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■ PAST 〔1〕


 あのとき。
 大西洋連邦がオーブに突きつけた、最後通告の全容は、マリュー・ラミアスから聞いた。

 クルー全員が呼び集められた、格納庫で。
 連合に味方しなければプラント支援国と見なす。そんな、ムチャクチャな大義名分を掲げて――連合軍艦隊が侵攻中だと報された。

 現在、脱走艦であるアークエンジェルに、どうすべきか命じる者はおらず。もはや自分も、その権限を持ち得ない。
 政府は外交努力を続けているが、回避不能となれば、明朝9時に戦闘が始まってしまう。
 離艦しようと思う者は速やかに避難を、と。
「…………私のような頼りない艦長に、ここまでついて来てくれて……ありがとう」
 告げた彼女は深く、ゆっくり頭を下げた。

 降りるか、残るか。
 ミリアリアの心は、謝辞を述べる艦長を目にしたときにはもう、決まっていた。

 だって、トールが言ったのだ。
 軍に志願しようと決め、みんなで除隊許可証を破り捨てたあと。
 やっぱり危ないし考え直した方が良いんじゃないかと、迷い問いかけるミリアリアに向かって、いつになく真面目に。

『正直、フレイのことは……あんまり好きじゃなかったんだよなぁ。俺』
『え?』
『美少女だけど、きっついし。ワガママお嬢さんって感じでさ――けど、さっきあの子が言ったことは、その通りだと思う』
 世界は依然として、戦争のままだと。
『んで、どうしたら戦争が終わるかって考えたんだけど』
『…………』
『俺のアタマじゃ、さっぱり分かりませんでした!』
 いきなりいつもの調子に戻って、おどける恋人を、ミリアリアは脱力しながら窘めた。
『あのねぇ、トール……』
『ただ、アークエンジェルが墜とされちまうのは、防ぎたいと思う』
 うーんと唸った彼は、また真剣な表情になって続けた。
『だってさぁ。ラミアス艦長、いい人じゃん? 最初だけ、ちょっと怖い感じしたけど。フラガ大尉もさ』
 人物評については同意見だったから、ミリアリアも肯いて返す。
『軍のお偉いさんが、皆あんなふうだったら。そもそも戦争なんか起きない気がするんだよな――』

 マリューたちや、ハルバートン提督。
 誰も、軍人というイメージそのままの、冷たく好戦的な性格などではない。

『ヘリオポリスに攻めてきたザフトは、敵だけど。俺は、コーディネイターだから敵だとは思わない。キラのこと好きだし。他にも気のいいヤツら、たくさんいるしさ』

 それを言うなら “傘のアルテミス” で遭遇した、ガルシアとかいう禿頭の士官だ。
 いきなり腕を捻り上げられたときの驚きと不快感は、当分忘れられそうにない。しかもサイを殴り倒し、キラがコーディネイターだというだけで、自軍に属する少年を連行していった――軍人だからどうこう、というより人間性を疑ってしまう。
 もし艦長があんなだったら、誰もアークエンジェルに残ろうなんて考えなかっただろう。
 組織の大半をガルシアみたいな男が占めていたら、確かに、戦争はいつまで経っても終わらない気がする……和解や譲歩なんて単語は、彼らの辞書に無さそうだ。

『アークエンジェル、ほんっと人手不足だからなぁ。俺でも少しは役に立てるだろうし』
 カレッジで学んだ知識は、軍の最新鋭艦においても通用していた。自分たちが降りてしまえば、いよいよ操艦には余裕が無くなるだろう。
『このまま地球に戻ったって、また、いつヘリオポリスみたいな事件が起きるか分からない――だから、俺はここに残るよ。本当の平和や安心が、戦うことでしか得られないなら』
 そこで突然、言葉を切ったトールは、
『……って、うわ! フレイが言うとサマになるけど、しらふじゃ無理だ、俺。なんかカッコつけ野郎みたいだ!』
 背中が痒い、あー、こっ恥ずかしいと照れ隠しのようにぼやきつつ、癖っ毛をぐしゃぐしゃ掻き毟った。
『そうね。でも今のは、ちょっとカッコ良かったわよ?』
 ミリアリアが、半分は本音も込めてからかうと、彼はますます顔を赤くしたのだった。

