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■ すれ違う視線 〔2〕


 夕暮れの海岸に、ひとり。
 ミリアリアは、潮風に吹かれながら佇んでいた。

 取次を約して、いったんアスランと別れたあと。待ち合わせ場所を決めようと市街を調べて回ったが……避けられる危険をすべて潰しておくには何処が良いかピンと来ず、師にアドバイスを求めたところ勧められた場所だ。
 海を臨む、切り立った崖の上。
 神殿跡を囲む巨大な柱が目くらましになるから、通りすがりの車から見咎められる心配も無いし、第三者が柱を越えて近づいて来ればすぐに判る。
 電波も届かぬ辺鄙な環境では、専用機材を揃えない限り盗み聞きなど不可能だ。

 アークエンジェルへは、予定通り “ターミナル” を介して暗号を送った。文面をどうするかは、かなり悩んだ。

【 ダーダネルスで天使を見ました――また会いたい。
  赤の騎士も姫を探しています。どうか連絡を    ミリアリア 】

 考えた末にひねり出した通信内容は、なんとも抽象的な代物に成り果てた。
 連絡コードを知っているはずの元クルーが、回りくどい方法で奇妙なコンタクトを取ることを。
 不自然だと警戒され、無視されて終わる可能性も危惧していたが……ややあって返信文が届き、この海辺で落ち合うことになった。それから、アスランにも連絡を入れた。
 ここまで送ってくれたコダックは、他人が同席すべき話じゃないだろうと、車を停めたまま何処かへ行ってしまった。適当な岩場に腰掛けて、悠々と煙草でもふかしているんだろう。

 夕焼け空にはカモメが飛び交い、海は不思議な色合いに輝いている。
 そろそろ約束の時刻だ。これまでの経緯が複雑なだけに、歓喜の再会とはいくまいが――きっとカガリは安心するだろう。なにしろ今日まで、連絡を取ろうにも取れずにいたんだから。

 ざりっ、と。
 不意に、細波以外の音が聴こえ。
「あっ」
 振り向けば――極力、人目を避けようとしたんだろう。待ち人のひとり、キラが、車道ではなく崖側から登ってきた。続けて手を引かれ、金髪の人影が降り立つ。カガリだ。
 バルトフェルドやマリューではなく、この双子が現れたところをみると “赤の騎士” の意味は察してもらえたようだ。もしかしたら会って話を聞けるかもしれないと期待していた、ラクスの姿はない……やはり、コダックの憶測が的中しているんだろうか?

「キラ!」
 それでも、危険云々より先に懐かしさがこみ上げ、ミリアリアは友人たちに駆け寄っていった。
「ミリィ」
 こちらに気づいたキラも、表情を綻ばせる。
「ああもう、ホントに――信じられなかったわよ、フリーダムを見たときは!」
 直に会うのは何ヶ月ぶりだろう?
 話したいことが山積みなのに、あまり悠長にもしていられないなんて、もどかしい。
「花嫁を攫ってオーブを飛び出したことは、知ってたけど」
 誓いが交わされぬまま中断した、例の結婚式は結果的に、保留というかお流れになったのである。
 衆人環視の場で赤っ恥を晒したユウナ・ロマのことは、冷静に考えると少々気の毒だが、カガリの為には良かったはず。けれど、
「いや、その話は……あの……」
 彼女は、バツが悪そうに黙り込んだ。助け出されて嬉しくなかった訳でもあるまいに、残してきた責務に対する後ろめたさは拭えないらしい。
「それより、アスランは?」
 カガリが真っ先に発した問いに、ミリアリアは一瞬、どう答えようかと詰まる。
「あ……ごめん。用心して、通信には書かなかったんだけど……」
 それでもやはり、特定の組織に属する者が相手では、話せることと伏せなければならないことがあるはずだ。

