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■ EVIDENCE
しゃくりあげる少女の声は、次第に小さくなっていき――ひきつけを起こしたように上下していた背の震えも、やがて治まった。
「ちょっとは落ち着いた?」
呼びかけると、カガリは泣き腫らした赤い瞳をして、それでもしゃんと顔を上げた。
「…………ごめん。ミリアリア」
しかし目が合うなり、また肩を落としてしまう。
「服――」
なんのことかと視線をたどれば、抱きつかれていたTシャツの胸元あたりが涙でぐしょぐしょになっていた。
「洗えば済むわよ、このくらい」
ミリアリアは、ぽんぽんと彼女の髪をなで、苦笑しつつ立ち上がった。
「キラ、カガリ。もう少しアークエンジェルから離れていられる?」
じきに陽が暮れる。心配しているだろう、艦に残ったクルーたちを思えば、すぐさま戻るべきかもしれないが、
「教えたいこと、訊きたいこともあるわ。それから師匠に会ってもらいたいの」
「コダックさん、だっけ?」
確かめるように、キラが呟く。
フレイたちの映像ディスクを届けてくれたカメラマン、とは覚えているようだが、彼らは師と直接の面識があるわけではない。
「今の状況で、オーブには戻れないでしょう? だからってプラントへ行くことも出来ない……それに、いくらキラが強くたって、戦闘はあちこちであるんだもの。アークエンジェル一隻で介入し続けるなんて、無茶だわ」
プラント、連合、オーブ――どの陣営も、いつ再び軍を動かすか分からないのだ。アスランからの連絡をアテにして、のんびり待機しているわけにもいかないはず。
「協力者、多い方が良くない?」
互いに顔を見合わせた、キラとカガリは真剣な面持ちで頷いた。
「遅い」
二人を連れて、車を停めた場所まで引き返すと、コダックの渋面が待ち構えていた。
ふと腕時計を見れば、ここへ来てから軽く二時間以上が過ぎている――話に夢中でいればまだしも、待ちぼうけを食わされる側はたまらないだろう。
ミリアリアたちは、全員そろって 「すみません」 と謝罪した。
「……えっと、こんにちわ」
さらに双子から挨拶されたコダックは、
「おい、話は終わったんだろう。なんで、こいつらが引っついて来る?」
「ユニウスセブンの軌道シミュレーション資料や、例の金属片、見せてあげたいんです。いいでしょう? 当事者なんだもの」
減る物じゃあるまいし、と主張する弟子を一瞥して、
「当事者。なら、こいつも披露せにゃならんわけか?」
ひょいと車内を示してみせた。ENGカメラやマイクロフォンが積み込まれた後部座席に、収録用の10インチモニターが転がっている。映し出されている景色は、ひどく殺風景な崖の上――イヤホンを耳に、腹ばいになって、一心不乱にどこかを注視している赤毛の少女だ。
傍らに設えられている録音機材は、TV局もよく中継取材で使うタイプで。前方には沈みかける夕陽。
さっきまで自分たちがいた、海沿いの風景によく似ている? いや、
(…………これって)
カメラアングルが、すっと切り替わる。
見知らぬ少女の眼下に、だだっ広い岩場。やや遠いため表情までは視認できないが、そこに佇む四つの人影は紛れもなく、アスランを含む、さっきまでの自分たちだった。
「この子っ、ミネルバにいた!?」
「え?」
すっとんきょうなカガリの声に、キラが眉をひそめる。
「ルナマリア・ホーク。戦艦ミネルバ所属のモビルスーツパイロット。搭乗機、ガナーザクウォーリア。同艦オペレーター、メイリン・ホークは実の妹――コーディネイターで姉妹とは、珍しいな」
膝に乗せたノートPCを弄っていたコダックは、両者の言葉に応えるように読み上げた。
「7月26日生まれの17歳。A型、身長164cm、体重46kg」
画像添付メールだ。さっきモニターに映っていた少女が、赤い軍服姿で敬礼している写真の横に、ずらずらと詳細な個人データが記されている。いったい、どこから送られてきたのか。
「……スリーサイズまで載っとるが、聞きたいか?」
ちろっとキラの方を見て、コダックは訊いた。友人の返答を待たず、
「いりません!」
一蹴して、ミリアリアは師に詰め寄った。
頭上へ意識を向けなかった自分たちの注意不足は、もちろん認める。迂闊だった。しかし、
