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■ エクステンデッド 〔1〕


『なあ、ちょっと訊いていい?』

 嫌な予感は、していた。
 蒼穹の鏡たる海原に、故人が眠る島は見えず――記憶違いとも思えなかったからだ。

『ここに来る途中さ、マーシャル諸島の上空通ったんだけど。あの辺、なんか昔と地形変わってねえ?』
『オーブ近海のか? ユニウスセブンが落ちたとき、破片の直撃食らって消し飛んだらしいぜ』

 名も知らぬジャーナリストは、わずかに表情を翳らせた。

『……キレイな群島だったのにな』



 地球に降り、ターミナル勢と合流したディアッカたちは、パイロットスーツを着込んだまま大型ジープの後部座席に身を潜め、待機していた。
 ヒーターの送風音だけが微かに響く、薄暗い車内。
 段取りの再確認も終えて、あとはケータイに送られてくる “合図” を待つばかりである。

 年齢層も人種もばらばらなメンバーは、突入要員が7、運転手と連絡係が各1の、計9名――いずれも半端に場慣れした素人という印象を受けた。
 足手纏いとは言わないが、援護射撃まではアテに出来そうにない。

「このおっさんが研究所長。真っ先に黙らせたいのは、こいつと警備員だな」

 最初に投げて寄こされた紙切れは、胡散臭さを絵に描いたような中年オヤジの写真だった。
 続けて、どちらも30代半ばだろうか……? 神経質そうな白衣の男と、場にそぐわないブロンド美女。
「女は、こっちのメンバーだ。研究員に化けて、潜入調査している」
 なるほど科学者には見えないわけだ。
 写真を一瞥しただけでも伝わる、妖艶な華やかさ――所長の愛人とかって話なら、納得モノだったが。
「男は連合の科学者だが、ラボ解放に手を貸してくれる。間違って攻撃しないでくれよ。セキュリティ解除が出来なくなっちまうからな」
「連合の? 味方と捉えて良いのか?」
 イザークが眉をしかめ、不審げに問う。
「いや。今回は、たまたま利害が一致しただけだ。協力してはくれるが、味方とは思わない方がいい……特に、君たちは」

 ならば、使える人間は使うと割り切るだけだ。

「それから―― “エクステンデッド” という言葉を、知っているか?」
「聞いたことがあります。地球連合軍の、強化人間でしょう」
 リーダー格と思しき男は、シホに向かって肯いた。
「なら、説明するまでもないか。施設内には、五十人以上の実物がいるはずだ……我々を “敵” と見なして襲ってくる可能性が高いが、避けられる限り、撃たないでくれ」
「俺たちはともかくさぁ。あんたら、相手が子供だからって手加減してやる余裕あるわけ? だいたい、施設つぶした後始末どーすんの」
 ディアッカが疑問をぶつければ、
「手配済だよ、一応な。上手く事が運ぶかは分からんが――」
「私たちに関しては、お気遣いなく。ここで死ぬなら、それが寿命ってことよ」
 本来はペンやカメラを持つはずの手に、似合わぬ麻酔銃を掲げた男女が、不敵に笑う。
「だけど、無駄死には御免だわ」
 まったく……報道関係者ってヤツは、どうしてこう無鉄砲なんだ?
 ディアッカは、誰にも気づかれぬよう嘆息した。


 そうして、日付も変わろうかという時刻。
 ピリリリリリリ、と鳴り渡るコール音。ケータイの液晶画面が点滅した。
「――時間だ」
 寄せ集め集団はジープから飛び降り、常冬の大地に聳え立つ、灰色の建物めがけ疾走する。

 軍本部にも繋がっている監視カメラをダミー映像に切り替えて、ごまかしきれるリミットは……せいぜい、二時間。

×××××


 見取り図は、正確だった。

 裏ゲートの門番を昏倒させ、施設内に踏み入ると間もなく分岐する、無機質な白い通路。
 イザークは直進。シホとディアッカは、それぞれ左右――ターミナルとの混合部隊は三手に分かれた。
 先へ進むうち何度か、ID式らしき扉にぶち当たったが、それも手動で押し開けられた。首尾よく警備システムも停止しているようだ。