「彼、ザフトに戻ってるわよ」

 強いて短く、事実だけ述べると、金と紫の瞳孔が驚きに見開かれた。
「えっ?」
 キラは、なにか思うところがある感じで眉をひそめ。カガリは、信じられないというように呆然としている。
「それに――」
 さらに続けようとした話は、金属質の飛空音に掻き消された。
 一直線に接近してきたモビルアーマーが、くるりと空中でモビルスーツに変形する。ミネルバに配備された最新鋭機 “セイバー” の専属パイロットが誰であるかは、すでにターミナルで調べ判明していたが、
(ちょっと、なに考えてるのよ……アスランっ!?)
 突風に髪をあおられながら、ミリアリアは、柱の手前に降り立ったザフト機を唖然と注視した。
 車で来るだろうと思っていたのに、なんでまた、そんな悪目立ちする格好で――こっちの気苦労が水の泡じゃない!!



 誰もが望んだはずの、再会。
 ぎこちなく始まった話し合いは、最悪な方向へ転がっていった。
 彼らの言葉が、姿さえ。古い映画でも観ているかのように霞んで……ぼやけて。現実味なく遠いものに映る。

「その方がいいと思ったからだ、あのときは――自分の為にも、オーブの為にも」

 後頭部がずんと重くて、心臓の奥が軋むようで。
 息が、苦しい。
(……あなたの復隊がオーブの未来に、どう関係あるっていうの)
 無用心なアスランを。
 自分たちを尾行する者がいなかったか、周りを警戒していなければならないのだ、私は……ぼんやりしている場合じゃない。なにより聞かなければならない問題が、たくさんあるのに。

「あそこで君が出て、素直にオーブが撤退するとでも思ったか? 君がしなけりゃならなかったのは、そんなことじゃないだろう!?」

 理性を押しのけ、心は騒ぐ。
 分からない、思い出せない――アスラン・ザラは、こんな人だった?
 わずかに手繰り寄せられた記憶は、まったく今と重ならず、ミリアリアは途方に暮れて立ち尽くしていた。

「戦場に出てあんなことを言う前に、オーブを同盟になんか参加させるべきじゃなかったんだ!」

 今にも泣き出しそうなカガリの反論、キラの問いさえ掻き消して、耳慣れぬ怒声が鼓膜をつんざく。そのたび食って掛かりたくなる衝動を、必死の想いで抑え込む。
(だから、あなたの支えが必要だったんじゃなかったの)
 私が責めても、きっと彼は萎縮して黙るだけ。だから口を挟むべきじゃない。
 なによりアスランは、べつに間違ったことは言ってない。うんざりするほど正論だ……これっぽっちも個人の事情を踏まえない、まるで他人の意見だった。

 炎にも似た紅を思い出す。

 突き放した物言いは――つい数日前、同じようにカガリへの不満を吐露した少年の声より、ずっと冷たく響いた。
 他人なら仕方ない、けど。
(今のオーブ政府内で、彼女に実質的な決定権は無かったことくらい、あなただって知ってるはずでしょう?)
 アスランは、違うはずなのに。
 誰より近しい恋人が、どうして、ずたぼろに傷ついたカガリを抱きしめるどころか、傷を抉るような文句ばかり言うの。
 眼前の光景は、もしかしたら幻で。
 自分はただ、先を不安に思うあまり、宿のベッドで嫌な夢でも見ているだけなんじゃないだろうか?
(だって……これは、なに?)
 わざわざ探してまで話したかったのは、こんなこと?
 労わりなど欠片もなく、ただ相手を詰るだけ?

 連合が悪い、プラントは正しい。だからジャマをするな、戦場を混乱させるなと一方的にまくしたてる親友に向かって、
「――じゃ、あのラクス・クラインは?」
 ひとり冷静さを失わずにいるキラが、静かに訊き返した。
「いまプラントにいる、あのラクスは何なの?」
「あ、あれは……」
 アスランは狼狽して口ごもる。知りながら黙認していた、といったところか――
 
「そして、なんで本物の彼女は、コーディネイターに殺されそうになるの?」

 オーブ出航に至るまでの事情を、淡々と語るキラ。
 特殊部隊によるアスハ邸襲撃。ザフト製の新型モビルスーツ。返り討ちにされた敵機は、自爆して果てた――
「彼女は、誰に、なんで狙われなきゃならないんだ?」
 ミリアリアには、やはりそういうことかと納得させられる話だった。しかしアスランは、信じ難いという表情で絶句している。
 そんな彼をひどく厳しい目で見据え、キラは一歩も譲らぬ調子で言った。

