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■ 魂の場所
ミリアリア・ハウと話し終え、部屋へ戻ってみると――壁を挟んだ両隣に、同行者たる青年たちの気配は無かった。
ディアッカはまあ、乗組員と旧交を温めているのだとして。
……隊長まで何処へ? 往路の行程に備え、もう休んでいると思ったのに。
休憩室や格納庫など、主だった施設をぐるりと探してみたが、彼らの姿は見当たらず。
さすがにブリッジには一人だと入りにくいし、わざわざ扉を開けてまで確認するほどの用がある訳でもない。
釈然としないまま引き返してベッドに入り、寝返りを打ち続けること小一時間……眠れない。目が冴えてしまっているようだ。
シホにとっては未だ、三隻同盟やオーブより地球連合軍の不沈艦というイメージが強く残る艦内では。リラックス出来る筈もないのだが、軍人たるもの、どこでも必要なときに仮眠が取れなければ、いざという時に支障を来すのに――
気分転換に水でも飲んで来ようと起き出して、食堂の手前に差し掛かったところで、
「蹴られたいんですか? それとも、転ばせたかったんですか」
たんっと跳躍した、シホは。
幅2メートルはあるだろう通路の半分を塞いでいた障害物を、ギリギリにかわし睨めつけた。
夜間・電力節減モードに切り替わったらしく、ほとんどの照明が落ちた空間に――ぼうっと浮かび上がる金糸。
「なんだよ、そっちこそ。夜更かしは美容の大敵じゃねえの」
だらしなく壁に寄りかかり、ジーンズの足を地べたに投げ出して。悩ましげに腕を組んでいた男は、人の憤慨をキレイに無視、いつになく嫌味っぽい調子で応じる。
「暇つぶしに散歩中? ……ったく、分けてもらいたいもんだぜ。その時間」
「べつに、退屈している訳ではありません」
少々カチンとくるものを感じながら、シホは言い返した。
「隊長とアスハ代表のやり取りを聞いて、ミリアリアさんと話して――補給の問題を抜きにしても、ここを訪れた意味はあったと思います。もちろん、長居をしたくはありませんが」
悪くなかった。
彼女たちと、戦わずに済めば良いと感じるくらいには。
それは、ナチュラルに対する負のイメージを踏まえれば、好印象という評価になるだろう。
「あいつと話した? なにを」
「いろいろ、です。アークエンジェルや、彼女自身のこと。昔から現在に至るまで」
あなたの話題も出ましたよと、心の中で付け加える。
「すっげ、よく会話が成立するよな……」
ディアッカの呟きが、皮肉を通り越し僻みめいて響き、シホは 「どういう意味ですか?」 と首をかしげた。
「途中でキレられなかった? あの女、毎回しゃべってる途中で怒りだすからさぁ、俺なんか、ろくに知りたいことの半分も聞けないんだけど。人が右って言やあ左に行きたがるし、可愛げの欠片もありゃしねえ」
「いいえ、まったく」
“ターミナル” 関係者という事実は意外だったが、正直なところ、ごく平凡な少女としか思えず。
彼らが、ミリアリア・ハウを特別視する理由は、今も解らないままだけれど。
「はきはきと受け答えする、物腰の柔らかい女性でした――いきなり声をかけた私に、嫌な顔ひとつせず自室へ誘って、お茶まで出してくれましたよ」
「……差別だ」
一声呻いて、がっくり沈み込んだ金髪頭を、半眼で見下ろしつつ。
「聞きたいと思うなら、まず、その茶化すような態度を改めてはどうですか?」
言い放ったシホは、少なからずミリアリアに共感していた。
彼女の想いなど、知る由もないが。
ディアッカの言動に反発したくなる気持ちなら、よく分かる。
『あいつ刺し殺すところだったんですよ』 との告白には、さすがに驚き耳を疑ったが……前後の経過を聞かずとも想像がつく。どうせ、この男が要らぬことを口にして、逆鱗に触れたに違いない。
非の大部分はディアッカにあった、そうでなければ三隻同盟に加わり、ましてや敵兵だった少女に想いを寄せることも無いだろう。
投降した捕虜という不利な立場で、いったいなにをやらかしたのやら?