 選択の先にある “死” が見えていなかった、その決意は、浅はかと断じられるかもしれないけれど。
 トールが感じた想いは、きっと正しい。

 戦争を、本当に終わらせたいと願うなら。
 強いものや勝てるものではなく、平和を尊ぶ、優しい人たちに手を貸すべきなんじゃないか?
 為政者がウズミ様みたいな理念の持ち主ばかりなら、きっと戦争など起きない。
 なによりオーブには、家族や友達がいて…… “彼” に出会えた。その両親が今も暮らす場所を、故郷を守るために、微力だって出来ることがあるのに。
 誰かに押しつけて逃げたら――きっと私は、二度と、トールのいない世界で笑えない。

 戦闘が開始されるまで、まだ時間はある。
 CICシステムに異常が無いかチェックして、今のうちに水分も補給しておくべきだろうか。
「……そういえば」
 ブリッジへと歩いていた、ミリアリアは立ち止まった。
 私はいい。死と隣り合わせの場所だと、解ったうえで決めたから――キラやサイ、カズイも、どうするかは自分で選ぶだろう。
(だけど、あいつは?)
 ずっと薄暗い独房に閉じ込められている、金髪のコーディネイター。
 脱走艦になった元地球軍艦の捕虜という、あやふやな立場に陥った少年は……どうなるんだろう?
 オーブ政府に身柄を引き渡される? 釈放される? だが、みんな今は迎撃態勢を整えるだけで手一杯のはずだ。
 日に三度の食事さえ、ときたま忘れられていたくらいだし。
 誰かが気づいてくれれば良いけれど――もし、このまま放ったらかされていたら。意思もなにも関係なくアークエンジェルの道連れになってしまう。
 そもそも地球側が、ユニウスセブンに核を撃ったりしなければ、あいつも戦争とは無縁の生活を送っていたかもしれないのだ。こんなナチュラル同士の諍いに、巻き込んでいいはずがない。
「……これも “出来ること” のうち、よね」
 数秒ためらうも、ミリアリアは、意を決して艦長室へと踵を返した。


「失礼します」
「あら、どうしたの?」


 デスクに頬杖をつき、書類に眼を落として。なにやら物思いに沈んでいたマリューは、
「さっきの話、なにか分かり辛いところがあったかしら?」
 椅子から立ち上がり、心配そうに首をかしげた。彼女の瞳を見るたび……ミリアリアは、なんとなくホッとする。

 トールがMIAと認定された日から、ずっと。
 クルーの多くが気遣いと称し押しつけてきた、ひどく厭わしいものを、なぜかマリューからは一度も感じたことがない。
 少年兵を出撃させた後悔の念は、ありありと伝わるのに――言葉にも、態度にさえ、憐憫の情が欠片も含まれていないことを、心地よく感じると同時に不思議だとも思う。

 JOSH−Aを逃れ、オーブに匿われて。
 いくらか落ち着いて物事を考えられるようになった頃、ふと思った。
 いつだったか、偶然に見かけた。きれいな薔薇模様のペンダントを、無言で見つめていた、彼女の……表情の翳りはもしかしたら、と。
 そうであっても、違っていても――なにが変わるわけでもないけれど。

「あの、艦長。あいつは、どうなるんですか?」
「あいつって?」
「捕虜……の」
 ディアッカ・エルスマン。名前は聞いていたが、なんとなく口に出せず言葉を濁す。
「ああ。彼なら、これから釈放よ。私たちは、もう地球連合軍じゃないんだから――ザフト兵を、あんなところに閉じ込めておく理由もないものね」
 マリューは、苦笑混じりに答えた。
「ずっと放ったらかしにしてしまって、悪かったとは思うけど……こっちも人手に余裕がないから、あとはオーブ政府の指示に従って逃げてもらうしかないわ。この連絡書を回し終えたら、忘れないように行っておかないと……」

