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■ DIALOGUE 〔1〕


 無人の休憩室に、ぺいっと放り投げられて早10分。

 空調の効きすぎか肌寒いし、簡素な造りの椅子は、やたら硬く感じる。ついでに言えばテーブルの向かい、尊大に足を組んで座った男の表情も、刺すような鋭さ――とにかく居心地が悪かった。
 しかし逃走を試みたとて、悪あがきに終わるだろうことは想像に難くない。いや、そもそもを考えれば、

(なんで、私……あんなに必死に、逃げてたのかしら?)

 うつむいたまま自問するミリアリアの態度に、とうとう忍耐が底を尽きたようで。
「――黙秘するほどの事なわけ?」
「は?」
「だから、質問に答えろっつーの」
 黒シャツにジーンズ姿のディアッカは、テーブルに肘をつき、紫黒の双眸を苛立たしげに細める。
 オールバックの金髪が少し乱れているのは、風呂上がりのせいか。
 直に顔を合わせるのは本当に久しぶりだけれど、相変わらず人目を惹く形貌の男だ……ちょっとどころではなく、むかつく。
「似合わねー軍服着込んで、こんなトコにいる理由をだよ。雇い主と、仕事でインドに行ったんじゃなかったのか?」
「悪かったわね、見栄えのしない容姿で」

 対するこっちは、UVカット対策も空しく日焼けがじわじわと進行――以前、大手TV局の同部署にいた美人キャスターが、
『二十歳を過ぎると、手抜きが顔に出るんだからね! 油断禁物よ、ミリィ』
 ハードスケジュールに耐えうるアイテムをあれこれ伝授してくれたものの、効果の程は定かでない。
 カメラマン助手という職務では、手足の擦り傷や機材にぶつけての青痣など、日常茶飯事だったし。直射日光にさらされ続けた癖っ毛ときたら、学生時代の二割り増しで跳ね返っている始末だ。
 仕事のときはいつも動きやすいデニムにジャケットという服装でいたが、アークエンジェルに来て支給された、白地に青いラインのオーブ軍服も、露出が少なくてホッとしていたのに。

 ミリアリアは、ぶんむくれ。
 ずっと浴びせていた視線を、おもむろに逸らしたディアッカは、ふっと遠い眼になって言う。
「……まだ、前のが良かった……ミニスカで」
 いつになく真面目な顔をしているから、なにを言われるのかと身構えていれば。
「なんの話をしてんのよ、あんた?」
 ばん! とテーブルに両手を叩きつけ、声を荒げると。
「ケンカ売ってんのは、そっちだろ」
 打って変わって剣呑な語調で、立ち上がった相手に、避ける間もなく右腕を捻り上げられた。
「――っ!?」
 驚いてたたらを踏むが、掴まれた手首はぴくりとも動かず。
 さっきまで腰を下ろしていた椅子が、ぶつかった反動で派手な音をたて横倒しになるけれど、限りなく人口密度の低い艦内では聞き咎める者もいない。
「おまえが “オーブ兵” なら、コーディネイターを殲滅しようって奴らに与する側だよなぁ」
 至近距離にあるディアッカの口許が、酷薄に歪み。
「ここの連中が、なにを過信して簡単に乗艦許可出したのかは知らねーけど? 俺は、ろくな訓練も受けてないナチュラルの女くらい、素手で殺せるし」
 すいと伸ばされた、空いている方の腕。
 男にしては長く整った褐色の指が、無造作に軍服の襟元を割って、頚動脈を伝い下りる。
「カガリとっ捕まえて、ブリッジを制圧すれば――ダーダネルスで友軍ミネルバを砲撃、死傷者わんさか出してくれた不明艦を、本部に突き出してやれるってワケだ」
 低い声で紡がれる物騒な台詞と、合致しているのか逸れまくってるんだか解釈に困る行動に、翻弄された平凡な思考は右にも左にも回らない。
「隊を率いるイザークは、出世街道まっしぐら。地球連合の戦力は削げるし、核エネルギー搭載してる物騒なモビルスーツも消えて、プラントにはイイコトずくめだよねえ」
 ミリアリアは硬直したまま、あわあわと唇をわななかせるばかりだ。
「まあ……せっかくの休暇に汗水たらして働く趣味は無いから、やんないけど」
 反応を面白がるようにくっくっと肩を揺らしたディアッカは、拳銃の形に模した右手を、こちらの心臓すれすれに突きつけ、
「ここを出てザフトの制服に袖を通せば、おまえら全員、俺の敵ってことになるな」
 耳元で囁いてから、ようやく拘束を解いた。

 それほど強く捻られてはいなかったはずだが、掴まれていた部分が熱くて、しかも関節が麻痺したように上手く動かない。狂った鼓動が脳内に響くような感覚が、胸を押さえても止まらない。
 ふらふらと数歩下がったミリアリアは、後ろの壁に背をついて、なんとか体勢を立て直す。

「あんたと戦うつもりは無いし、プラントの人たちに危害を加えようなんて――考えてないわよ、誰も」
「とか言って、ミネルバ撃ってんじゃん。アーモリーワンからこっち、極悪非道な連合軍相手に奮闘してる、ザフトの英雄をさぁ」