女だてらに “赤” を纏い、エースパイロットとして現場に身を置いているシホが、意地でも弱音を吐きたくない人間の筆頭といえば――他でもない、ディアッカ・エルスマンだった。
軽口を叩けど本心から小馬鹿にしている様子はなく、背を預けて戦うに充分な実力者でもあるのだが。
隊長の信頼を一身に得ているという、個人的な対抗意識とは、無関係に。
彼の手を借りることを考えると、敗北感に苛まれるというか自尊心に傷が付くというか、とにかく強烈な敵愾心に駆られるのだ。返される相槌がいちいち癪に障るため、心配や気遣いを面と向かって口にするだけでも身構えてしまう。
ディアッカ相手に、素直にべったり甘えられる人物がいるなら。
それは、自分とは生涯相容れない、光年単位でかけ離れた価値観の持ち主だろう。
×××××
イザークは独り、アークエンジェルの展望室にたたずみ、外の景色を見るともなしに眺めていた。
「――!」
すっと背後の空気を揺らした物音に、反射的に振り向くが。
姿を現したのは、おぼろげに想い起こしていた面影とは似ても似つかぬ、黒と金に彩られた長身の影で。
「あー、俺が先に見つけちまったか。またシホに睨まれるなぁ」
扉を潜ったところで足を止め、さして困っているふうでもなく肩をすくめる。
「なんだ?」
「おまえのこと、探しに行ったんだよ。いつアークエンジェルを発つのか、確認しときたいってさ」
「……そうか」
そろそろ就寝時刻だろうと思ってはいたが――ならば眠る前に、声をかけておかねばならないだろう。
「なんか、おもしろいモンでもあったー?」
「いや、プランクトンの死骸しか見えん」
ガラス越しに広がる青のグラデーションに視線を戻して、イザークは首を振った。
澄んだ瑠璃色は、まるで蒼穹のように果てなく。ふわりふわり不規則に、凪いだ海中を舞う白い粒子は、さしずめ雪か花びらといった風情だが。
「おまえ、もうちょっとさあ……詩的に “マリンスノー” って言えよ」
中途半端に距離を置いたまま、ディアッカは文句をつけてきた。こいつ相手に語る浪漫など、どこの誰が持ち合わせているものか。
「水の結晶なら、スヴェルドで嫌というほど見た。俺にはどちらも、ただの自然現象としか思えん」
人間の矮小さが浮き彫りにされそうな、幻想的な光景の中に在っても。
「――帰りたがっていたからな」
ヴェサリウスの片隅で、絶えず怯えていた赤毛の少女は。
クルーゼ隊の一員だった、最後までラウの真意を見抜けなかった自分を、恨む理由など掃いて捨てるほどあるだろうに。
「戻りたい、会いたいと言って……泣いていた」
日常を破壊され、父親を殺されて、核の運び手として “仮面の男” に拾われ。
放り出された戦闘宙域で、辛うじて “ドミニオン” に保護されたのも束の間――ヤキン・ドゥーエで “プロヴィデンス” の一射に焼かれて、死んだと聞いた。
かつての上官が、ただ利用する為だけに彼女を傍に置いた、一片の感情も無かったとは……なぜか今も断じられずにいる、けれど。
「魂というものが、実在するなら」
とうの昔に肉体を失っても、痛むのであれば。
今はもう宇宙の塵と化した蒼い艦内で、幾度かすれ違ったときには、ただ鬱陶しいナチュラルの女としか感じず――ろくに言葉を交わしたこともなく、顔さえ覚えていない。ただ薔薇のような紅を、微かな記憶に留めているだけの己にも。
「……ここに居れば、幻くらい見えるかと思ったんだがな」
主語をごっそり省いた独り言の、意味するところが伝わったのかどうか。
「とりあえず俺も、幽霊の類は見えねーけどな……お互い鈍すぎるんでなきゃ、そいつには、化けて出るほどの用が無いんだろ」
ぶらぶら近寄ってきてイザークの横に立ち、深海を映すガラスに顔を近づけた、ディアッカは眩しげに眉を顰めながら言う。
「どっちにしろ、生きてる俺たちにはやることがあって、寝惚けてる場合じゃねえからな」
「フン、それは貴様の方だろう」
ミリアリアとの再会が、どういう結果になったにせよ。
「俺は忙しいんだ。母上を待たせているうえ、補給の為に丸一日ロスしている――明朝、五時には発つぞ。こんなところをうろついてないで、さっさと部屋に戻れ」
「へいへい」
わざとらしく天井を仰いで、ディアッカは展望室から出て行った。
「…………」
イザークは、感傷めいた想いを振り払い、前方の暗がりを見据える。
ゆるやかに自動ドアが閉まり――再び無人となった空間を、青の寂光が柔らかに照らし続けていた。
ディア&シホの共通点といえば、イザーク大好きってとこだけで、あとは地味に張り合っていると良いです。そして管理人の趣味により、ひっそりフレイ&トール追悼。TV本編で、イザフレ見たかった……。