 だが、外部との通信手段まで断たれた訳ではない。

 深夜とはいえ、他の研究所や連合関係者が、業務連絡を寄こす可能性は低くないからだ。ただの留守電にすぐさま不審を抱きはしなくても、回線が死んでいれば、さすがに異常を察して調べに来るだろう――手に負えない事態を避けるには、あえて残さざるを得なかった。
 奇襲の成否はスピードが決する。
 気配や足音を殺せない素人では荷が勝ちすぎるという、自覚はあるんだろう。他のメンバーは前にしゃしゃり出て来ようとせず、ディアッカのサポートに徹していた。

 武器は麻酔銃。
 ダートが当たりさえすれば標的を眠らせてくれる。
 相手を殺す必要が無く、拳銃に比べ、照準も多少おおざっぱに狙える。道すがら出くわす暇そうなガードマンや、のろくた歩いている研究員を撃ち倒すくらい造作無かった。
 当直でない施設スタッフたちは、隣接する職員寮で。例のブロンド美女が夕食メニューに仕込んだ睡眠薬によって、ぐっすり眠りこけている手筈である。
 突っ走り、ダートを補充している間にターミナルの面々が追いついて。また走り続けているうち、だんだんと薬品臭が鼻に付くようになった。医療施設では馴染みの。
(ホルマリン……か……)
 ロドニア、ラボの惨状は聞き及んでいた。
 ここにも似たような “サンプル” が大量にあるんだろうなと、苦々しく考えていると――進行方向が、急に騒がしくなった。入り乱れる怒声と破壊音。

「……なんだ?」
「もう少しで合流地点だろ?」
 いったん足を止め、互いに顔を見合わせる。
 図面によれば、この先は “トレーニングルーム” ――目的の実験室は、さらに奥だ。分かれた通路が最終的に交わる部屋でもあり、ターミナルの調査員や科学者とも、そこで落ち合う予定になっていた。
「情報どおりなら、なにも無い部屋だろう? 昼間は、エクステンデッドの訓練に使われているらしいが……なんだかんだ言っても子供だから、夜は早いうちに寝ちまうらしいし。こんな時間に誰が、なにを」

 仲間の呟きに、別の男が顔色を変えた。

「まさか――研究スタッフを取り逃がして、エクステンデッドを起こされた、か?」



 駆け込んだトレーニングルームは、混戦状態に陥っていた。
 周りを牽制するように銃をかまえたイザーク、シホと。負傷者が目立つターミナル陣営。
 殺気もあらわに彼らを取り囲んでいる “敵兵” は、いずれも10歳前後と思しき子供だ。その数、約三十。
「また出たぞ!」
 武装した少年少女の陰に隠れ、唾を飛ばしながら叫ぶ、
「侵入者だッ! 殺せ、八つ裂きにしろ!!」
 卑屈そうな男の顔には覚えがあった。写真で見た “所長” だ。
「うるっせえな、子供を盾にしてんじゃねえよ!」
 黙らせようと掲げた麻酔銃の弾道は、命令に応じ躍り出た、エクステンデッドたちに塞がれてしまい――うち一人の肩口に、ダートが突き刺さるが、

「……効かない!?」

 そいつの動きは鈍るどころか平然と、拳銃をぶっ放してきた。
 反射的に身をそらせば左腕を掠め抜けた弾が、背後に置かれていた計測機器を撃ち抜き小爆発を起こす。
「こいつらは一撃では倒せんぞ、連射しろ! 最低でも五発だ」
 振り返りもせず怒鳴ったイザークの眼前で、ダートを食らった少年がずるずると床に沈み。
「あらら、隊長。お子サマ相手に苦戦してたんですかー?」
「うるさいっ! そっちこそ来るのが遅いんだ、馬鹿者!」
「ナチュラルの子供だからと侮らないでください。彼らの身体能力はコーディネイター、ザフト兵に匹敵します!」
 ご立腹の隊長殿に代わり、大真面目に反論するシホ。
 そこで何故かエクステンデッド部隊は、ぴたりと一様に動きを止めた。
「コーディネイター……」
「……隕石、落とす……地球、壊す。パパとママ、殺す……?」
 何十人もが、ぼそぼそと物騒な言葉を同じタイミングで呟いている光景は、不気味としか言いようがなかった。