「この子、盗聴してたんでしょう? さっきの話、ザフトに筒抜けってことでしょう? どうして放っといたんですか!?」
「なにか聞かれてマズイことでもあったか?」
「えーっ……と?」
平然と問い返してくる相手に、ミリアリアは面食らった。キラたちも当惑顔だ。
「悪いが、アスラン・ザラとの会話は、ワシも聞かせてもらった」
本当に、すまないと思っているのか怪しい語調で、
「つまり、あんたらは確証が欲しいんだろう? プラント上層部は敵か、味方か――歌姫様を襲った連中が、誰の差し金で動いているか」
訊ねるコダックに、カガリは 「はい」 と肯いた。キラは、まだ考え込んでいる。
「だったら、これはむしろ、いい機会だと思うが?」
師は、ルナマリア・ホークの画像を指した。
「黒幕が誰であれ、そう簡単に証拠を残すようなヘマはせんだろうが、この娘が見聞きしたことを報告する相手は艦長のタリア・グラディスしかおらん。そのまま議長に話が伝われば……デュランダルが本当に、ラクス・クライン本人の協力を欲しがっとるなら、なんらかのアクションを起こすだろう。メディアを通して呼びかけてもいいし、あの小僧を仲介役にする手もある」
プラントは “歌姫” を保護する――だから、戻って来て欲しいと。
(……そう言えば、そうよね)
議長がディオキアで語ったことが本音なら、キラたちの事情を知られても、なんら支障ないはずだ。相手の出方を窺うには好都合かもしれない。
「あれだけ頭に血が上ってちゃ、とうぶん無理かもしれんが。それにしても、個人行動に尾行付きとは…… “FAITH” って称号は随分と軽い肩書きらしいな」
コダックは肩をすくめつつ、アスランの立場を揶揄した。
ミネルバの乗組員が、あんな本格的機材を携えて追跡していたことを鑑みても、彼は責任者クラスの人間から警戒されているんだろう。だとすればザフト中枢に関する情報など、いくら調べても得られまい。
「なんにせよ、これでプラント政府の後ろ盾が得られりゃ、暗殺者の親玉もおいそれとは手が出せまい。逆に、歌姫暗殺未遂の件が黙殺されるようなら、そのラインに妨害する人間がいるか――議長自身が黒幕って結論になる。違うか?」
余裕を窺わせるコダックの問いに、反論する者はいなかった。
「けど、それで判断するにしたって何週間もかかるし……なにか具体的なことが掴める訳じゃないだろう?」
きゅっと唇を噛み、
「連合軍が、いつまた動くか分からないのに、悠長に待ってなんかいられない――私に出来ることが、他に手立てがあるなら教えてくれ!」
必死に食い下がるカガリ。しかし、
「たわけ。なんでワシが、テロリストの片棒を担がにゃならん?」
彼女の懇願は、あえなく一蹴された。あんまりな言い草に、ミリアリアたちは揃って絶句する。
「な、なんだよ、それ……!? 私たちは」
「あんたらの事情なんぞ、どこの誰が知るか」
ごすっ、と国家元首の頭を小突き、コダックは容赦なく言い放った。
「正規軍でもない民間人が、フリーダムみてぇな大量破壊兵器を振り回して、国家間の争いに横槍入れてりゃなあ――世間様からの評価は、正体不明のテロリストなんだよ。そこらへん分かっとんのか? ああ? お姫様」
ごすごすごす。乱暴にあしらわれ、カガリは不服そうに押し黙る。
「大量破壊兵器……ですか」
入れ替わり、キラが、自嘲気味に口を開いた。
「武器を手にした相手から、使わない、殺さないと言われて、誰がそれを信じる? 持ち主に撃つ気が無かったとしても、誤射や暴発すりゃおしまいだろうが」
けれど、やはりコダックは辛辣だった。
「三隻同盟の噂は、世界全土へ伝わっとる。その驚異的な “力” もな――そいつが自分たちに危害を加えると判断すりゃ、どの国も、いずれあんたらを駆除しにかかるぜ」
師の毒舌に憤慨する感情と、確かに否めないと納得する理性。
「だが、事態の渦中にいる、組織に属さない集団は希少なもんだ。協力はお断りだが “取引” ならしてもいい」
相反する思考に、ミリアリアは、ただ事の成り行きを見守ることしか出来ずにいた。
「文句があるなら、他所を当たれ」
なおも挑発めいた口調で、コダックは言う。
「身体張ってでも探りを入れたいんなら、ついてこい」
「行くに決まってるだろ!」