 どっかりと椅子に座りなおしたディアッカは、呆れ口調で切り返した。
「殺す気はありませんでした、オーブ軍は仕方なく戦ってたんです。だから悪く思わないでください……って? 赤の他人に、んな言い訳が通用すると思ってんの」
 それは師の苦言と、同義の。
 いや、軍に属する彼の問いは――実感を伴うがゆえに、より重い。
「大西洋連邦の圧力に屈した元中立国だろうが、なんだろうが、前線に出て仕掛けてくるならソイツは敵だ」
 違うという反論が通るのは、個人レベルの関係に限ったことで。
「今はまだ評議会が、おまえらに関する判断を保留してるからいいようなもんだけど。上層部から指令が出れば、ザフトは、遠慮なくアークエンジェルを沈めにかかるぜ」
 夕暮れの海辺で、アスランが、カガリやキラに対して怒りをあらわにしたように。
「……不用意に戦場うろつくなって、前に、散々言ったよな」
 ディアッカは、やはり容赦なく問い質す。
「誤爆どころじゃなしに殺されるの覚悟して、その格好でここに居んの。いつから?」
「私は、ターミナルとアークエンジェルの通信士よ!」
 理屈では勝てないと判り切っていること。言われっぱなしの自分が我慢ならず、ミリアリアは、八つ当たりだと自覚しながら叫んだ。
「オーブが戦争に加担することになって、ラクスは暗殺されかかるし、みんなどうしたらいいのか分からなくて困ってる。私もそんなの嫌だから、ダーダネルス海戦の後に連絡とって乗り込んだの。師匠に頼んで情報かき集めて、なんとかする方法を考えるの! 仕事で取材で、それから個人的な協力よ。文句ある!?」
「…………あー……」
 一気にまくし立てれば、間髪入れず、返される投げやりな溜息。
「なによ」
 相手の反応が、なお腹に据えかねて。
「戦場行きもカメラマンやるのも、もう反対しないって言ったくせに。また、私のやることにケチつけるの」
「べつに怒っちゃいねーよ、呆れてるだけだ」
 憤然と睨むこちらの視線を、ディアッカは平然と受け流す。
「その代わり、ちゃんと俺を呼べって言ったよねえ? こーいう、ややこしい事態になる前にさ」
「ずっとバタバタしてて、衛星通信を使う余裕なんか無かったわよ! だいたい、あんたに相談してたら何か違ったわけ?」
「まあ、とりあえず――オーブの姫を掻っ攫うの決めた時点で、最低限、所属がバレないようにモビルスーツの識別コード変えるなり、艦体に塗装かけてカモフラージュしとくよなー。好き勝手暴れても、国元にとばっちりが行かないようにさ」
「……う」
 窮するだろうと思われた問いに、予想に反した即答。
「ついでに、カガリを旗印に政治活動する人間と、武力介入するグループは、きっちり分ける。汚れ役を引き受けた側は、どれだけ窮地に追いやられてもアスハの名前を出さない――裏方がしくじったら、共倒れ。ぜんぶ丸ごと水の泡になるからな」
 再び固まるミリアリアを、対する男は余裕で皮肉った。
「なに詰まってんだよ。政治ニュース聞き流してる程度の奴だって、ちょっと考えりゃ思いつくような、裏工作とも呼べない初歩の手だぜ? 俺にはむしろ、おまえらの無計画っぷりが理解できないんだけど」
 なんというかもう、ぐうの音も出ない。
「初志貫徹っていや聞こえはいいけどさぁ。ナントカのひとつ覚え、って言うんじゃねえの。そういうの」
 そうしてディアッカは痛烈に、とどめの一言を放った。

「ナチュラルって、やっぱ馬鹿?」
「ええどーせそうですよ、悪うございましたわね!! 言うこと聞かない考え無しの馬鹿女でッ」

 さっきまでの萎縮や自制心は、どこかへキレイに吹き飛んで。
「ああ? 誰もそこまで言ってねえ――」
 慌てふためくディアッカの弁明も、ぶち切れたミリアリアの聴覚には届かない。
「過ぎたことあーだこーだ言われたって、時計の針は巻き戻せないんだから、どうしようもないじゃない! そんなに遥か高域で稼動するスバラシイ頭脳をお持ちなら、今すぐブリッジに直行して、これから先に活用できる打開策の数々を披露してあげてください、よ!!」
 頭突きせんばかりの勢いで相手に詰め寄り、踵を返すなり、どかどかと出口へ突進。
「おい、どこ行くんだよ! 話はまだ」
 体当たりを食らう寸前で道を開けた自動ドアから、通路に出たところで、焦り気味のディアッカが追いすがるも。
「脳ミソ足りない凡人は、おとなしく単純作業をこなしてますよーだ! これから、あんたが持ち込んだディスクの信憑性調べなきゃいけないんだから、ジャマしないでよね!」
 ミリアリアは、自動ドアに両手をかけ。ムリヤリな加速で以って、ぴしゃりと男の鼻先で扉を閉めてやった。


 約一時間後。


 食事時になっても一向に姿を見せない同僚を、アークエンジェルの艦内構造・武装チェックの目的ついでに捜索していた、美髪さらさら絶好調のジュール隊長と、その部下は。

「なんだ、貴様? 性懲りも無く、また彼女を怒らせたのか」
「うるせーよ」
「何事ですか、いったい?」
「触るな危険、だ――腹を空かせた猛獣が不貞寝している」
「……はぁ」

 両腕をだらんと投げ出して、休憩室のテーブルに伏したまま、ピクリとも動こうとしない金髪頭を発見するのだった。



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D氏は、あくまでハウ嬢が頼ってくれないことに拗ねてるのであって、釘を刺すため脅してるだけで、セクハラ行為に及ぶ下心で以って好き勝手に触りまくっているのではございません……よ? たぶん。