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■ DIALOGUE 〔2〕


 不本意を数え上げればキリが無いものの、ひとまず目的は果たせた。
 入浴を済ませ、夕食も終わり。
 不機嫌の塊と化していた部下Dは、休憩室に放ってきたが、二時間もすれば平静を装い戻ってくるだろう。

 ……という訳でイザークは息抜きがてら、食堂で、シホと隣り合わせに茶を飲んでいた。

 慢性的な人手不足ゆえか、はたまたザフトを敬遠してか、脱走兵らしいオーブ軍人の姿はほとんど見かけない。
 面詰してやりたかったバルトフェルド、それから、会えれば直に事情を尋ねたいと思っていたラクス・クライン――アークエンジェルに同乗しているものとばかり思っていた両者は、なぜか艦におらず。
 行き先を問えば、ブリッジクルーの沈黙で返された。
 ならばもう、あとは一眠りして朝になったら発つだけだ……と考えていたところ、視界の隅に金色がちらつき。

(なにをやっているんだ、あいつは?)

 髪の色合いこそ共通するものの、あきらかにディアッカより華奢な人影は、なにやら食堂前の通路をうろうろと躊躇しているようだ。
 ドリンク類を取って出るには5分とかからず、イザークらは奥の席にいるのだから、近づかなければ話しかける必要も無いだろうに。カガリ・ユラについては、少なくとも、先客がいて入り辛いと言うような性格の女ではなかったと記憶しているが――
「なにか用か?」
 手にしていたカップから顔を上げ、声を掛けると、彼女は飛び上がってうろたえた。
「あ、っと、イザーク。長旅で疲れているところ、すまない」
 壁の陰からおずおずと姿を現し、こちらを窺いながら、やや思い詰めた口調で切り出す。
「話っていうか、聞きたいことがあるんだが……少し、時間もらえないか?」
 相手の意図をはかりかね眉をひそめるイザークの隣で、おもむろに、シホが席を立とうとした。
「隊長。私は、部屋に戻っていますので」
 クルーと馴染みの無い自分が同席しては支障を来たす、と感じたらしい。そんな彼女を、カガリが引き止めにかかった。
「いやっ! 居て、く、ださい。嫌じゃなかったら」
 必死の形相で、あたふたと両手をばたつかせる様は、良くも悪くも国家元首としての威厳に欠けるもので。物怖じしない気質は、やはり基本的には変わっていないようだ。
「ブリッジでも会ったけど、ええと……初めまして。カガリ・ユラ・アスハです」
「シホ・ハーネンフースと申します。この度は乗艦をお許しいただき、ありがとうございました」
 それでも現状、自分がザフトから敵視される立場だという自覚はあるのか、どことなく遠慮がちな態度である。
 ひとまずシホは、悪感情を抱きはしなかったようで椅子に座り直し、うながされたカガリも向かいの席に掛けた。

「それで? なんだ、話とは」
「私に足りないものって、なんだと思う?」

 手短な問いに、負けじと簡潔な問い。なんだそれはと脱力しかけたが、対するカガリの表情は真剣そのものだった。
「…………なぜ俺に訊く」
「ディアッカが、どこ探しても見当たらないんだ。たぶん、ミリアリアと話し込んでるんだろうけど――ジャマしちゃ悪いもんな」
「だから、そんなことはクルーの誰でも掴まえて訊けばいいだろう? 俺は、おまえの事などほとんど知らんのだぞ。ディアッカの奴とて大差なかろう」
「艦の、みんなは……私を認めてくれるから、ダメだ」
 つぶやいたカガリは、思案顔になって首をひねり、
「少し、違うか。なんていうかな――客観的に見た感じが分からないんだ」
 考えながら紡ぐように、言葉を足した。
「ありのままを受け入れてもらえるのは、嬉しいけど……やっぱり、政治の道を進みたいと思うから。それに納得したり、甘やかされてちゃいけないんだ」
 つまり、他人の評価を知りたいと? ならば確かに、ここの乗組員より、オーブに所縁の少ない自分たちが適役かもしれないが。なにが悲しくて、連合側に付いた国の指導者の相談に乗ってやらねばならんのだ。

