■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

NEXT TOP


■ 戦士の条件 〔1〕


「あーあ、最悪」
 だらりと窓枠に肘を預け、ディアッカは、高速で流れゆく濃灰色のビル群を見るともなしに眺めていた。
「久しぶりの休暇に、よりによって親父とドライブぅ? かったりー、むさ苦しー」
 延々と続く文句の羅列に、
「しつこいな。手を貸してもいいと言ったのは、おまえだろう」
 隣でハンドルを握るタッドが、うんざりした眼を向けた。
 とはいえ朝っぱらから、ろくな説明も無しに叩き起こされた身としては、不平のひとつくらいこぼしたくなるというものだ。
「だーから、なんなんだよ? 厄介事って」
 運転席に背を向けたまま、ちらと父親の横顔を窺う。
 飄然とした態度とは裏腹に、弱みも本心も晒さぬプライドの塊。
 こんなふうに何かを頼まれたことは初めてで、そこまで疲れているのかと思うと複雑ではあるが、もちろん悪い気はしない。ただ、行き先さえ知らされぬままという状況が解せなかった。
 どうやら車は、マイウス市の中心部へと走っているようだが――
「まあ……平たく言えば、おつかいか」
「はぁ?」
 自分にもタッドにも不似合いな日常的単語に、ディアッカは眉をしかめる。
 おつかい? 『おつかい』 と言ったか、この親父は?
「運んでほしい物について説明すると長くなるし、他にも同じことを話さなきゃならん相手がいるからな。30分もあれば目的地に着く、二度手間は勘弁してくれ」
 それきり黙り込んだタッドの表情は、話せない、話したくないというより、なにか考え込んでいるようだった。
「…………」
 食い下がるだけ時間の無駄だな、と判断したディアッカは追及を断念。もう一眠りすることにした。

 精密機械の工場区で車を止め、研究所と思しき建物に入って5分と進まぬところで。

「エルスマン様、お待ちしていましたよ!」
 タッドの姿に気づいた、職員らしき男が慌しく駆け寄ってくる。
「どうかしたのかね」
「それが、先ほどから――」
 相手は口ごもり、奥まった位置にある扉へ視線を向けた。きーきーヒステリックな喚き声が響いてくる。複数、しかも女であるようだ。
「あー……そういえば議会でも、よく口論していたな。彼女らは」
 タッドは、がくりと肩を落とした。
「分かった。私が行こう」
 溜息混じりに呟き、やれやれと顔を上げ、
「すまんな、ディアッカ。そこが応接室になっているから、適当にコーヒーでも飲んでいてくれ」
 職員を伴い、勝手知ったる態度で歩み去っていった。
「なんだってんだよ?」
 取り残されたディアッカが、釈然としないまま足を踏み入れた室内には。
 それぞれ私服姿でテーブル越しに向かい合い、手持ち無沙汰にコーヒーを飲んでいる20歳そこらの男女がいた。

「なに、おまえら。デート?」

 どちらも嫌というほど見知った顔である。
 出くわした場所が市街のオープンカフェあたりなら、妥当な感想だろうが――ここは訳も分からぬまま引っ張って来られた建物の一角であり、さらに、そこら中に飛び交う疑問符が甘ったるさを徹底排除していた。

「ディアッカ?」
「なんなんだ、貴様まで。こんなところで」

『違います!』 と照れるか、『そんなんじゃない!』 と怒るかしても良さそうなシチュエーションだろうに、ジュール隊の部下と長は、そろって大真面目に訊き返してきた。

 ……からかい甲斐のない同僚たちであった。



 親から 『頼みがある』 と連れて来られたものの、内容についてはロクな説明を受けていない。互いを問い質しても、訳の分からなさに変わりは無かった。
 黙考しているシホや、イザークの仏頂面を観賞する気分にもなれず、
(なんで休日にまで、こいつらと……)
 壁に寄りかかり、セルフサービスのコーヒーを飲んでいると、

