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■ ターミナル 〔1〕


 サイクリング紛いの脱走劇を体験した、翌朝。
 シャワールーム付きネットカフェでの仮眠休憩を挟み、ディオキア市街へ戻ったミリアリアは、再び、アークエンジェルとの通信にも利用した “中継点” を訪れていた。

 16階建て高層ビル、エントランスホールの突き当たり。
 傍目には袋小路でしかない空間の、柱裏に隠されたセンサーに、胸元のプレート――ターミナルの通行証をかざすと手前の壁が音もなく左右に開き、地下へ続く階段が現れる。
 通路を左折した10数メートル先、
【 関係者以外立ち入り禁止 】
 張り紙された扉の前でもう一度 “通行証” を示せば、そこから先は情報の坩堝だ。
 ずらり並んだ個別PCブースに、あちこちで鳴りっぱなしの電子音。テレマーケティング業界のコールセンターを思わせる内装の、ここは中継点の中でも最大規模に分類されるだろう。

「いよぉ、フジ! 派手に壊されたらしいなー、旅館」
「相変わらずムチャしますねえ、ゲンさんは」
 入室するなり、コダックたちと顔見知りらしい人々が陽気に声をかけてくる。
「そのムチャに付き合わされる僕は、たまったもんじゃありませんよー」
 宿の亭主は、さめざめと訴えた。
 昨晩からこっち、どこかに腰を落ち着ける余裕もなく――加えて、わざとなのか癖か、コダックは他者を名前で呼ぶことが滅多に無いため――知らぬまま来てしまっていたが、どうやら彼の名前は『フジ』 というらしい。

「確認するまでもなく、壊されたか」
「ええ、もう! 俺たちリアルタイムで観てましたけど、蜂の巣ってああいう感じを言うんでしょうね」
 コダックが問うと、同業者たちは興奮もあらわに肯いた。
 ブースの一角に案内され、さっそく記録映像を再生してもらう。
「…………怪獣映画みたいだ……」
 温泉宿が無惨に踏み潰されていく様をそんなふうに評しつつ、がっくり項垂れる元宿の亭主、フジ。
「泣け泣け。今日は、呑みたいだけ奢ってやるからさ」
「朝まで付き合ってあげるわよ」
「……美人さんとお話できる高級バー?」
「うんにゃ、自販機の缶ビール」
 これまた旧知の間柄らしい男女に、ばしばし背中を叩かれて、またもや 「はあ〜」 と嘆息した彼の、
「ザフト、ですね」
 細い目が、すっと画面に戻る。
 破壊行動を終えた “アッシュ” が引き揚げていった先は、やはりと言うべきかザフト基地内部だった。隊列を崩さず、順に格納庫らしき建物に入っていく――そこで、映像は途切れていた。
「どっかの組織が設計図を手に入れて、わざわざ似せて造ったんでなけりゃ、当然だな」
「とにかく、これで犯人を捕まえられますね!」
 声を弾ませる弟子に、コダックは 「そう簡単にいくか、あほう」 と容赦なく冷たい一瞥をくれた。
「だって、ザフト機が使われたって証明できれば」
「フリーダムもザフト製、連合軍の旗艦から飛び出してきた三機は、アーモリーワンで強奪された新型。アークエンジェルは元々連合のモンだったと思うが、ワシの記憶違いか?」
「……それはそうですけど」
「アスラン・ザラも言っていましたよね? ごく一部の人間が、勝手にやったことかもしれないと」
 解けたと錯覚していた思考の糸が、またほつれてくる。
「じゃあ、たとえば。この映像をザフト基地に持ち込んで――いきなり襲われました、どうなってるんですか! って騒ぎ立てたら?」
「潜伏していたブルーコスモスのスパイを発見。アッシュ盗難はそいつの仕業で、追いつめたが抵抗されたので射殺した――とかいう回答文書が、翌々日くらいに送られてくるんじゃねえか」
「揉み消される、ってことですか……」
 物騒な。
 だが指摘されてみれば、いかにも現実に起こりそうな話である。
「いや実際に、プラントに罪をかぶせようという連中の策かもしれませんよ? ザフト機が使われていれば、誰だってまずコーディネイターを疑うでしょうから」
 フリーダムに始まり、エターナル、ここ最近の事例ではカオス、ガイア、アビス。
 部外者が侵入して戦艦やモビルスーツを奪い取れてしまう、ザフト軍のセキュリティに隙が多いことは報道界でも指摘されている事実だ。どこかのテロ組織が盗み出して使った可能性も、充分に考えられる。
「逆に、プラント側に首謀者がいるとすれば―― “ターミナル” が嗅ぎ回っているとバレて、先手を打たれるだろう。パイロットの顔すら映っていない、これは物証としては弱すぎる」

