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■ プライド


「…………熱いヤツ」

 野次馬の群れに混ざって、ディアッカは、熾烈な闘いを傍観していた。

「ええい、どいつもこいつもコソコソと!!」
 丸めた新聞紙を手に、戦っている人間は実質イザークのみ。
 衛生管理が徹底している反面、有事への備えがおざなりになっているプラントにおいて、貴重な武器といえる鶏印のスプレー缶を握りしめたシホは、
「きゃー!? イヤ、来ないでーっ!」
 ゴキブリ軍団に向かって叫びながら、的外れに殺虫剤を乱射するばかり。あまり役に立ってはいないようだ――それでも人類共通の敵を前にして、一歩も退かないあたり立派である。
 見物人はディアッカを含め大勢いても、眺めている方がおもしろいから、もしくは黒光りする虫がうようよいる部屋に入りたくないという理由だろう、助っ人に飛び込む者は皆無だった。
「逃がさんッ!」
 スナップを効かせた一撃が決まるたび、連中は、痙攣する手足をさらして床に転がる。
 だが敵も、侮れないスピードで飛び交い、逃げ回り。防衛線を掻い潜った数匹が、死角を衝いてシホを襲う。
「……あっ!?」
 ハッと振り向くも黒い影は目前、殺虫剤噴射も間に合わない――そんな彼女の窮地を、イザークが救った。
「無事か? シホ!」
 すんでのところで敵を撃墜。涙目で立ち竦む部下を、背後に庇う。
「隊長――」
 よっぽど怖かったようで。シホは、普段のクールさからは想像もつかぬほど、潤んだ縋るような瞳でイザークを見上げた。他に想い人がいたとて、グッとくるほどの表情だ。ギャラリーの野郎連中が 「おおーっ!」 と一斉にざわめくが、
「貴様ら。不意打ちとは卑怯な真似を……!!」
 すっかり眼前の虫どもに気を取られているイザークは、男として見逃してはならない瞬間を、素でスルーしたようだった。
(あーあ、シホも報われないねぇ)
 いや、彼女に訊けば、おそらく 『隊長のお役に立てるだけで、光栄です』 と大真面目に答えるだろうが。
 ディアッカは、呆れ混じりに苦笑する。

 そもそも事の起こりは30分ほど前。
 通路ですれ違った集団が “ザフトレッドから一般兵に降格された、裏切り者” の陰口を叩いていた、というだけの話。
 急ぎの仕事を抱えていたディアッカは、ブチ切れかけたイザークをいつもの倉庫裏へ連れて行くよう、シホに託し。
 用事を片付けて様子を見に行くと、粗大ごみ置き場は閑散としていて、これといった破壊の形跡もなく――あれからどうなった? シホが上手く宥めてくれたのか? と思いきや、
『ジュール隊長が、厨房で大暴れしてるらしいぜ!』
『うっそぉ?』
 そんな噂をしながら走っていく、暇な連中に遭遇。
 まさか!? と駆けつけてみれば、親友は……残飯処理を怠ったらしい食堂の一角にて、ゴキブリの大群相手に孤軍奮闘していた。倉庫に辿り着くまで持たず、イザークの脳内火山はこんなところで噴火したらしい。
「貴様らに、アイツのなにが解るーーーーーーっ!!」
 しかも雄叫びを聞く限り、動機は人助け云々ではなく、さっきの怒りをゴキブリ相手に発散しているようだ。まあ、建設的で良いことだが。

「しょうがねえなぁ……」

 ディアッカは、ふーやれやれと嘆息した。
 トップエリートを示す “赤” に、それなりの誇りを抱いていた時期もあったが、今はもう、他人から与えられる評価に興味はない。過去、三隻同盟に加わったことは事実。プラントを守るため、ザフトに属している現在――それが気に食わないというヤツがいるなら、好きに言わせておけばいい、と思う。

