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■ RENDEZVOUS 〔1〕


 元首の声を託された人々が帰路について、約2時間が過ぎようという頃。

〔こちら “フリーダム” ――キラです。皆さん無事に、残存のオーブ艦に合流しました〕

 届いた朗報に、その連絡を誰よりも待ち侘びていただろうアマギたちが、ほっと軍服の胸を撫で下ろす。

〔僕は、あと10分くらいで帰投できると思います〕

 用件のみを短く伝え、通信は途切れて。
 少し休憩してこようかと腰を浮かせかけたミリアリアの手元で、5秒と置かず、また通信機が音をたてた。
「あ――」
 馴染みあるMS識別コードに、深く考えず回線を開き。
“どうしたの、キラ。なにか忘れ物?”
 喉まで出かかった問いに、習慣で動く身体に遅れをとった視覚、脳細胞が、すんでのところで待ったをかける。
 液晶画面に表示された数字とアルファベットの羅列は、フリーダムを表す記号ではなく。
 インカム越しに漂ってきていた、こちらの沈黙を不審がるような気配が、はっきりした 『言葉』 に形を変えた。

〔……ミリアリア?〕

 ぶち。
 左耳が、その独特な甘く低い声を認識したときにはもう、反射的に右手を叩きつける勢いで通信を切っていた。
 …………………………なに、今の。

 ええと、うん。
 見間違い。錯覚の、空耳だ。そうに決まっている。

「どうした? 通信、ヤマトからだろ」
「い、いえ。なにか、混線してたみたいで……Nジャマーの電波障害かしら?」
 引き攣った笑みを浮かべ、ぎくしゃくそそくさと席を立つ挙動不審者に、眉をひそめていたチャンドラが、
「んな!?」
 再び鳴りだした通信機に目を落として、すっとんきょうな声を上げる。
「どうした」
「妙な呼び出しが入ってる―― “バスター” の識別コードを使って、近海域からダイレクトに」
「なに?」
「ディアッカ君が、地球に降りて来てるってこと?」
「バスター? 艦のデータベース、昔のまんまなのか」
 ざわりと振り返ったクルーたちが、それぞれ疑問を口にしつつ駆けてきて、オペレーター席を取り囲んだ。
「そうか。オーブから宇宙へ上がった後、アークエンジェルを母艦にしていたからな、あいつは」
 黙考していたノイマンが、曖昧な記憶を確かめるように呟き。
「通信方法も教えていたんでしたよね」
「ええ。だけど、どういった用件なのかしら? ……ミリアリアさん。ディアッカ君は、あなたがここにいること」
 艦長に矛先を向けられて、
「知りませんよ! なんで、逐一あいつに報告してなきゃいけないんですか!」
 逃げそびれたミリアリアは、半ば八つ当たりで叫んだ。
「ディアッカ……とは、誰のことです?」
 他方、内輪話についていけず当惑顔のオーブ軍人たちに、カガリが答える。
「三隻同盟で、一緒に戦った仲間だ。元々ザフトのモビルスーツパイロットで、終戦後は、降格処分を受けて軍に戻っているんだけどな」
 そこへまた、着信音とランプが鮮やかに点滅した。
「今度はなんだ?」
「暗号電文だ。ちょっと待て、解読にかけるから――」

【 こちら、ディアッカ・エルスマン。貴艦がダーダネルスにて砲口を向けた艦隊の総指揮官、ネオ・ロアノークに関する機密情報を提供したい。応答されたし、マリュー・ラミアス 】

 ややあって、表示された文面に。
「ネオ・ロアノーク?」
 クルーの間に当惑が広がり、アマギが渋い口調で 「知っている名だ」 と告げた。
「ユウナ様を焚きつけ、オーブ艦隊を矢面に立たせた連合の大佐――仮面で顔を隠した、胡散臭い男です」
「仮面? どんな?」
「いえ、言葉で説明するにはなんとも異様な」
「どうします? 応答するか、無視するか」
「ディアッカ君……本人だと思うけど。私たちだけならともかく、カガリさんが居るんだから、軽々しく動くわけにはいかないものね」
 うつむいて考え込んでいた、マリューが思いついたように言う。
「索敵。レーダーに、それらしい反応はあるかしら?」
「調べます」
 呆けている場合じゃないわと、ミリアリアは席に座りなおした。予想に反してあっさりと、それらは見つかる。
「距離90、2時の方向に――UNKNOWNモビルスーツ、三機」
「一人じゃないのか。どう思う?」
「難しいな。手の込んだ罠にしては、逆に不自然だろう」
「止めましょうよ怪しいですよ。どっちにしたって、ザフト関係者だし!」
 常識的かつ無難な判断を、がんばって主張してみたけれど。
「でもディアッカ以外に、バスターの識別コード知ってるヤツなんか、そうはいないだろ? ……っていうか、ミリアリア」
 悪あがきは、あっけらかんとしたカガリの問いに封殺された。
「さっき一瞬、通信に出てたろ。相手の声、聞いたんじゃないのか?」
「…………」
 パネル部分に突っ伏し頭を抱えているうちにも、

