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■ 自由の代償


 どこにどんな劣悪な気分でいようと、時間が経てば腹は減る。
 不貞寝から起き出したディアッカは、だらだらと食堂を目指し歩いていた。

 道中、なにやら一人芝居しながら足早に、通路を横切っていくカガリを見かけ。
 ちょうど良い気晴らしネタ――もとい、相手になりそうだと思ったところ、背後から別の人間に呼び止められた。

「ディアッカ。ちょっと、いいですか?」

 振り向いてみれば、真面目くさった表情のキラが立っている。
 かったるい、ヤダ。
 ……が、簡単には引き下がりそうにない空気を漂わせているうえ、冗談も通じにくい相手だ。
 ミリアリアの気が静まるにはもう少しかかるだろうし、こっちとしても、いくつか探りを入れたい事項はある。ちょうど良いといえば言えた。


「ああ、暗殺未遂だったって?」

 ラクスが、コーディネイターの特殊部隊に襲われました。
 重大な秘密事を打ち明けるような調子で切り出したキラは、あっさりした相槌に、面食らった様子で眉根を寄せた。
「もう、ミリアリアから聞いてたんですか?」
 それ以前に親父から知らされていた……とは、説明が面倒だ。どのみち彼女の啖呵にも上ったことであったから、ディアッカは、まあなと肯くに留める。
 しかしタッドによれば、アスハ邸襲撃犯はブルーコスモス絡みの連中だったはず。
 顔色ひとつ変えずに嘘をつく器用さを、キラが持ち合わせているとは考えにくいから、元となった情報が誤りだった――もしくは、あのタヌキ親父がなにか隠してるんだろう。
「んで? 俺に話して、どうしようっての」
「どう、って……」
 向けられる視線に含まれていた、困惑の色がさらに強まる。
 こいつとの再会もほぼ二年ぶりだが、いったい俺に、どんな反応を期待していたのやら。それは一大事だと驚きうろたえ、怒りに燃えつつ犯人探しに乗りだすとでも思っていたなら――ずいぶん買いかぶられたものだ。
「そりゃ、まあ来るんじゃねえの? 恨まれるだけのコトをしでかしたんだからな、二年前の俺たちは。殺したいほど憎んでるってヤツも、掃いて捨てる数いるだろうさ」

 降格処分を経て、ザフトに戻ってからというもの。
 倉庫街の裏、寮の駐車場、はたまた演習帰りの夜道。
 尾ひれ付きで広まった “裏切り者” の噂に、純粋な怒りを抱いた者、それに便乗した輩――誹謗中傷から私刑の類まで、どれだけ悪意の塊をぶつけられたことか。
 もちろん、謙虚に泣き寝入りする趣味は無く、テキトーに言い分を聞いてやった後は実力で黙らせた訳だが?
 今はその頻度も激減したとはいえ、あの頃は、安易にオーブへ降りなかった己に喝采を送ったものだ。過去に片を付けずプラントから逃げ出していれば、彼らの害意、矛先は、遅かれ早かれミリアリアへ向いただろう。
 他でもない自分が、か弱い “ナチュラルの女” に拘っている限り。
 ……冗談じゃない。
 だから時折、彼女と連絡を取りながら、冗談めかして告白しては振られるたびに、気落ちしつつホッとしていたのも事実だ。
 どちらにせよ、まだ傍に居るべきではない。今は、それでかまわないのだと。

