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■ ペイバック 〔2〕


「……というか、ですねえ」
 宿の亭主は、がしがしと気まずげに頭を掻き、
「アスハ代表と、随員のディノ――まあ、アスラン・ザラですか。お二人が外交に駆けずり回っていた姿を、僕ら報道関係者は見聞きしていますから。その姿勢というか、人柄を疑ってるジャーナリストは、まず居ません」
 あらたまった態度で、キラに向き直った。
「けれど、あなたとラクス・クラインは “ターミナル” から危険視されている」
「僕と、ラクスが……?」
「どういう意味だ?」
「伝説の “フリーダム” のパイロット。味方には心強い存在かもしれませんが、僕みたいな人間にとっては正直、怖いんですよ」
 映像記録で、ダーダネルス沖の戦いを見ましたと、彼は告げた。
「あまりにも一方的かつ圧倒的だった。子供の頃は、そんなヒーローに憧れたりもしましたが……今は、真っ先に思ってしまいます。こんな兵器に攻め込まれたら、きっと誰も勝てない、逃げる間もなく殺されてしまうんだろうな、と」
「キラは、敵機の武装を狙ってるだけだ! 民間人を攻撃したりしないぞ」
 弟を押し退け、カガリが憤然と食って掛かる。
「ザフトや連合軍も、似たようなことを言いますよ。けれど、誤爆されて死傷する現地民やカメラマンは、後を絶ちません」

 頼りないおじさん、という印象しか無かった宿の亭主。
 だが、双子に向けた探るような眼差しは、やはりジャーナリスト特有の鋭さだった。

「そして、あの歌姫様はカリスマだ」
 またコダックが口を開き、全員がそちらを注視する。
「望む望まないに関わらず、鶴の一声で動くものが多すぎる。表舞台から姿を消して二年も経つってのに、だ――プラントの “中継点” にも、独断でそっちへ情報を流してるクライン派がいるようだな」
「えっ、そうなの?」
 だとすれば、いまさら自分たちの協力なんて必要無いんじゃ?
 驚いて窺うと、キラは首を振った。
「うん。だけど、最新のニュースが真っ先に届く、ってくらいで……さっき旅館で聞いた話も、ぜんぶ初耳だったんだ」
 世界規模のネットワークとはいえ、やはり、プラントと地球では得られる情報も異なるんだろうか。
「お気楽なアイドル歌手なら、それでもかまわんが、政治経済にまで話が及べば別だ。カリスマと呼ばれる人間は、往々にして、現実に基づいた情勢予測をぶち壊す」
「アスハ代表だけなら、オーブの理念を取り戻すため尽力するんだろうなと思えます。けれど、あなたと歌姫が思い描く未来が、僕らにはまったく見えません。個人として抱える “力” が膨大なだけに、空恐ろしい」
「そんなのカガリと一緒ですよ! ナチュラルもコーディネイターもなく、ただ平和に静かにって――分かり切ったことじゃないですか」
 それ以外、なにがあると言うのだ? 彼らを警戒する必要が、どこにある。
「知らんな」
 しかし師や亭主は、キラに浴びせる視線を和らげようとはしなかった。
「おまえが、どう思っているにせよ。ワシらは、この坊主と歌姫様が、ザフト軍艦や最新鋭機を強奪して、高らかに平和を叫んでおきながら、停戦を見届ければお役御免とばかりにオーブで隠居しとったことしか知らん」
「いや。ラクスは、あの戦争でお父さん亡くして、キラもぼろぼろに疲れてて。だから静養っていうかリハビリっていうか……」
 カガリは、弟たちの擁護に出た。
「そりゃ、あんたも同じだろう。だいたい、あの戦争で、なにひとつ失くさなかったヤツがいるのか?」
 コダックの指摘に怯みながらも、肩を怒らせ睨み返す。
「私は自分の意志で、お父様の後を継いだんだ! キラたちは、戦争に巻き込まれただけの一般人だったんだから、いいじゃないか。のんびり暮らしてたって!」
「ああ、好きにすればいいさ」

 老カメラマンと姉の口論を、キラは硬い表情で見つめていた。
 皮膚に爪が食い込むんじゃないかと思うほど、強く拳を握り締めたまま微動だにしない。

「ただし、それも歌姫様が、半端に放り出した “立場” にケリをつけてからだ」
 カガリに向ける眼は、どことなく優しいのだけれど。
「アスラン・ザラとの婚約破棄を公表せず、引退声明すら出さず行方をくらませた結果が、にっちもさっちもいかない現状だ――プラントに “ラクス・クライン” がいることは知っとるな?」
 それでも師は、無遠慮に話し続ける。
「……ライブの映像を見ました」
 抑えた口調でキラが言い、カガリも肯く。
「みんな楽しそうだったよな。あれ別人なのに、すっかり騙されちゃって」
「ああまでイメージが変わっても、疑う声が出ない理由が分かるか?」
「声と顔がそっくりだから、だろ?」
「政府が情報操作をしている、とか」
「それは構成要素のひとつだ。土台じゃない」
 コダックは、また謎掛けめいた物言いをした。他の理由に思い至らず、カガリと顔を見合わせていると、

