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■ エクステンデッド 〔2〕


 音と同時にトレーニングルームを照らし出した、光の眩しさに、思わず顔を顰める。

「う……ぁ、あ?」


 殺気に満ちていたエクステンデッドの形相が一転して、恐怖に侵蝕されていく様子がハッキリと見て取れた。
 か細い悲鳴。すすり泣き――両耳を塞ぎ、頭を抱え、うずくまって震えだす。
「お、おい?」
 当惑しつつ、傍らの子供に手を伸ばしたイザークは、
「!? 嫌ァアアアッ!」
 鬼か悪魔でも見たような激しさで泣き叫ばれて、ぐっさり傷ついたようだった。
(……どうなってるんだ?)
 疑念が意識をかすめた、そのとき頭上で空気が揺れた。

 人の気配。跳躍音。

 ディアッカは、反射的に銃を向けたが――こちらが照準を定めるより速く、キャットウォークから飛び降りてきた人影は、愕然と立ち尽くしていた所長を蹴倒し、捻り上げた両腕にガチリと手錠をかけた。
「はーい、捕縛完了っと」
 文字どおり降って涌いた女は、せいせいしたと言いたげな眼で、無様に転がった中年男を見下ろす。
「り、リノルタ? いったい何のつもりだ!?」
「なに、って言われてもねえ……ちょっと、あんたら! 無事ーっ?」
 胸元からケータイを取り出しつつ、声を張り上げ、
「バカ、遅せえっての」
「見てのとおり、怪我だらけだよ。生きてるけどなー」
 口々に叫び返す仲間たちを確かめ、ホッと息をつき、今度は真上を仰いだ。
「制圧はー!?」
「外部通信の履歴なし――ここを除いて、館内に動いている者もいないな。完了だよ」
 5メートルほど上にある、キャットウォークの端。
 通信機材が置かれているらしいガラス張りの部屋から、ふらふら歩み出た男を見とめ、
「ななな、なにをやっているッ、ウィスナー!」
 身動きが取れない所長は、泡ふいて卒倒しそうな剣幕でがなりたてた。
「酸欠で死にそうです……」
 ぐったり手摺にもたれながら答えた人物は、今回に限り “ターミナル” と組んでいるという連合の科学者だった。どうやらこいつが、さっきの音声の主であるようだ。
「そんなことは聞いとらん!」
 激怒する上司を放ったらかして、螺旋階段へと回り降りてくる。

「あ、聞こえる? モニカよ」
 一方、女はテキパキと外に連絡し始めた。
「ええ、みんな生きてるわ。計画は、ひとまず成功――だけど、さすがに無傷じゃ済まなかった。すぐに医療班と、郊外に待機させてた運搬用トラックも、全部こっちに寄こして」
 片が付いた、と思って良いらしい。
「子供たちなら寝てるわ。結局、怖い思いさせちゃったけどね……場所? トレーニングルームよ」
 しばらくすれば増援部隊も来るようだ。

(――ったく、どこが 『 軍の任務ほどでないにせよ 』 だ?)

 ディアッカは、やれやれと銃を降ろした。
 とたん、あちこちが痛みを訴えだす。満身創痍のターミナル陣営に比べれば、軽い方だろうが……打撲に裂傷、銃創。イザークたちも負傷は避けられなかったんだろう、パイロットスーツの上から手足を押さえていた。

「しっかし、まあ――さすが隊長?」
「なんだ、いきなり」
「連中が弱ってきてる、とかさ。言われるまで、撃ち殺さねーとこっちが全滅するって思ってたんだけど、俺」
 あんな劣勢下、よくエクステンデッドの変調に気づく余裕があったものだ。
「接近戦は、俺の方が得意だからな」
 イザークはぶっきらぼうに答え、ふいっと碧眼を逸らす。
「撃つものは誤れん。だが今回は、たまたまどうにかなっただけだ……世辞はいらん」
 どうも虫の居所が悪いようだ。
 少しは安堵するなり喜ぶなりして良いところだろうにと、首をひねったディアッカは、

