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■ 見えない真実 〔2〕
ミリアリアは、狼狽のあまり押し黙る。
「……が。それ以前に、元の計画が崩れて、二番煎じの策で動いとるんだとしたら?」
それでも師の講釈は終わらず、
「ユニウスセブンが落ちて――赤道付近に被害が集中していたことは、知っとるな」
加齢を感じさせない鋭い目つきも、先程までとなんら変わらなかった。
「該当ラインに含まれる、ちんまい島国のオーブに、被害がほとんど出なかったのは何故だと思う?」
「は?」
これ以上なにがあるんだと、身構えていたミリアリアは、
「運が良かった……んでしょう? 破片が落ちてきたのに、高波を被ったくらいで済んだんですから」
今更な問いに首をかしげた。被災地の情報を整理しながら、TV局のスタッフ一同で不思議がっていたことだ。オーブは運が良かったとしか言いようがない、と。
「ザフト軍による破砕活動があったからだ」
「もちろんそうですよ。あれ、デュランダル議長が指示したんですよね? 穏健派の政治家で、評判も良くって、被害を防ぐために軍を動かしてくれた人が、そんな」
ジュール隊も出ていたという、ユニウスセブンでの。
「ああ。作業は、テロリスト連中にジャマされながらも、一応は成功を収め。ユニウスセブンは幾つかの塊に砕かれ、地球へ落ちた」
出撃命令を下し、被災地への支援も迅速だった、立派な指導者の言葉尻をつかまえて。
揚げ足取りするなんて馬鹿げているはずなのに。
「限界高度に達した時点で、信号弾が打たれ。あそこで戦り合っていた連中のほとんどは、すぐさま引き上げたようだが――数名が、無理を押してメテオブレイカーを起動。さらには戦艦ミネルバが、陽電子砲を撃ちながら降下しての結果、ということになる」
コダックは淡々と新たな事実を突きつける。
「それを踏まえての、ユニウスセブン落下軌道のシミュレーションを、専門機関が出してきた。様々な要因が絡むことじゃから、今の今までかかったようだが――これも、なかなか興味深いぞ」
ばさっと投げて寄越された資料には、地球〜プラント間の縮尺図が印刷されていた。
「戦艦ミネルバについては……クルーの度胸は見事なもんだが、たいした成果には繋がっとらん」
こちらが、文面に目を通すのを待たず、
「だが、高度が完全な危険域に陥るまでの、わずかなタイムラグ――作業を続けたモビルスーツが四機おった。これは、プラントの同業者が回してくれた情報だがな」
挙げられたうち三つは、ミリアリアも知っている者の名前だった。
「破砕活動の責任者だったイザーク・ジュール。同隊員ディアッカ・エルスマン。ミネルバ所属のパイロット、シン・アスカと――アスハ代表の随員であり、臨時処置として作業に加わっていたアレックス・ディノ」
最後に呼ばれたのは、“ザラ” の二文字から素性を悟られる不都合を避け、対外的に使われているアスランの偽名だ。極秘会談のため、プラントに滞在していたカガリが、戦艦ミネルバに同乗して帰国したとは聞いていたが、
(そっか。彼も、出てたんだ……)
“血のバレンタイン” で母親を亡くしたという、知人の心境を思い、資料をめくる手が止まってしまっていたミリアリアは、
「こいつらが、さっさと作業を切り上げ逃げていれば――ユニウスセブンは原型を留めたまんま、オーブを直撃しとったらしいぞ」
コダックが続けた台詞に、そのまま凍りついた。
「そうなりゃ、ラクス・クラインは国ごと吹っ飛んで死亡。運良く直撃を免れても、高確率で津波に飲まれただろう。実物がオーブで隠遁していたことは、評議会でも一部の連中しか知らんのだから、そいつらが結託しておるなら、替え玉をメディアに出したところで誰も気づかん」
「……」
「テロリストの暴挙を阻止できんかった、議長としての責任は追及されるだろうが――ユニウスセブン落としの狙いは歌姫殺害だ、などと勘繰る奴は、まずおらんだろう。実行犯の目的は、ナチュラルに対する報復だったとハッキリしとるしな」
「…………」