「……欠点、か」

 だがまあ、元上司の言葉を借りれば、銃を撃ち合うばかりが戦争ではない。
 戦わずしてオーブを退かせられるなら、カガリへの助言もひとつの手といえるだろう。
「おまえは言葉で武装しろ、と言われたことがあるな」
 臨時評議会の議員だった頃か――戦艦二隻を預かるようになった直後かは、忘れたが。反りの合わない誰かと、口論をやらかした後に。
「案外、おまえにも当て嵌まるんじゃないか? カガリ・ユラ。さっき、シホに話しかけようとして痞えただろう。とっさに出かけた台詞は “居てくれ” か……それとも命令形か?」
 軍内部で叩かれる陰口もどこ吹く風で、ひょうひょうと振る舞っていた男が、やけに渋い顔をして。
「男言葉は、おまえの特徴だな。ついでに言えば、敬語らしきものを使っている姿を初めて見たぞ」
「そ、そうか? そんなことは――」
「とりあえず俺は、初対面の頃から、ですます調で話しかけられた記憶など無いが」
 くちごもるカガリに、イザークは容赦なく突っ込んだ。
「同世代はともかく三隻同盟の大人連中に向かっても、そんな感じだったろう」
「…………」
「代表首長をやっていたなら、この二年間、年長の閣僚と肩を並べて仕事していたはずだな。それから、ユニウスセブンが落ちる前――アスランを連れて、プラントを訪れていたようだが? 議長には会ったのか」
 彼女がこくんと肯いたので、さらに重ねて問い質す。
「案内した役人たちに対しても当然、礼儀と節度を以って接したんだろうな」
「………………」
 不自然に泳ぎだした金の瞳を、半眼で眺めつつ、イザークは呆れ混じりに訊いた。
「ずいぶんと自信無さげだな。いったい、これまで確実に敬語で接してきた相手はどのくらいいるんだ」
「お父様、と……叔父様?」
「それだけか」
「それだけじゃない、と思うけど。覚えてないから分からない」
「謙譲、尊敬、さらには丁寧語――年功序列のナチュラル社会では特に、社交辞令として欠かせない言語文化だったはずだがな。オーブに、そういった風習は無いのか? 政府の者は皆、おまえのような調子で話し合っているわけか」
「いや……みんなは敬語で」
「シホ。弱冠18歳の国家元首カガリ・ユラ・アスハが、政府高官や他国の人間に向かって、乱雑な話し言葉で接していたとしたら、どう感じる?」
「ええっ?」
「まあ、例えばだ。デュランダル議長に、男のような口調で食って掛かったとしたら」
 話を振られたシホはたじろぎ、カガリは、神妙な面持ちで彼女を見つめた。
「その様子を直に見なければ、なんとも言えませんが――マイナス要素が多いのではないかと」
 しばし沈黙が漂うが、シホも、はっきりと意見を述べる方だ。

「互いにくだけた雰囲気でいるなら、ただ親しいのだろうなという印象を持ちますが……隊長が仰ったケースでは、失礼ですが……アスハ代表が、議長と対等以上の立場にあろうとして、虚勢を張っているように映ると思います」

