デスクを挟んだ向かい側に立ち、シホは淡々と続けた。
 事務的な印象を与えがちな所作が、戸惑いに揺れて映るのは、けっして少なくない時を共に過ごしてきたからだろうか。
「……そうか」
 面識の有無に関わらず、パイロットの訃報には、同じく前線に立つ者として追悼の念を抱かずにはいられない。
 だが人間、死ぬときは死ぬ。ザフトである限り、明日は我が身――生き残りたければ訓練しろ、腕を磨けと割り切らなければ、まともな神経は保てない。
「それで? 戦闘そのものは、どういう結果になったんだ」
 今やプラントに留まらず、連合の横暴に不満を持つ諸国においても “正義のヒーロー” と持てはやされている艦に、新たなエリートパイロットが配属され――このまま無敗神話が続くだろうという楽観ムードが、軍部にも浸透し始めた矢先だったというのに。
「海域へ乱入したモビルスーツにより、両軍が要の武装を削がれたため、決着はつかず中断しました」
 いつになく歯切れ悪く、シホは答えた。
「無差別攻撃を仕掛けてきた一派は、アスハ代表の名を騙るもの。そして…… “アークエンジェル” と “フリーダム” だったそうです」
「アークエンジェルだと!?」
 今夜にも軍本部から届くだろう通達文書に先んじて、わざわざ伝えに来た理由は、それか。
「はい。タンホイザーを破壊されたミネルバは、甚大な損傷を被ったと。ハイネ・ヴェステンフルス以外のパイロットに死者は出ず、ブリッジも辛うじて直撃は免れたものの――艦内にいた乗組員が多数、死傷した模様です」
 どうあれ前大戦時の諸事情を知らぬ、新兵に聞かせられる話ではない。
 遅まきながら執務室内を見渡すが、自分たち三人だけしか居なかった。
 事前に人払いしてくれたか、誰もいないタイミングを見計らって切り出したのかは分からないが、やはりシホの行動にはそつがない。配慮に感謝しつつ、もう一人の部下を窺えば、

「……なんだよ?」

 この場において誰より “大天使” と深い関わりを持つ男は、まるっきり興味なさげな他人面をして、ドライバー片手に配線作業に戻っていた。
「なんだ、じゃないだろう! “あの艦” が介入してきたんだぞ!?」
「そう言われてもなぁ――」
 背後から蹴りを入れてやると、さも面倒くさげに振り向いて、
「まあオーブが派兵してたんじゃ、あいつらも傍観してるワケにはいかなかったんだろうけど」
 気のない態度で肩をそびやかす。
「二年前は、ああいう状況だったから手ぇ貸したけどさ。ごたごたの原因がオーブのお家騒動なら、俺には関係ないんじゃない?」
 そういう問題じゃないだろう。
 おそらくはディアッカの動向を気にして、この話をしたんだろう。シホも不安げに眉をひそめている。
「アスランは度肝抜かれただろうけどな、お姫様に飛び出してこられちゃ」
 どーする気かねぇ? あいつ、と。
 皮肉った笑みを浮かべる同僚の神経は、もはや理解の範疇を越えていた。

×××××


 イザークたちが士官学校に入った頃には、すでに前線で活躍していたハイネ・ヴェステンフルス――その名と華々しい武勲は耳にしていても、これといった接点の無い男だった。
 直に話をしたのは一度きり。
 アスラン復隊の報せを受けた週末、初模擬戦に挑むルーキーたちの指南役として、エース数名が派遣されてきたときのこと。

