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■ 午前零時の鐘が鳴るまで 〔1〕


 ネオ・ロアノーク。
 彼の “経歴” は、ターミナルのデータベースに載っていた。
 しかも機密レベルS、最新情報の一端として。

 遥か北の大地に、地球連合のエクステンデッド研究施設があり――いや、あったというべきか。スタッフごと処分される予定だったそこへ、有志のジャーナリストが潜入して、持ち帰ったディスク類の中に含まれていた資料らしい。
 L4.アーモリーワンから、先日のクレタ沖まで。
 その軍務を辿る映像、PC画面に表示された 【 ダウンロード中 】 の文字を見つめ、半ば虚脱しながら考える。

 少佐が生きている? 記憶を弄られて?
 今は、コーディネイター殲滅の為にと強化された、ナチュラルの子供たちに命令する立場で。
 オーブ軍を戦場へ駆り出した艦隊の、総司令官だなんて。

 じゃあ、過去はどこへ行ったんだろう。
 壊れてしまった? 消えて無くなった? それとも、ずっと眠っているの。もう戻れないくらい削られて、ネオ・ロアノークでしか居られないの。
 だったら、それは 『ムウ・ラ・フラガが生還した』 ことになるんだろうか?

 ……分からない。
 ただ、喜びよりも困惑が先に立ってしまう、自分が少し、悲しかった。



 捏造データの可能性は、低いようだと。
 いきなりマリューに報せる勇気は持てず、ミリアリアは、誰かと話をしたくてふらりと外に出ていった。
 途中、キラの部屋に寄ったが――扉をノックしても無反応、物音さえ聴こえない。もう夜も遅いのに、みんな、まだブリッジにいるんだろうか?

 通路を歩きながら、はたと立ち止まる。

 自室に戻ってシャワーを済ませた後、ナイトウェアに着替え、そのまんまの格好で来てしまった。
 アイボリーのTシャツに、スパッツ姿では。見られて恥ずかしいと言うほどではないけど……かっちり軍服を着込んだ、オーブの男性兵士が大半を占めるようになった、ブリッジには入りにくい。どうしよう。
 うん、ひとまず引き返そう。
 ――と、回れ右したところで。向こうの曲がり角から、すっと現れた女性と目が合った。

「あ」

 相手の、ブルーバイオレットの瞳がわずかに瞠られる。
 くっきり整った顔立ちが、癖ひとつ無いダークブラウンの髪に映えて、大人っぽい印象を受けたけれど。おそらく自分と、さほど変わらない年頃だろう。
 アークエンジェルの乗組員ではないし、もちろん、合流したオーブ軍人とも異なる……となれば。
 着艦した不明機は、計三体。
 ディアッカ、イザークではない、もう一人の訪客たるパイロットか?

 どちらからともなく 「こんばんは」 と、挨拶をして。
(やっぱり、ザフト関係者なのかしら?)
 考えながらよくよく見ると、以前、取材でプラントへ通信をかけたとき、モニターの奥に映っていた人物のような気がする。赤服で、髪の長いキレイな子がいたな――くらいの、うろ覚えだったが。
 あやふやな記憶をたどりつつ立ち去ろうとしたミリアリアは、すれ違いざまに引き留められ、きょとんと振り返った。

「あの。これから少し、話せませんか?」

 ……って、なんの?

×××××


 どこか落ち着けるところ――といっても、他のクルーが出入りしない場所となると限られてくる。
 強いて挙げれば、女子専用のスペース。
 更衣室や浴場なら、乗組員の大半にとって立ち入り禁止区域だが。それだってカガリやマリューは使うのだし、なにより会話に適した環境ではないだろう。
 いや、カレッジに通っていた頃は、日常のひとコマだったけど。女子トイレで内緒話。
 初対面の相手を案内するには、ちょっと……である。

 結局、ミリアリアは、自室へ招くことにした。
 急な来客では、もてなそうにもパックジュースくらいしか出せなかったけれど、シホ・ハーネンフースと名乗った彼女は、気にしていない様子なのでホッとする。

「ええっと、それで――私に、なにか?」
 声をかけられた訳が思い浮かばず、問いかけてみると。
「聞きたいことは、いくらでもあったはずなんですが……上手くは、出てこないものですね」
 苦笑したシホは、思案顔で睫毛を伏せた。
 紅茶のパックを手に、カジュアルな服装で、備え付けの椅子に掛けているだけなのに――やけに絵になるその仕草。ただ造作が良いというだけでなくキリッとした雰囲気があって、同性の目から見てもとびきりの美人だ。
 ミリアリアには、特に、キューティクルも艶々なストレートの髪が羨ましくて仕方ない。
(……いいなぁ)
 じっと見つめていると、答えを急かされたと感じたのか、
「ただ――群がる女をとっかえひっかえ、斜に構えた皮肉屋を気取り、訓練にも全力を尽くすことなく、とにかく扱いにくい男だったという」
 シホは、しゃべりながら考えるように、脈絡に欠ける順番で話しだす。
「ディアッカ・エルスマンの生活習慣が改められた理由が、あなただと聞いたものですから」
 むらがるおんなをとっかえひっかえ。
 そーかやっぱりそうだったのね、なんとなく漠然とそんなイメージはあったけど。べつにアイツがプラントで、なにしてたって関係ないけど!

