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■ 戦場への帰還 〔1〕


「ラクス・クラインの偽者が、シャトルを強奪?」
「ああ。ディオキア基地に滞在していた歌姫が、プラントへ発つ予定だった日、本人とマネージャーに成りすましてシャトルを奪い――偽者と判って追撃に出たモビルスーツ隊は、またも現れたフリーダムによって全滅したそうだよ」
 全滅と言っても使い物にならなくなったという意味で、人的被害は出なかったらしいがと、
「管制塔などの通信設備も攻撃されて、応援要請が遅れたんだろうな。グラスゴー隊が捜索に出たが、発見されたシャトルは既にもぬけの殻だった」
 掻い摘んで説明しながら、ユーリは向かいのソファに腰を下ろした。
「犯人グループの行方は掴めず――シャトル乗組員は、乗っ取りに抵抗して傷を負っているものの、命に別状はないという話だ」
 フェブラリウスの自宅へ戻らずアマルフィ邸に上がり込み、くつろいでいたタッドは、
「ふぅむ、それはまた災難だったな。勤務中にハイジャックとは、なんとも気の毒なクルーたちだ……労災に認定されると良いがねえ」
 棒読み口調で感想を述べつつ、ロミナお手製の焼き菓子をひとつ口に放り込んだ。
「まるっきり他人事みたいだな。現れた “偽者” こそ、シーゲルの娘だろう?」
「いや。正直どうでもいいんだ、そのあたりは。私の目的に、歌姫の手を借りる必要はないからね」

 呆れ顔のユーリに苦笑を返し、タッドは、さらに菓子皿に手を伸ばした。いやはや、いつもながら程良い甘さで香ばしい。

「デュランダルに頼らなければ、ラクス・クラインを担ぎ出さなければ崩れてしまう平和など、まやかしに過ぎん」
 そんな脆弱な社会システムでは困るのだ。
 ヒトは誰しも、いずれ死ぬ。
 だが、星の寿命が尽きぬ限り、世界は子の代へ、孫の代へと続いていくのだから。
「地球側にも問題はあるが、このゴタゴタに片が付いたら、まず評議会制度を見直すべきだろうな」
 まったく、権力というヤツは一極集中させるとロクなことにならない。
「彼女と連絡を取りたければ、そうしたまえ。まあ、放っておいてもアイリーンが接触を試みるだろうが……いまさら 『こっちが本物だ』 と主張したところで、市民はプラント現政府を信じるぞ?」
 それは分かっている、とユーリは答えた。
「おまえがクライン派と馴れ合わないという、理由も分かる。だが、デュランダルは」
「ん?」
「なぜ、ラクス嬢を殺そうとする必要があったんだ? そもそもの原因から、腑に落ちん」
 やや疲労が滲んだ面持ちで、独り言のようにつぶやく。
「おまえの息子が復隊できたくらいだ。望めばプラントに残れただろうに、彼女が亡命を選んだのは、政界に身を置く気がないからだろう――替え玉を使うには都合が悪いというだけで、そんな人間の暗殺まで企てねばならんものか?」
 警戒心を植えつけるような真似を、しなければ。
 事前に 『非戦を訴えるため』 とでも称してラクスの了承を得ていれば、デュランダルが議長として平和路線を貫いている限り、本人が表舞台に戻ろうとする心配もなかったのではないか?
 ディオキアに現れたという “偽歌姫とマネージャー” のやり口は、まるで “プラントに潜む敵” に対する宣戦布告だ。
「……私に訊かれてもなぁ」
 ギルバートがなにを考えているかなど、結局のところ、彼自身にしか分からないのだが。
「おまえの見解でかまわん、聞かせてくれ。どのみち、スヴェルド奇襲の結果が出るまでは我々も動けんだろう」