「木を隠すんなら森の中。己の手を汚さず疑いも被らず、歌姫様を消すには、これ以上巧妙なやり口もなかろうよ。なんせ一般人からしてみりゃ、過激派のテロ行為について責任を問われとるデュランダルも、被害者なんだからな」
羅列される単語の、突拍子なさに。
「あとは現実の経過と同じだったろう。プラントは人道的な対応に終始するが、連合が強引に開戦。核を撃たれても、ニュートロンスタンピーダーがありゃ一掃できる。ユニウスセブン落としについての罪悪感は、ナチュラルに対する怒りと入れ替わり、そこへ歌姫様が登場。市民はこぞってデュランダルを支持する――」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、師匠」
絶句していたミリアリアが、やっとのことで絞り出した声は、
「その考え、いくらなんでも無理矢理ですよ!」
自分でもみっともないと思うほど、甲高く震えていた。
「だって、それじゃあ議長は、テロリストの計画を知ってて容認したってことになるじゃないですか!」
「そうだな。旧式モビルスーツの廃棄でも指示して、上手いこと、連中に “ジン” を回してやった可能性もあるな」
「そうだな、って……ラクスを殺すために、オーブを滅ぼす気だったって言うんですか!?」
コダックの博識さ。
長年の経験に裏打ちされた分析が、いかに的確かは痛感しているが、
「数少ない友好国なんですよ、プラントの! そりゃ、大戦前に比べれば減っちゃいましたけど、コーディネイターも暮らしているのに」
「獅子の娘が代表になってから、セイラン派が勢いづき、オーブの政策は大西洋連邦寄りに傾きつつあった。現に今は同盟まで結んでいる始末だ――中立のうちは良くても、敵に回れば、軍事力に定評があるだけプラントにとって脅威に変わる。歌姫様と一緒に消えてくれれば御の字だったんじゃないか?」
「だ、だけど。テロリストの人たちが “血のバレンタイン” の遺族だったら――標的にするなら、なにもオーブじゃなくて、もっと地球連合軍の基地とか、大西洋連邦とかの」
「シミュレーション結果をよく読め。オーブは海のど真ん中だ。そこにユニウスセブン級の隕石がぶつかれば、当然、大津波が地球全土を襲う――大西洋連邦や南アメリカ、東アジア、南アフリカ――連合加盟国家をことごとくな。貿易や漁業に便利だってことで、大都市の多く、政府機関は海からそう遠くない。ナチュラルにとっちゃ大打撃だ。陸地をピンポイントで狙うより、軌道の誤差許容範囲も広いだろうしな」
すんなり許容するには、師の言葉は、あまりに過激で非現実的だった。
「だったら、どうして破砕活動なんか指示するんです? 辻褄が合わないじゃないですか」
「周りが異常に気づいて騒ぎ出せば、さすがに、なんの対応も取らんわけにはいかんだろう……傍観を決め込めば、議長としての立場が悪くなる」
必死の反論にも、コダックは眉ひとつ動かさない。
「テロリスト連中が、誰にも悟られずやってのければ、それで良し。騒ぎを鎮めるため、破砕部隊を出すことになっても、まず間違いなくオーブは壊滅しているはずだった――偶然が折り重ならず、例の四機のパイロットのうち一人でも欠けていればな」
ばさばさと捲った図表には、確かにそう記されていた。
「もちろん、仮定の話じゃ。こう考えれば筋が通るというだけで、証拠はなにも無い……が」
呆然とする弟子を見やり、あくまで推論だと前置きしながらも、
「古いジャーナリスト仲間の見解も、細部に違いはあれ、デュランダルを疑っている点では同じだ」
コダックの声は、やはり揺るぎなく確信を持って響いた。
「好戦派と穏健派、両方とトラブル起こさず付き合っていけるような人間は、昔から――とことん腹黒いか自己犠牲心の塊、どっちかと相場は決まっとるんでな」
「…………あの……師匠」
事実と憶測を、必死に頭の中で整理してみると、
「それじゃ、ディオキア基地に行く前から、議長を疑ってたん……ですよね?」
まずあっさり解決できる疑問は、それしかなかった。
「ああ」
「どっ、どうして、先に教えてくれなかったんですか!? そんな肝心なこと」
