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■ 見えない真実 〔1〕


「――さて」
 ぐるっと砂浜を見渡して、どっかり腰を下ろすと、
「まずは議長との会話内容、食った飯やもらったモン、詳細ぜんぶ客観的かつ手短に報告せい。場合によっちゃ、本社から粗品くらい贈ってもらわにゃならん」
 コダックは、おもむろに切り出した。
 そうか。部外者である運転手の耳に入れるわけにはいかないから、こうして場所を変えたのか。
 納得したミリアリアは、さっきのやり取りを回想しつつ出来るだけ忠実に再現した。

「あ……あと、名刺もらっちゃいました」
「どれ、貸してみろ」
 手渡された厚手の紙を、しげしげ眺めたコダックは、ふんと鼻を鳴らした。
「番号やらは、メモを取ったか?」
「いいえ」
「なら、さっさと書かんか」
 控えを取っておけということだろうか? ミリアリアは、バッグから手帳とペンを取り出して、デュランダルへの連絡先を書き記した。記入ミスが無いかもチェックした。
「終わりました」
「よし」
 コダックは、上着のポケットからライターを取り出した。煙草を吸うのかと思いきや、
「ちょっ、なにするんですか!? 師匠!」
 シガレットケースには手を伸ばさず、よりにもよって議長の名刺を炙ろうとする。そういえば、副流煙は良くないとかいって、ミリアリアが近くにいるときは吸おうとしない人なのだけれど。
「プラント最高評議会議長の名刺じゃぞ。うっかり落っことして、拾われて悪用でもされたらどうする。必要な番号だけメモして、焼却処分するんだ、こういうモンは」
 つまみ上げた名刺を、日焼けした顔の横でひらひらさせ、あまりに尤もらしい口振りで言うから、
「それもジャーナリストの心得なんですか?」
 なるほど、と感心しながら訊き返すと、コダックはあっさり首を横に振った。
「こりゃ、ワシの主義だ」
 ぼぼぼーっと音をたてて、立派な名刺は炎に包まれた。

 めらめら燃え始めた名刺を、後ろの砂浜に放り捨て。
「さて、と――それじゃ次は、おまえさん個人の感想を聞かせてもらうかな」
 コダックは、うながすように顎をしゃくった。
 勘繰りすぎだと呆れられるだろうが、師がどう思うか知りたい。ミリアリアは、さっきカフェで考えた、腑に落ちない部分を包み隠さず話した。

「あの論客相手に……ヒヨッコにしては、よく渡り合った方だろう。後からとはいえ、予備知識をフル活用して矛盾に気づいた点をまとめて、ギリギリ及第点といったところじゃな」
「は?」
 話を聞き終えたコダックは、にやりと口の端を吊り上げた。
「褒美に、おもしろいモンを見せてやる」
「なんなんですか、さっきから? ご自慢の湯呑みコレクションなんか見せてもらったって、おもしろくないですよ」
 ディオキア行きが決まってから、ずっと仏頂面だったのに。
 今はなにやら、ひどく人の悪い笑みを浮かべている。小馬鹿にするならするで、豪快に笑い飛ばしてくれれば良いものを。
「バカもん。いいから、さっきの名刺を見てみい」
「名刺って。師匠が燃やしちゃったじゃ――」
 釈然としない気分で、黒い灰と化したそれに視線をやったミリアリアは、
「!?」
 ごしごしと両目をこすり、燃えカスの傍らに屈みこむ。
「なに……これ」
 どれだけ科学技術が発達しても、こういった名刺は、やはり紙で出来ているものだ。
 当然、焼け焦げて微風に飛ばされ、さらさらと砂浜に散りつつある――しかしそこには鈍色の、薄い金属板が残っていた。ところどころ熱で溶けて変色してはいるが、なにか細かいボタンや配線まで見て取れる。
 なぜ、議長から渡された名刺を焼いた跡に、こんな変な物が出てくる?
「燃えて壊れた小型盗聴器、もしくは発信機……といったところじゃろうな」
 コダックは肩をすくめ、しれっと答えた。
「どうして、そんなもの――」
「ギルバート・デュランダルが、ワシら業界人の間で、なんと呼ばれとるか教えてやろうか」
 ミリアリアは、すっかり当惑しながら師を振り仰ぐ。
「ブラック・フォックス」
 コダックは、物騒な笑みを弟子に向け、告げた。
「腹黒いキツネじゃよ、あの男は」