 ラクスが狙われたといって、焦燥に駆られるキラの姿は。
 程度や経緯の差はあれど、ディアッカが捨てた 『亡命』 という選択肢の先にあったろう、合わせ鏡の未来だ。

「一方的に開戦、加えて核攻撃だぜ? あのときジェネシスで地球を撃ってりゃ、コーディネイターの完全勝利だった。こんなふうに連合軍に怯えて暮らす必要も無かったのに――って、考えるよな。フツー」
 プラント残留組としては、数多ある苦労談を披露してやりたい気もしたが。キリが無いなと、馬鹿らしくなって止める。
「そう、だとしても……偽者が現れたのと同じタイミングで、ラクスが殺されかけるなんて不自然すぎます!」
「ふぅん」
「それに、別邸を襲ったモビルスーツは “アッシュ” でした」
 こちらの淡白さが不満であるらしい。キラは、ますます語気を強めて言い募る。
「まだ、ロールアウトされたばかりの機体なんでしょう? ラクスだけじゃない――僕とカガリが、ミリアリアや彼女の師匠と一緒にいたときだって、警告も無しに撃ってきたんですよ」
「結局なに? おまえ、プラント上層部を疑ってんの。それで俺になんとかしろって?」
 要点まとめて訊き返してやると、キラは一瞬、口ごもった。
「べつに、そっちの言うこと疑う理由も無いからな。ザフトの不始末だってんなら調べてみるし、黒幕が判りゃ公表するけど……証拠あるワケ?」
 話がすべて事実であるなら。
 アッシュの設計図か、機体そのものを横流ししたヤツが必ずいるだろう。そいつを突き止め、締め上げて? 芋づる式に首謀者を引きずり出せるならともかく、
「なんの物証も無いから、こんな海底に潜ってんだろ。ついでに、狙われてるラクスはどっかに隠して? 身の安全が確保されるまで出て来ないって?」
 それはリスクばかりが大きく、事の真偽に迫れるとも限らない諸刃のカードだが。
 本物が沈黙を破らなければ、歌姫の側から切り崩すことさえ出来まい。

「おまえさぁ。ユニウスセブンを落とした犯人グループが、“血のバレンタイン” の遺族だったって、知ってる?」
「アスランに、聞きました」
 ならば事細かに教える必要は無いだろう。
「地球丸ごと道連れにする――極端なやり方は、まずいけどな。プラント育ちのコーディネイターなら、多かれ少なかれ共感するモンだぜ、奴らの主張は」
 オーブ暮らしのキラには、どう響くか分からないが。
「撃たれた者たちの嘆きを忘れて、なぜ、撃った者たちと偽りの世界で笑うんだ」
 ただ平和に暮らしたかった愛する人々を、核の光にさらした、ナチュラルが支配する星で。地球で。
「パトリック・ザラを否定した、ラクス・クライン?」
「彼女は、忘れてなんかいません! ずっと祈っていました……空に向かって」
 あえて皮肉っぽく言ってやると、キラは血相を変え反論してきた。
「おまえら以外の誰に分かるんだよ、んなコトが」
 ああ、甘ったるい。バタークリームの菓子よりも、なお甘い。
「聴こえない歌や祈りが、どこに届くって? 気持ちだけで救えるもんなら、評議会もザフトも補償金も要らねーっての」

 たとえば、ニコルを殺したのは紛れもなくコイツで。
 戦争の早期終結を願い、その父親が開発したNジャマーキャンセラーを、搭載したフリーダムを、敵軍のパイロットにくれてやったのは――あろうことか、息子が好きだった歌姫で。

 プラントを去った彼女が、仇たる男の傍らで気ままに歌い、海を眺めて過ごす日々を。
 再び現れたフリーダムが、またザフト兵を撃ち殺したと。

 知ればどんなふうに受け止め、感じるか、わずかでも思いを馳せたことがあるというのか。
 忘れていない、心の中で想っているから許せと? オーブの、世界平和の為だから見逃せと?
 ……なにが解る、誰に伝わる?
 戦死した少年の両親が見たいと願った、息子が眠る島はすでに海の藻屑と化し。
 その事態を引き起こした人間は、癒えぬ傷痕を放置されたユニウスセブンの遺族で、そもそもの原因を作った輩は、自ら生み出したコーディネイターを排斥したナチュラルだというのに――

「アスランは、プラントに飛んで戻ったからな。余計、浮き彫りになるよねぇ――故郷に対する温度差が」

 キラの善良さは、もちろん嫌いではない。
 ただ素直で、自分のようには捻くれていないだけ。
 ミリアリアにも通じるところがある、そういった物事の捉え方は新鮮に感じることの方が圧倒的に多い。
 育ち方の違い、気質の差異でもあるだろう……だが、ごくたまに。
 こういったズレが露呈するとき、殺意に近い苛立ちを覚える。

