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■ 戦士の条件 〔2〕


 がたんと音を立て、扉が開いた。
 ひやりとした空気を肌で感じながら足を踏み入れると、薄暗かった通路にライトが点き――すぐ傍に在りながら、暗闇に融け込んでいた無機物を照らしだす。
「……これは」
「ブリッツ?」
 イザークが呟いた名は、ディアッカも漠然と思い浮かべた――今は亡き同僚の機体だった。

 カラーリングは黒とグレー。鋭角的なフォルム。現在ザフトで主流になっている “ザク” や “グフ” より、かつて搭乗していたGAT-Xシリーズを髣髴とさせるモビルスーツが、三機。

「用途が近ければ、必然的に形状も似てくるからね」
 うち一機のコックピットから、技術者と思しき壮年の男が顔を出した。
「父上? その機体は……」
 わずかに困惑の色を残したまま、シホが問いかける。
「シュバルツ、だ。移動速度を含め、ミラージュコロイドの連続使用に特化している。41時間と20分――現時点ではそれが限界だが」
 彼女の父親らしき人物は、すらすらと語った。
「予備のパワーパックをひとつ内蔵しているから、片道で40時間程度と考えてくれればいい。プラント近域や、地球の市街上空をすり抜けるには充分だろう」
 開発責任者だろうか? それにしては、右も左も分からないといったシホの様子が解せないが。
「君たちに断られれば、他を当たらねばならんからな。どうするか決めてくれ」
 “シュバルツ” を仰ぎながら、タッドが促し。
「引き受けます」
 即答したのは、やはりイザークだった。
「連合側に譲歩する姿勢が無い限り、ザフトも戦い続けるを得ません。どちらかが力尽きるまで――それでは結局、先の大戦となにも変わらない。そうしている間に死んでいくのは、前線に置かれた兵士や民間人だ!」
 停戦の兆しすら見えない現状に、相当いらついていたらしい。
「ま、戦争の早期終結に繋がるんなら、可能性でも賭けた方がいいよなぁ」
「私もです」
 それに隊長一人で乗り込ませるなんて危なっかしいし、とは、たぶんシホも思っただろう。
「……そうか」
 エザリア、カナーバと顔を見合わせ、タッドは頷いた。
「ならば、ターミナルに連絡を入れねばならんな。出発は六時間後――操縦系統はザフトの量産型モビルスーツと変わらないはずだが、発つまでに少し機体に慣れておいてくれ。ハーネンフース、ユーリ、スペック説明を頼むぞ」
 分かりました、と返したシホの父親は、
「所長。どこですか、所長ー!?」
 呼び散らしながら、通路の階段を駆け下りていった。
「なんだね、最終調整はまだ――」
 また別の声が聞こえ、かんかんと靴音が近づいてくる。やがて姿を現した人物は、またもや面識ある相手だった。
「……アマルフィ議員?」
 応用機械化学、応用冶金学、ロボット工学等を専門分野とする第一人者。
「ああ、そうか。もう指定した時間だったのか」
 二年前に戦死した同僚の父親は、議員だったのは昔の話だがね、と苦笑した。
「久しぶりだね、元気そうでなによりだ」
 柔和な表情にほんの一瞬、影が差したように感じたのは……ニコルを失った痛みか、ディアッカ自身の負い目だったのかは、判らない。



 デブリなどの障害物破砕用に、ビームサーベルと、ガトリングビーム砲。
 装甲強度は、単機での大気圏突破に対応している。
 目的地への最短経路はインプットしてあるが、移動中のトラブルに関しては各自で最善と思われる判断を。

 スヴェルドの研究施設、後方。
 森林中央部に位置する、湖の傍――岩陰に大型ジープが一台、待機しているはずだ。
 そこで麻酔銃と、見取り図を受け取り、指示された時刻に裏ゲートから侵入。
 同時に、研究スタッフとして潜り込んでいる “ターミナル” の一員が、監視カメラと警備システムを潰す。
 情報源の確保が目的であるから、一般職員も含め、館内には極力被害を出さないこと。


 出発時刻間近。
 ディアッカは、真新しい機体のコックピットで、行程を確認していた。
 シート後部に固定された非常用パックの中には、ドリンクや携帯食の他に、シルバーグレイの精密機械が転がっている。

『こんなときに私情を挟むのもどうかとは思うんだが、ひとつ、頼まれてくれないか?』

 先刻、ユーリ・アマルフィから託された、小型デジカメだ。
『ロミナ……妻が、ニコルが眠っている場所を見てみたい、と言いだしてね』
 ニコルの母親。
 ディアッカには、戦後、死者を追悼する式典で会ったときの、やつれ泣き腫らした印象しか残っていなかった。
 生き延びた “息子の同僚” を見るのも辛い、という顔をしていた。