 権力を舐めてかかれば、死ぬぞ。
 つぶやくコダックの表情は、ひどく険しかった。

「どんな犯罪であれ、決定的な証拠なんぞ見つからないことの方が多いんだ。ザフトの内情については、これから調べるが……過度の期待はするな」
「それに、ハウさん」
 さっそく知人が買ってくれた缶ビールを空けながら、フジが言う。
「ゲンさんが、あなたたちを囮に旅館を襲わせたことに関して、敵機の出所は “ついで” でしかないんですよ」
「えっ?」
「モルゲンレーテの解析で、アスハ邸を襲った機体は “アッシュ” だと、すでに判明していました。犯人が誰であれ、ザフト内部に接触したことは疑う余地もないんですから、そこはたいした問題じゃない」
 首をひねる弟子を見やり、コダックは短く告げた。
「知りたかったのは、歌姫様がいなくても仕掛けてくるのかどうか、だ」
「あ!」
 遅まきながらに、キラの話を思い返す。
「そうだ――狙いはラクスだった、って」
 こちらを監視していたなら、旅館に彼女がいないことくらい判るだろう。それなのに、なぜアッシュ部隊は襲ってきた?
「相手がどこぞのテロリストで、標的が歌姫様だけで、周りを巻き込むつもりが無いんなら……極端な話、ラクス・クラインが名前を変えて姿をくらましさえすれば、これ以上なにも起こらん」
「けれど彼らは、問答無用で旅館を潰してくれましたからねえ」
 フジは、盛大に溜息をついた。
「アスハ代表か、フリーダムのパイロットか、二人に接触した僕らか判りませんが――とにかく敵さんには、ラクス・クラインだけでなく周りの人間もジャマなんでしょうよ」
「でも、それじゃあ……誰が怪しいのか、どうやったって断言できないってことでしょう?」
 考えれば考えただけ、解釈の幅が広がって収拾つかなくなってしまう。
「それなのに、どうして師匠たちは、デュランダル議長を疑うようになったんですか」
 ふと浮かんだ疑問を口にすると、
「分からんのか」
「え?」
「自分が、そう考えるに至った理由すら整理しきれとらん状態で、世界のゴタゴタに首を突っ込むつもりだったのか?」
 呆れたもんだ、と眉をしかめたコダックは、唐突に言い放った。
「追試だ」
 在学中にもあまり縁の無かった単語に、ミリアリアは 「はい?」 と戸惑う。
「確かにワシらは、評議会――特にデュランダルが怪しいと踏んで動いとる。地球だけでなく、プラントの連中もな。その理由を当ててみせろ」
 タイムリミットは二日後、アークエンジェル側と落ち合うまで。
 “ターミナル” のデータベースは好きに閲覧してかまわんが、他人に意見を求めるな、一人で考えろ。
「おまえら! くれぐれも、こいつに入れ知恵はするなよ」
 コダックは、興味津々こちらの様子を窺っている野次馬たちに釘を刺すと、片隅のPCブースに弟子を放り込んだ。

×××××


 さっぱり答えの見当がつかない 『追試』 に、悩み続けて夜が更けて。
 宿泊者用の個室に移動したミリアリアは……朝が来て昼が過ぎてもまだ、プリントアウトした資料の束を前に唸っていた。

 アーモリーワンの強奪騒ぎ、人為的に落とされたユニウスセブン、連合の核使用、アイドルとして復帰した歌姫、オーブの条約加盟、カガリを結婚式場から攫ったフリーダム、ダーダネルス戦――それぞれプラント、もしくは地球で大々的に報道された出来事だ。
 目まぐるしく、揺れ続けている世界。
 その流れの中で、何者かが差し向けたザフト機によって、アスハの別邸が破壊されたことは事実。

(……他に、判ってることってあったっけ?)

 ディオキア基地で話をした、議長に不審を抱いた切っ掛けはトールのことだった。
 けれど彼の戦死や自分との関係は、アークエンジェルを始めとする三隻同盟の関係者には、医務室の一件も含め多かれ少なかれ知られていただろうから、又聞きに伝わっていた可能性も否定できない。

 それから、なぜラクス本人に協力を頼まず、別人を歌姫に仕立て上げたのかと勘繰ったが。
 彼女がオーブに亡命したことはともかく、二年も過ぎた今どこに住んでいるかまでは把握していなかったとしたら? 行政府のカガリを通して連絡を取ろうとしても、大西洋連邦に与する意向を固めていた宰相あたりが、わざと繋がなかったとも考えられる。
 盗聴機の件だって、それだけ切羽詰っていたとか、地球側の最新ニュースを得るためだとか、いくらでも理由は挙げられるのだ。
 ユニウスセブン落としについて、オーブに住んでいたラクスを狙ったという解釈も、結局のところ憶測に過ぎない。
 『証拠はなにも無い』 と、あのときコダック自身も認めていたではないか。

