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■ ターミナル 〔2〕


「師匠、フジさん! 分かりましたよッ」
「ああ?」

 ばたばたと駆け込んできた弟子を見とめ、コダックは真っ先に、湯飲みと急須を脇に退けた。
「おかしいのは騒ぎになってることじゃなくて、なってないことがおかしいんですよ!」
 ミリアリアは、気が急くままに。
 辞書にも匹敵する厚みとなった資料の束を、スチールデスクに叩きつけた。
「基地から “アッシュ” が盗まれたなんてニュースは、ここ半年のデータベースを洗っても、噂としてさえ存在してません」

 ディアッカに八つ当たりしても仕方ない、という以前に、彼ら一般兵は――おそらくはイザークたち士官クラスの人間も、そんな事件が起きたと知らない。公表されていないのだ。
 量産機のザクならまだしも。ロールアウトされたばかりの特殊戦支援型モビルスーツが、ごっそり盗まれたと判れば普通、公開調査が行われるだろうに、犯人探しをするどころか 『最初から無かったこと』 にされている。
 ……なんの為に、だ?
 現場の作業員が、管理責任を問われることを恐れ報告を避けたか? 放っておけば、アーモリーワンの二の舞。奪われた機体が、自分たちを襲ってくるかもしれないのに。
 では、機密保持のため?
 そうと考えるには、手元のデータを見る限り、これといって目新しい技術が用いられた様子もない。

「奪ったザフト機でラクスたちを狙うことは、確かに外部犯にも可能です」
 
 キラは、プラント政府を警戒せずにはいられない事態に直面した。
 逆にアスランは、連合の核攻撃以降ずっと、信頼に足る議長の政治采配を目の当たりにしてきた――視点が違う両者の、主張が噛み合わないのは無理からぬことで。
 他人の心は誰にも覗けないんだから、議長の本音など突き詰めても水掛け論にしかならない。

「だけど、評議会の指揮下にあるザフトにおいて、こうまで完璧に事実を隠蔽することは、プラント上層部の人間にしか出来ません」
 
 そもそも以前、コダックが示唆していたではないか。
『外部に横流しできるほど数はない、盗まれたんなら工廠が気づかんはずがない』 と。
 ラクスやカガリにばかり気を取られ、肝心な部分を聞き流してしまっていたのは他でもない、自分だった。
 ディオキア基地での、取材直後。
 師から聞かされた荒唐無稽にも思える推論は、こじつけの類ではなく確信に沿っていた――真偽を確かめるというより裏付けのために、これまで策を講じてきたんだろう。

 在るべきニュースが無い。
 証拠と呼ぶには、ささやかな矛盾だが――アスハ邸襲撃を事実と認めるなら、ザフト軍を。実質的な総責任者であるデュランダルの真意を、疑わざるを得なくなる。
 だからこそ、プラントの同業者たちまでが調査に乗り出したのだ。

「……N極とS極が引き合うことを発見した、ガキみたいな勢いだな」
 ずっと黙っていたコダックは、呆れ顔でコメントした。
「いいじゃないですか。自力で気づけば、なかなか忘れませんからね」
「馬鹿を言え。圧死したと思わせ撒いてきたから、いいようなものの――これが外で、プラント政府が送り込んだ諜報員に尾行でもされていてみろ。ワシらが事故死するか、でなきゃ “ナチュラルが憎い” とかいう遺書を残したザフト幹部の自殺体が見つかるぞ?」
 散乱した資料を一瞥し、やれやれと首を振る。
「手持ちのカードが露呈した時点で潰されちまうってのに。あんなふうに興奮して叫び散らすのは、プロ意識が足りん証拠だ」
「この若さで、裏の裏まで考えられれば充分じゃないですかー。たまには褒めてあげないと、可愛いお弟子さんに逃げられますよ?」
「フン。若いヤツを甘やかすと、ろくなことにならんわ」
「またまたぁ、土壇場での判断力を見込んだんだって、モニカに自慢してたくせに。期待以上で、嬉しいくせに」
 部屋に居合わせた男女とコダックは、こちらを放ったらかしに盛り上がっている。

「……あの、師匠?」

 所在無く話しかけると、ぶっきらぼうに 「50点」 と返された。意味を掴めず首をひねるミリアリアに、
「及第点ギリギリだ、って言いたいみたいですね」
 フジは、苦笑混じりに通訳してくれた。
「程度の差はあれ、僕らはそこに疑問を抱いて連携しています。アークエンジェルへの情報提供も、調査手段のひとつに過ぎません」
 それはつまり、今は喜んで良いんだろうか? おそるおそる、もう一度コダックを窺うと、
「正解だ、ミリアリア」
 ようやく顔を上げた師は、にやりと笑って寄こした。知らず、ミリアリアの表情も綻ぶ。

