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■ オーブの獅子 〔2〕


 昂る感情を抑えきれず、泣き崩れてしまった姉の気持ちを、代弁するように前に出て。
 こちらの状況を包み隠さず告げ、アークエンジェルとの合流を望んだ者たちの、意志を確かめたキラは、やっと緊張を解いた。
「よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ!」
 クレタ沖に沈んだ旗艦タケミカズチで副官を務めていたという、アマギ一尉を始め、ブリッジの半分を埋め尽くす数のオーブ兵が一斉に、機敏に頭を垂れる。

「…………」

 血縁上はカガリの弟らしい、とはいえ彼は、主従関係とは無縁の一般家庭育ち。
 自分より遥かに年長の男たちに揃って礼を向けられて、当惑気味に、後ろに立つ馴染みのクルーを振り返った。
 その様子が微笑ましかったんだろう、マリューが小さく肩を揺らして。
「?」
 キラは、ますます不思議そうな顔つきになる。


「……アマギ……皆」


 そうこうしている間に、カガリが、まだ涙ぐみながらも口を開いた。

「疲れているところ、すまないが。聞いてほしい話がある」
 二度にわたり海戦の場に響き、今は姿を伴って紡がれる声に、居並ぶ軍人たちの誰もがハッと居住まいを正し。
「民を守るため、国を焼かぬ道を選びたかった――戦火を避けるには、大西洋連邦に従うしかないと思った、私は」
 オーブが守り続けてきた、理念を棄ててもと。
「中立国のマスドライバーさえ力ずくで奪い取ろうとした、地球連合軍が……同盟の建前どおり、被災地への救援活動だけで満足する筈もないのだと。肝心なことに考えが及ばなかった」
 思い詰め、見失っていた想いを、語る少女。
「命じられるままに、他国を焼き払えば。かけがえのない誰か、ごく当たり前の暮らしを奪われた人々が、武器を手に撃ち返してくるだろう。殺されたから殺して、殺したから殺されて。その果てには、なにひとつ残らない――誇りさえ。ましてや平和など得られないんだ」
 周囲から注がれる、敬愛に満ちた眼差しを一身に浴びて。
「オーブは世界の中に在るから。地上の争いから切り離された “楽園” には、成り得ないんだと思う」
 それでもカガリは臆することなく、凛とした表情で、輪の中心に立っていた。