 それもそうだな、とタッドは頷いた。

「ラクス・クラインを、オーブごと葬り去るため、議長の息がかかった者たちがユニウスセブンを落とした――ターミナルの推論は、要約するとそういう内容だったな」
「ああ」
「だが、単にシーゲルの娘や関係者を殺すなら……アスハの別邸にいると突き止めていたなら、腕利きのスナイパーを単身送り込み、サイレンサー付きの銃でも使って頭か心臓を撃ち抜いた方が確実だ。わざわざ “アッシュ” を持ち出して、大掛かりな破壊行動をさせる必要もない」
 立案者がデュランダルなら、自分と同じように所属が割れないモビルスーツを手配するか、テロリストに新型機が盗まれたという芝居のひとつも打つはずだ。
「だからユニウスセブンの件にしろ、アスハ邸襲撃にしろ――先走りした部下たちを上層部の誰かが庇い、デュランダルはそれを黙認したんじゃないかと、私は思う。彼らを試すにはちょうどいい、と考えてね」
 結果、不穏な動きを嗅ぎつけたターミナルが、調査に乗り出したが。
 物証が存在しなければ、どうとでも言い逃れ出来る。論戦になれば、あの男に勝てる者などまずいないだろう。
「……試す?」
 首をひねるユーリに、タッドは再び頷いてみせた。
「ユニウスセブンの破片から地球を守ろうと、フリーダムが現れるか。報復に傾く世論を諌めるため、ラクス・クラインが平和を歌い始めるか――そんなところだろう」
 ギルバートが。
 デスティニープランの本質が、昔と変わっていないなら。
「しかし英雄と詠われるモビルスーツは、未曾有の危機に現れなかった。何故だろうね? ダーダネルス海戦は、頼んでもいないのに引っ掻き回して去ったらしいが」
 キラ・ヤマトたちが個々に抱える事情など、こちらの知ったことではない。
「シーゲルの娘もだな。ユニウスセブンが落ちた後、プラントに核が撃ち込まれ “議長と共にある歌姫” が現れるまで……行動を起こす時間は充分にあった。開戦へと流されていく世界を止めるため、彼女になら出来ることがあったはずだ」
 世界の行く末を憂い、必死で駆けずり回っていたアスハ代表や、パトリックの息子とは対照的に。
 彼らは、動かなかった。それが判断基準だ。
 開戦の火蓋が切って落とされた時点――連合の核攻撃が、おそらくデュランダルにとって “時間切れ” だったんだろう。

「己の “力” を自覚していながら、誰かがやってくれるだろう、自分には関係ないと。直に火の粉が降りかからない限り、動かない――そういった無為な人間の存在は、デスティニープランにとって弊害でしかないんだ」

 遺伝子分析による、己の適性と、限界。
 望めば手に入るものと、そうでないものの明確化。
 前者を得るための努力を怠らず、後者を諦めさせるイデオロギーの定着。
 “才能の差” を前提に確立される平等な社会において、

「キラ・ヤマトとラクス・クラインは、まさしく “不公平” の象徴になるだろうな」
「…………?」
 ユーリは、また訝しげに眉をひそめた。
「ろくな訓練も受けていない民間人でありながら、数の不利をものともせずザフトレッドをあしらい、果てはクルーゼまで倒した伝説のパイロット――ユーレン・ヒビキの息子。最高のコーディネイター。彼の実力を見せつけられた兵士が、あんなふうになりたいと憧れるかね?」
 相槌を待たず、タッドは皮肉たっぷりに断言する。
 イザーク・ジュールに似た、筋金入りのプライドの持ち主ならまだしも、
「たいていの人間は、元々出来が違うんだからいくら努力しても無駄だと、自棄に陥るのが関の山だろう」

 馬鹿らしい、どうせ敵わないのにと削がれてゆく向上心。
 デスティニープランが目指す 『人々が満ち足りて生きる世界』 を、破綻させる元凶になりかねない――確たる意思を持たず、これといった苦労もせずに手放しで賞賛される存在は、是正されなければならない。

「さらには、戦後二年を経ても “平和の象徴” であり続ける、歌姫ラクス・クライン……愛されるのは結構だが、彼女の一声に左右されてしまうプラント市民の傾倒ぶりは、少々考え物だな?」

 桁違いの影響力。
 それを完全に捨て去り、無力な一般市民として暮らすというわけでもなく、彼らはまた “自由” と “大天使” を掲げ、戦争に介入してきた。デュランダルにしてみれば、目障りな相手に違いない――が、すぐさま彼らを敵と認定し、追討命令を出しはしないだろう。
 アークエンジェルとフリーダムが、プラント国内においても “前大戦の英雄” と噂されていることに加え、あの艦には、カガリ・ユラ・アスハが同乗している。

 アクシデントに見舞われず、彼女らがミネルバに乗り込むことなく、ユニウスセブンの直撃を受けてオーブが壊滅していた場合――デュランダルは、アスランとカガリをそのままプラントに 『保護』 するつもりだったのではないかと、タッドは思う。
 結果的に、オーブの被災は軽微に留まり、アスハ代表は国へ戻ったが。

 コーディネイター社会においても心証良い、オーブの姫。
 ナチュラルとの融和策を唱えるデュランダルにとって、可能ならば、アスラン・ザラ同様、手元に置いておきたい人材であるはずだ。

 しかし、この先、彼女らの行動如何では……天秤はあっけなく 『切り捨てる』 方へ傾くだろう。



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今に堕することなく……だったかな。アスランに “FAITH” の徽章を渡したときの、議長の台詞はけっこう好きです。裏に含むところが多かったとしても、純粋な善意でなかったとしても、わざわざ彼を選ぶだけの理由があったかもしれないということ。