「少しは、危機感を持てよ。キラ」
 ふところへ忍ばせた拳銃に、意識を飛ばしながら、わずかばかり嫌味を込めて言う。
「この二年間、おまえらが平穏無事に暮らして来れたのは、ザフトや大西洋連邦の法が届きにくいオーブに匿われてたから――それだけだ。プラント政府が不問にしたからって、自軍を抜けた、ザフトの物資を奪って同胞を殺した事実は消えねーし。地球連合にしてみりゃ、JOSH-Aで敵前逃亡したアークエンジェルの乗組員は、時効無しに重罪犯のままなんだよ。あの “ラクス” が表舞台に戻ってから、ザフトがどれだけ身辺警護に人手割いてると思う?」
 ディアッカのそれより、やや淡い、キラの双眸が驚きに見開かれた。
「俺が把握してるだけでも、ザラ派を名乗る工作員がダース単位でとっ捕まってる。情報処理班は、脅迫メールの山に手を焼いてるよ。ついでに、歌姫の私物が欲しかったとかで、ライブ会場の控え室に潜り込もうとした野郎も何人か逮捕されてたな」
「……そうなんですか? あの子、そんなふうに狙われて?」
 予想通りの反応であり、そのぶん滑稽にも映る。
 あの “偽者” がラクスの身分だけを奪い、歌姫たる日々を謳歌しているとでも思ったか。
 彼女が、地位や名声とともに置き去りにした、過去の罪も一緒くたに負わされていることにまでは考えが及ばないか。
 まあ、今のところ表沙汰になる前に押さえられているから、当の “ラクス” は、強硬派のターゲットにされているなどとは知らずに過ごしているだろうが。
「ラクス・クラインは、桁違いの影響力を持つアイドルだ。どんな形にしろ、狙われない方がおかしいってくらいのVIPなんだよ。暗殺未遂のひとつふたつでギャーギャー騒いで逃げ隠れしてちゃあ、この先やっていけねーぜ?」

 そんなゴタゴタに、ご丁寧にあいつまで巻き込みやがって――と、私怨で以って考える。
 どうせ、ミリアリアが自ら首を突っ込んだんだろうから、艦のクルーに文句をつけても埒が明かないと解ってはいるんだが。

「物証は無いけど……状況証拠なら、あります」
 へえ、と先をうながしてやると、キラは思い切ったように告げた。
「ダーダネルス戦に介入した後、アスランから連絡が来て、海辺で落ち合ったんです。そのとき――ミネルバクルーの女の子が、僕たちの話を盗聴していて。本物のラクスが、コーディネイターの特殊部隊に殺されかけたと、あの艦を通して評議会に報告が行っているはずです。なのに、何の反応もありません。彼女を必要としているはずなのに、わざわざ偽者を使うなんて」
「あー、無理。その程度じゃあな、根拠にもならねーよ」
 どんな切り札を出してくるのかという、期待が外れたディアッカは、肩をすくめ一蹴する。
 当事者が疑心を強める理由にはなるだろうが、ザフトを含め、第三者を動かすには程遠い。
「だったら! デュランダル議長があんなふうに、ラクスを騙る別人をメディアに出す理由が、どこにあるんですか!?」
「本物じゃ、役に立たないからだろ」
「……え?」
 意味が解らないようで、キラは、物問いたげな眼を向けた。
「危機感どころか、洞察も上滑りかよ? おまえって、つくづく能力と中身のバランスが取れてねーのな」
 頭の出来は良いはずなのに、根本的な思考がナチュラルでしかない。これも結局は、価値観を形成した土壌の違いだろうが。
「プラント市民は、なにも歌姫のご高説を聞きたがってる訳じゃねえよ。連合の核攻撃ですっかり動揺してたところに現れた、抵抗なく縋れる、不安を紛らわせてくれる相手が、あのラクス・クラインだったって話」
「だから、そんなことは本人に頼めばいいはずです」
「へえ、やってくれんの?」
 おもしろがって問い返すと、ますます理解不能だというように首をひねる。
「身の危険に怯えて徹底抗戦を叫び散らす、老若男女を宥めてくれたんだ? 議長に任せれば間違いない、大丈夫だから信じましょうって?」
 幸か不幸か、まったく言いそうにない。
「国家反逆罪で指名手配されてた頃に、やってたゲリラ放送と似たような演説しかしねーんじゃねえの。それで全面戦争が避けられるならって、自分のスタイルも曲げて政府の広告塔を務めてくれる?」
 当時、アークエンジェルにいたディアッカが、その内容を見聞きしたのは戦後になってからだが。
「やらないんなら、べつに要らねえよなぁ」
 どこまでも理想に過ぎないそれらは、ためらう間にも転がりゆく現実の前では、焼け石に水だ。
「またいつ連合側が攻めて来るか判らない状況で、地球の人々と私たちは同胞です〜なんて精神論語られたって、大多数は聞きゃしない。むしろ、パニックを助長するだけだろ」