「それがはっきりしないうちは、僕は、プラントを信じられない」
「ラクスが狙われたというのなら……それは確かに、本当にとんでもないことだ……」

 歌姫暗殺未遂の現実を突きつけられ、さすがにアスランも動揺したようだった。
 けれど、歯切れ悪く怯んでいたのは数秒で。
「だが、だからって議長が信じられない、プラントも信じられないというのは、ちょっと早計すぎるんじゃないのか? キラ」
 ごく一部の人間が、勝手にやったに決まっている。議長やプラントは無関係だ。
 その件については自分が調べるから、おまえたちはオーブに戻って連合との条約からなんとかしろと、ムチャクチャを言う。
「オーブが今まで通りの国であってくれさえすれば、行く道は同じはずだ」
 戻って来ないつもりかと縋りつくカガリへの、それが答えだった。
 オーブに戻れば彼女がどうなるか。国家元首を攫ったキラたちを、なにが待ち受けているか――考えてもみないんだろうか。それとも彼にとっては、些末事に過ぎないのか?

 金の瞳に絶望を浮かべ、言葉を失くしている姉を庇うように、キラが問う。
「それじゃ君は、これからもザフトで……また、ずっと連合と戦っていくっていうの?」
「終わるまでは、仕方がない」
 連合の暴挙を止める為には戦うしかない。戦場に出てからでは遅いんだから、条約をなんとかしてオーブを下がらせろ――アスランは、さっきから同じ主張を繰り返すばかりだ。
 どこまでも平行線の会話。それが可能だったら、誰もこんなところに居ないのに。

「それも解ってはいるけど……それでも僕たちは、オーブを撃たせたくないんだ」
 もどかしげに、キラが言葉を続けた途端、
「自分だけ分かったような、キレイゴトを言うな!」
 アスランは逆上した。
 放たれた糾弾は、刃にも似ていた。

「おまえの手だって、すでに何人もの命を奪ってるんだぞ!」

 感覚を麻痺させていた薄い氷が、ピキリと皹割れて。裂け目から、どす黒く冷たいものが滲みだす。
 頭蓋骨の中で、アスランの罵声が反響しているような錯覚。
 ずっと忘れていた、もう乗り越えたはずだったのに――なんて脆い心。弱い私。あの子を、とやかく言えた義理じゃない。
 だって、こんなにも簡単に、あのときの激情はぶり返す。
 なんでこんなヤツが、ここにいるの?

 トールはもう、いないのに――

 唇を噛みしめ、うつむいた視界の端、悲しげに微笑むキラが見えた。
「……うん……知ってる」
 忘れられるはずもない。だが人殺しが理想を唱えられないというなら、軍に属した、モビルスーツに乗り込んで戦った、ここにいる誰も同じだ。
「だからもう、本当に嫌なんだ――こんなことは」
 撃ちたくない、撃たせないで。
 彼の想いが集約しているだろう短い言葉にも、アスランの返事は変わらなかった。
「ならば、なおのことだ。あんなことはもう止めて、オーブに戻れ!」
 苛立ちもあらわに吐き捨て、これ以上は時間の無駄と言わんばかりに踵を返す “セイバー” のパイロット。
「あ……アスランっ」
 カガリの呼びかけにすら応えず、そのまま遠ざかろうとする彼の背に向けて、ミリアリアは問いかける。

「話は終わり?」

 掠れても、震えてもいない、自分でも驚くほど平淡な声が落ちた。
「言っとくけど、次は無いわよ? 現状、プラントとオーブは敵対国家なんだから。あなたがザフトの軍人として戦うんなら、もう繋いであげられない」



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あんなに一緒だったのに〜♪ をBGMに描いております。ど修羅……。アスランの糾弾は、正論ではありますが。自分に出来ないことを、他人に強いる人間は嫌いだと、某マンガ家さんのオマケページにも書いてありましたよ。