「ああ。待たせてしまって、すまなかったね」

 かつかつと廊下から足音が近づいてきて、ドアが開いた。微苦笑を浮かべたタッドに続いて、ピリピリした雰囲気を漂わせる女性が二人。
「母上、これはいったい」
 訝しげに問いかけた友人を横目に、ディアッカは片眉を跳ね上げる。
 銀髪碧眼、怜悧な美貌。息子に瓜二つというべきか、息子が生き写しと表現すべきか――エザリア・ジュールが来ていることは、すでにイザークから聞かされていたが、
(……アイリーン・カナーバ?)
 ディアッカの関心を引いた女は、もう一人の方だった。
 理知的な顔立ち、亜麻色の髪。臨時評議会を束ねていた、クライン派の元議長。
 前大戦は終結した――とはいえ、ザラ派だったイザークの母親と彼女に親交があるとは思えず、そんな両者を連れてタッドが現れたという構図はさらに理解不能である。
「詳細は、タッドが説明します」
「依頼を受けるか否かは、自由です。ザフトに属するあなた方なら、少なくとも、地球連合軍に計画を漏らしはしないでしょうから」
 カナーバたちの、あまり穏やかでない台詞に、
「いや、それほどややこしい話でもないんだよ。楽にしていてくれ」
 すっかり困惑しているシホに微笑みかけ、こっちに向かっては 「おまえも座っていろ」と、ぞんざいに片手を振る。
「…………」
 旧議員たちとジュール隊の三人は、それぞれソファに掛け直した。

「現在、メディアに出ているラクス・クラインを、どう思うかね?」
「偽者です」

 おもむろなタッドの問いに、イザークは、溜め込んでいた鬱憤もあらわに即答した。
「そうだね。だが現評議会も、理由も無しに替え玉を使っているわけではないんだ。アイリーンに、クライン派の構成員から連絡があったそうでね」
「オーブの姫と、宰相の息子が結婚式を執り行う、数日前――三隻同盟の関係者が暮らしていた、アスハ家の別邸が何者かに襲われました」
 カナーバの発言には驚かされた。
 イザークも初耳だったようで、碧眼を瞠ったまま固まっている。
「キラ・ヤマトが “フリーダム” に乗り込み、返り討ちにしたものの、敵がどういう輩かはまるで分からなかったそうです。最後には機体ごと自爆されてしまった……と」
 確かに犯人に死なれては、尋問もなにも出来まい。
「ただ、ナチュラルとは思えぬ身体能力で彼らを追いつめ。ラクスを執拗に狙っていたことは、はっきりしています」
「他に考えようもないからね。ブルーコスモスの思想に染まった連合軍関係者が、特殊部隊を送り込んだのではないか、と我々は睨んでいる」
「あいつらっ……!!」
「落ち着きなさい、イザーク。本題はこれからです」
 激昂して立ち上がりかけた息子を、窘めるエザリア。
「フリーダムが結婚式場に乱入して、カガリ・ユラ・アスハを攫っていったことは知っているかな?」
 ジュール親子にかまわず、タッドは話し続ける。ディアッカは、首をひねる同僚たちに代わり口を開いた。
「衛星放送のニュースで見たぜ」
「そうか――アスハ代表の心情を思ってだろうが、アークエンジェルは、プラントへ避難する気は無いようでね。今は行方をくらませている。おそらく大西洋連邦の動きを静観しているんだろう」
「市民感情を宥めるだけでなく、襲撃者の黒幕を誘き寄せる為にも、あの “歌姫” には表に出ていてもらわなければなりません。現在、プラントに留まらず地球各国で催されている慰問コンサートも、半分はその為です」
 エザリアが言い添え、
「…………そうだったのか……」
 イザークは、ようやく得心がいった様子で黙る。つられるように、シホも肩の力を抜いた。
「そんな状況だから、現役を退いたとはいえ、我々も打てる手は打っておかなければという話になってね」
 タッドは、鞄から取り出した地図を広げてみせた。
「ここからは、 “ターミナル” と呼ばれる組織から得た情報になるんだが」

 地球北端、スヴェルドという地に連合の研究所がある。
 先日ミネルバが調査した、ロドニアのラボ――ああいった施設のノウハウ、データを総轄している関係で、軍幹部クラスの人間も頻繁に出入りしているらしい。

「そこで手に入りそうな情報は、いくつかある」

 アスハ邸襲撃、ラクス・クライン殺害を指示した者の名前や、その証拠。
 ブルーコスモス盟主、ロード・ジブリールの隠れ家。
 エクステンデッドの弱点、及び治療法。

「もちろん、必ず得られるという確証はない。無駄足に終わるかもしれんが、機密が隠されている可能性は高いと踏んで、すでにジャーナリストの一派が潜入している。一時的な共同戦線を張るには、まあ問題ない相手だ――という見解を “甘い” と言われてしまえば、それまでだがね」
 テーブルに両肘をつき、組んだ手の甲に顎を乗せて、
「こちらが考えているとおりの物証が揃えば、一国の指導者さえ失脚させられるだろう」
 タッドは、ずいぶん大仰なことを言ってのけた。
「連合の言いなりになっている、大西洋連邦のコープランドですね?」
 イザークが意気込んで問う。
「…………」
 薄く返された笑みを、肯定と受け取ったんだろう。ジュール隊の長は、高揚を押さえきれぬように拳を握りしめた。
「しかし目的の資料が置かれていそうな実験室は、シェルターで何重にも閉ざされているうえ、無理にこじ開ければ対侵入者用の迎撃システムが作動してしまうという話だ。そこで、実力に定評あるパイロットと、モビルスーツが必要とされたわけだな」