 流れた月日が、喪失感を拭い去って、優しい記憶だけ残してくれたならいい。
 でなきゃニコルが草葉の陰で、胃潰瘍を起こしかねないと――考えることが、感傷に過ぎないとしても。

『すぐにでも連れて行ってやりたいところだが、こんな情勢では、地球に行きたくても降りられそうにないからね』
 それはそうだ。
 戦時下に、元議員とはいえ民間人の夫婦が、旅行目的でシャトルに乗れるはずがない。
『写真を、撮って来てもらえんだろうか』
 造作ないと思った。
 あの群島がどこに在るかは今も鮮明に覚えている。
『イザークはよく暴れて物を壊すと、昔、ニコルが話していたからね。君に頼んだ方が良いかと思ったんだが……さすがに二年も経てば、彼も落ち着いているかな?』
 懐かしそうに話すユーリにつられて、ディアッカも 『いや、相変わらずひどいもんですよ』 と苦笑した。

×××××


 息子たちが乗り込んだ “シュバルツ” の機影は、ゲートから出る直前、相次いでミラージュコロイドを展開――人工の空に融けるように消えた。順調に行けば、十日前後で戻ってくるだろう。
「タッド」
 最後に窓辺から離れたエザリアは、こちらをジロッと睨みつけた。
「正直に答えなさい。勝算は?」
「2%くらいかねえ」
 誠心誠意、事実に基づいて答えたというのに、間髪入れず 「ふざけるな!」と怒鳴られた。
 ……理不尽な話である。
「最初に言っておいたろう? 私に断言できるのは、デュランダルが前提条件を揃えつつある、ということだけだ」

 一介の学者が 『人類救済計画』 を提唱したところで、為政者が取り合うはずも無し。よしんば興味を示す者がいたとて、全人類の賛同を得ることなど不可能だ。
 極端な制度であればあるほど、必ず反発する者が。敵愾心を抱く人間が現れる。
 だが彼は今、プラント最高評議会議長の地位にあり。
 その方針に抗う者たちを、武力を用いず “矯正” する術があるとすれば――デスティニープランは、もはや夢物語ではない。

「だから対抗策を練る、と我々を集めておいて、2%とはなんだ!」
「まあねぇ……ユニウスセブン落としに絡んでいた、ザラ派の残党が割り出せれば、まだ楽になるんだがねえ」
 タッドは、おおげさに溜息を吐いてみせた。
「嫌味のつもりか? それとも私を疑ってでもいるのかッ!?」
 エザリア・ジュールが、男言葉を使う。
 それ即ち、ヒステリー爆発寸前である。
「いやいや。むしろ君が、健全な失脚政治家ライフを送っていたと判って安心しているよ」
「貴様こそ、脱走兵の父親だろうがー!!」
 とうとうぶち切れたエザリアは、足元に積んであった鉄屑を拾うと、手加減なしに投げつけてきた。
(美人が怒ると凄みがあるなあ)
 他人事のように観賞しながら、難なく飛来物を回避するタッド。
 鉄屑は壁に激突して、かこーんすこーんと金属音を反響させながら、どこかへ転がっていった。
「まあまあ、落ち着いて」
「ダメですよ。彼の悪ふざけに付き合っちゃ」
 工廠内で暴れられては大変だ、と焦ったか、ユーリとハーネンフースが宥めに入る。
「……立場としては、私も彼女と同じですね。シーゲルの娘本人と話が出来れば、事の真偽も確かめられるでしょうに」
 アイリーンは物憂げに呟いた。
「今の政界は、穏健派が主流を占めているからね」
 デュランダルを筆頭にした評議会を含め、クライン派――もしくはそれに準ずる人間の集まりであるプラント政府そのものを、ラクスたちが警戒しているとすれば。
「シーゲルと懇意にしていたとはいえ、君に助けを求めることも憚られるだろう。仕方ないさ」

 そう。先刻、息子たちに尤もらしく語ってみせた “経緯” は、全面的に嘘だらけだった。
 実際には、アイリーンは、ラクス・クラインの動向など把握しておらず。
 ターミナルの情報に信を置くなら、アスハ邸を襲った輩はコーディネイターの特殊部隊であり、また評議会が “替え玉” を使っている理由など、すでに野に下った身では知る由もない。
 ザラ派の残党が動いていたなら、パトリックの側近だったエザリアに接触があってもおかしくないが、これまた何ひとつ知らされていなかった。
 つまり自分たちは、揃って蚊帳の外に置かれているわけだ。