声をうわずらせ、詰め寄る弟子に、
「もし師匠が言ったとおりなら――アークエンジェルへの連絡方法を議長に教えちゃってたら、取り返しがつかないじゃないですか!!」
「クルーに意向も確認せんで、ぺらぺら滑るほど軽い口じゃなかろう」
コダックは、いけしゃあしゃあと応える。
「そこまで知らせとったら、試験にならんしな」
「し……けん?」
「見習い卒業の、抜き打ち実技試験じゃよ。いい教訓になっただろう?」
まったく悪びれもしない初老のカメラマンを、穴が開くほど凝視しながら、ミリアリアは思った。
議長が黒ギツネだというなら、この人は古ダヌキ。
……タチの悪さ加減は、どっちもどっちだ。
「過去の経歴云々は抜きにしても――ジャーナリストとして名が通るほど、情報源として狙われる。デュランダルのような論客と渡りあう素質が無けりゃ、ゴシップ記者に成り下がるしかない」
試されたことは腹立たしいが、
「おまえさんは、まだ若い。体力と人脈は、これからいくらでも築けるが……矛盾を見逃さん直感力だけは、元から備わってなければやっていけんからな」
コダックの言い分も、尤もではある。
「なにしろ、身の危険と隣り合わせの世界だ。根性で補えることにも限界がある」
取材対象の口車に乗せられ、簡単に踊らされるようでは務まらない仕事だろう。
「議長との会話内容によっちゃ、おとなしく故郷へ帰って料理の腕をなんとかして、嫁にでも行けと放り出してやろうと思っとったんだが――幸か不幸か、おまえさんは気づいちまったからな」
ふう、と息を吐いて。
「よって試験は合格。見習い期間は、今日で終わりじゃ」
師は、滅多に見せない真顔を向けてきた。
「物騒な業界に見切りをつけて、親御さんのところへ戻るか。このままワシの元で経験を積むか。すぐさま新米ジャーナリストとして一人立ちするか……どの道を選ぶも、好きにせい」
「戻れる訳ないでしょう!」
ミリアリアは、間髪入れず答える。
コダックの推論は、理路整然としているけれど荒唐無稽だ。
特に、ラクスを殺すためにオーブを壊滅させる気だったなどとは――自ら議長に疑心を抱いたミリアリアでさえ、俄かに信じられる話ではない。だが、アスハの別邸が襲撃されたり、名刺に細工されていたことも事実だ。
……もしも憶測が、そのまま真実だとしたら。
怖気づいて逃げるわけにはいかない。事の真偽を確かめない限り、故郷へも安心して帰れない。
あの “名刺” は、コダックが一芝居うったうえで破棄してくれたが、それで向こうがすんなり諦めてくれたかは分からない。下手すれば、両親にまで危害が及ぶ可能性もある。
アークエンジェルの乗組員だったとはいえ、特別重要な役職に就いていたわけでもない自分を、情報源と見なして接触してきたということは――当時のクルー全員が “監視対象” に成り得るということだ。
「ベテラン記者が何人も、議長を疑ってるなら……なおさら本当のことを突き止めなきゃ。ラクスたち、それに私自身の為にも……」
決意は、即座に固まった。
「合格って言ったこと、取り消さないでくださいよ? 私、この仕事、絶対に辞めませんからね!」
膝の上で両手を握りしめ、挑むように睨み据えてくる弟子を前にして、
「……おまえさんに惚れる男は、苦労するじゃろうなぁ」
「は?」
「年がら年中、ヒヤヒヤしとらにゃならんだろう」
コダックは深々と嘆息した。反射的に、某コーディネイターが脳裏に浮かび、ミリアリアはムキになって反駁する。
「いーんですっ! 私のやることに、あーだこーだ文句言う男なんて、こっちから振ってやりますから!」
「わかった、わかった。思うようにやってみろ」
師は、やれやれと苦笑して頷いた。
「当分はワシが、調査に付き合ってやる。おまえさんが、生き抜くための処世術を身につけて自分のフィールドに立つまで、たっぷり鍛えてやるから覚悟しておけ」
ますます推理劇じみてきたなぁ……。ええ、アスランたちが、すぐさま逃げていれば云々という件は、管理人の捏造です。パラレル設定として、読み流してくださいませ。