【 さっさと応答しろっつーの。おまえらがクレタでまた騒動を起こして、どっかこの辺に居るだろうってことくらい調べてんだからよ。俺もそんなに暇じゃないんだよねえ――遠路はるばるプラントから、貴重な休暇を潰して来てんの。分かる? 】

 新たな電文が届き、また増えて。

【 半日かけて繋がらなかったら、どっかでテキトーに補給して帰るってイザークに約束させられてるし――まあ、なにも知らない方が幸せかもしれないけどな、艦長さんには 】

 送り主の苛立ちを反映してか、事務的だった文面はどんどん砕けていった。
「……なんで艦長?」
「さあ」
 チャンドラとノイマンは首をひねり、カガリが太鼓判を押す。
「なんにしろ、やっぱりあいつだな。確定」
「ザフト軍として動いている、と仮定して――撃ってくると思うか?」
「俺たちのことは、けっこうどうでも良さそうだけど。後が怖かったりするから、とりあえず戦闘回避の方向で考えてるに一票」
「そうね」
「違っても文句は言わん。私は、ディアッカたちと話をしたい。ザフトの司令で来ているんなら、なおさらだ」
「会ってみる価値あり、か……」
 あっさり意見をまとめている古株クルーに、ミリアリアは全身全霊で突っ込みを入れた。
「どうしてそんな楽観的なんですか! キラが離艦してるのに、もしものことがあったら」
 だって、ねえ? なあ? と彼らは互いに顔を見合わせ。
「ああ、そうそう。ヤーマートー」
 チャンドラが、ふふんと鼻唄混じりに通信機を弄る。

〔はい? なんですか〕

 ややあって正面モニターに、キラがきょとんと顔を出した。
「立て続けに悪いな。ポイントW285に、不明機がうろついてるんだ――バスターの識別コードを使ってるから、間違いなくエルスマンだと思うんだが」
〔ええっ?〕
 慌てて手元のコンソールを操作したらしい、キラは、わずかに警戒した面持ちで言う。
〔三機……いますね?〕
「ああ。今から、応答してみる。たぶん着艦してもらうことになるだろうから、迎えに行ってくれるか」
〔分かりました〕

 ブリッジクルーの視線が集まる中、問題の回線が繋げられた。

「――こちら、アークエンジェル」
 語尾に滲んでいた緊張はすぐに霧散して、チャンドラは、どさりとシートに凭れかかった。
「ああ。エルスマンか、久しぶりだな……えっ? いや、あー」
 眼鏡の奥の目が、困った感じでこちらへ向き。
 オペレーター席から壁際まですっ飛んで退避したミリアリアは、腕を交差させて大きく×印を作り、ぶんぶんと仰け反るように首を横に振りつつ、視線と口パクで訴える。

『私、ここには居ませんから! そういうことでお願いします!!』

 べつに逃げ隠れする必要は無いはずなのだが、頭で考えるよりも先に身体が動いてしまう条件反射。
「馬鹿だなー、こんなところに居るわけないだろう。彼女、今は報道カメラマンの助手やってるんじゃなかったっけ?」
 あっはっはと笑ってごまかしてくれた彼に、ミリアリアは心から感謝した。
「そうだよ。そうそう……まあ、それはともかくとして。おまえ、他にも誰かと一緒だよな?」
 本題に入るからだろう、チャンドラは、そこでスピーカーをオンにした。

〔あー、こいつら? 俺の監視役。前科者って辛いよねえ〕

 ブリッジに、気だるげなディアッカの声が流れ出す。
「じゃあ、レーダー反応が “UNKNOWN” になってるのは」
〔地球へ降りたくても、シャトルなんか出ないからな。大気圏突入に対応した民間機を借りたんだよ。べつにケンカ売りに来たわけじゃねえけど、必要最低限の武装はしてるから、気になるんならキラでも見張りに寄こせば〕
「分かった」
 確認を取るように、チャンドラが周りを見渡して。

