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■ WARNING 〔2〕


「よぉ。当直お疲れさん」
 自動ドアが開く音に振り返り、ふらりと現れたディアッカを見て、
「なんだ? こんな時間に」
 ブリッジの操舵席で計器を弄っていたノイマンは、訝しげに片眉を跳ね上げた。
「夜勤の連中が居眠りこいてたら、腹いせに馬鹿にしてやろうと思ったんだけどな……さすがに、そこまで弛んじゃいないか」
「おいおい。これでも一応、元は正規の軍人だぞ?」
 我が物顔でオペレーター席へ座り込み、ジーンズの足を組んでぶらつかせる闖入者に、呆れ混じりの目を向けてくる。
「――の割に、むざむざ墓穴掘って埋まりかけてるよねえ、大天使様」
 首半分を相手に向けつつ、ディアッカは、クルーゼ隊として舐めさせられた辛酸の数々を思い返していた。
「俺たちが追ってた頃は、あの手この手で煙に巻いてくれたくせにさ。いったい指揮系統、どーなってんの」
 “完全無欠な天上の存在であれ” とまでは言わないが、仮にも一度は認めた相手だ。あまりに容易く堕ちられては嘆かわしいものがある。
「やっぱ、あれ? ブランク長過ぎた?」
「取った手段が拙かった点に関しては、返す言葉も無いが……そうだな。ウチの艦長は、実務というよりメンタル面での支柱だから」
 揶揄されたノイマンは、わずかに表情を歪めたものの、
「そういった、とっさの機転やリーダーシップに優れていた上官は、二人ともヤキン・ドゥーエで――いや、少佐は生きているかもしれないんだったな」
 激昂するでもなく物静かに肯き、溜息をついた。
「この状況下じゃ、感動の再会にはならないだろうが」
「……消去法でここ来たけど、あんたが一番マトモに話せるな」
 こちらとしては素直に褒めたつもりだったのだが、ノイマンは脱力しつつ、懐疑的に口元をひくつかせる。
「それは、褒めているのか?」
「つか、指揮官らしいヤツいねーじゃん」
 ディアッカは肩をすくめ、指折り数え上げた。
「キラは身内の問題だけで頭テンパってるし、傷心ひきこもりか知らねーけど艦長はどこ探しても見当たらないだろ? メカニックのおっさんに小難しいこと言ってもしゃーねえし、オーブ兵卒連中が方針決めてるとは考えにくいし、バルトフェルドとラクスは雲隠れ――で、カガリは挙動不審? 他に古株のブリッジクルーって、あんたかチャンドラくらいだよな」
 艦長を混乱させたのはおまえだろうに、と嘆息したノイマンは、そこで首をひねる。
「……挙動不審?」
「ニ時間くらい前だっけな。食堂行く途中に見かけたら、オーバーリアクションで一人学芸会やってんの。なにあれ、我流ストレス発散?」
 身振り手振りを交えぶつくさ言ってる姿は、かなりおもしろかったが。
「俺、あいつに用があるんだけどさぁ。もう寝てるんなら叩き起こしていい? 部屋どこ?」
「ああ、なるほど」
 得心がいったように呟いて、ノイマンは答えた。
「彼女なら、イザーク・ジュールと話をしたそうでな。今から自室で、政治家らしい立ち振る舞いを研究するから、クルーの無断立ち入り禁止だと――ずいぶん気合の入った調子で念を押して行ったよ」
 イザークが? カガリと?
 両者が並んだ様を思い浮かべ、奇異の念を抱く……妙な組み合わせだ。
 だがよくよく考えれば、オーブの姫に忠告したかった事柄は、かつて愛しの隊長殿に呈した苦言の数々とほぼ同義である。長話をする労力が省けたか。
「そういう訳だから、深夜に女性の寝室に押しかけるなんて許可は出せないな。とばっちりで俺まで、元首を慕うオーブ軍人たちから袋叩きに遭いかねん」
 冗談めかした台詞だったが、本来の職務を逸脱してアークエンジェルに乗り込んだ輩が相手では、あながち洒落で済まなさそうだ。
「急ぐ話でもないんだろう? 日が昇ってからにしてくれないか」
「いや。二度手間っぽいから止めとくよ。それに俺、夜明け前に発つし」
「……朝飯も食っていかない気か?」
「さあ? そこらへん打ち合わせてないけど、たぶんイザークたちも同意見だろ。休暇の残り日数ギリギリだしな」
 それぞれ打てる手を尽くそうとしているなら、なおさら自分が、ここに留まる必要は無い。
「とにかく、あんたに頼んどく。艦のデータベースは、対外用コードだけでも書き換えとけよ? 俺は誰にアークエンジェルのことを訊かれたって、シラを切れるけど」
 ノイマンを真正面から見据え、ディアッカは本題に移った。
「人為的な意識操作ってヤツが、ファントムペインの “ネオ・ロアノーク” から、フラガの記憶まで取り出せるほど自在なら――周波数なんかを取っ掛かりに居場所がバレた時点で、あんたら連合艦に包囲されて蜂の巣だぜ」
 示唆された可能性に息を呑んだ操舵士は、次いで自嘲気味に肩を落とす。
「少佐に限って有り得ない……と言い切れない、自分の薄情さが悲しいな」
「べつに、普通じゃねえ?」
 遺伝子をコーディネイト出来るまでに医学が発達した現在さえ、脳という部位はブラックボックスだ。人間の精神は、ときに奇跡と思えるほどの強靭さを発揮するが、同時にあっけなく脆弱に潰えてしまうこともある。