「悪いヤツラ……侵入者、排除……敵、ミナゴロシ。排除、ころす……コロス殺す、コロスぅうううううううっ!!」

 そうして顔を上げた子供らしからぬ子供たちの、ギラギラ血走った目。
「!?」
 異様な空気に呑まれていたターミナル側は、反応が遅れた。襲い掛かってきたエクステンデッドに弾き飛ばされ、壁に激突。さらに一人は腹部を抉られ、武器を取り落とす。
「ちっ……!」
 舌打ちしつつ銃を連射したが、確かに、連中の身体機能を麻痺させるには一、二発では足りないようだ。撃たれても怯まず、常人離れしたスピードで突進してくる。
 槍に似た棒を振りかざすガキに蹴りを食らわせ、奪い取った得物で、後ろのヤツが持ち出した散弾銃を叩き落とす。
 手加減すればこっちが危うい状況でも、纏わりつく罪悪感。
 しかし相手は、たいしたダメージを受けた様子もなく起き上がってくる。数の不利を含め完全に、分が悪い。
「でやあああッ!!」
 続けざま、奇声に乗せて殺気が奔った。
 “刃物だ” と感覚的に悟り、振り返りざま相手の腕を掴んで止めた――ディアッカは、わずかに息を呑む。並べば自分の腰にも届かないだろう少女の、蒼とも翠ともつかぬ瞳は、一点の曇りもなく憎悪に塗りつぶされていた。

 ……世界で一番、苦手な色だ。

 鈍色に光るナイフを握りしめた手は、ぎりぎりと信じ難い力で拘束から逃れようとする。
「なるほど。強化人間、ね――」
 余裕の無さとは無関係に、転がり落ちる皮肉。
 ナチュラルの、年端もいかぬ子供がこんなふうになるまで……どこをどう弄ったんだ、ここの研究者たちは!?
「離せっ、このぉ!」
 エクステンデッドは眦をつり上げ、もう一方の手で、隠し持っていたナイフを閃かせた。この体勢では麻酔銃を使えない。
 止むを得ず、ディアッカは力任せに相手を振り落とす。
 放り出されるも猫のように、くるりと宙で回転。着地するなり、再び突っ込んできた少女に、ダートを二発食らわせたところで引き金の反応が失せた。
「弾切れかよ、こんなときに……!」
 しかし、あれだけ撃ち続けたんだ。尽きて当然だろう。
 なおも迫り来る刃をとっさに銃身で弾き返し、間髪入れず足を払う。
「きゃうっ!?」
 もんどり打って倒れた少女に、ディアッカは、懐から取り出した拳銃を突きつけた。
 これは実弾だ――いくら強化人間でも生きているからには、心臓をぶち抜かれれば死ぬだろう。

『避けられる限り、撃たないでくれ』

 連合の被害者でもある、子供たちを。
 助け出せれば、解放できればと――他人に頼まれるまでもない。だが、これ以上は無理だ。おめおめ殺されてやるために、こんな辺境の地へ乗り込んで来たんじゃない。甘っちょろい感傷など必要ない。
 生きるか、死ぬかだ。

