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■ PAST 〔2〕


 コーディネイターは聴力も優れているのか?
 それとも、あまり眠らなくて平気なんだろうか――いつ拘禁室を訪れてみても、捕虜の少年は、こっちから声をかけるより先に顔を上げ、

『昨日の晩メシさぁ……揚げ物にヘンな黒い粒が入ってたんだけど、アレなに?』

 とかなんとか話しかけてくる。
 ミリアリアは、ふたことみこと相槌を打ち、キレイに平らげられた前回のトレーを回収して独房を後にする。
 そんな短い時間のことだから、勤務シフトの空きが、たまたま彼が起きている時間帯に重なっただけかもしれないが――ずっとあんな場所に閉じ込められて、することといえば眠るか考え事くらいしか無いだろうに。少年の寝顔を目にしたのは、初めて食事を届けに訪れたあのときだけだった。
 最初のうちこそ、
(眠っててくれれば、気が楽なのに……)
 と憂鬱に思っていたが。
 当たり障りない遣り取りでも、繰り返せば少しは慣れてくるもので。今となっては逆に、あそこまで彼を恐れ怯えていた理由も、よく分からなくなっていた。
 害意を含まない、けれど油断なくこちらを捉えている視線は。
 なんとなく、近所の家で飼われていたシェパードを髣髴とさせる――しなやかな四肢に、黒く艶やかな毛並み。鎖に繋がれていて、いつも眠っているように見えるのに、一定距離まで近づくと絶対にピンッと耳を立ててこっちを見るのだ。
 番犬のプライドか、飼い主以外の人間に甘えてじゃれつきはしないけれど。
 ミリアリアを “顔見知り” くらいには認識していて、吠え立てるつもりがないと伝わってくるから――少し遠巻きに通り過ぎながら、かまって遊べたら楽しいのになとずっと思っていた。

「……尋問? 移送?」

 マスターキーを使って独房のロックを解除してやると、これより晴れて自由の身となるザフト兵は、訝しげに眉根を寄せた。
(こいつ、けっこうタレ目だわ……)
 冷静な状態で、初めて間近に顔を合わせて。まったくどうでもいい感想を抱きながら端的に告げる。
「この艦、また戦闘に出るの。オーブに地球軍が攻めてくるから」
「え?」
 少年の浅黒い顔に、眉間のシワが一本増えた。
「だから、あんたもういいって。釈放」
 かまわず用件のみを言い放ち、ぽいとバッグやパイロットスーツを投げつけて。ミリアリアが踵を返せば、

「うわっ? ……って! ちょ、ちょっと待てよ」

 十数秒後、泡食ったような声が、ばたばたと背後から追いかけてきた。
「おい! どういうことだよ、それは?」
「だから、いま言ったでしょ? 地球軍が攻撃してくるから、アークエンジェルは戦うの。それに、あんた乗っけといたって、しょうがないじゃない。だから降りて」
「いや、だから、なんでおまえらが地球軍と戦うの!」
 ごもっともな質問だ、けれど状況は切迫している。のんびり事情を説明している暇はない。
 すぐそこの十字路から、外に続く通路へ――蹴り飛ばしてでも放り出してやるのが、こいつの為だろう。
「オーブが地球軍に味方しないからよ」
「……はあ?」
 要点だけを述べると、くっついてきていた足音がピタッと止まり。
「なんだ、そりゃ? ナチュラルって、やっぱ馬鹿!?」
 たったあれだけの会話で、おおよその経緯を察したんだろうか。彼は、嘲るというより心底呆れ返った口調でわめいた。

「…………悪かったわね」

 肩越しに軽く睨みつけると、相手はバツが悪そうに黙り込んだ。
 ナチュラルは馬鹿――腹は立つが、否定できない。少なくとも、理知的なコーディネイターは、味方にならないというだけで同胞を撃つような真似はしないだろう。
 だが、向こうが問答無用で攻めてくるのだ。はいそうですかと、おとなしく祖国を明け渡すわけにはいかない。いくら行政府が尽力したところで、開戦の回避はもはや不可能だろうから、
「早く行った方がいいわよ。攻撃が始まったら、大混乱だと思うから……悪いけど、後は自分でなんとかしてね」
 ミリアリアは、出口の方向を指した。
 ほとんど一本道で、各所に矢印板も設置されているから迷いはしないだろう。
「って言われたってよ……」
 荷物を抱え、困惑顔で突っ立っていた少年は、とつぜん思い出したように訊ねた。
「あ、おい! バスターは!?」
「あれは元々こっちのものよ! モルゲンレーテが持ってったわよ」
 製造元にしろ依頼主にしろ、少なくともザフトじゃない。ヘリオポリスに迷惑かけまくり、勝手に奪い取っておいて、自分の所有物みたいに言わないでほしいものだ。素っ気なく教えてやると、
「げっ」
 絶句して、ガックリうなだれる。
 敵兵という感じは微塵もない――なんとなく笑いを誘う表情だった。ふと、張り詰めていた気分が和む。