 机上の分厚いファイルに目をやる、マリューには疲労が色濃く見えた。
 ヘリオポリスからここまで、艦長として重責を負いながら、死線を潜り抜けてきたのだ。フラガ少佐は戻ってきてくれたが、有能な副官だったバジルール中尉はアラスカで転属になり――ようやく落ち着けた “平和の国” は、かつて自ら属した組織によって戦場と化そうとしている。

「それ、私が行きます。艦長は、ご自分の仕事をなさっていてください」
「えっ? でも……」
 マリューは眉をひそめ、言い淀んだ。
「こんな状況だし、早く逃がしてあげるに越したことないでしょう? 私みたいな一般兵を人質に取ったって意味がないし、すぐにオノゴロ島を脱出しなきゃ危ないことくらい、言えばわかりますよ」
 医務室での騒動を踏まえれば、渋られて当然だが。ただでさえ多忙な彼女を、煩わせることもないだろう。
「そうね――たぶん大丈夫ね。彼も、組織に切り捨てられた脱走艦に用はないでしょう」
 むしろスッキリした口調で自嘲しながら、
「それじゃ、悪いけど頼んでいいかしら? これが拘禁室のマスターキーよ。それから彼のパイロットスーツと……サイズはちょっと合わないかもしれないけど、着替えや簡易食料が入れてあるから」
 マリューは、鍵束と、ソファに置かれていたバッグを手渡してきた。
「わかりました」
 一礼して、退室しかけたところ
「あ、ミリアリアさん? あなた、この後はどう――」
 慌てた声で呼び止められた。
 最後まで言わせず、決意は揺らがないという気持ちを込め、ミリアリアは即答する。
「私は、残ります」
 半ば予測された質問だった。マリューは、自分たちヘリオポリスの元学生を、どうしても他のクルーと同様には扱えずいるようだ。
 乗艦するに至った経緯を思えば、複雑だが。
 逆にあのとき、機密保持のためにと拘束されなければ……崩壊するコロニーから逃れられず、そろって瓦礫の下敷きになっていたかもしれない。だから、あまり気に病まないでほしいと思う。


『中立だ、関係ないと言ってさえいれば、今でもまだ無関係でいられる? まさか本当にそう思っているわけじゃないでしょう? 周りを見なさい!!』

 TV画面の向こう、遠い国の話じゃない。

『これが、今のあなた方の現実です――戦争をしているのよ。あなた方の世界の外はね』

 実感を伴った認識を、初めて抱いた瞬間だった。
 事実、中立だろうと何だろうと関係なく、戦火はすべてを薙ぎ払ってしまう。


「攻撃されるの、両親が住んでる私の国なんですよ? ここで戦わないでどうするんですか」

 サイがどうするかは、分からない。
 カズイは、きっと降りるだろう。その方がいい。カレッジの仲間内で、彼は誰より戦場に不向きだ。
 降りても残っても、後悔と不安は付き纏うだろうが……以前、ただ流されるまま志願したときと違って、戦場と “死” がどういうものかは理解している。
「出来ること精一杯やりますから。よろしくお願いしますね、マリュー・ラミアス艦長」
 ミリアリアは右手を掲げ、ぴしりと指先を伸ばす。
 軍人だからではなく。相手が上官だからでもなく、ただ眼前の女性に対する敬意を込めて。

「ありがとう……こちらこそ、よろしくお願いするわ。ミリアリア・ハウCIC管制官」

 驚いて、少しだけ困ったように。
 それでもどこか嬉しげな、感極まった面持ちで、マリューは敬礼を返してくれた。



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どうして、あのときディアッカを釈放しに現れたのが、ミリアリアだったのか。ふつう一般兵、しかも丸腰の女の子に、捕虜の釈放を任せるかな〜? と疑問に思っていたので、書いてみることにしました。