 アークエンジェルとの合流時間まで、残り27時間と50分――


×××××


「うん。そういう訳だから、しばらく繋がらないと思うけど……」

 “中継点” からの出立時刻が、近づく最中。
 ミリアリアは、オーブの実家に電話をかけていた。

「だーいじょうぶよ、取材に行くだけなんだから。そんなこと言ったら世界中どこにいても危ないじゃない」
 受話器越しに聞こえてくるのは、相変わらずな母親の小言。
「わかってるって! 国際電話を使えるところに寄ったら、また連絡入れるから――はいはい、私は元気だってば。そっちこそ、コレステロールだとか飲みすぎには注意してよね」
 応じる自分の台詞も、いつも通り。
「は……? 連れて帰りません! だいたいまだ、そんな心配される歳じゃないわよッ。じゃあ、またね!」
 合間に不意打ちを食らいもしたが、ごく平和に受話器を置いて。

「……まったくもう」

 サイにも連絡を入れておこうかと、馴れた手つきでプッシュボタンを叩いた。とたん、
「な、なに!?」
 ビービーと鳴り響く、けたたましいアラーム音。
「向こうの回線に、なにか仕掛けられている――おまえは出るな」
「ええっ?」
「こら、切るな! 下手すりゃ余計、不審がられるぞ」
 PCブース全体にざわりと緊張が奔り、コダックは、うろたえる弟子から受話器を奪い取った。
「貸してください」
 それは素早く、近くに座っていた女性に渡される。

「こんばんは、アーガイルさんのお宅でしょうか? わたくし、ミリアリア・ハウと同じ職場に務めております、シルビア・ヴェスタルと申します――ええ、初めまして。お世話になります」
 想定外の事態だろうに、彼女は、なめらかに話し始めた。
「それで最近、ミリアリアから電話ありませんでした? 雇い主と取材に出てから、電波状態が悪いせいだと思うんですけれど、まったく連絡がつかなくて」
 時折、コダックを窺いながら、
「いえ、そんな急ぎの用じゃないんです。ただ、彼女が管理していた書類の場所が分からなくて……さっき、ご実家にかけたら話中だったので、予備の連絡先に」
 Nジャマーにも困ったものですよねぇ、とボヤいてみせるあたり、けっこうな役者らしい。
「――いえ、ダメで元々って感じでしたから。ありがとうございます」
 サイの声はほとんど聞き取れないが、すっかり彼女を、ミリアリアの同僚と信じきっているようだ。
「はい、戻ったら伝えておきますね。たまには電話しろ〜、って」
 固唾を呑んで見守っているうちに、
「ええ、それじゃ。失礼します」
 どうやら、無事に話は終わったようだった。

「び、びっくりした……ありがとうございます」

 ミリアリアは、跳ね上がった心臓を押さえながら、シルビアに頭を下げた。
 ほっと肩の力を抜きつつ、彼女は 「いえいえ」 と首を振る。
「サイ・アーガイルか」
「元アークエンジェル二等兵。父親は、オーブの経済文化局長でしたっけ? まあ、ハウさんが監視対象になるなら、彼が除外される理由もありませんね」
 対するコダックたちは、さほど驚いた様子もなく。
「あっ! もしかして、家にも連絡しちゃいけなかったんじゃ」
 遅まきながらに竦み上がった、ミリアリアの懸念を、
「その心配はありませんよ。警報も鳴らなかったことですし――誰も、まさか親にアークエンジェル絡みの話をするとは思わないでしょうから」
 フジは、微苦笑を浮かべつつ否定した。
「どのみち、またフリーダムが出てくりゃ、ワシらを仕留め損ねたことはバレるんだ。死んだと思われとるうちに、さっさと行方くらまさんとな」
 のんびりしている暇は無いぞと、コダックは、弟子の背中をはたいて踵を返した。





「……早かったな」

 かなり余裕を持って “中継点” を出たにも関わらず、キラは、すでに約束の場所で待っていた。
「こいつの出迎えか? それとも、取引中止の連絡か」
「協力を、お願いしに来ました」
 数メートルの距離を残したまま、両者は問いと答えを投げあう。
「道を探すにも手掛かりは必要だと――監視されることについても、クルー全員の了承を取っています」
「そうか」
 これといった感慨を見せず、ただ頷いて返した老カメラマンに、思い余ったようにキラが尋ねる。
「コダックさんは……僕たちが、どうすればいいと思いますか?」
「どうもこうも、後手に回り過ぎたあんたらに、残された選択肢なんざ片手で数えるほどしかなかろう。身内の安全が最優先なら、このまま一切どこへも手出しせず隠れてりゃいい」
 師は、また身もフタもないことを言いだした。
「オーブの軍事行動を止めたいんなら、まず、カガリ・ユラを国に戻せ。大西洋連邦は、脱走艦のアークエンジェルと、フリーダムが式場からアスハ代表を掻っ攫ったこと――さらに、そいつらがオーブ元首と名乗りながら、連合軍を撃った件を持ち出して、行政府のセイランたちを脅しとる。返答如何によっては背信行為と見なす――とな」
 ミリアリアは、少し離れた木陰で。
 ここまでレンタカーを運転してきたフジの横に立ち、はらはらと二人の会話を聞いていた。
「弱みを握られたオーブ軍は、これからも間違いなく矢面に立たされる。あんたらが割り込んで来るたび、事態は悪化する。いずれプラントから敵視され、連合からも反乱分子と見なされるだろうよ」