「なにもかも憶測に過ぎん段階で、軍人である彼らに、ザフトや政府への猜疑心など植え付けるべきではないだろう? 取り越し苦労に終わればまだ良いが、場合によっては、いたずらに危険にさらすことになる」
 特に、イザーク・ジュールの気性は隠し事には向くまい。
 当面は “あの説明” で口裏を合わせておいた方が無難だ。
「デスティニープランを阻止する為に必要なデータは、エクステンデッドに関する機密文書だ。蛇の道は蛇――連合や評議会の内部調査については、ターミナルに任せるさ」
「ですが、タッド……あなたが知っているデュランダルは、何年も前、政治家ですらなかったのでしょう? 今はプラントや世界の為に、善政を布いているとは考えられませんか」
 慎重な態度を崩さず、アイリーンが異見を唱える。
「遺伝子解析により人間のあらゆる適性を見極め、相応しい “道” を提供する――管理システムが支配的であれば、確かに、そこで生きる人々は連合のエクステンデッドと変わりないかもしれません」
 戦いを強いられ、戦いこそ幸福だと信じたまま生きる。
 他の道を選ぶことはおろか疑うことさえ許されずに。
「ああ、本質は同じだろうね」
 他者の人格を、尊厳を奪うという行為が、あからさまであれば不快感を与え、オブラートに包まれていれば表面に出にくいだけだ。
「逆に、敷かれたレールを歩くか否かが個人の意志に任されるなら、それは一種の社会保障制度です。プロパガンダに祭り上げられた “歌姫” や、オーブに亡命していたパトリックの息子を、破格の条件で軍に戻したことも……個人的には納得出来ませんが、素質ある者が、才能を生かせる分野に進むに越したことは」
 そこで突然、エザリアが金切り声を上げた。
「冗談じゃありません! これ以上、デュランダルに振り回されてなるものですかっ」
 全員から注視されても、ためらいなく私情を吐き捨てる。
「せっかく政治家として経験を積み始めた矢先だったというのに、あの男……! イザークもイザークです、恩義だかなんだか知りませんが、口車に乗せられて前線になど戻ってしまって」
 先の大戦後しばらく、イザーク・ジュールは臨時評議会の議員として働いていた。
 元々、息子を政界の要職に就けたかった彼女には、隊を率いる立場とはいえ一兵士に戻ってしまった現状が、いたく不満らしい。
「しかし娘に聞いた話では――彼は、なにも命じられたわけではなく、議長が語る政治理念に感銘を受けて軍に戻ったようでしたが?」
「だからといって息子の人生を、しかも赤の他人から、指図されたい親がいますか!」
 ハーネンフースの問いにも、噛みつくような勢いで反論する。
(……誰もがエザリアのように感じるなら、プランが発表されても放っておけば済むんだが)
 しかし受け止め方は、人によって異なるだろう。
「確かに、余計なお世話というヤツだな」
 ユーリは肩をすくめ、同意した。
「彼らが軍に身を置き、命がけで戦っているのは “平和” を守る為だろう。だが、それは自由を代償にするものではないはずだ」

 ニコル・アマルフィは、戦死した。
 我が子に先立たれた親の心情に思い至ったか、エザリアは、小さく息を呑んで押し黙る。

「“積極的自衛権の行使” を謳いながら、拡大し続ける軍事予算。マイウスの各研究所に要請された、デュートリオンを始めとする技術の再開発……そうでなくとも軍部には、ターミナルが指摘した不審点がある。タッドが言う “最悪のパターン” を想定しておくべきだと思うよ」
「いや。考え過ぎであってくれれば、いいんだがね」
 ユニウスセブンを落とした犯人は復讐に駆られたテロリスト。アスハ邸襲撃はブルーコスモスの差し金で、地球連合軍の横暴をザフトが阻止すれば、戦争は終わるというなら――エクステンデッドに関する資料は、近い内にプラントに運び込まれる少女の、治療の一環に役立てるだけだ。
「ギルバート・デュランダルは有能だ。彼がこのまま人道的な政治判断を続けるなら、連合の支配から各国を解放して、戦火は収束する」
「けれど、あなたはそう思っていないのでしょう?」
 元議長の問いに、タッドは、自嘲めいた気分で答えた。
「残念ながら、私が知るデュランダルは、ターミナルの推論どおりのことを顔色ひとつ変えずにやってのける男でね」



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シュバルツ。ドイツ語で “黒” って意味です。SEED初期、Gシリーズ5機が入り乱れて戦うシーンになると、まったく区別がつかなかった管理人、ブリッツを『真っ黒い機体』 と覚えてました。現存のロケットで月まで約5日だそうで、ミラージュコロイドフル稼働で行き来するのは無理っぽいです。C.E73でも。