『まだ5歳の、小さな女の子も乗っていたのに――』

 かつて “デュエル” が、ヘリオポリスの避難民を撃ったことを思い出す。
「けど……誤るったって、人畜無害なナチュラルの子供じゃないぜ? あいつらは」
 横目で窺えば、イザークは、ますます肩を怒らせた。
「なんだろうと子供は子供だ。人の顔見て泣き喚きおって――まったく、腹が立つ」
 最後に吐き捨てられた台詞は、自分に対してか連合側に向けられたものか、さてどっちだろう? などとディアッカが考えている間に、
「怪我は?」
「問題ありません、掠り傷です」
 ずかずか歩み去っていったイザークは、シホと話を始める。

 他方、待機班との連絡も滞りなく終わったようで、
「まだ実験室の調査が残ってるから――終わったら、すぐに引き揚げないと。そう、職員寮も予定どおり。お願いね」
 女は通話を切るなり、はあっと肩を落とした。
「……とんだ誤算だったわ、こんな遅くなるなんて。かかった時間、予定の3倍よ? 3倍! どうしてくれんの、鈍足男!」
「100メートル走タイム平均が10秒台の、コーディネイターの物差しで計るからだろう。だいたい、なんでよりにもよって所長を取り逃がしたんだ? 挙句、戦闘を避けられず負傷者続出――」
「いちいち分析しなくていいわよ、ムカつくわね!」
 二人の口論は、床に転がされたままになっている所長が遮った。

「ええい、ワシの質問に答えんかぁ!」

 足元から怒鳴られて、女は面倒しげに答える。
「はいはい……まあ、ぶっちゃけますと? あたしは、この研究所をつぶすために潜り込んでた、ス・パ・イ。残念でした〜」
「ウィスナー、おまえもか!?」
「僕は、青き清浄なる世界のために働いているだけですが。なにか?」
 さらりと口にされた言葉を聞き咎め、イザークとシホが警戒の素振りをみせる。

 ウィスナーは、浴びせられる視線も意に介さず、オーディオに似た形状の機械を手早く操作した。
 一定のリズムで流れだした、細波の音色に運ばれるように、
(ハーブか、これ……?)
 涼しげな香りが、トレーニングルームに充満していた血と火薬の臭いを消し去って。
 泣いていた子供たちの顔から、恐怖や苦痛が薄れていき――やがて不規則な寝息が聴こえ始めた。

「……さっさと外に出ような」
 ウィスナーは誰に言うでもなく、静かに呟いた。

「あんた、なにしたんだ? こいつらに」
「忘れていた “怖いこと” を、思い出させただけさ」
 問いかけたディアッカを一瞥すると、意味ありげに 「……なるほど」 と目を細め答える。
「他に止める方法も無かったからね。個々に設定されるブロックワードの前段階。催眠暗示の適性チェックに用いられる単語を使った。ニュアンスを間違えれば暴走に繋がるし、たとえば 『ブレイクファースト』 と言って彼らが反応するわけでもない――深いよね、言葉に含まれる感情ってヤツは」
 洗脳の一種だろうか、どうあれ正気の沙汰とは思えない。
「悠長に解説する暇はないからね。あとで、実験室に保管されている資料でも読んでくれ。ところで……」
 ウィスナーは、苦笑すると話題を変えた。
「ここから先の警備システムは本館と切り離されていてね、まだ作動しているんだ。奥へ進むため、モビルスーツで撤去してもらいたい区画があるんだけど――几帳面で、細かい作業に向いてるのって、君たちの中では誰?」

