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■ WARNING 〔1〕


 物思いに耽っていたディアッカの意識は、静寂を破るように鳴り響いた、短調なメロディに引き戻された。
 ふと壁時計に目をやれば、夜中の12時を過ぎている。
(――ったく、八方塞がる前に言えよなあ)
 素人療法で病状を悪化させた患者に、末期になって泣きついて来られた医者の気分が、少し解った気がした。

 キラの認識が甘いのは、ある種、当然だろう。
 周りが、そう願ったならば。
 一生分のエネルギーを使い果たす必死さで、戦い抜いて生還した少年を……その親は、近しい者たちは、ひたすらに癒し励まそうと心を砕いただろうから。
 戦後ずっと真綿でくるむように、世の喧騒から遠ざけ、自己否定に繋がる言葉、風景すべてから切り離して来たに違いない。
 ヒトは、忘れる。
 いくら自省を続けようと、どれほど鮮烈な経験も、記憶すら、時とともに風化して意識の底に眠る。
 付いた傷を、抉り直視することなく過ごしていれば、なおさら。
 だがもう、いい加減に思い知るべきだろう――自覚の欠如が、命取りに繋がるくらいなら。
 あれだけ直球で忠告してやったのに、今後もまだ、のほほんと構えているようなら俺にはお手上げだが。

 しかし現状ではアークエンジェルに、打開策もなにもあったモンじゃない。
 オーブ本国におけるカガリの地位回復に、アスハ支援者を通して働きかけるくらいが関の山だろう。
 とにかく粗方の “事情” は把握したから、あとはプラントに戻って、なにか隠していると思しきタッドを締め上げる……行動指針を決めるにしても、それからだ。
 スヴェルドで手に入れた資料も早急に持ち帰らなければ――と考えていたところに廊下側から、つかつかと小走りの足音が聞こえてきた。ディアッカが扉に視線を向けていれば、自然、相手が食堂に足を踏み入れるなり目が合う。
「なんか用?」
 再会時とは一転してラフな、Tシャツにスパッツという格好で現れたジャーナリストの彼女は。
「なによ。用が無かったら、来ちゃいけないわけ?」
 一瞬怯むも、そのまま近づいて来て。やや乱雑な仕草で、テーブルの真向かいに腰を下ろした。
「言っとくけど私、あんたたちと敵対する気は無いから」
「知ってるよ、そんなことは」
 真剣な顔つきで今更な主張をしたくせに、こっちが認めると言葉に詰まり、うつむいて何やらもごもご口の中で呟いているのはどういう訳だろう。
「……ディスクの内容、調べたわ」
 数十秒かかってようやく気を取り直したらしく、ミリアリアは、硬い調子で切り出した。
「少佐みたい、やっぱり」
「嬉しい? 困る? オーブ派兵の圧力かけてる連合に、昔の知り合いが混じってて面倒?」
「全部、かな――」
 浅葱色の瞳を彷徨わせ、バカ正直に答えて、それからムッと口を尖らせる。
「それにしても、いちいち嫌な訊き方するわよね。あんた」
「ぼかして先送りにしたって、問題は変わんねーだろ」
 ディアッカの相槌にますます顔を顰め、けれど結局 「確かにね」 と嘆息した。
「消えちゃった記憶って、戻るものなのかしら?」
「ケースバイケースだな。心因性だと徐々に回復する例が多いし、ショック療法が効いたって話もある……でなきゃ一生、そのままか」

 記憶喪失、と同じ単語で括っても症状は様々だ。
 まず 『短期』 と 『長期』 に二分された内で、さらに細分化される後者。
 車の運転や料理など、日常生活における技術的な――要するに身体が覚えている――ものは『手続き記憶』 と呼ばれる。加えて 『意味記憶』 ――常識・言語など、一夜漬けではない知識の類も失っていないだろう。連合軍に籍を置き、司令官クラスの役職をこなしているくらいだ。