×××××


『なんなんですか、これ? 説明してください!』
『説明もなにも、見たまんまだ』
『それでどーして師匠は平然としてるんですかっ!?』
『細かいことは、後でゆっくり話してやる。そろそろ戻らんとレンタカー料が高くつくじゃろ』

 確かに、運転手を待たせたまま長話は出来ない。ミリアリアは不承不承、師に従った。

「そもそも、あれは受け取った時点で気づかにゃならん。あきらかに普通の名刺より重かっただろう?」
「立派な造りだなとは思いましたけど――そんな、重さ比べが出来るほど、もらったことありませんよ」
「まだまだ、だな」
 滞在しているビジネスホテルの、一室で。
「要するに議長は、おまえさんを部外者の民間人とは思っとらん」
 斜向かいに胡坐をかいたコダックは、いつものごとく緑茶をすすりながら断じた。
「アークエンジェルを探すにあたり、情報源になると考えたわけだな。今回、取材許可が降りたのも、おおかた議長の差し金だ。ワシは、おまえさんを警戒させずに会う為のダシに使われたんだろう」
「えっ?」
 ミリアリアは、さすがに面食らった。
「ザフトの広報担当者が師匠を知っていたから、依頼が来たんでしょう?」
「ワシは、べつにプラントに好意的な人間じゃねえ――ただ単に、どこの味方をする気も無いだけだ。フリーの報道カメラマンなんぞやっとる奴は、大抵そうだがな」
 それはまあ、そうだろう。
 しがらみに縛られず動ける、代償に、組織の後ろ盾を得られない。フリーと名のつく職業は皆そうだ。
「ワシの名前を知っとるなら、当然、記者としてのスタンスも伝わっとるだろう。コンサートを取材させるだけが目的なら、普通はザフト寄りの、ああいうお祭り騒ぎが好きそうな若手を呼ぶさ」
「だとしても、名刺だけ渡せば済むことじゃないですか? あんな物くっつけなくたって――」
 例の壊れた金属板は、現在、コダックが保管している。
 発信機か盗聴器だったのか定かでないが、ラクスの行方を知りたいからって、プライバシー侵害されては堪らない。
「ああ、おまえさんが期待どおりに連絡くれるなら、犯罪まがいの真似をする必要はない。ひと回りも年下の、小娘の私生活に興味があったとは思えんしな」

 そう。世間一般の評価と、直に会って話した印象は寸分違わなかった。
 ギルバート・デュランダルは紳士だ。あらゆる立ち位置の人間を、いとも容易く魅了する、天性の社交術を兼ね備えた合理主義者。
(そういえば……なんか、ちょっとアイツに似てるかも?)
 含みのある声色や、妙に艶めいた雰囲気。ディアッカが、ふざけた物言いをしないようになって、もう少し毒気が抜けて、十年ぐらい経ったら――ちょうどあんな感じの男性になるんじゃないだろうか?
 思考が、危うく関係ない方向に傾きかけて。ミリアリアは、ぶんぶんと首を振った。

 とにかく相応の理由がなければ、あんな仕掛け、しないはず。
 コダックが見抜いてくれなかったら、自分は疑いもせずアレを持ち歩いていただろう。
「……じゃあ」
 口約束とはいえ、なにかあれば連絡すると答えた相手を、こっそり監視しておく必要があるということは、つまり。
「もし、アークエンジェルの居場所が判っても、私が教えそうにないって思われてる――?」
「だろうな」