 ディアッカとイザークは顔を見合わせ、そのまま揃って紅一点のパイロットを凝視した。

「……わ、私ですか?」
「だろうな」
「だろうねえ」
「多数決だね。じゃあ、よろしく」

 かくして、手順を誤れば実験室ごと爆破炎上するという、破砕作業はシホ・ハーネンフースが担うことになった。



 シホが、正面ゲートから機体を取りに出て行った後。
 ディアッカたちは、見張り数名をトレーニングルームに残して、実験室へ続く通路を移動していた。

「裏切り者どもが、せいぜい勝った気でいるがいい! 夜が明ければ、軍本部も異常に気づく――不法侵入に暴行、傷害、窃盗。全員まとめて晒し首にしてくれるからな!!」
 がーがー喚いて抵抗する所長を、
「あー、うるさい。命の恩人に向かって、なんて言い草?」
 容赦なく引きずって歩きながら、モニカ・リノルタは煩わしげに眉をしかめた。
「たわけ、誰が命の恩人かぁ!」
「だって、この研究所。3日後にはロドニアと同じ運命たどる予定だったんだしぃ?」
「デタラメ抜かすな!」
「ホントのことよー? 連合も、ザフト側にやられっぱなしで余裕無いみたいね。重鎮面して鬱陶しい所長と取り巻きもついでに処分して、ブルコス繋がりでスカウトしたウィスナーに、丸ごと引き継がせるつもりだったらしいけど……」
 案内人として先頭を往く、科学者を一瞥してくすっと笑う。
「お偉方に、マッドサイエンティストの思考回路は読めなかった、ってことね」
「思考もなにも、初めに研究内容を明示しなかった彼らの手落ちだろう?」
 ちら、と振り向いたウィスナーは、
「コーディネイターの否定、作出禁止、おおいに結構――だからって、そのためにナチュラルの子供を “強化” する、なんて仕事は御免被るよ」
「喜んで協力すると思って疑いもしなかったんでしょ。連合には、とんだ誤算よねえ」
「はた迷惑な話だ」
 嫌悪もあらわに、吐き捨てた。
「初代盟主が残したスローガンの数々を、都合いいように捻じ曲げて、テロ行為の大義名分にしているような連中と一緒くたにされるんだからね…… “ブルーコスモス” ってだけでさ」
「なにを、血迷い事を!」
 逃げ場を絶たれ、萎縮するを通り越して自棄になったか。
「宇宙の化け物を滅ぼすため、エクステンデッドが必要とされたのだ! 能無しのルーキーを、ただ前線に送り込んでもザフト機の的にされて死ぬだけ。ならば対抗できる “力” を与えてやるのが、ワシら科学者の責務だろうが!」

 ウィスナーの台詞に噛みついた、所長の胸倉を、今度はイザークが絞め上げる。

「ふざけるな! あんな子供を戦わせておいて、自分たちは高みの見物か!? ムチャクチャな要求をプラントに突きつけ、戦火を煽っているのは貴様ら地球連合軍だろう!」
「その反応――さっきも、エクステンデッド数体を一人で抑えていたな」
 所長は、ふん、と鼻を鳴らした。
「同じパイロットスーツ、そっちの二人もコーディネイターか……傭兵か、なにか知らんが、ずいぶん戦い慣れているようだな。今までにナチュラルを何人殺した?」
 ぐっと言葉を詰まらせた、イザークの動揺を見抜いたように、
「当然、片手では下らないだろうな? 百か、千か。子供と判れば見逃してくれたか? 前線には、少年兵も多くいたはずだがな。ずいぶんお優しいことだ」
 半端にシワを刻んだ赤ら顔に、嘲笑が広がる。
「人類の亜種に過ぎんくせに、のさばろうとする輩がいるから戦わねばならんのだ! ユニウスセブンを撃った落としたは、引き金でしかない――コーディネイターの存在こそが火種なのだ! 君たちがいる限り、永遠に終わらんよ。この戦争はな!」
「……うるせーな」
 ご丁寧に、指摘されるまでもないことだ。
 ナチュラルを、射撃ゲームの的程度にしか考えていなかった頃から、今もなお。積み重なっていく咎の数――だからといって、
「あんたが俺たちを、どう思おうと勝手だけど? コーディネイターナチュラル抜きにして、肩並べて歩きたがってる奴らもいるんだからさぁ――戦争を嫌ってる連中まで、巻き添えにしないでほしいんだよねえ」
 こいつに居直られる筋合いは無い。ディアッカは、所長を睨めつけた。
「ちょっとちょっと、ボーヤたち」
 肋数本くらい折ってやろうかと一歩踏み出したところに、げんなりした面持ちのモニカが割って入る。
「手、離しなさいって……気持ちは分かるけど、所長にショック死なんかされちゃ困るのよ」
「彼女が言うとおり。実験室のマスターキーは、ここにあるんだけどね」