 瞬時にむかっ腹を立てた意識に、数拍遅れて、シホの台詞の後半が浸透。
 ミリアリアは、飲みかけの紙パック・カフェオレを、思い切り――噴いた。

「……っ!?」

 器官に逆流する液体。げっほごほ咳き込むその様に、ギョッと椅子を引いたシホだが、すぐさま棚に置いてあったタオルを探し持って来てくれた。
「彼が、ザフトに離反してまで――あなたや、元は敵だった艦に、なにを思ったのか不思議で」
 共同作業で、テーブルを拭き掃除。
 ミリアリアの動揺が治まるまで待ち、やや気まずげに言い足す。
「隊長が、それらに理解を示している訳を、知りたいと思っただけ……だから、ただの興味本位です」
 どうやら彼女は、ジュール隊の一員らしい。アークエンジェル行きに同行するくらいだ、三隻同盟について、ある程度の事情は把握しているんだろうが。
 なんだってまた、そこでディアッカの名前が出てくる? どこの誰だ、要らぬことまで吹聴したのは!
「どうしてなんだか、こっちが知りたいですよ。ホントに」
 けれど、ちょうど鬱憤をぶちまけたい気分だったので。私個人のことなら守秘義務もへったくれもないわよねと――ミリアリアは、ここぞとばかりに愚痴る。
「私ね、あいつ刺し殺すところだったんですよ」
 途端、シホは点目になった。
「は?」
 あ、なんか可愛い……と、ズレた感想を抱きながら。そうよね、最悪な出会い方だったんだものと、いたって常識的な彼女の反応に安堵する。
「敵だった人間なんて、そうじゃなくなったって避けるのが普通でしょう? おかしいですよね? って言うか、ディアッカの頭ってネジが何本か飛んでるんじゃないかと思うんですけど。こっちのやってることがムチャクチャなら――そんな艦に接触したことを知られたら、スパイ容疑かけられても反論するの難しいじゃないですか? 前科持ちで降格兵士のくせに、シホさんや、イザークさんまで付き合わせて。偉そうに、人に説教できる立場じゃないでしょうって……あー、なんかまたムカついてきた!」
 空になった紙パックを握りつぶすミリアリアを見つめ、シホは、確認するように問いかけた。
「あなたは、アークエンジェルの元クルー?」
「はい。二年前――ヘリオポリス崩壊から、停戦まで、この艦に乗っていました」
 そうですか、と返された相槌の語尾は、ひどく曖昧で。
「シホさんは、昔からイザークさんの部隊に?」
「軍に入ったのは、ビーム兵器の開発技術者として……でしたけれど。ヤキン・ドゥーエ攻防戦のときにはもう、ジュール隊に配属されていましたよ」
 控え目に尋ねてみれば、よどみない答えが。
「エターナルの追撃命令が出たときには、ヴェサリウスに乗っていました」

 それは、かつてディアッカが、アスランも属していたザフト艦の名称で。
 メンデルを脱出する際の戦闘で、自分たちが墜とした――ミリアリアには、クルーゼ隊、ずっと敵軍の象徴だったもの。


 あの日。
 宇宙に降ることは無かった、雨。


「もしかしたら何処かで、すれ違っていたかもしれませんね」
 シホは、物静かな口調で言うけれど。敵対していた事実は消えなくて、今だって、追及される立場には違いなくて。
 ミリアリアは背筋を正し、こくりと頷いた。
「でも、あなたが軍属の人間なら――どうして、あのときはTV局のリポーターとして取材を?」
 話題は私のことだけど、焦点の在り処は、たぶん違う。
「あー、ええと。あっちが本業なんですよ」
 だから、ちゃんと彼女の疑念に答えなくては。こうして聞こうとしてくれる人に伝えられないで、いったい誰に、なにを言える?
「停戦後は、報道カメラマンに弟子入りして、いろんな国を渡り歩いて。スカンジナビアにいたとき、また戦争が始まったんです。イザークさんに取材して、少し経ってから……別の仕事で、ディオキアへ立ち寄った際に、アークエンジェルと連絡を取る機会があって」
 議長に対する疑いを吐露するのは、さすがに早計だと思い伏せた。
「みんな、行き詰って手掛かりを必要としてるし。ターミナルにとって、この艦は、動向を把握しておかなきゃいけない不確定分子だから――両方を繋ぐために、今は、ここでオペレーターを務めています」
「 “ターミナル” ……?」
 馴染みの無い単語だからだろう、シホは怪訝そうな顔になった。
「報道関係者が構成する、ネットワーク組織の俗称です。私は一応、そこから派遣されてる身で――オーブと連合やプラントの関係が、これ以上悪化する前に、戦争を止める為。アークエンジェルが大局を見て動けるよう、意見を述べるのが役目――なんですけどね」
 現状は、暗中模索で。
「ちっとも冷静にやれなくて、師匠に怒鳴られてばっかりだけど。投げ出しません。誰に、なんて言われても」
 中途半端だと詰られれば、威張って言い返せるものじゃないけれど。
「……そうですか」
 じっとミリアリアに視線を据えていた、シホは、小さく頷いただけで可とも不可とも言わなかった。



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議論ばかり戦わせていると少々殺伐とするので、小休止閑話。
この二人に、顔見知りになってほしかっただけなのです。