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■ RENDEZVOUS 〔2〕


「ちょっと、ディアッカ君……」
 再会の挨拶もそこそこに渡してやった、ディスクの内容を。
「……こ、れ……なんの冗談?」
 目にして凍りつくクルーの間に、ミリアリアの姿は無く。
 強ばった笑みを下唇に貼りつけ訊ねたのは、やはりマリュー・ラミアスだった。

 戦友という枠組を出ない自分たちの中で、唯一、フラガとの個人的繋がりを持つ女。

「事実は小説よりも奇なり、ってヤツか。エクステンデッドの司令官に相応しい経歴を、連合のお偉いさんがでっち上げたか。厄介な知り合いのおまえらが、友軍ミネルバの航路で好き勝手やれなくなるように、俺が写真まで合成して作り上げた偽データか――どれだろうねえ? 好きなように解釈すれば」
「ディアッカ、おまえな!」
 こちらの投げやりな態度に、コンピュータに齧りついていたカガリが、柳眉を逆立てて怒鳴る。こいつの性格も変わりないようだ。
「だから言ったろ? ザフトの人間が、連合の研究施設から押収した代物だって」
 肩を竦めるディアッカの右前方では、オーブ軍服姿の見知らぬ男たちが、いかつい顔を困惑に染め上げ。
「悪いけど、俺を問い詰めたって答えなんか出ないぜ? 知っていたくせに教えなかったとか、後で文句つけられるのも面倒だから持って来ただけだし」
 背後からは、イザークたちの刺すような視線を感じる。気分は針の筵だ。
「実際どうなってるのか調べたけりゃ、本人を問い質すしかないんじゃねえの。連合艦隊にでも乗り込んでさ」
「ムチャクチャ言うなよ……」
 混乱した頭を元に戻そうとするように、チャンドラが癖毛をかき毟る。
「――だけど、ムウさんは」
「ストライクは、ローエングリンの直撃を喰らって爆散した。俺たちの目の前で……だったからな、それは間違いない」
「シグナルロストも一瞬のことだったよ」
 キラの呟きにノイマンが応じ、チャンドラも付け加えた。
「MIA認定されても生還したってだけなら、ヤマトの例とかあるけどさ。少佐が行方不明になった場所は、ヤキン・ドゥーエ――生身で放り出されれば死ぬしかない、宇宙空間だぜ? 機体を吹っ飛ばされた人間が、五体満足で生きているなんて有り得るのか?」
 疑問を投げかけ合うクルーの声も耳に入らぬように、マリューは、呆然と椅子にへたり込んでいた。
 ムウ・ラ・フラガに酷似したネオ・ロアノークという男の、やや荒い画像の写真に見入りながら。

 アークエンジェルを浸した疑問の渦に、答える者は、まだ存在しない。

×××××


 シホ・ハーネンフースの感性は、拒絶反応を起こしていた。
 わなわな震える全身に、理性で以って必死にブレーキをかけるが――そんな忍耐も長くは続かず、

「なんなんですか、これはッ!?」

 連れの二人に、ずびしっと前方を指して訴える。
 垂れ下がる渋いピンクの暖簾には、筆書き風の漢字で 『天使湯』 と記された上に、とどめの温泉マーク。 さすがに内部は普通のシャワー室だろうと思いきや、まるっきり観光地に良くある岩風呂仕様ときた。

「だからさぁ、軍のなんたるかっつー自覚に乏しい、甘っちょろいお人好しの集まりなんだよ。この艦は」
 のらりくらりと答えるは、右側に立つ金髪の男。
「さすがに俺が捕虜になって居ついた頃には、こんな娯楽めいたモンは無かったけどなー……」
「当たり前です!」

 ただでさえ水は――宙域運航に於いては特に、貴重な物資であるというのに。こんな非効率で維持管理に手間がかかるもの、どこの設計士が好んで導入するというのだ。そもそも費用は何処から出ている? アスハ家、もしくはクライン派のポケットマネーか?
 どうあれ技術畑出身者としては、理解に苦しむ代物であることに変わりなく。
 操艦に関わる人々は、実用性をまるで考えていないか、戦後の廃棄を惜しんで旅客船にでも改造するつもりだったんだろう。
 ……どっちもどっちな理由だが、後者の方がまだマシかもしれない。
 こめかみを押さえ頭痛をこらえるシホを、アークエンジェル接触の立案者である同僚は、しれっとした口調でうながす。