 さて、とディアッカは考える。
 話としては筋が通る。攻め込む先が、非人道的な研究を手掛けている連合の施設なら、ザフト軍人としても個人的にも、ためらう理由は無いが――タヌキ親父が、手持ちのカードを全てさらしているとも思えない。
 どこまでが事実で、どれが偽りで、あとは何を伏せている?

「こんな動きが下手に露呈すれば、プラントと地球の外交問題になりかねん。流れの傭兵では信用ならんし、顔や素性を知られたくないのは “ターミナル” も我々もお互い様でね……けっして誰にも、レーダーにさえ探知されることなくスヴェルドへ辿り着き、得られた資料を持ち帰ってもらわなければならん」
「そういう話なら、断る理由はありません」
 泥沼化していきそうな戦況に、業を煮やしていたイザークには、まさしく渡りに船の依頼だったんだろう。
 シホも、こくりと頷くが、
「ですがレーダーに探知されず、とは――」
 常の冷静さは健在らしく、尤もな懸念を口にする。どれだけ慎重にルートを選んでも、偵察機や軍事基地の監視センサーに引っ掛からず移動するなど至難の業だ。
「だから君たちを呼んだんだよ。前大戦時に比べれば、稼働時間は飛躍的に伸びたらしいが、それでも地上での扱いは難しいようだからな」
 しかしタッドは余裕の笑みを浮かべ、
「とりあえず動かせる、というレベルの人間に託せた代物ではないだろう? “ミラージュコロイド” は」
 さらりと、とんでもないことを言った。


「……おいおい、親父。ユニウス条約違反だろ? そりゃ」

 旧議員たちに連れられて、問題の機体が収められているという格納庫へ向かいながら、ディアッカは半ば呆れていた。
 “ミラージュコロイド” とは、元は地球連合軍が開発したステルスシステムだ。
 可視光線を歪めレーダー波を吸収するガス状物質を、磁気で機体周囲にまとうことにより、肉眼でもレーダーでも捉えられなくなる。
 かつて難攻不落の要塞と呼ばれた “傘のアルテミス” は、これを装備したブリッツの侵入を避けられず、壊滅した。
 ヤキン・ドゥーエ攻防戦の最中、レーザー兵器 “ジェネシス” の存在を、発射直前まで隠していたのも同様のコロイド粒子である。
 軍備の透明性を阻害する技術であるため、かの停戦条約が締結された折、ニュートロンジャマーキャンセラーと併せて軍事使用を禁じられた代物だ。
 再び開戦してしまった今となっては形骸化も甚だしく、守備隊のレーダーを掻い潜るには重宝するだろうが――普通、そこまで念を入れるか?

「なんだ? “軍事使用” はしていないぞ」
 タッドが屁理屈をこね、エザリア・ジュールもつんとして言う。
「そもそも先に条約を破ったのは、地球側です」
「しかし、母上――」
「悪用されかねないシステムだからこそ、預ける人間は厳選してもらったつもりです」
 少し先を歩いていた、アイリーン・カナーバが振り返る。
「シャトル代わりの機体でも、地球連合軍やザフトに発見されればトラブルを生むでしょう。ましてや “スヴェルド” では、民間人に過ぎないジャーナリストの指示に従って動いてもらうことになる……いくら腕が良かろうと、国家間の対立枠に囚われている者に頼めた話ではありません」
 思い返してみれば、ユニウスセブンで地球側の代表者と条約を交わしたのは他でもない、この女だった。
 皮肉なもんだな、という思考を見抜かれたわけでもないだろうが、
「とはいえ、これは議会の承認など受けていない――我々が独断で始めたことです。軍の任務ほどでないにせよ、危険も伴うでしょう。あなた方が納得いかなければ、無理強いは出来ません」
 カナーバは、自嘲混じりに壁際のスイッチを押した。



NEXT TOP

半分本当、半分は嘘な、パパママたちの作戦説明。そんなこんなで、ジュール隊の地球行きは決定しましたー!(これでちょっとは近づきますよ、ディアミリの物理的距離)