 ウィスナーは、行く手を阻む扉の前で立ち止まると、側面のパネルボックスから鍵束を取り出してみせた。

「問題は、こっちの扉でさ。声紋認証のパスワード式なんだ」
 声の主が開けようとせず、時間に余裕も無いとくれば、爆破装置が作動しないようセキュリティ回線ごと焼き切って撤去するしかない。
「で――奥にある実験室がまた、所長の瞳孔反応とIDカード、それからこの鍵、全部が揃わないと開かない。念のいった話だよね」
「けっこう危機感あったのかしら? そろそろ若手に取って代わられるんじゃないかって」
「やかましいわ!」
 図星だったようだ。青筋ぶち切れそうな剣幕で絶叫した、所長の声にかぶせるように、ケータイの電子音が響きわたり。
「……作業開始だそうよ。みんな、少し下がった方がいいわ」
 通話を切ったモニカが、さっと注意をうながす。
 全員そろって扉から距離を取り、注視すること十数秒。前方の空間を垂直に、光刃が弾けた。


 焼き斬られた壁から火花が散り、ぶすぶすと焦げ臭い匂いを漂わせる中、通路の一画がごっそり浮き上がり――やや離れた位置から、どぉんと足元を揺らした鈍い音もすぐに静まる。


「うっわー、なんか光ってる光ってる!」
「ミラージュコロイド、か。これだけ見ていると怪奇現象だよなぁ……」

 モニカたちは、わーわーと騒がしく宙を指した。
 部外者に見咎められる危険を、可能な限り避ける為か。シュバルツの機影はそこに無く、ビームサーベルだけが幻のように掻き消えていくところだった。

「寸分違わず、指示通り――さすがに正確だね。現役パイロットの腕は」

 支柱ごと抜き取られ、ところどころ陥没した地面を確かめつつ外に出たウィスナーは、
「しかし……今夜は冷えるな。雪になりそうだ」
 感心したように辺りを見渡しながら、ぶるっと身を震わせた。

「そりゃマズイな。吹雪いてきたら、面倒だぞ」
「おい、ウィスナーだっけか? 早いとこ実験室を開けてくれ」

 しぶとく逃げようとする所長を、ターミナルの面々が数人がかりで押さえ込み。
 イザークが、どこにいるんだか判らないシホに 「先に行くぞ」 と手振りで示している間に、すったもんだの挙句ようやく扉が開いた。

「……所長」

 最後の砦が崩れてもまだ、怒鳴り散らしている男にウィスナーは言った。
「あなたの見解、一部には賛同します。コーディネイトの代償に “命を継ぐ力” をすり減らした、彼らは確かに人類の亜種だ」
 すぐ傍にいたイザークが、むっと顔をしかめ、
「不自然に弄られた命、世界を、僕は良しと思えない――エクステンデッドに関しても同じです」
「あんたはあんたで “ブルーコスモス” の珍種なんじゃねえ?」
 その様子を眺めていたディアッカが皮肉ると、実験室に入ろうとしていたモニカが爆笑した。
「そーそー。研究バカの科学者に、とやかく言われたくないわ」
「まあね、こんなご時世だ。否定はしないよ」
 ウィスナーは苦笑しつつ、白衣の裾から、手のひらサイズの黒い機械を引き出した。
 無線かケータイと思いきや……それは護身用に使われるタイプのスタンガンだった。
「あなた方の身柄は、リノルタの仲間がどこか適当な街に放り出してくれますから、僕を訴えたければお好きにどうぞ――と言っても、処分予定だった研究スタッフの居場所が、軍に用意されるとも思えませんが」

 スタンガンを押し当てられた所長は、ひっと白目をむいて失神した。

「さて、と……」
 ウィスナーは憂鬱そうに、夜空を仰いだ。
「救出作業は、増援部隊の皆さんにお任せするとして。向かいますか? 生き地獄へ」



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ラボって、ロドニア以外に何箇所あるんでしょうか? 似たような施設は複数あると思われますが、あまり公にされているものでもなさそうだし……まあいいや。