 降格しようが昇格しようが、軍人としての能力は翳らず、モビルスーツ操縦の腕が鈍るわけでもない。ただ羨望とやっかみの視線が減って、好奇の目と陰口が増えるだけだ。
 事情や経緯はまったく異なるが、今の自分同様、 ザフトレッドに匹敵する実力を持ちながら、あえて “緑” を着ていた男のことを……ディアッカは近頃、ふとした瞬間に思い出す。



 G奪取作戦の最中に戦死した、かつての同僚――“黄昏の魔弾” と呼ばれたパイロット、ミゲル・アイマン。

 ほどほどに陽気で好戦的、任務はキッチリこなすが、手を抜けるところは抜く。
 軍人にしては頭が柔らかく、年齢にそぐわぬ経験豊富さも相まって、協調性に欠けるメンツのまとめ役でもあった。
『査定、受けようとか思わねえの』
 あれは確か、ヘリオポリス潜入の数日前。
 訓練後だったか、休憩時間か……とにかく二人でだらだらと暇を潰していたとき、なんの気なしに訊ねた。

 コーディネイター社会は能力主義。個人差はあれど、誰しも名声や栄誉に対して貪欲だ。
 クルーゼ隊でもエース級の撃墜率を誇るミゲルなら、黒なり白なり纏っておかしくないだろうに、なぜ一般兵の立場に甘んじている?

『めんどくせーよ。指揮官になったからって、給料上がるわけでもないし? 前線でガンガン活躍して、実力評価された方が割がいいだろ』
『……名声より金ってワケ?』
 この “先輩” には、比較的自分と近いものを感じていただけに、意外感が拭えなかった。見合わぬ待遇に満足する男とは思えない。さほど金に執着するタチでもなさそうなんだが。
『そりゃあ、な。オッサン連中に褒められたって嬉しかないし、金はいくらあっても足りねーし』
 しれっとした口調で応じるミゲルを、横目で見やりながら、
『女でもいんの? ブランド狂いの』
 それ以外の事情を考えつかなかったあたりが、当時のディアッカを象徴しているといえば言える。
『おまえほど、女関係ハデじゃねーよ。俺は』
 ミゲルは肩をすくめ、苦笑した。
 どこがだよ、とディアッカは思った。
 貴公子然とした風貌に、クルーゼ隊での華々しいキャリア、それなりにとっつきやすい来るもの拒まずの性格――これを派手と呼ばずしてなんと言う? そこかしこで女に囲まれていたのは、どこのどいつだ。
『金かかってんのは、弟』
『おとうと……?』
『おまえ、一人息子なんだっけ?』
 出生率が極端に低いプラントでは、兄弟という単語自体、耳慣れないものだ。面食らうディアッカにかまわず、
『かわいいモンだぜ〜、弟ってのも。年が離れてるから余計にな』
 ミゲルは、心底愛しそうに語った。
『ただ、そいつがちょっと厄介な病気でさ。遊びたい盛りなのに、入退院の繰り返し』
 厄介と評した割に、煩わしがっている様子はまったく感じられず。
『……で、まあ、治療費稼ぐのと』
 フェンスに寄りかかり、人工の空を仰いだ青年の、
『清浄なる世界だか何だか知らねーが、くだらない理由つけて、ヒトん家がある場所に攻め込もうとする連中を蹴散らすの。同時にやれるっていったら、軍人しかないだろ?』
 ほんの少し口角を吊り上げた、横顔から読み取れる感情は、強いて言うなら “余裕” だったろうか。
 ナチュラルに対する蔑みと怒り、奇妙な自信がない交ぜになった誇らしげな表情は――なぜか、ひどく癇に障るものだった。