『本日は、ご足労ありがとうございます。イザーク・ジュールです』

 イザークは相棒を連れ、順に、ゲストパイロットたちに挨拶回りをしていた。
『ああ』
 青空に映える “グフイグナイテッド” を仰いでいた人物は、切れ長のグリーンアイを細め、振り向いた。
 ロールアウト直後の新型には、整備も必要ないんだろう。メカニックは見当たらず――疵ひとつ無いボディは、黄昏を思わせるオレンジに輝いている。
 実力を認められた者のみに許される、パーソナルカラー。
 ヘリオポリスで戦死したミゲル・アイマンが、目標としたパイロットがこの青年であり、愛機のカラーリングも肖ったらしいという噂の真偽は定かでないが、
『特務隊、ハイネ・ヴェステンフルスだ。よろしくな、イザーク』
 自然に右手を差し出してくる、ハイネと彼は、なんとなく砕けた雰囲気が似ているように思えた。
『で、そっちが……』
 軽い握手を交わし、続けてジュール隊の副官に向き直った、
『ディアッカ・エルスマンです。ジュール隊の、モビルスーツ訓練指揮を一任されております』
『知ってるよ、有名人!』
 ハイネは、にやりと笑って指摘する。
『前はクルーゼ隊にいたんだろ、おまえたち? アスラン・ザラも』
 イザークは、ぎょっと身を硬くした。
『俺は、大戦のときはホーキンス隊でね――ヤキン・ドゥーエではすれ違った、かな?』
『……だろうねぇ。敵機迎撃すんのに手一杯だったから、覚えてないけど?』
 冒頭の敬語はどこへやら。わずかに唇の端を上げたディアッカは、すっかりいつもの斜にかまえた調子である――公には伏せられている “過去” を、わざわざ暴露する気か、こいつは?
(要らんことを言うな!)
 割って入るついでに脛を蹴り飛ばせば、ディアッカは、蹴られた片足をぶらぶらさせつつ不満げに黙り。
『そう警戒すんなよ』
 ハイネは、くっくっと楽しげに笑う。
『仲間想いだねぇ、ここの隊長サンは。二年前の軍事裁判でも思ったけどさ』

 気色悪いことを言うな。
 イザークは、内心憤慨した。こいつらが不甲斐ないから世話を焼いてやっているだけだ。

『ただまあ、せっかくだし、これから同僚になる相手の話くらい聞いとこうかと思ってな』
『同僚……?』
『ああ、今は “ミネルバ” にいるんだろ? どういうヤツなんだ、実際のところ』
 マイペースに話を進めながら、ハイネは告げた。
『俺は、今日の演習が終わったら休暇でさ――明けからミネルバ配属になる。議長直々の命で、ね』
 訳が分からず戸惑っているイザークの隣で、相棒は 『へぇ』 とおもしろそうに相槌を打った。
『配属決まったとき、なんか言われた?』
『いや? “君が最も適任だ、よろしく頼むよ” って、そんだけ。ザフトの人事権なんてテキトーなもんだよなぁ』
 やれやれと首を振った青年は、なおも話し続ける。
『現場はとにかく走るだけ。立場の違う人間には、見えてるものも違うんだろう……けどなぁ、これで “FAITH” 3人、赤服パイロット5人だろ? 随分あの艦に入れ込んでるみたいだけど、ミネルバ一隻に新型集めて、あちこちの紛争に首突っ込ませて――なにをどうする気なのかねぇ、議長は?』
 ただの出世自慢と解釈するには、晴れやかさに欠けた表情だった。
『アスラン・ザラが噂どおり一騎当千の実力者なら、ミネルバの戦力はもう充分だろう? あー、もしかして二年近いブランクあるから、腕も錆びついちまったとか? 元同僚から見て、そこらへんどうよ?』
 矢継ぎ早に問われて、イザークの困惑はますます深まる。

 アスランの腕が落ちたとは思えない。ユニウスセブンで遭遇したとき、背中合わせで戦った奴の “ザク” は、大戦時に勝るとも劣らない動きをしていた……ずっと現場から離れていたくせに、と考えると少々腹立たしいが。
 地球の混乱を鎮めることも重要だろう。しかし、プラントの守りが手薄になっては元も子も無いはず。
 元より所属を持たず復帰したアスランはともかく、数少ない “ヤキン・ドゥーエを生き残ったパイロット” を、なぜ地球へ赴かせる必要がある?
 考え込むイザークに代わり、ディアッカが答えた。

『議長ねぇ―― “平和を愛する穏健派” らしく、正義のヒーローでも目指してんじゃない?』

 連合から解放された地域の住民が、そんなふうに賞賛しているらしいことは事実だが……もう少しマシな言い方が出来ないのか、こいつは。
『それに、アスラン? あいつパイロットとしちゃ一流だけど、もう根暗で要領悪いのなんの。経歴がアレだし、議長の後ろ盾つきで復隊したって、かーなーり艦内で浮いてそうだからなぁ』
 ちょっと黙っていろ、と向こう脛を蹴り飛ばそうとしたところ、今度はアスランを扱き下ろし始めた。
(それは有り得るな)
 などと考えているうちに気勢を削がれ、イザークの飛び蹴りは不発に終わった。
『けど、あんたみたいなタイプとなら、それなりに上手くやってけるんじゃないかって気がするぜ』
『……ふーん』
 ハイネは、じっとディアッカを見据え、おもむろに呟いた。
『 “コーディネイター” ってわけ?』
 あらゆる流れが円滑になるよう、調整するもの。遺伝子操作された人種として、自分たちを指し示す単語の、本来の意味だ。
『なるほどねぇ。どうなんだろうな――まあ “FAITH” としては、なんとか期待に応えてみせないとな』