「とりあえず俺が、ここ見張ってるから。おまえら、先に入れば?」

 貴重品、着替えその他を放り込んだ、カーキのバッグを肩にぶら下げて。
 欠伸など噛み殺しているディアッカ・エルスマンは、確かに、事前に提示した条件をなにひとつ違えてはいない。

『ザフトに盾突いてる不穏分子を、ちょっと牽制にな』

 そういうことに、なるのだろう。
 艦長と呼ばれる女に渡したデータは、連合軍大佐に関する個人情報のみ。どうもそれが戦死した昔の仲間に酷似しているようで――ブリッジに居合わせたクルーの誰もが、当惑しきっていた。
 考え得る限り、プラントにこれといった不利益は無く、せいぜい敵味方を判別しづらい第三勢力の動きが鈍るだけ。
 イザークとシホは、ディアッカの監視役だと触れ込んでおけば、深くは詮索されないだろうとの言もまた。骨の折れる交渉など抜きに、格納庫にいたスタッフは “シュバルツ” の補給作業を始めてくれた。

 プラントからの長距離を、コックピットにて暇を持て余し、神経をすり減らし。自由に動き回るスペースも無いため、おかしなふうに凝った手足。
 地球へ降りれば麻酔銃を携え、スヴェルドの研究施設に突入――エクステンデッド相手に、生きるか死ぬかの白兵戦を繰り広げる羽目となった、疲労困憊の身に。
 提供された温かい食事、宛がわれた個室にはふかふかのベッドと、至れり尽くせりな宿泊環境。
 待遇としては充分すぎるくらいなのに、なにを見聞きしても気疲れしてしまうのは……もう、相性の問題だろう。

 広い浴槽、清潔なバスルームそのものは嬉しいが、素直に喜べたものではなかった。

 ついでに言えば、ここの人間が “ムウ・ラ・フラガと思しき男” の存在を知らぬまま、撃ち殺してしまう事態を危惧しての行動だったろうに――あとは勝手にしろとばかりに背を向けた、どっちつかずなディアッカの態度も気に食わない。
 もちろん休暇中とはいえ、ザフトとしては、親身に彼らの相談に乗ってやられても困るのだが。

「隊長〜……」

 途方に暮れつつ左隣、そこかしこに青筋が見えるイザークの横顔を窺うと、彼はおもむろに暖簾を殴りつけた。
 薄っぺらい布切れに過ぎないそれは、ぼすっと音をたて、またペラリと重力に従う。
「……細かいことを気にしたら負けだ。風呂に罪は無い」
 敬愛する上司は、血を吐くような調子で呻いた。
 この環境に苛ついている人間は自分だけではない、という実感だけが、今のシホにとって救いだった。

×××××


 事情を要約併記して、暗号電文を送り。
 返信を待つ傍ら、なんとも表現し難い気分で、ネオ・ロアノークなる人物の 『過去』 にあらためて目を通す。

 オーブ政府の内情調査が終わったばかりであるから、おそらくコダックたちは、まだ “中継点” にいるだろうとの予想は的中――ほどなく通信機が音をたて。

【 公私混同も大概にしろ、あほう 】  【 滞在場所に近いから今回は寄ってやるが、ワシらは何でも屋じゃねえぞ 】

 ディスプレイに表示された文字列に、見慣れた師の渋面がありありと思い浮かぶ。
 ……ご尤もです、すみません。

【 なにか判ったら、また連絡する 】

 よろしくお願いします、と向こうに映るはずもないのに頭を下げて、ミリアリアは通信を終えた。

「了解、取れました」
 インカムを外し、振り仰いだクルーたちの表情は冴えない。
「そう……ありがとう」
 特にマリューは、普段どおりに振る舞おうとして失敗しているというか、内心の動揺を隠しきれていなかった。持ち込まれたディスクの中身があれでは、無理もないが――

 私物一式まとめて自室に避難していたミリアリアのところへ、想定外の来客から一時間と経たず、内線コールが鳴り響き。
 ディアッカたちなら風呂へ行ったから、とにかく来てくれとキラの声。
 只事ならぬ様子に駆けつけてみれば、フラガ少佐の生存を伝える、俄かに信じ難いデータがそこにあった。