「……こんなことになっちゃって、ごめんね」

 敵愾心は薄れても、どうしても拭えなかったぎこちなさが、最後の最後でやっと融けた。
 自分でも意外に思うほど、ごく普通に、友達に謝るときみたいな調子で言えたことに――小さな安堵を覚えながら、ブリッジへ戻ろうと駆けだす。

「!?」

 けれど勢いよく走りだした途端、強い力に引き戻されて。
「お、おまえも戦うのかよ?」
 斜め上を仰げば、勝手にヒトの腕を掴んだ少年が、動揺もあらわに問い質してきた。ミリアリアは、むっとした。

(なんで、こいつに心配されなきゃいけないのよ)

 残ると決めたって、やっぱり戦闘は怖いのだ。
 泣いているところや、錯乱して暴れているところばかり目撃されて。それは、さぞかし頼りなく無謀なナチュラルの子供といった印象なんだろうが――さっきまで捕虜だったヤツに気遣われる謂れはない。
 臆病風に吹かれたら逃げ出したくなっちゃうんだから、そんな気持ち思い出させないで!
「私は、アークエンジェルのCIC担当よ!」
 少年の手を振り払い。自らを奮い立たせるため、真正面を見据えて、誰にも譲れぬ想いを口にする。

「それに、オーブは私の国なんだからっ!!」

 大切なものが失われる。それは戦うことより、もっとずっと怖くて……取り返しがつかない。だから、自分は艦に残るのだ。
 まだ呆然としている元捕虜を放って、ミリアリアは、決然と歩きだす。

 無事に、逃げ延びてほしいと思う。
 あのときナイフでつけてしまった、傷痕も――残らなければいいんだけど。男の子だし、将来ハゲたりしたら悪目立ちして困るだろう。

(それともコーディネイターって、そういう心配もいらないのかしら?)

 でも、よりによって髪型がオールバックだし、おまけにモビルスーツのパイロットだ。日常的にヘルメットなんかをかぶっていると、蒸れて髪に良くないと聞いた覚えもある。どうなんだろう?
 やや緊張感に欠けることを考えながら、振り返ると、もう通路に少年の姿は無かった。

 彼と、ミリアリアが進む道は別たれた。

×××××


 それきり、もう二度と会うことのない相手だった……はずなのに。
 ディアッカ・エルスマンは、戻ってきた。バスターを駆り、オーブ軍を援護して――ザフトと敵対し、裏切り者の汚名を着せられても、アークエンジェルに残り、戦い続けて。

 ミリアリアのことを、好きだと言った。

 応えられないと断りを告げ、季節が巡っても、心変わりする様子すら無いままのディアッカが不可解で……一度だけ、どうしてそうなるのか解らないと切り返したことがあった。
 容姿や頭だって、ナチュラルの間でなら、それなりかもしれないけど、コーディネイターを基準にしたら間違いなく低レベルだろう。
 性格なんて、もっと褒められた代物じゃない。
 ヘリオポリスが破壊される前まで、なにも知らない学生だった頃は、両親や教師、友達からも 『朗らかで良い子』 と褒められて、自分でも取り柄だと思っていたけど――日常から切り離されてみたら、全然違っていた。
 誰が知ってるって、ディアッカが一番知っているはずだ。
 捕虜の軽口に激昂して刺し殺そうとするような、とんでもない女の、どこが好きだって言うの?

 理屈じゃないんだと、彼は、むず痒そうに頭を掻いた。
 あまり突っ込んで訊くと逃げられなくなるような気がして、それ以上、深くは追及せずにいた。

 けれど今は、その理屈が知りたかった。
 ディアッカに会いたいと、初めて思った。


 …………だって、おかしいじゃない。


 私は、殺してしまうところだったのに。
 そんな相手のことなんて――あの、真紅の眼をした男の子みたいに、憎んで拒絶したって当然のはずなのに。
 いつもいつも守られるばかりで、なにひとつ返してあげられずにいるのに。

 どうして、好きだなんて思ったの。



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餌付けされる、黒わんこ。飼い主、ザフトからミリアリアに変更の序曲♪ (←違う) 今回のメインは、自発的にディアッカに会いたいと思う、ミリさんの心境の変化です。なんだかんだ言いつつ、頼ってるんですよ、心の底では!(ホントかよ?) 本人がそれを自覚するには、まだまだ時間がかかりそうですが……。