「だから私は、戦争そのものを止めたい」

 このままじゃダメだと、それは判っているのに。
 どの陣営を撃っても終わらず、しかし、静観している間に戦渦は拡がり。

「ただ、思うばかりで……どうすれば叶うのか分からない」

 つい数分前、キラが明らかにした窮境を、あらためて彼女の口から聞かされてもなお、
「国に残っていれば、なにか出来たかもしれない。けれど私はもう、あの場に戻ることすら許されない」
「……カガリ様?」
 静かに聞き入っていたアマギの顔が、初めて戸惑いに揺らいだ。
「あなた方は、こんな愚かな元首を労ってくれた。だが、ユウナやウナトは怒っているだろう――ダーダネルス、クレタでの、私の行いを。民も、きっと混乱している」
 ざわめく自国の兵たちを見つめ、
「この身ひとつで済むことならば、どんな糾弾も受ける。カガリ・ユラとしてでも、アスハの名を継ぐ者としても……」
 噛みしめるように言葉を紡ぎながら、
「しかし、仮に私が――アークエンジェルもだが、今から戻れば。大西洋連邦とプラント、どちらに対するオーブの政治的立場も、さらに悪化させてしまう」
 カガリは抑えた声音で、当面の問題を示す。
「各局が報じるニュースは、この艦でずっと見ていた。私たちに関して、行政府の 『元首の名を騙る偽者だ』 という発表が、大西洋連邦に了承され、それ以上……少なくとも表立って追及されずに済んでいるのは、あのときタケミカズチが “ルージュ” に照準を向けてくれたからだ」
「そ、そのようなこと! お守りすべきカガリ様に、我々は」
 顔色を失い、再び、深々と頭を下げた彼らの、
「後ろには、連合艦隊がいたんだ。誰の立場を考えたって、撃たなきゃならなかっただろう? 大丈夫だ、私は。キラが庇ってくれたから」
「ミサイルの照準が “ルージュ” に向いて、発射されるまでに――不自然なくらい、間があったから」
 罪悪感を少しでも拭いたかったんだろう。双子は、柔らかい笑みを交わした。
「トダカ一佐の……苦渋のご決断でした。フリーダムならば、必ずカガリ様を守ってくれると」
「そうせざるを得ない状況に、追い込んでしまったのは私だ。アマギ一尉……皆も、頼むから顔を上げてくれ」
 カガリに懇願されて、ようやく萎縮のほぐれた軍人たちに、
「オーブの立ち位置は、今のところ安定している。要請に従い、矢面に立って戦った同盟国に、連合軍が攻め入ることは無いだろう。プラント市民の敵意も、あくまで大西洋連邦へ向いているようだ」
 混乱を極めたクレタより一時撤退の流れに乗じ、この艦を探し集うまで、ずっと気に病んでいたであろう母国の現状が伝えられる。
「ムラサメ隊、それにトダカ一佐が命を賭してまで、守ってくれた国を――あの戦場に現れた、不明機の搭乗者が私自身だったという事実は、根底から傾けてしまう。こちらの意図がどうであれ、ミネルバや連合側からすれば、モビルスーツを墜とされ、艦体に被害を受け、作戦も航程もメチャクチャにされたんだ」
 オーブに圧力をかけるどころか、信頼のおけぬ敵性国家と見なして、今度こそ焼き滅ぼしに来るかもしれない。
「民が暮らす大地に、撒いた火種を抱えたままの私は、戻れない」
「……カガリ様……いや、しかし……」
 少なくとも現時点において、彼女に帰国の意志は無いのだと。
 その理由を知らされてもやはり、感情の部分がついていかないらしく、複雑な面持ちでいるアマギたちに、
「今の私より、ウナトに任せていた方が、オーブの安全は保たれる」
 カガリは、あえてきっぱりと言い切ってみせた。

「 “偽者の元首” は、この艦に留まり、ターミナル――情報機関の力を借りて、停戦に至らせる道を探そうと思う」

 疑問、得心、あるいは懸念。
 世間一般にはあまり認知されていない、情報ネットワークの呼称に対する反応は、まちまちだったが、

「だから、皆はオーブに戻ってくれ」
「な、何故ですッ? カガリ様が、この艦に残ると仰るのなら」
「幾度も、ご命令に背いて戦った我らは……もはや信を置いてはいただけぬのですか!?」
 離艦を促された途端、萎れ嘆く彼らによって、厳粛な空気に浸されていたブリッジが騒然となった。しかし、

「すでに無い命と思うなら、アークエンジェルへ行け」

 カガリが続けた、彼女のものではない台詞に、水を打ったように鎮まる。
 それは 『これまでの責めは自分が負う』 と、遺言をアマギに託し、タケミカズチと共に逝ったという人物の。

「トダカ一佐の遺志――今となっては、思いを馳せることしか出来ないが。もし、私のような非力な元首に希望を見出してくれたのだと、自惚れて良いものなら」
「無論です、カガリ様!」
 中立の理念を信奉したからこそ、軍に身を置いたのだと。オーブが在るべき姿を取り戻せるよう、真の指導者の為に働きたいと、口々にまくし立てる男たちに、
「ならば、頼む。国に戻り、民を守り続けてくれ」
 私は帰ることが出来ないからと、カガリは重ねて告げた。
「正直、アークエンジェルは人手不足だ。何名かは、ここに残ってもらえたらと思う」

 ……それは確かに。
 ギリギリの人員で操艦していた二年前より、さらに少数のクルーで今まで問題なく来れたのは、当時と違って目的地を持たず、敵軍から逃げ回ってもいないからだろう。
 しみじみ思うミリアリアの隣で、ノイマンも微苦笑をこぼしていた。