『……いくら、Xナンバー…… “G” の、フェイズシフト装甲でも』
 二年前。
 モルゲンレーテで極秘裏に、その製造に携わっていた女性は――示された可能性を、頑なに否定しようとしていた。
『アークエンジェル級の陽電子破壊砲に、耐えるほどの強度は無いわ。被弾、半壊していてはなおさらよ』
 だけど、と後を続けたのは。
『あのときムウさんが乗っていた “ストライク” は、一度大破したのを、モルゲンレーテが改修したものです』
 機体の性能を熟知している、キラと。
『ナチュラル用のOSを搭載したってこと以外、私にも、どこをどう弄ったのかよく分からないが。予備パーツから組み立てられた “ルージュ” は、パワー・エクステンダーで強化されているだろう?』
 今もその兄弟機を駆る、カガリ。
『この記録が、本当のことだとしたら。エリカたちが、なにか……コックピットだけでも爆散を免れるような技術を、使ってたんじゃないかと思って』
 ルーキーが危なっかしいって、あの頃、防御システムに重点おいて研究してたみたいだからと。
『私が直接訊ければ手っ取り早いんだけどな。もし、公共回線をウナトたちが監視していたら――アークエンジェルを支援しているとか思われたら、モルゲンレーテに迷惑がかかるし』
 少し決まり悪そうに、彼女は言った。
『また、ターミナル経由で調べてもらうこと出来るかな?』

 ストライクの件に関しては、後はもう、連絡を待つしかない。
 だが、ダーダネルス海峡と、インド洋……それから、アーモリーワン襲撃。

「 “ロアノーク大佐” が関わっていたとされる戦場の、映像記録が残っていないか、ターミナルのデータベースを洗ってみます。部屋で作業してますから、通信が入ったら呼んでください」

 今日の当直、ノイマンに頼んで。
 しかしまた大変なことになったと、ブリッジの自動ドアから一歩外に飛び出したところ。

「――で?」

 後ろから、いきなりガシッと首をつかまれた。

「なんだって、こんな海の底にいらっしゃるんですかねえ? 志高きジャーナリスト見習いのアナタ様が」

 慇懃無礼にささやく男は、どうやら扉の真横、壁に凭れていたようだ。
 やや骨ばった大きな手に動きを封じられ、振り向けないが、それが誰であるかは考えるまでもなく。
 しかし彼は、同伴者と一緒に浴場へ行ったはず、だからまだ30分くらいは温泉でゆっくりしているだろうという前提で、ミリアリアは、ブリッジの呼び出しに応じたのだが。
「あ、あ、あんたっ、なんで……」
「生憎と、のんびり湯に浸かるタチじゃないんだよねー、俺」
 やっとのことで絞り出した問いに、背後の人物は先回りして答えた。
「それで、おまえは?」
 あっさり話を元に戻されてしまい、ミリアリアは返事に窮する。
 息苦しく刺さるような圧迫感がいたたまれず――内心の焦りを紛らわそうと、強いて明るく告げてみた。
「ひ……一人立ち、認められたから。もう見習いじゃないわよ」
「へーえ。出世祝いに、乾杯でもしましょうか?」
 小馬鹿にした調子で鼻を鳴らされて、縮こまったまま。上手く回らない頭を懸命に、左右へと振るが。
「こいつ、借りてくぜ」
 半端な位置で立ち止まったため、開いたり閉じたりしていたドア側に、ぐいっと向きを変えられて。

 “しまった”
 “あちゃー……”
 “ふ、不可抗力だからな?”

 それぞれ、そんな感じの表情で固まっていたクルーたちと、目が合う。
 同情的だったり、少しおもしろがっているようだったり、彼らの視線に含まれる感情は多種多様だったが――とばっちりを食いたくない、関わらないでおこうという認識は共通していたようで。

「…………」

 誰も異議を唱えることなく無言で頷き、ミリアリアは、ろくな抵抗も出来ずにずーるずると引きずられていった。



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突っ込みどころ満載の、温泉ネタ。なかなか美味しい小道具ではありますが、当サイトにおいてはジュール隊にケチつけられる運命です。狡猾に目的果たしたDさんは、ハウ嬢を捕獲。さてと、なにを話してもらうかな〜。