 抵抗を封じられたエクステンデッドは手負いの獣のように、喉の奥で唸っていた。
 浅葱の瞳に、死に瀕した恐怖は欠片もなく、ただ敵意が満ちているだけ。

 ……前に何度か、似た情景を見た。
 この手で “ナチュラルの少女” を撃ち殺す、あれが予知夢の類だったとは考えたくもないが――

「ええい、暴れるな! いい加減にしろッ」
 刹那、記憶の淵に囚われていたディアッカは、聞き慣れた怒号に引き戻された。
「おとなしくしていれば、ここから出してやれるんだ! 貴様らとて、こんな不快な場所に閉じ込められていたいわけじゃなかろう!?」
「うるさい! なにすんだよ、この侵入者。連合に盾突く人類の敵ぃ! はーなーせ!!」
 イザークに羽交い絞めにされた少年は、ジタバタもがき続ける。
「た、隊長?」
「丸腰で太刀打ちできる相手じゃないぞ! なにをやっているんだ、君は?」
「いや、ようやく麻酔が効きだしたんだろうが――どいつも弱り始めている。この程度なら、素手で捻じ伏せれば済む」
 唖然とするシホたちに、イザークは確信めいた口調で応えた。
 ディアッカは半信半疑で拳銃を引っ込め、足元の少女を捕らえる。
「……そうみたいだな」
 引っ掻かれるわ、肘鉄食らうわ。ぎゃあぎゃあ激しく抗われたが、さっき腕を掴んだときよりは格段に弱い。
「とにかく武器を取り上げて、どっか、そこらへんに縛りつけとけば――」
 室内を、ざっと見渡す。戦闘態勢で立っているエクステンデッドは、残すところ五人。他は、昏睡に至らずとも足元がふらついているようだ。
「おい、一人くらい弾が残っているヤツはいるだろう? 子供をけしかけるしか能がない、あの臆病者を撃て! 命令するヤツがいなくなれば、少しは収まるかもしれん」
 飛び道具を使い果たした連中が、総掛かりで子供たちを押さえにかかる傍ら、
「って、ちょっと待てよ」
 麻酔銃をかまえ直した二人が、やや間の抜けた口調で首をひねる。
「なんだ、ヤツを庇うほど余力のあるエクステンデッドは、もうおらんだろう。早くしろ!」
「なあ……どこに行ったんだ? 研究所長は」

 場の空気が、硬化する。
 びくびくと壁に張りつき、わめくだけ。乱闘の最中、すっかり存在を忘れ去られていた所長の姿は――いつの間にかトレーニングルームから消えていた。

「逃げられたッ!?」
「まずいぞ、早く探さないと!」

「失敬な、誰が逃げたと言うんだね?」
 こちらの狼狽を嘲笑うように、突然、壁にしか見えなかった部分が音をたてて開いた。
「賊共めが! 不法侵入した挙句、ワシの庭で好き勝手しよってからに……どこのどいつか知らんが、命知らずもいいところだ。ふははははっ!」
 勝ち誇る男に従い、ぞろぞろと現れた――武器を手にした子供たち。その数、約二十。
 所長を護るように四方を囲んで、陣形を崩さない。
「新手かよ? 嘘だろ……」
 ターミナルの面々は、呆然とつぶやいた。
 ここまで散々手こずらされた連合の強化人間を。疲弊した現状、退けられるはずもなく。
「近いうち、軍部に納品する予定だった “調整済” のエクステンデッドだよ――どうせ、ワシが開発した兵器の性能を妬んだ連中の差し金で、機密を盗みに来たんだろう? 冥途の土産に思い知るがいい、コーディネイターを凌ぐ破壊力をな!」
 幼い子供を “兵器” と言い切り、勝ち誇って笑う。
「さあて……待ちに待った実戦の機会だぞ、おまえたち。そいつらを嬲り殺せ!」
 煽られたエクステンデッドは、新しい遊びでも見つけたような嬉々とした目つきで、一斉に向かってくる。

 ディアッカは、ぐったりと腕の中で動かなくなっていた少女を床に降ろした。
 他の連中も苦々しげに、拳銃をかまえる。

 照準は、逸らせない。
 撃つしか道が残されていないなら――せめて、苦しまずに済むよう殺すだけだ。


 双方の銃火器が、それぞれの左胸に狙い定めた瞬間。

                          すべての弾道を遮るように、たった一言。


『 ブレイク 』


 知らぬ声が、響き渡った。

                 ひどく明瞭で硬質な、それは放送機材を通したもののようだった。

(……なんだ?)

 眉根を寄せるディアッカたちの、眼前で。
 子供たちの手から、唐突に、すべての凶器がすべり落ちた。



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ここからようやく、ジュール隊本格始動。
……まともに書いたことのない、面倒なアクションシーンをいかに省くかが至上命題です。資料ー。