 自分が議長だったとして、プロパガンダにどちらかを選べと言われたら、迷わず “偽者” に声をかけるだろう――後始末に骨が折れそうだから、どっちも使いたくないというのが本音だが。

「素直に信じきってる市民には “ラクス” を疑う理由がねえし、偽者だろうなと勘付いてる連中も、口に出しては言わねえよ。今のプラントを落ち着かせるには、確かに、あの歌姫が必要なんだ」
 するとキラは、腹立たしげに声を荒げた。
「それじゃあ、顔と声さえ同じなら、本人の性格や気持ちはどうでもいいって言うんですか!」
 俺相手に怒っても仕方ねえだろ、と理不尽に思いつつ、ディアッカは答えを返す。
「だから彼女は、おまえの傍が良かったんだろ?」
「えっ」
「どうでもいい、とまでは言わないけどな……歌詞の意味から何まで、深く突き詰めて、ラクス・クラインを好きでいるファンは少数だろ。元々外見と声しか眼中に無かったから、あれだけ様変わりしても気づかないんだよ、本人じゃねえって」
 一度目の演説を聞いたときには、ディアッカも、まずキラと同じ疑念を抱いたが――背景まで踏まえ考えれば、そういうことだ。
「そんな上っ面の世界にうんざりしてたから、おまえらと一緒にオーブに行きたがったんじゃねえの」
「…………」
 キラは、放心気味に黙っている。
「ま、俺の知ったこっちゃないけど? それで、おまえはどーすんの」

 歌姫という枠に嵌められない、キラの傍は、ラクスには居心地が良かっただろう。
 彼女の身分に無頓着なキラは、誰もが憧れあるいは妬んだアイドルと共に暮らす、事の重大さを考えもしなかったろう。
 そのツケが今になって、利息付きで回ってきたワケだ。

「疑わしきは罰せず、ってね。証拠が見つかりゃいいけど――逆に無ければ、俺は法と秩序を守る側だから、そいつに手を出せない」
 かつての如く、コーディネイター対ナチュラルの殲滅戦に発展するようなら、もちろん話は違ってくるが。
「そうやって社会の救済枠から弾かれたら、彼女を連れて逃げる? 諦めて殺されるのを待つ? それとも……自分の手で、敵と睨んだ相手の息の根を止める?」
 評議会・ザフトの庇護対象は、あくまでプラントを愛し歌うラクス・クラインであり、他国の住人となった少女を積極的に守る理由どころか、人員的な余裕も無いのだから。
 プラントに黒幕がいるとしても、キラが挙げる “根拠” は、すべて容易に言い逃れ出来るものばかりだ。
 ましてや本物のラクスが、オーブに肩入れしてミネルバに銃口を向けた、アークエンジェル側の人間であっては。

「覚悟、決めとけよ――痕跡を残さない完全犯罪なんて、案外そこいらに転がってるものなんだからな」

 立ち尽くすキラの肩を軽くはたき、ディアッカは、元のようにぶらぶらと当初の目的地である食堂へ歩いていった。



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イザカガに引き続き、ディアキラ。親身になってくれないDさんは、自分が知りたかったことだけ聞き出して、キラにとっては肩透かしの結末。管理人にとって、キララクの背景はこんな感じです。