 途端、カガリの頬が朱に染まる。どうやら思い当たるフシがあったらしい。
「――だ、そうだが? オーブ行政府の人間は、おまえの言葉遣いを咎めなかったのか」
「言われた、けど」
 耳まで真っ赤になりながら、彼女は悔しげに顔をゆがめた。
「大丈夫だ、心配するな……って答えたら」
 不愉快なことでも思い出したか、いきなり声が怒気をはらむ。
「“大丈夫ですわ、ご心配なく” だろ――しっかりしろよって、嫌味言われたけどッ!!」
「誰かは知らんが、尤もな発言だな」
 カガリには悪いが、感情論に付き合っていては話が進まない。
 イザークは、ばっさり切り捨て後を続けた。
「俺も、上っ面を繕うのは苦手だ。あまり他人のことを言えた義理じゃないが……それでも、組織を束ねる者として最低限必要とされる、対外的な建前や作法というモノがあるだろう」
 実力主義のプラントでも廃れえぬ社交儀礼、老いてなお過去の実績にあぐらを掻き続ける輩が多い、地球ではなおさら。
「怒鳴りつければ隊員は萎縮するし、上層部に掛け合うときに、こちらが癇癪を起こしては侮られる。俺の言葉ひとつで、部下の命が左右される場合もあるのだから、指示は的確に、誤解の無いよう下さねばならん」
 上手くやれているかどうかは、定かでないが。
 二年をかけて隊の統率は取れてきたと思うし、ボルテール、ルソーの艦長とも折り合いは悪くない。
「おまえが背負おうとしているものは、軍の司令官とは桁違いに、国内外へ与える影響が強いというのに――意に沿わない苦言を、嫌味と受け止めてどうする? 実際、交渉事を円滑に進めるにあたって演出の類は欠かせないものなんだ。煩わしいことだがな」
 ほとんど、入隊したてで危機感に乏しい隊員に、説教するときのような心境で諭すと。
「それ、前に言われたことがある」
 カガリが、はっと目を丸くして呟いた。
「“必要なんだよ、演出みたいなことも” って。アスランに」
 思わぬところで飛び出したよく知る男の名に、イザークは、むず痒い気分を覚える。
「フン、あいつも一応は政治家の息子だったからな。だが……それで何故おまえは、この期に及んで礼儀がなっていないんだ」
「アスランは、私を――無理に変えようとか、しなかったから」
 これまた相も変わらず、詰めの甘いヤツだ。
「そうやって、政界で生き抜くための技能を身に付けず過ごしてきた結果、オーブに居られなくなっては元も子もなかろう。口に出すだけで引き下がったアスラン、それに甘えていたおまえも国政に携わるという自覚が足りん」
 オーブ迷走の一因は、確かに、この女の姿勢にあったようだ。
「世継ぎの姫と、国家元首では求められる役割がまったく異なる。いつまでも昔のままでいられると、おまえ自身がそう思い、周囲もそれを許容するなら……どう足掻こうとオーブの飾り物にしかなれんぞ。カガリ・ユラ」
 それを嫌だと、思うなら。
「今からでも己を磨け。この艦に居ても、学べることはあるはずだ」
 指導者たるもの、経験不足などという弁明は罷り通らないのだから。
「民衆を惹きつける話し方、軍人を奮起させる言葉、なにより――他国の代表と交渉するための社交術。少しは、ニュースで流れる議長の所作を見てみろ。おまえの父親、ウズミ・ナラ・アスハの言動を思い返せ。メディアに関することなら、TV局に勤めていたミリアリアも詳しいだろう」
 感情的に反駁することもなく、真顔で聞き入っているカガリに、
「べつに、我をすべて捨てる必要は無い。アスラン相手に素で振る舞うのもかまわん。だが、公と私を混同するな」
 イザークは、忠告のつもりで告げた。
「言葉ひとつで戦争は終わらんが、引き金となる紛争や民の不満は、為政者の采配によって治まるケースもあるだろう。おまえは、それだけの責と期待を担う立場にいるのだぞ――モビルスーツに乗るのではなく、政治家らしい武装をしてみせろ」
 それから、少し考えて付け足す。
「次は、戦場で出くわしても助けてやらんぞ」
 昔のことを蒸し返されて、カガリは、わずかに唇を尖らせた。しかし、ここで釘を刺しておかねばなるまい。
「オーブ政府の事情は、解らんでもない。だが、地球連合軍が手段かまわずプラントを潰そうとする以上、俺はその行為に与する者を迎え撃つ。おまえの国の兵士が混ざっていようと、手心は加えん。一般市民への被害を阻止するために、ザフトは存在するのだからな……今は、アスランも」
「分かっ……てる……」
 看過出来ぬが故に、ダーダネルスで首を突っ込んだんだろうが、それでは両軍の目はますますオーブへ向くことになる。
「ならば、元首としての鍛錬を怠るな。大西洋連邦への追従を止めさせろ。出来ない、などという泣き言は聞かん」
「……うん」
 頷いたカガリは、突如、椅子を蹴たてて立ち上がった。
「ありがとう、イザーク! 今から修行してくるッ」
 そのまま駆け去りそうな勢いだったが、シホに向き直り、バツが悪そうな面持ちで礼を述べる。
「シホさんも――言ってくれて、ありがとう。虚勢張ってたって、たぶん図星だ」
 そうしてぺこりと頭を下げると、入って来たときとは打って変わって瞳を燃やしながら、食堂を走り出ていった。

 曲がりなりにも元代表の娘だ。マナーを教え込まれた経験そのものはあるだろうから、本人の心構えが変われば、案外すんなり “化ける” かもしれないが――どうなることやら。

「すまんな、長話に付き合わせた」
 ひとつ溜息をついて、イザークは、傍らのシホを見やる。
「部屋に戻っていた方が、良かったか」
「いいえ。隊長の話を、たくさん聞けましたから……もっと長くなってもかまわないくらいでした」
 ワインレッドのアンサンブルニットに、黒のハーフパンツ。
 軍服やパイロットスーツでないせいか、普段より少し柔らかい雰囲気の彼女は、ふわりと微笑んだ。
「やはり、私が生涯を賭けて軍人でありたいと思うのは、ジュール隊の一員としてです」
 ぶち切れて暴れる姿を幾度となく目の当たりにしても、こうして自分に付いて来てくれる、なんだかんだと手を貸してくれる者たちがいる。
(おまえにも、そういう奴らがいるのなら――けっして裏切るような真似をするなよ)
 カガリに、言ってやろうかと思ったが。
 照れ臭くもあり蛇足に過ぎないだろうから、イザークは食堂に留まり、 一言 「助かる」 とだけシホに向かって返した。



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