「だが、それより――オーブに引き返して、伝えてほしい。命令に従い、他国を焼くような戦いを強いられた兵士として、感じたこと、考えたこと」

 この場に集った人々は、オーブ軍勢のうち一握りに過ぎず。
 味方の存在は嬉しくて心強いけれど、カガリの訴えが、すべての民に届いたわけではない。
 このまま行方をくらませば、軍本部からは脱走兵と見なされるであろう彼らを、迷走するアークエンジェルに迎え入れたところで、動きが取り辛くなるだけではと危惧する部分もあったが。
「そうして……出来れば、私の言葉も伝えてほしい」
 クルーが口を挟むまでもなく、カガリはすでに、先のことまで考え始めているようだった。

「私でも役に立てるなら、オーブが、民が必要としてくれたときには、いつだって飛んで帰るから。どうか――理念を棄てた現状を、良しとは思わないでくれと」

 彼女の真剣な眼に、二つ返事で応じると思われた兵たちは、

「…………それ、は……」
 なぜか一様にたじろいで、周りの同僚と顔を見合わせる。
「アマギ?」
「いえ、もちろん仰せに従います!」
 不安を過ぎらせるカガリに、彼はぶんぶんと首を縦に振った。
「御身を案じている者は、軍部に留まらず多くおります。彼らに、カガリ様のお心を伝え、一日も早く国にお戻りいただけるよう、力を尽くしたい」
「ですが……自分が、今ここに辿り着いたのは」
 控えめに切り出したのは、前列に立つ細身の男で。
「総司令官になにを言われようと、軍を退けと叫ぶ、あの声を――我らが忠誠を誓ったオーブ元首、ご本人のものと確信できたのは、カガリ様の訴えを直に聞いたからです」
 なんとなく覚えた既視感の、原因を探してみると、彼の色付眼鏡がサイの愛用品に似ているのだった。

 アーガイル家に赴いたという、師の話を聞く限り、元気そうだったけれど。
 ……彼は、どう思っただろうか? アークエンジェルに乗り込んだ、客観的には無謀と評されるだろう、自分たちのことを。

「だよなぁ、俺たちが力説したって――元からセイランのやり方に反対していた連中は、聞いてくれるだろうけど」
「いや、ここでカガリ様にお会いしたこと自体、信じてもらえるか怪しいぞ? おまえの作り話だろうって、一蹴しそうな奴らもやっぱりいるしさ」
「それどころか、政府の方に告げ口されかねないぜ」
「しゃべるの昔っから苦手で、スピーチや説得なんてやったことないんだ……上手く言えそうにないよ、俺」
 専門外の役割を担う、その心許無さが、堰を切ったようにざわざわと伝染していく。
「国に残ってる奴らにも、直接話していただければ良いんだがなぁ」
「バカ。それが出来ないから、俺たちに戻ってほしいと仰ってるんじゃないか」
 彼らが渋るのも尤もだと受け止めたんだろう。思案顔になって、眉根を寄せたカガリに、

「……カメラマンの腕も機材も、いまいちで宜しければ」

 ミリアリアは、思い切って声をかけた。
 オーブ兵の視線まで、まとめて自分に向いてしまい、さっきキラも感じたであろう居心地の悪さに襲われる。
 けれど、彼らが軍部の、オーブの有り方に疑問を投じてくれるなら――私の役目、選んだ仕事は。
「持って来てるわよ、取材道具一式」
 務めて明るく提案すると、アマギたちが一様に目を丸くして、
「そうだな、頼む」
 強く肯いたカガリは、再決心や気概の表れか、すうと深呼吸。
「よし。じゃあ、まず腹ごしらえと休憩! その間に役割分担を話し合って、私はミリアリアと撮影だ。被弾した “ムラサメ” の整備補給も急がないとな」
 ぱんっと、小気味よく両手を打ち鳴らした。

「私は、逃げないと誓うから。手を貸してくれるか、おまえたちーーーーーーー!?」

 彼女の雄叫びに、一瞬あっけに取られるも破顔するクルーの面々。ここに集ったオーブ軍人たち。
 前後左右から湧き立ちこだまする、大音量の賛同に包まれながら、カガリは、泣きそうに潤んだ笑顔を浮かべていた。



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公式小説とかぶってしまう、キラの演説は省略。カガリの台詞は、びみょーにアスランを意識してます。失敗して、後悔して、ヒトの気持ちを思い知って泣いて、その先に和解があると良いです。