 かつての仲間たるもの、マインドコントロールなんぞに負ける男ではない、とか肩入れしてやるのが美しい有り方なんだろうが――信頼も度を過ぎてしまえば、ただの依存と盲目だろう。

「愛があるから大丈夫だとか豪語された日にゃ、胸焼けして引くね。俺は」
「…………」
 皮肉に応じることなく、表情を翳らせていたノイマンは、ふと思い出したように眉根を寄せた。
「しかし、おまえ。消去法って――ハウを掻っ攫っていった後、どうしたんだ?」
「なんか逆ギレされて、さっき仕切り直しで話したけど、また怒ってどっか行っちまった」
 ディアッカは端的に答え、やれやれと愚痴る。
「強情っぱりも筋金入り? カルシウム足りてねーんじゃねえの、あいつ」
「俺には、あの素直な優しい子を、どうやって毎回そうまで怒らせることが出来るのか不思議なくらいだよ」
 そこで途切れると思われた相槌は、いつになく挑発的に続いた。
「……そういえば、また振られたらしいな? 閉塞感漂っていた艦内に、笑いのネタをありがとう」
「今すぐブリッジ占拠して、沈めてやろーかアークエンジェル」
 思わず、懐の拳銃に手が伸びた。ひたいに青筋たてて睨みを利かせるディアッカに、
「いや、遠慮しておくよ」
 苦笑いしつつ首を横に振る、ノイマンの話は意外な方向に流れていった。
「だがまあ、おまえが彼女に拘る理由が少しは解った気がする」
「は?」
「昔はただ、幼くても礼儀正しい、しっかり者のブリッジ要員としか映らなかったが――たった二年で、ずいぶん印象が変わるものだな。女の子は」
 面食らうディアッカにかまわず、懐かしむように。
「仕事に誇りを持っている女性特有の、凛々しさか……ストイックな表情をするようになった。時々、ハッとするほど大人びて見えるよ。惚れるね」
 つらつらと、独白に近い調子で語る。
「気心知れた馴染みのクルーで、仕事ぶりも着実、さらに彼女の人脈は情報源として貴重だ。男の俺たちに、アスハ代表のプライベートまではフォローしにくいし、オーブ政府中庸層への打診も考えつけなかったくらいだからな。ダーダネルスで、合流してもらえて本当に助かった――なんて利点を抜きにしても、ハウと話していると落ち着くよ。悲嘆に暮れるより、先のことを考えようと思えてくる」
 プラントを出立してからこれまでの行程において、最大のイレギュラーに見舞われたディアッカの思考回路は。
「なんの義務があるわけでもないのに、厚意で協力してくれてるんだ。身に危険が及んでは親御さんに合わせる顔が無いし、操舵士としては、意地でも “不沈艦” の異名を守り通さなければならないな」
「まあ、あんたらの道連れにしてもらっちゃ困るんだけどさ」
 ようやく凍結状態を脱して、乾いた口調で訊ねる。
「……それ、宣戦布告ってヤツ?」
 瞠目したノイマンは、数秒の沈黙を挟み、否定するどころか涼しげな態度で言い放った。
「そうだな、そう受け取ってくれてもかまわないぞ」
「んな――」
 絶句したディアッカは、内心の動揺をひた隠しに、笑い飛ばそうと試みる。
「うっわ、ヤダヤダ〜! 真面目そうな顔して、あんた実はロリコン? あいつと歳の差いくつだと思ってんだよ、犯罪じゃん」
「そうか? 一回りまでは離れていないぞ」
 しかし相手は、ふっと余裕の笑みで返してきた。
「プラント社会では、15歳で成人だったよな……知ってるか、エルスマン? ナチュラルの感覚じゃ、その年頃はまだ子供だが」
 そうだ。志願して残ったとはいえ――当時ミリアリアたちは、三隻同盟の大人連中から、最後まで学生というか弟・妹扱いされていたのである。が、
「18歳にもなれば、ひとまず大人と見なされてね。合意があれば、結婚も可能になるんだよ」
 いくら主観を取っ払ってみても、ノイマンに、悪ふざけで話している様子は無かった。
「……」
 ディアッカの脳内で、パトカーに付属している型の赤いワーニングランプが、けたたましく点滅する。

 急務発令。至上命題。
 とっとと停戦に持ち込ませ、アークエンジェル一派を解散させるべし。

 タイムリミットは――不明。



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恋敵臭を嗅ぎ取って、地味な火花を散らして欲しかっただけという、管理人の趣味による組み合わせ。
事実、AAクルーの命運は、ノイマン氏の操艦技術に委ねられているようなものですが。