「ラクス・クラインは当然あそこにいるはずだから、ですよ」

 宿の亭主が、後を続けた。
「戦後二年間、オーブの海辺でくつろいでました――なんて話、プラント市民が聞いたら笑い飛ばすでしょうよ。それはきっと、よく似た別人です。ラクス様はそんな方じゃありません。戦争で傷ついた人々の心を癒そうと、平和の為に歌い続けていらしたはずです、ってね」
 するとキラが、珍しく声を荒げた。
「あのラクス・クラインは偽者です! 本物の彼女は、ずっと僕たちと一緒にいた」
「そうと判るのは、あんたらだけだ」
「証明する方法も無いでしょう? DNA検査だって、元となるデータをすり替えられればおしまいだ。議長だけでなく、アスラン・ザラまで向こうにいては、なおさらです」
 大人たちは口を揃えて、身も蓋もないことを言う。
「ターミナルに出入りしとる、芸能リポーターに話を聞いた」
 我が師匠ながら、こんな毒舌全開で、よく何十年も背後からザックリ刺されたりせずやって来れたものだ。
「歌姫の曲に、かつての芸術性は感じない。だが、観客を楽しませる才能は天性の輝き……だとさ」
 キラの表情は、ますます険しくなり、
「容姿が似ているだけで、なんの魅力もない小娘なら、さすがに怪しまれただろうがな。大衆の目を眩ますには充分な逸材らしい」
「…………」
 弟の怒気を肌で感じたんだろう。カガリは、無言で彼から半歩離れた。

「イメージ戦略に “カリスマ” を利用したがる輩は多い。放っておけば忘れてもらえるほど、歌姫様の立場は軽くない。夢を見せる偶像のままでいられんなら、そう明言してから表舞台を去ることだ――でなきゃ付け狙う輩は絶えんし、周りまで、とばっちりを食らう」

 今回のようになと肩をすくめ、
「出てきてくれと言っとるんじゃないぞ、逆だ。後始末を引き受ける気がないなら、最初から引っ込んでろ」
 ジャマだ、とまで言い捨てる。
「おまえたちは戦場を混乱させているだけ、だったな。アスラン・ザラの指摘は的を射とる」
 想い人の名を出され、カガリは反射的に顔を上げた。
「解決策のひとつも持たんくせに、あれはヤダこれもヤダと感情任せの主張をしながら、しゃしゃり出てくる。あんたがフリーダムで戦えば、確かに、その場の戦闘は強制終了だろう。だが今後は、どうする? この先もずっと乱入を繰り返すつもりか? 力ずくで止めて、また傍観を決め込むわけか」
「……撃つのも、撃たれるのも嫌です」
 慎重に言葉を選びながら、キラが答える。
「どうすればいいか分からないから、考える時間がほしい。戦争を終わらせる方法を探したい――だから、ヤキン・ドゥーエみたいな状況には陥らないように――せめて戦局を膠着状態に留めるために、被害を最小限に抑えて戦闘を止める。今の僕に出来ることは、それだけだと思っています」
「甘い」
 コダックが短く切り捨て、
「コーディネイター対ナチュラルの殲滅戦を食い止めるには、それで良かったかもしれませんけどね。今は二年前と、違いますよ」
 フォローするように、亭主が見解を言い添える。
「プラントは、これまでずっと紳士的な態度を崩していません。民衆からすれば悪いのは連合軍です。デュランダル議長が方針を変えない限り、世論は、ますます彼らに味方するでしょう」
「ザフトに牙を剥き続ければ、いずれアークエンジェルも連合の同類と見なされる。世界を混乱に陥れる、テロリストとしてな」
 カガリが青褪め、キラは悔しげに項垂れた。
「かつて英雄と呼ばれた人間が、慢心から悪事に手を染めるケースは多々ある。あんたらがそうだ、そうなる、とは言わんが……かといって任せっきりに放っておくほど、ワシらは信用も信頼もしとらん」
 不条理だ、とミリアリアは思う。
 前に進んでも引き返しても、茨の道が待ち受けているなんて。
「先の見通しすら曖昧な連中に、タダでくれてやるほど “ターミナル” の情報は安くないんだ」
 だとしても、今はカガリを、オーブに帰らせるわけにはいかない。

 こんな情勢で、彼女が戻れば。セイランに牛耳られた行政府は、間違いなく “アークエンジェル” の処遇を、キラたちを人質にとって脅す。
 アスハ代表は、カゴの鳥に。一生をユウナ・ロマの妻として。
 祖国を取り込んだ連合と、ザフト。ナチュラルとコーディネイターは、また果てなく争い続けるだろう……どちらかが滅び去るまで。

 そんなのは、ダメだ――絶対に。

「いいか、勘違いするなよ。なにも建前で言ってるわけじゃねえ。情報提供する代わりに、アークエンジェルを “監視” させてもらう……取引って表現は、そういう意味だ。こいつを連れて行かせる理由もな」
 師が動いてくれるなら、ミリアリアに、ためらう理由はない。
 キラたちと行けば、行動範囲は遥かに広がる。直接自分で確かめられることも増えるだろう。だが、
「それでもワシら “ターミナル” の情報網を望むか――あんたら二人の一存で、決められる話じゃないだろうからな」
 マリューたちは、どう思うだろう。
 コダックが彼女らの人柄を知らないように、クルーも “ターミナル” の実態など知るまい。情報と引き換えに監視されると聞いて、すんなり了承出来るだろうか?
「取引に応じるなら、三日後。この時間に、ここで落ち合う。それでいいか?」
「……分かりました」
 場の空気は痛いほど緊張を孕んでいるのに、背を向けた両者が乗り込むのは自転車で、やっぱりちょっとマヌケだった。

 再会が三日後に叶うか、ずっと後になるかは判らないけれど。
 もし “取引” が決裂しても、二人の性格からして、借りた自転車は返しに来るだろうから。

 生きてさえいれば、また会えるだろう。



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ペイバック。払い戻し、とか見返りって意味ですね。無印を観ていた頃は漠然と、しっぺ返しって意味かと思ってました。虎さん怒らせたら痛い目に遭った、みたいな……。