 ミリアリアのささやかな抵抗も空しく、約20分後――漆黒のモビルスーツが三機、アークエンジェルに着艦した。


×××××


「おう、久しぶりだな!!」
 コックピットを出てヘルメットを脱いだ途端、陽気な胴間声に迎えられ。
「……相変わらずだな、おっさん」
 斜め下方に目をやり、ディアッカは苦笑を返す。
 そこには整備士のコジロー・マードックが、髪はボサボサ、機械油まみれの作業着を纏い、よれよれのタオルを首に引っかけているという、二年前の記憶とほとんど違わぬ風体で立っていた。
「その無精ヒゲとむさ苦しいカッコ、なんとかしねえと、誰も嫁に来てくれねーぜ?」
「やかましい」
 マードックは豪快に笑い飛ばし、機体から降り立ったディアッカの背をはたいた。
「っかー、なんだあ? 少し見ねえうちに、にょきにょきデカくなりやがって。これだから最近のガキは!」
「プラントじゃ、俺とっくに成人なんだけどね」

 左右に格納された “シュバルツ” からイザークたち、やや遅れて、正面に収まった “フリーダム” よりキラが姿を現した。他にも白を基調に、ダークグレーと朱で彩られたモビルスーツが十数体並んでいる――あれはオーブ機のムラサメか。
 忙しなく行き交うメカニックの顔ぶれは、以前より少し減っているようだった。
 一通りのチェックを終えて、マードックに向き直ったディアッカは、単刀直入に訊ねる。

「……ところで、おっさん。ミリアリアは?」

 ようやくアークエンジェルを捉えたと思いきや、すぐさま通信が途切れ。
 数分おいて、応対に出たオペレーターはチャンドラだったが――最初に聴こえたのは、どうも “彼女” の声だった気がするのだ。一瞬のことだったし、昔の記憶に起因する錯覚と言われてしまえば、それまでだが。

「おまえ……振られっぱなしとは聞いてたが、近況も教えてもらってねえのか!? 悲しいねえー」

 しれっと空耳で片付けたチャンドラと異なり、マードックは、あからさまに声を上擦らせた。眼球も不自然に泳いでいる。
「嬢ちゃんなら報道カメラマンの助手で、今はどっか旅の空の下だろぉ?」
「そうそう。雇い主とインド方面に取材に行ったって聞いたきり、音信不通なんだよねえ」
 半信半疑だった天秤を、確信の側へ傾けながら。
「ちょーど同時期に、南の島のお姫様が、結婚式場から誘拐されたってニュース見たもんだから」
「そ、りゃ、物騒な世の中になったもんだよなあ」
「人の忠告無視して、ブルコスのテロ現場あたりうろちょろしてて攫われたんじゃないだろうな――とか、まあ、心配で夜も眠れなかったわけよ」
 わざとらしく嘆息しつつ、さらにかまをかけてやると。
「寝不足はいかんぞ? ウチに嬢ちゃんはいないが、部屋ならたくさん余ってるからなあ! ゆっくり休んで行け、坊主!!」
 マードックは冷や汗だらだら、かなり強引に話題を逸らして、ディアッカを格納庫から追い立てようとする。

(……いるな)

 さて。クルーに緘口令を敷いて、どこへ隠れたのやら。
 ディアッカは薄く笑い、判りやすいリアクションに感謝しつつ、眼前の男の肩をぽんと叩いた。
「ななっ、なんだ!」
 イザークに負けず劣らず隠し事が下手な、腕利きの整備班チーフは頬を引き攣らせて身構える――ああ、心配しなくても、あんたの所為でバレたなんてことにはしねえよ。
「おっさん、補給よろしく」
 親指でくいっと、三機の “シュバルツ” を示してみせる。
「シャトル代わりの機体でほとんど移動にしか使ってねーけど、アークエンジェルを探してるうちに、燃料すっかり減っちまったからさ」
 パイロットに断りもなく内部を弄り回すような連中ではなし、そうでなくともミラージュコロイドのシステムには、ここへ着艦する前に全機ロックとカバーをかけた。技師たちの目には、ごく平凡な機動力重視のモビルスーツとしか映るまい。
「おうよ、任せとけ!」
 心底ホッとした様子で請け負うマードックに、ひょいと片手を振り返し。
 遠慮がちに先導するキラ、眉間にシワが固定しそうな渋面のイザーク、油断なく周りを警戒しているシホの間に立ち、ディアッカは問題のデータディスクを手にブリッジへ向かった。



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そんなこんなで、主人公の面々一時合流。ネオさん爆弾投下ですよー。マリューさんには酷な展開が待っておりますね。でもまあ、見なかったことには出来ないので。