カガリは間髪入れず、レンタカーの後部座席に乗り込んだ。
「……おじゃまします」
真意を探るように老カメラマンを一瞥して、キラも姉に続いた。彼らが座ると、後部座席はもう鮨詰め状態である。
ミリアリアが助手席に座るのを待ち、車は、夕暮れの海辺を後にした。
×××××
「ユニウスセブン落としの標的が、オーブだった……!?」
「しかも、ミリアリアに盗聴器なんて――」
広げた資料をむさぼるように読みながら、呆然と双子が呟く。
「赤道付近に被害が集中していたことは、ニュースでもやっとっただろう? ま、それも状況証拠のひとつに過ぎんが」
コダックは、座布団にあぐらを掻いて、ずぞずぞと茶を飲んでいる。
「…………」
師に連れられてチェックインした旅館は、山の麓にぽつんと建つ寂れた建物だった。他に宿泊客はいないようで、その点、内緒話をするには都合が良さそうである。
「それで、コダックさん―― “取引” の条件は?」
「ああ、なに。そう難しいことでもないさ」
男二人の会話を掻き消すように、突然、
「ゲンさんっ!」
それまでの静けさをぶち壊し、どたどた廊下を走る音。次いでガチャガチャ、バン!! と、ものすごい勢いでドアが開き、
「ちょっとちょっとぉ、どーしてくれるんですか!? 本当に来ちゃったじゃないですか!」
さっき部屋まで案内してくれた、冴えない感じの宿の亭主が駆け込んできた。いったい何事だ?
「なんだ、もう来たのか。お早いお越しで」
コダックは、ふああと欠伸しながら相槌を打った。車での移動中に、行き先は知人が経営している温泉宿だと聞いてはいたが、ずいぶん砕けた間柄であるようだ。
「これで、ひとつ手間が省けたな」
「省けた、じゃないですよ。ひどいですよ、よりにもよって僕のところに転がり込むだなんて! ここの生活、楽で気に入ってたのに……」
「やかましい。就職口くらいまた世話してやるから、ぴーぴー喚くな!」
「約束ですからね? 男に、二言はありませんよねー?」
亭主は意味不明なことをのたまいながら、押入れに突進し、積まれている布団を引きずり出し始めた。ルームサービスで、寝床の用意をしに来た――ようには見えない。
「どれどれ」
コダックがTVの電源を入れ、リモコンをあちこち弄ると、砂嵐だった画面が夕暮れ空に切り替わった。
そこに映る奇妙なもの。ずんぐりむっくり、亀と蟹を足して2で割ったような物体の群れが、みるみるうちに近づいてくる……
「このモビルスーツ、あのときの!?」
「東に置いてる監視カメラの映像ですよ! 五分もしないうちに、ここまで来ちゃいますよ。あーもう、もうもうもう!」
キラの叫びに応じ、布団と格闘していた宿の亭主が嘆いた。
少し遅れて、ミリアリアは思い出す。アスハの別邸で見つかった、金属片――ラクスを狙って現れたという、ザフト機 “アッシュ” だ。
「し、師匠……?」
「さっきのザフトの娘っ子と、同じことだ。来ると予想がついてりゃ、それを逆手に取ればいい」
弟子の狼狽を他所に、コダックは平然としている。
「逆手に、じゃないでしょう! どーするんですか、これ!?」
「どうもしないさ」
「どうもって、シェルターの壁も吹き飛ばすようなモビルスーツだったんですよ?」
「こんなボロ宿、一撃で木っ端微塵にされるぞ!」
キラとカガリは、ほぼ同じタイミングでコダックに詰め寄った。
悪かったですねーボロくて、と亭主がぼやいたが、事実は事実だ。いちいち非礼を詫びている場合でもない。
「だから最初に “身体張ってでも” と言ったろうが」
この期に及んでしれっと肩をすくめる師の態度に、ミリアリアは頭痛を覚えた。
「心配するな。ここはワシらの庭だからな」
「だから、どーだって言うんですか」
モビルスーツ相手では、車で逃げたって追いつかれるに決まっている。
「なにのんびり話し込んでるんですか、早く逃げないとーっ! もう先に行っちゃいますからね!?」
亭主の絶叫に、そうだとにかく逃げなきゃと振り向けば、
「……って、ええっ?」
外へ逃げ出すと思われた彼の姿は、あろうことか押入れに引っ込んで消えた。
尾行されてることに気づかないアスラン。ルナの盗聴に気づかなかった (?)と思われる、キラたち四人。
しかし気づいて泳がせていたと考えると、またおもしろい。