■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

NEXT TOP


■ オーブの獅子 〔1〕


「ウズミ様は、最期まで理念を貫いた結果、連合軍に攻め入られる結果を招きました。セイランは大西洋連邦に従い、ザフトを敵に回した。形は違えど、どちらも自国に及ぶ被害を避けようと外交に明け暮れた……その是非は、後世、歴史家が評してくれるでしょう」
 こうして、深く息をつく横顔をあらためて見ると、ずいぶん老けたなと思う。
「ですが、今のカガリ様――アークエンジェルの行為は中立どころか、他の国々を警戒させ、むやみに敵を増やし、どこより先にオーブに戦火を齎しかねない」
 そうだな、と同意を示したコダックに向かい、
「セイラン派は、当面の被害を避けるため、彼らを “敵対勢力” と見なした。アスハ派は、あの艦に寄せる期待ゆえに、破壊行為を容認した。私を含め、どちらにも属さぬ日和見主義者は……判断に迷い、決めかねていましたよ。かつての英雄が、今もなお、国の命運を託すに値するか否かを」
 さらに話し続ける父の示唆するところが分からず、サイは内心、首をひねった。
「ですが先日、クレタ沖の戦闘介入で、カガリ様に残されていた選択肢のほとんどが断たれてしまった」
 つぶやく声に滲む、わずかな失望。
「結局、彼らは “二年前と同じように” 剣を振るっているだけなんですね?」
「ああ。いくら逸ろうと、普通なら、個人レベルの行動に収まるところだが」
 ミリアリアの師は、嘆息しつつ肯いた。
「自由に使える武器を持ち、なまじその威力を知っちまってるから、あんな無茶な手に出てくるんだろう――前はそれで戦争を止められたと。傍からすりゃ、なんの根拠にもならない実体験を拠りどころに」
 思わず、身が強ばる。キラたちのことか。
「釘は刺しておいた。話した感じ、そこまで驕っとるわけでもないようだ……が、介入行為をやめる気も薄そうでな」

 結婚式乱入に始まり、アークエンジェルに関する報道は目にしていた。
 ダーダネルス、クレタと、時を経るにつれ悪化していく、彼らの立場も。

「行動だけを踏襲しても、現オーブ政府の方針に反してりゃ、義勇軍どころかテロリストと見なされる。なにか事が起きれば責任を被るのは、補償と謝罪を強いられる身分のカガリ・ユラだと、どこまで理解した上でやっとるか怪しいもんだ」
「すると、このリストは役に立ちそうもありませんか」
「いや。不肖の弟子が、その件でアスハ代表と話したようでな。案の定、あんたらの姫様には自覚が無かったらしい」
 細かい文字で埋め尽くされた、数枚の書類を受け取りながら、
「直情径行、いまいち礼儀もなっとらん娘だ――世辞にも、聡いとは言えんな。それでも向き合ったものからは逸らさない、潔い眼をしていた」
 ふっと表情を緩めた、年嵩のカメラマンに、
「いつか、政界に返り咲くことがあれば、すっかり様変わりしとるかもしれんぞ」
「個人的には、近い未来に、そうなってほしいと思いますが」
 父もまた微苦笑を浮かべてみせた。
「……それにしても、けっこうな数だな。目がしょぼついてきた」
「ほとんどは、アスハ寄りの考えを持つ者たちですが。思想云々は抜きにして、これから頭角を現すであろう若手の名も記していますから」
 口頭での説明に、懐からメガネを取り出したコダックは、呆れたように返す。
「防衛、外務、産業、財務、経済省の管理職クラスに、五大氏族グロード、セイランの従兄弟筋か――そうそうたる顔ぶれだな。しかしおい、サハクを引き入れるのは無理だろう?」
「混迷の時代に、オーブの理念を貫こうというなら。それだけの逸材と共に立たねば話にならないと、私は考えます」
 サハクと言えば、目下、アスハとは完全な対立関係にある氏族である。
「ときにワンマン政治と揶揄されながらも、ウズミ様が、あれだけの統率力を以って周りを従え、国をまとめられたのは……揺るがぬ実績と人脈、長年にわたり築き上げてきた基盤があったからこそです。水面下の努力を知らぬ者は、安易に “カリスマ” という言葉で片付けがちですが」
「足元もおぼつかん娘っ子が、父親の言動に倣ったところで、セイランやデュランダルとは到底渡り合えんか」
「アスハの名は偉大です、が――肩書きだけで意が通るほど、国際社会は単純なものではありません。だからこそカガリ様は、補佐たる人材を集める必要があった」
「ちょっと待ってくれよ、親父」
 傾聴するばかりだったサイは、そこで引っ掛かり口を挟んだ。
「アークエンジェルの問題はともかく、それだけ彼女を支持したがってる人がいるんだろう? だったら、なんで代表がセイランに実権を奪われるまで、手を拱いてたんだよ」
「……私が把握しているだけで、三人……いや、四人か」
 応じる声は、苦りきった調子で。
「行政府の “外” に目を向けてもらおうと、カガリ様に忠言した官僚は、すぐさまセイランに睨まれて、半月後には離島に流されていったよ。こぢんまりした役所の長になって、休日には海辺で魚釣りか畑仕事の暮らしだそうだ」
「へえ……」
 ずっと会話に加わる様子の無かったフジが、なぜか一瞬ペンを動かす手を止め、興味深そうに顔を上げた。
「アスハの名を “飾って” おきたいウナト・エマたちにしてみれば、彼女に知恵をつけようとする連中は邪魔なんだ。だから、助けろ、手伝えと、元首であるカガリ様が自ら望んでくださらなければ、首長制のオーブ政府内で、現閣僚たちを押し退けてまで表舞台には上がれない」