 そう笑い、いくらかすっきりした面持ちで頷いたブロンドの青年は、もう何処にも居ない。


 誰が死のうと、生きようと。
 世界はなにも変わらず、時が流れる。

 同日、夕刻。
 無駄に長引いた部隊長会議を終え、ひとり帰路についたイザークは、工廠の敷地内にディアッカを見つけ、立ち止まった。
 次々と運び出されていく鉛色の “グフイグナイテッド” ――あれが誰の手に渡り、どこへ配備されるにしろ、たどり着く先は戦場に違いない。そうして、いつかは壊れるだろう。
 撃破されてか、耐久年数が限界を越えた結果かは、搭乗者の運と実力次第だが。
「…………」
 ディアッカは、ぼうっとフェンスに寄りかかり、その光景を眺めている。
 動き出す気配は、ない。
 なんとなく声を掛けにくい雰囲気だが、このまま進めばどうやってもすれ違うし、わざわざ避けて通るのも妙な話だ。
(だいたい、なぜ俺が、こんなところで足止めを食わねばならん?)
 我に返ったイザークは、だんだん苛々してきた。
 いつまでも微動だにしない相手に業を煮やし、かまわず近づこうと一歩踏み出しかけた、そのとき。

 さっと片手を掲げ、ディアッカは敬礼した。

 付近には誰もいない。視線の先には工廠と、青から橙に暮れゆく人工の空だけ――つられるように仰いだ偽りの黄昏は、それでも否応なく死者の面影に連なった。

 数秒そうしていたディアッカは、ふっと笑みを浮かべ、踵を返して歩き出す。
「…………!」
 既視感に、イザークはぎくりと立ち尽した。
 ほんの一瞬、見て取れた――凪いだ横顔の根底に在るもの。

『さぁて……どっちかな、そりゃ?』
 かつて相見えた “メンデル” で、突きつけられた事実。
 誰より近くにいて、同じ道を歩いていたはずの男は、すでに別の世界を知り違うものを見ている。
『わかんねーけど、俺は行く』
 遠ざかっていく後ろ姿や、酷似した表情が、過去と現在をだぶらせる。

(……貴様に “次” は無いんだぞ、ディアッカ)

 知らず、握りしめた指先に力がこもる。
 六ヶ月の空白を経てザフトに戻ってからというもの、親友は以前と変わらず、ひょうひょうと過ごしているように見える。だが、なにか “青いもの” を視界に映すたび、心を奪われたかのごとく魅入っていることに、イザークは気づいていた。
 軍属である以上、身勝手な行動は許されない。
 理由はどうあれ一度は “ザフト” に銃口を向けたディアッカが、銃殺刑を免れたのは、臨時最高評議会をアイリーン・カナーバら穏健派が占めていたからこその、特例だ――離反も二度目となれば、現議長の言葉添えがあっても庇いきれまい。
 そう諭しても、おそらく無駄だ……なにか起きれば、あいつは行ってしまうんだろう。

 二年前より深く強く、想う少女がいる場所へ。

 ユニウスセブン落下を引き金に、戦火は拡大するばかり。かつて人間が犯した過ちは、性懲りもなく繰り返されようとしている。もう終わりにしようと誓っておきながら、また。
 コーディネイターとナチュラルに分かれて、殺し合う。敵だから、憎いからと――その図式を否定して退けた親友が、覚悟を決めていると言うのなら。

( “そうなった” とき……俺は、どうする?)

 自問するも馬鹿らしくなり、イザークは首を横に振った。
 今のプラントを導く人物は、ナチュラルとの融和政策を唱えるギルバート・デュランダルだ。再び戦友たちと袂を分かつ心配など――戦わざるを得ない局面を迎えることなど、有り得ないではないか?

 そう思い切ろうとしても、なぜか、ちりちりと燻る不安は消えてはくれなかった。



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新たな “FAITH” のミネルバ合流。なにか議長の企みの一環なのか、と思いきや、これといって何もないまま。実際のところどうだったのかは、謎のままですが……続編からの新キャラで一番の男前は、ハイネさんだと思ってます。