 自問するミリアリアに肯いてみせ、師は、話題を次へ移した。

「アスハの別邸で発見された金属片があるだろう? ザフト製モビルスーツの残骸だと、モルゲンレーテが判断した」
「は、はい」
「機種が特定されたと、オーブに滞在中の同業者から情報が入った」
 コダックは、ひらんと一枚の写真を出してきた。
「UMF/SSO-3 “アッシュ” ――特殊部隊にのみ配備されとる、ロールアウトされたばかりの機体だそうじゃ」
 そこには、亀と蟹を足して2で割ったような、奇っ怪なフォルムのモビルスーツが映っていた。
「外部に横流しできるほど数は無い、盗まれたんなら工廠が気づかんはずがない……そんなモンが、なんでオーブの海岸近くに大量に転がっとるのか」
 数え上げるように言い、こちらを見やる。
「別邸では、確か “砂漠の虎” も暮らしとったはずだな?」
 ミリアリアは、こくんと頷いた。
「ザフト軍人だった男なら、相手がナチュラルかコーディネイターか、敵機が新型かどうかの判断ぐらいはついたじゃろう」
 コダックの口振りは、それらを推測の域と考えている感じではなかった。
「連中は、おまえさんのように怪しんで――いや、直に “アッシュ” と戦ったんなら、判断材料はもっと多かったはずだからな。もう少しはっきりした危機感を抱いて、オーブに留まることもプラントへ避難することも危険だと考え、アスハ代表を掻っ攫って逃げたんだろうよ」
「…………」
「アークエンジェル側が、プラント――議長を疑っとるなら、昔の仲間に再会したとて、自分らの動向については口止めするだろう。おまえさんが、赤の他人であるデュランダルに肩入れする理由はない。となれば、名刺に細工して寄越す理由もつくな?」
 そう考えれば、確かに筋は通る。
「評議会全体がグルかどうかは知らんが、第三者に目撃される危険を冒して、新型モビルスーツを何機も送り込んでまで殺さにゃならんほど、プラントに影響力を持つ人間といったら」

 ラクス・クライン。

「あの歌姫様しかおらん。彼女を消すために、別邸を襲ったんじゃろう。だが刺客は返り討ちに遭い、殺害は失敗――そうして行方をくらまされちまったから、手掛かりとして、かつてのクルーに目をつけた」
 世間話でもするような、なんでもない口調でコダックは結論づけた。
「おまえさんの推測が、的を射ているということだな」
「でっ、でも! それも、やっぱりおかしいじゃないですか?」
 どんどん飛躍していく師の仮説に、ミリアリアは、あわてて口を挟む。
「もし、ラクスの人気を利用したくて、声が似ている子を代役に仕立てて。それで……本物に出てこられると困るからって、暗殺しようとするんなら……」
 てっきり一笑に付されると思った憶測を、まさか肯定されるとは。
「デュランダル議長が噂どおりの切れ者なら、もっとこう――スマートにやるんじゃないですか? こんな、後に証拠が残っちゃうような乱暴なやり方」
 戸惑いながら必死で反論を試みるが、コダックの返答はにべも無い。
「ユニウスセブンからこっちの騒ぎで、悠長にやっとる余裕がなくなったと考えれば、そうおかしくもなかろう」

 おかしいもなにも、否定してもらえなければ困るのだ。
 いつもみたいに、なに寝ぼけたこと抜かしとるんだ、とか。そんなふうに。
(だって……)
 もし本当に、そうだとしたら。ラクスたちは、これからずっと、オーブには戻れずプラントにも行けず――孤立無援で逃げ回らなければならないということではないか!?



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情報源として狙われる、ミリアリアさん。時間軸は、ミネルバパイロットたちと “ロゴス” について話すちょっと前かな……。捏造話ですので、あまり深く突っ込まないで下さい。