 “ターミナル” は、属する者の主義主張を問わない。
 クライン派に象徴される平和主義者、ナチュラルを蔑視するコーディネイター、あくまで中立の立場を貫く人々、ブルーコスモス寄りの人間とて存在する。
 多種多様なジャーナリストたちが共有するものは、ただひとつ。現実だけだ。

 しかしコダックは、プラントの同業者もデュランダルを疑っている、と言った。

 カガリやラクスの窮状を知っても、議長を弁護したアスランを思えば、なおさら。コーディネイターである彼らが、実績と人望を兼ね備えたプラントの指導者に疑心を向けるには、なにか決定打が必要となるはず。
 コダックやアスランが切り返した、自分でも思い直したように――視点を変えれば解釈も一変するようでは状況証拠としても弱すぎる。これまで見聞きしてきたことは、そんなあやふやな事柄ばかりだ。

「うーっ……解るわけないじゃないのよ!」

 簡易ベッドに寝転がり、ぐしゃぐしゃと髪を掻き毟ってみても、癖っ毛がさらにハネただけだった。
 少し頭を冷やそうと、そのまま手足を伸ばし深呼吸してみる。

 師は、おそらくフジも、確信を抱いた上で動いている。
 けれど、ミリアリアには分からない。
 キャリアの差と割り切ってしまえばそれまでだが、もう一年以上、コダックと行動を共にして同じものを見てきた――なによりキラたちの個人的なことなら、自分の方が詳しい。
 “ターミナル” のデータベースは洗い浚いチェックした。カメラマン助手としての記録たる、写真も調べ直した。現状に関わりがありそうなことは、片っ端から。
 
 だったら他に、なにを見落としているんだろう。
 忘れている問題が、あっただろうか?

 のそのそ這っていって、片隅に置いてあった手荷物を膝に乗せ、ポケットやファスナーを片っ端から開けて中身をぶちまけてみた……が。
 ファイルや書類、カメラなど、考える手掛かりになりそうな物はすべて、昨日からテーブルに広げていたのだ。
 ショルダーバッグからは、地図とカロリーメイト、化粧ポーチ。
 愛用のカメラバッグからは、予備のフィルム、レンズクリーニング用品――あとは二年前、知人から押し付けられたアクセサリの小箱くらいしか出てこなかった。

 シーツの上に落ちた拍子で、外れたフタの下から、ころんと転がり出る銀鎖のネックレス。
 きらきら、きらきらと光るアメジストを眺めていると、心和むどころか腹が立ってきて、

「だいたい、あんたたちがモビルスーツ盗まれたりするから、こんなややこしい事件になるのよッ!!」
 ミリアリアは、勢いよくフタを閉めなおすと、むぎゅうとばかりに小箱を元のポケットに押し込んだ。ついでにバッグを蹴飛ばしたものの、
(……傷とか、付かなかったわよね)
 乱暴に扱い過ぎただろうかと不安になり、もう一度ひっぱり出して、変わらず紫に輝いている様を見とめ。なんとなく小動物を相手するように箱を撫でてから、
「――って、なにやってんのよ、私!」
 我に返ったところで、べつに誰も見ていないのに気恥ずかしくなり、また粗雑に小箱をしまい込んで溜息をついた。

「あーあ、もう……」

 結局なにも分からないままギブアップして、師匠の指示に従い、アークエンジェルに乗り込むのか? せっかくジャーナリストとして独立を認められたのに。
 キラたちと合流すれば、戦場の様子は直に確かめられるだろう。
 けれど、外の動き――世界の流れは、コダックたちから送られてくる情報に頼るしかなくなる。
 アークエンジェルが、あらゆる軍を力ずくで止めようとするなら。ディアッカやイザークが属するザフト、同じナチュラルである連合、母国のオーブ軍とも戦わなくてはならない。
 その先すら思い浮かべられず、自分は戦場に居られるだろうか?
 他者に訴えられる “理由” を持たないままでは、簡単に折れてしまう気がする。
 戦争を止めたい、カガリを助けたい、ラクスたちを襲った犯人を突き止めたい――けれど各国の戦闘に介入し続けることが、こんがらがった事態を打破するとも思えない。なにもしないよりマシだと成り行き任せで動いては、アスランが指摘したように、戦場を混乱させてしまうだけだ。

 意に反した選択を迫られたカガリの事情、襲ってきた “アッシュ” 部隊のことも、自分たち以外の誰も知りはしないんだから。
 そこまで考えたところで、引っ掛かりを感じた思考回路が一時停止する。

(……知らない?)

 飽和状態の頭で、ここ数ヶ月、特にプラント内部におけるニュースを順に読み返し。
 次に、再び取り出したアメジストを目の前に掲げた、ミリアリアは 「あー!」 とも 「えー!?」 ともつかぬ頓狂な声を上げていた。



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追試。ああ、なんて懐かしい響き……! アークエンジェルに乗り込むまでが、ミリアリアsideにとって一区切りであるため、ここいらで総括というか総集編(?) やろうと思います。