『弟のため、ねぇ……同じ遺伝子継いでるってだけだろ? 兄弟なんて』

 たとえば自分が、タッド・エルスマンのために命を賭けられるかと問われたら。
 答えは決まっている。NOだ。
 それはまあ、赤の他人よりは優先される相手だし、手を貸してくれと頼まれれば恩を売ってやるのも一興だが、
『身体張って戦って、金までつぎ込んで。馬鹿らしくなんねえ? そーいうの』
 兄弟というだけでそこまでやってのける心情は、理解し難かった。
 自身の快楽を後回しに、別の人間に尽くすなど。しかも弱々しく生産性も低いであろう、役立たずの身内に?
『ふーん』
 嘲るディアッカを、おもしろそうに眺めやり、
『新入り連中じゃ、おまえが一番上かと思ってたけど――こりゃどうも、二番目ってとこだな。いや、三番?』
 ミゲルは、くっくっと笑った。
『……は? なにが』
『ま、生きてりゃそのうち解るときも来るだろ』
 ヒトの質問には答えず、ばんばんと背中をどやしつけてくる。痛い。
『その相手が、かわいー女のコだったら。紹介しろよな』
『…………』
 悟ったような台詞を投げかけられ、ディアッカは、半ば本気でいらついた。

 いつだって “見透かす側” にいたのだ。
 からかわれ、子供扱いされることなど一度も無かった。物心ついた頃から、ずっと――相手が年上だろうと先輩だろうと、その立場を狂わされた状況は、ひどく居心地が悪かった。
『ヤだね。ミゲルと女の取り合いなんて、隊の連中に知れたら賭けのネタにされる』
 せいぜい飄々とした態度を繕い、話を打ち切った。
 ミゲルは、そういうことを言ってるんじゃない……それだけは、あのときも分かったが。じゃあ何なんだと重ねて訊いてしまえば負けを認めるようで癪だった。

 今なら確かに、解る気がする。
 おそらくニコルに劣ると揶揄されたのは、精神年齢とかそんなところで。確かにガキだった―― “赤” を纏っていた頃の自分は。
 世の中すべてを小馬鹿にして、熱くなっている連中に冷めた目を向けながら、その実なにも知らずにいた。

 傷を負えば痛い。ヒトの傍は、あたたかい。
 ……そんな当たり前のことさえも。

 ミゲルは、自身の能力を誇っていないわけではなかった。
 ただ、それを差し置いて優先されるべき存在があることを、二年前のディアッカは考えてもみなかった。


 他者の評価とは無関係の、確固たる矜持。


 今、このとき。
 ザフトに属していながら、ディアッカの忠誠は軍に無い。

 それでも戦友たちの遺志に沿い、守ることは可能だ。プラントを――長年の治療が実を結び快方に向かっていると、ミゲルと同郷の兵士から聞かされた、まだ幼い彼の弟も。
 軍人としては失格かもしれないが、それでも……知りながら戦っていた、彼らなら “悪い” とは言わないだろう。

(……にしてもやっぱ、分かんねーよなぁ)

 他人事に、ああまで熱くなれる点に関しては。
 少なくとも自分には無理だ。気に食わない相手を痛い目に遭わせてやろうと、ちょっとした罠くらいは画策しても、あんなふうに腹を立てることは出来そうにない。
 それは貶められたのがイザークでも、一応は肉親である父親でも、たとえミリアリアであっても、だ。
 復讐心や計略を抜きにして、なりふり構わず怒った経験は、これまで19年間生きてきて一度も無かったし――おそらく今後も無いだろう。イザーク級の暴走モードに陥る自分など、とてもじゃないが想像がつかない。

 他人のために怒れるという性分は、稀有だ。
 だが好ましく思えるのは、あくまで、身近にいる激情家がイザークだけだからであって、あんな暴れん坊将軍を何人もフォローして回るのは死んでも御免である。

 ……とりあえず、ヤツが将来の伴侶に選ぶ相手が、シホのような理知的なタイプであるよう願っておこう。



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よくよく思い出してみると……SEEDを見始めた最初の動機は、TMRこと西川君のファンで、彼が主題歌を担当して声優もやるという話を聞いたからでした。
口調がちょっとおかしいですが、管理人の脳内のミゲルさんは、こんなイメージです。