 ただ表面的な条約を結び、支援物資でも送っていれば済んだはずのオーブが、派兵に踏み切らざるを得ない状況に追いやられた原因は、アークエンジェル一派だと……コダックは暗に告げていた。

「なんだかんだいってセイランの方策は、国民や閣僚から一定の支持を得ていたからな。理念の是非はともかく、為政者が、大多数の意見を蔑ろにして我を張るもんじゃない。内政にさえ手が回らん未熟者なら、なおさらだ――世界平和を訴えたけりゃ、代表を辞してからにするべきだな」

 また攻め込まれ、国土を焼かれるのは御免だと。
 一般市民は多かれ少なかれ思っている。だから、政府が大西洋連邦との条約締結を発表したときにも、反対の声はほとんど上がらなかった。

「それも嫌だってんなら、せめて交戦状態に入る前にオーブ軍に接触しろ。いまさら話が通じるかは、アスハの娘次第だろうが」
「戦場に出てからじゃ遅い……ってことですか」
 アスランに突きつけられた台詞を、キラは噛みしめるように口にした。
「当たり前だ。ダーダネルスのような戦況に陥りゃ、オーブ軍は “ルージュ” を撃たざるを得ん」
 国を守るため、彼らは軍にいるのだから。
「どれも他人任せの賭けに近い。ろくな選択肢が残っとらん以上、勧めてやれるようなモンはないな。キラ・ヤマト――あんた個人に言えるのは、誰も殺すなってことだけだ」
 コダックは、変わらず淡々と言う。
「破壊行動に出るたび、フリーダムを敵視する人間が増える。アークエンジェルの寿命も縮む……元々、好きで戦っとるわけじゃあるまい? どうせ無駄に余らせとる “力” なら、とことん不殺を貫いてみせたらどうだ」
 はっと瞠目したキラは、次いで静かに頷いた。
「……はい。やってみます」
 彼の返答を受け、コダックは弟子に視線を移した。
「さてと。おまえさんの昔の仲間は、こういう状況だが――どうする?」
「私は、私に出来ることをするだけですよ」
 ミリアリアは、さらっと応じる。散々考え抜いて来たんだから迷う必要もない。

 カガリとユウナ・ロマの結婚式がぶち壊しになって、嬉しかった。
 ラクスたちに、殺される謂れなんか無い。
 政略結婚の仮面夫婦だなんて、三流マスコミが嗅ぎつけたら週刊誌のネタだし。
 どんなに従順にしてたって、連合軍は、コーディネイターに勝つためなら味方も平気で捨て駒にする組織だということを、自分もキラたちも身を以って知っている。
 だから、根本的な原因を取り除くために、調べに行かなければならないんだ。

「じゃ、行ってきます」

 ふんと苦笑したコダックたちに、軽く片手を振って。
「フリーダムで来たの? 向こう?」
 キラを促し、歩きだす。こっちだよ、と案内する彼に続きながら、
「最新情報、待ってますからねー、師匠!!」
「分かったから、早う行け」
 明るく叫ぶと、しっしっと猫を追い払うように手を振り返された。



 少年少女が、去ったあと。

「行っちゃいましたねー、寂しくなりますね。ゲンさん」
「ふん。うるさいのがおらんようになって、せいせいするわ」
「とか、なんとか言っちゃって。この先、生身で動き回るこっちの方が危険だから、噂の “不沈艦” に行かせたんでしょう?」
「……どこにおろうと大差ない、それだけだ」
 ジャーナリストの男たちは、さっそく話題を次に移した。
「それはそうと、さっきスヴェルドの連中からメールが入りました。そろそろ動くみたいですよ、モニカたちも」
「そうか」
 あっちはさぞかし寒いんだろうなと、コダックは肩をすくめた。
「で? おまえはどうする」
「ご同行いたしますよ。近隣諸国でどんぱちやられたんじゃ、おちおち昼寝もしていられませんからね。畳の上で、寿命で、楽〜に死ぬのが夢なのに」

 返却された自転車をトランクに積み込みながら、フジは、おどけた調子で答えた。そんな茶化した空気も、レンタカーに乗り込む頃には霧散している。

「まずはオーブですか?」
「そうだ。サイ・アーガイルに会っておきたいし、調べたいこともあるからな――国を離れている時間が長引くほど、カガリ・ユラの立場も悪くなる。セイランに異を唱える連中も、担ぐ神輿が無けりゃ出て来れんだろう」
 フジは、歳若い同業者が駆けていった海の方角を、しばし眺めやり、つぶやいた。
「彼女たちは、この先、何処にたどり着くんですかねえ……」
 さあな、と相槌を打ったコダックは、どっかりシートにふんぞり返った。
「さーて、行くとするか」
「嫌だなあ、戦争ですか」
 口先でぼやくフジに、にやりと笑い返す。
「ああ――言論戦争だ」



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ルナマリアさんが赤服だったことと同じくらい、読者様に忘れ去られていたと思われる、二年前の別れ際にDさんが押しつけたアクセサリ。アメジストのネックレスです。ミリアリア嬢も、普段は持ってること忘れていると思います。乙女ちっくにならなくて、すみません。