「どのみちデータどおりなら、あの “大佐” はおっさんじゃない」
 なにか狙いがあって出自を偽り、すべて覚えていながら敢えて古巣に留まっているのでなければ。
「ネオ・ロアノークって意識を持った別人格――にしてみりゃ、アークエンジェルは、ミネルバとの戦闘に横槍入れまくって逃走した、目障りな敵勢力。それだけだ」
 ここのクルーに関する 『エピソード記憶』 が、ごっそり欠落しているとすれば。
「顔を合わせる場所が戦場じゃあ、なおさら話も通じっこ無えしな。フラガとごっちゃにして、油断してると撃ち殺されるぞ。おまえの仕事関係のツテなり何なりで、本人と接触する機会を作るにしたって、最低でも停戦後でなけりゃリスクが高すぎる」
「……そう、ね」
 ミリアリアは、沈んだ表情で目を伏せた。
 ディアッカは、ひとつ息を吐いて続ける。
「だいたいの事情はキラに聞いた。ラクス暗殺未遂云々は俺が調べてみるから、おまえらは、このまま隠れてろ。別行動してるバルトフェルドたちと、艦長にもそう言っとけ」
 プラントや大西洋連邦が、アークエンジェル一派への対処を後回しにしている理由は、他に敵と看做した陣営が存在するからに過ぎず。
 のこのこ姿を現して刺激すれば、今度こそ追撃されかねない。
「アスランも似たようなこと言ってたけど。結局まだ、なんの連絡も無いし――悠長に待ってなんか、いられないわよ」
「はぁ? 似たようなって、なにを」
「だから、ラクスたちが、コーディネイターの特殊部隊に襲われたこと」
「調べてみるって?」
 すっとんきょうな声を上げるディアッカに、小首をかしげた彼女は 「うん」と肯いた。
「おまえ、どーいうヤツだと思ってんの。あいつを」
「え? えーと……真面目で、冷静そうな人だなって」
 戸惑ったように瞬きながら答えた、ミリアリアに重ねて問う。
「俺のことは?」
「エリート人生棒に振って、今も敵認定される寸前の艦に上がり込んで、なんでか偉そうにしてる非常識なヤツ――って言うか、コーディネイターのくせに馬鹿?」
 今度はやけにすらすらと、彼女は批評を並べ立てた。
「喜んでいいのか、微妙だな……」
 脱力しつつ、ディアッカは片手を横に振る。
「あー、とにかく無理。イザークの癇癪が完治すんのと同レベルで。あの石頭に、こっそり探り入れるなんて器用な真似が出来るかよ」
「? ??」
「ついでに残念ながら、アッシュ盗難なんて話は、軍部じゃニュースどころか噂にもなってないんだよね」
「無いの?」
 ミリアリアは、はっとした様子で訊き返した。
「とりあえず、俺の知る限りじゃ聞かないな。セカンドシリーズほど機密性が高いってワケでもねえし、格納庫からごっそり消えてりゃ、一般兵にも公にして不審者の目撃情報なり集めるとこだろ」
「あんたも、そう思う?」
 正規の任務と偽装して行ったか、機体の製造履歴そのものをごまかしたかは不明だが。
「ああ。キラの話を信用するなら、襲撃は、ザフト上層部が一枚噛んだ組織的な計画だったってことになる――おまえも襲われたんだって?」
「う、うん。それは、ダーダネルスの近くでだったけど」
 距離からして、アスハ邸を狙った機体の出所はカーペンタリア基地だろう。ダーダネルスに関しては、ジブラルタルかディオキア、ガルナハンの線もあるが推測は難しくなる。
「そこに気づいたとして、ミネルバに乗ってるアスランがどうやって調べんの」
 実行犯を、銃撃戦の段階で捕らえられなかった時点で、すでに正攻法は断たれていたようなものだ。
「艦長か議長に、公開調査してくれって直談判? それともモビルスーツ開発部のデータベースにハッキング? 誰が黒幕かも判らないってのに、自殺行為だよねぇ。それ」

 どこの軍属にしろ特殊部隊というヤツは、任務完遂を最優先に、敵に利用されるくらいなら死を選ぶほどの覚悟に則って動いている。万一、失態の果てに拘束されても自ら命を断てるよう、歯の裏側に毒入りカプセルを仕込んでいた、なんて例もあるくらいだ。
 フリーダムで応戦したキラは、アッシュの手足を撃ち飛ばして無力化したらしいが……相手がプロの工作員なら、そりゃ頭打って気絶でもしない限り自爆するだろう。
(なに平和ボケしてやがったんだ、バルトフェルドの野郎は)
 仮にも元隊長だろうが。そこらへん、しっかり指示を出しとけよ。使えねえな。
 問い詰めようにも居場所すら定かでない “砂漠の虎” を、内心、思うさま扱き下ろしながら話し続ける。

「議長の後ろ盾が無けりゃ、アスランは、俺以上に余罪の多い曖昧な立場なんだ。下手すりゃスパイ容疑で捕まって、取調室送りだぜ」
「あ――彼、もしかして危ない!?」
 そこまでは考えていなかったようで、ミリアリアの顔色が褪せた。
「どうだかな。好き勝手、暴れ回った挙句に身動き取れなくなった、この艦に居るよりマシなんじゃねえ?」
「……」
「ミネルバの中じゃ、どうやったって行動範囲から使える時間まで限られるしな。今すぐどうこう、ってコトはねえだろ」
 連合・オーブ艦隊に追われ。
 さらにアークエンジェルに引っ掻き回されては、調べ物に充てる暇も作れまい。
「だいたい、あいつの立場を悪くするって意味では、おまえらの戦闘介入の方がマズイんだ。少しは後先考えて動けよ」
「…………」
「とにかく、首謀者については俺が調べるから――」
「……冗談じゃないわ」
 血の気が引いた唇で、ぼそり呟いたと思いきや立ち上がり。
「それは私の仕事よ! あんたこそ、組織ぐるみで隠蔽されてる事件を探る手段なんて、持ってないじゃない」
「いや、お」
「私は、師匠たちが手伝ってくれるし、プラントにだって同業者がいるの。少佐のことや、裏づけ情報もらえたのは助かったし感謝するけど、素人の手伝いは要りません!」
 ばんっと両手をテーブルに叩きつけたミリアリアは、なにを焦っているのか一方的な早口でまくしたてた。
「あんたの仕事は、プラント防衛でしょう? 連合の攻撃を食い止める方法なんて、それこそ今の私たちには無いんだから。こんなところで油売ってないで、さっさとザフトに戻りなさいよ!」
 こっちが気圧されている間に、言うだけ言って踵を返す。
「じゃあね、おやすみ!」
 そうして肩を怒らせ食堂を走り出て行った、彼女の後ろ姿をぼーぜんと見送り、ディアッカは思った。

 やっぱ、なに考えてんのか解らねえ……っつーか、なにしに来たんだ、あいつは。



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ミリアリアは、なんだかんだでアスランの表面しか知らないので、そんな評価。
『へたれ』 とか 『ハツカネズミ』 の単語が浮かんでくるかどうかで、彼との親密度が計られると思います。