 だが、左遷も覚悟で話をしにいった彼らに、カガリは神妙な顔つきで答えたという。


『心配してくれてありがとう。自分が、為政者として至らないのは解っている。お父様のように良き指導者になれるよう、もっと頑張るから――』


 誰も、急な成長を、これ以上の過労を強いている訳ではないのに。

「政府に属する我々まで “守るべきもの” と見なしているカガリ様には、言葉の意味するところが伝わらない……それは、誰の所為でもない。本来、小さな挫折を積み重ねながらゆっくり上を目指していくところを、いきなり元首の座に押し込められたんだ。なにひとつ迷い違わず選び取れるものなら、政治家の失脚事件などあり得ん」
 独り言のように、訥々と語り。
「強いて言うなら――ウズミ様は、あまりに早く逝かれ過ぎた」
 父は、瞑目して呟いた。
「……コダックさん。あなたが仰ったように、カガリ様は、天才肌と呼ばれるタイプではないでしょう。政治家としての素質は未知数、それもまだ荒削りです。ただ、物事を真摯に受け止める強さをお持ちだ……それがオーブの為になるならと、公私問わず犠牲にしようとするほど」
 たとえば、大西洋連邦の圧力とは直接の関わりを持たず。
 我を押し通せば拒否することも出来たであろう、ユウナ・ロマとの政略結婚にまで、その身を委ねたように。
「だからこそ、それが最善の策と考え、セイランに従った結果どうなるか――成す術を持たず直視していたなら、自ずと悟ってくださったことでしょう。いかに国家元首といえど、一人で出来ることには限界があるのだと――上にばかり向けられていた、彼女の目が挫折を経て、足元に落ちる。そのときこそ、アスハ派結集の好機となるはずだった」
「それも、アークエンジェルの横槍でぶち壊しか」
「ダーダネルスで、オーブ艦隊を壊滅の危機から救ったまでは……彼らが “分かった” うえで、カガリ様を式場から連れ去ったものと。なんらかの打開策を講じ、動いているのだと考えていましたが……どうやら、見込み違いだったようですね」
「残念ながらな。あの艦のクルーと言やあ、元軍人の集団に、感覚は庶民のガキと、国のトップに上り詰めた父親の姿しか知らん政治家の子供だ」
 どうすればいいか分からないと言って、ターミナルの情報提供に乗ったんだと、コダックは告げた。
「敵と戦うことに慣れすぎ、駆け引きの世界を知らず。元から支持者に囲まれて、ぬくぬくと庇護され――反対意見に独りさらされた経験もろくに持ち合わせとらん若造どもに、どうこう出来るほど生易しい話じゃなかろう。カガリ・ユラの苦境にしたって、論点すげ替えて励ますくらいがせいぜいだったろうさ」
 そうして、手にしたA4サイズのコピー用紙をひらつかせる。
「事ここに至っては、活用されるときが来るか分からんが……このリストは貰っていく。世話かけたな、アーガイル局長」
「いえ。我々にとっては、渡りに船でしたから」
 父は、ゆっくりと首を振り、
「ですが、あなた方は……なぜ、カガリ様を?」
「いつ暴走するか分からん武装勢力を、各国の戦況を探るついでに見張っとるだけだ、ターミナルはな」
「アークエンジェル一派を、世界に対する “害” と認定すれば、居場所に関する情報をザフトなり連合なりに売り渡します。それが僕たちの生業ですから」
 外見に似合わず剣呑な調子で、フジが言葉を添えた。
「オーブ政府の要請に従って、となるかもしれんな。今後の情勢によっては」
 コダックもまた、冗談めかして物騒な台詞を口にする。
「そうならないことを願いますよ」
「ああ。こっちとしても、人種問題を抜きにして仕事が出来る環境は、貴重だったんだ」
 穏やかに笑い合っているように見せかけ、誰の表情も硬さを残しているのは、事実アークエンジェルが “諸刃の剣” だからで。
「コダックさん……」
 彼の弟子が、ここに同席せず。フリーダムに攫われたきり戻らないカガリと、接触したというなら。
「ミリアリアは、今どこに?」
「……外から遠巻きに眺めとるだけじゃ、見落としちまうものもあるんでな」
 友人の師は、肩をすくめ答えた。

「ワシの元からは独立した。ターミナルの “中継点” として、数日前から、話題の脱走艦に乗り込んどるよ」



NEXT TOP

現実問題。ストーリー中盤のAAクルーは、想いと “力” を持て余し、見当違いの方向に暴走させていたと思われます。昔の仲間内にこもらず、武力に訴えるんじゃなくて、撃たずにすむ策を探して欲しかったですよ。