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■ 雪降る海の、夜明け前 〔1〕


 私室へ駆け戻り、ミリアリアはPCの電源を入れた。
 新着メールがいくつか届いていたが、コダックからのものは無い――さすがに、まだモルゲンレーテへは到着していないか。

 ああ、本当に冗談じゃない。
 確かにアークエンジェルは、動かなければそう簡単に発見されないだろう。
 ラクスを殺そうとした人間がプラントの何処にいるかも判らないのに、ザフトに属しているディアッカやアスランの方が、ずっと危うい位置にいるんじゃないか……!
(調べてみる、なんて安請け合いしないでよね!)
 キーボードに齧りつくようにして暗証番号を入力、ターミナルのデータベースと睨み合いながら、未読の記事を片っ端から漁っていく。この際 “アッシュ” との共通項は無くとも、オーブ近郊及びザフト基地周辺における不審機の目撃情報から写真まで、徹底的に目を通すつもりだった。

 デュランダル議長の真意がどうあれ、プラントは、地球側が攻めて来るから自衛権を行使する、独立を望む地域の求めに応じて支援するというんだから。
 オーブは、同盟国からの要請が無ければ、積極的に海外派兵することもないんだから。
 大西洋連邦もしくは連合軍の勢いを一時的にでも削げれば、流れが変わって停戦協議の運びとなるかもしれないけれど――それが叶わないなら、せめて身近な問題から。
(……あれ?)
 スクロールを続けていたミリアリアの手が、ふっと止まる。

 ログイン後のトップページには、【新着情報】 【トピックス】 【検索】 【メールボックス】 【資料】などの他に、ターミナルが管理する巨大掲示板のスレッド一覧が表示されている。
 その最上段に初めて目にするタイトルがあり、他と比べて返信数が桁違いに伸びていた。
 これは、直に会うなり固有アドレスを教えて情報交換をする前段階――ジャーナリスト同士が腹の探り合い、と言うと聞こえが悪いが、匿名でやり取りをするものだ。もちろん中には誇大表現やガセネタが混じっている――とはいえ、利用するのはターミナル所属者ばかりだから、一般の掲示板より信憑性の高い投稿記事が揃っている。数日後の報道ニュースや、新聞の一面記事を予想する材料としては充分なものだ。
 コダックに従って取材するばかりだった、これまでは、あまり利用したことも無かったのだが。さすがに気を惹かれて、タイトルをクリックする。
 表示されたページの冒頭には、こう記されていた。


【 ロドニアとスヴェルド】

 表題の地名に思うところあって、このスレッドをご覧になっている方には、おそらく詳細を語る必要は無いでしょう。
 また、多忙な日々の合間を縫って目を通してくださっている報道関係者の皆様へは、厚くお礼申し上げます。

 ロドニア、並びにスヴェルド。
 どちらも地球連合軍が極秘裏に “製造” を続けている生体CPU、エクステンデッド研究施設の名称です。
 ザフト軍艦ミネルバ、また連合の非道に憤る同業者によって明らかにされた惨状を、伝える資料の数々をすでに目にされた方も多くいらっしゃるでしょう。
 このような施設は未だ各地に存在し、同胞の子供たちを人体実験の材料、戦争の道具として使い捨てている。コーディネイターとナチュラルが争い続ける原因とも言うべき、遺伝子操作の是非を抜きにしても看過できぬ問題と、私は捉えます。
 “入所” の果てに “廃棄” された子供たちの姿、その記録が、寝ても覚めても脳裏に焼きついたまま離れません。
 いったい、物心つくか付かないかの幼子を、どこから連れて来たのでしょう? スラム街? 戦災孤児? まさか、人身売買組織と癒着しているとでも?
 我が子を攫われた母は、今も帰りを待ち侘び、探し続けているでしょう。
 我が子を残して逝かねばならなかった父の魂は、死してなお地上に縛り付けられているのでしょうか?

 私は、己のジャーナリスト生命を賭しても、一連の施設・研究を放棄させ、本来守られるべき子供たちを保護したいと考えています。
 ご意見・関連する情報等ございましたら、ぜひお寄せいただければと存じます。

                                                               【スレ主 : M 】


(動く……の、かな?)

 不安と期待が混在する、ざわざわ落ち着かない感覚。
 まだ社会の裏事情など考えてもみなかった、学生時代――漠然と抱いた疑問がある。
 汚職、不正、さらには殺人――単なるゴシップに終わらない連日報道、紙面を見開きで埋め尽くす大ニュースの当事者は、ほとんどがまず 『事実無根だ』 と反論する。揉み消せると思ったか、罪悪感が希薄なのかは定かでないが、とにかく 『やっていない、濡れ衣だ』 と主張する。ときには、本当に誤認逮捕ではと首をひねりたくなるケースもあった。
 ところがメディア側は矛盾を突き上げ、証言者が現れて、警察機関までが捜査に乗り出す。まるで連鎖反応を起こしたかのように、各地で類似事件の摘発が相次ぐ。
 追い詰められた “容疑者” は自白を始め、もしくは 『部下が勝手にやった』 と逃げの姿勢に入り、ちぐはぐな受け応えに終始して精神鑑定の必要性が云々……と、識者によって議論が交わされたりもする訳だが。
 この業界で働くようになって自ずと知れた。
 ターミナル関係者に限らず、己の力量を弁えたジャーナリストは、機を窺う。逸る心を抑え、そうせざるを得ないのだ。

 生半可な覚悟では破れない、権力や暴力を固めた鎧に。
 先走り小石をぶつけるような真似をしては、掴んだ情報ごと叩き潰されてしまう。実際に、そうして破滅の途をたどった同業者を、少なからず目にして来たからこそ。
 相手が “大物” であるほど、スクープを狙うライバル意識を越え、逃れる隙を与えぬ包囲網を敷くため連携する。
 世論が追い風となってくれるよう――強者の横暴を目の当たりにしながら、訴える場を持たず見つけられず、諦め沈黙してきた人々が溜め込んだ憤りを吐き出せるように。

 この “スレ主:M” たちが足場を固め、動くなら。
 遠からず、地球連合軍がらみで大騒ぎになるだろう。

 だが、エクステンデッドの子供たちに咎は無い、罪を負わせられないと人々が思えば――糾弾の矛先が、その上に立つ軍幹部に向いたら。一兵卒に非ず、アーモリーワン以降ずっと戦場で指揮を執ってきたという、“大佐” は。
 ……被害者と加害者、どちらに含まれる?
 倫理観も狂うほどに洗脳された、被験体だった痕跡が明らかなら、保護対象と見なされるかもしれないけれど。
 もしムウ・ラ・フラガと、ネオ・ロアノークの人格そのものに差異が無く――責任能力有り、と断じられた場合は?
(まさか、そんな筈ないわよね……)
 記憶を失っても、価値観や判断力が昔のままなら。
 二年前と変わらぬどころか強硬さを増した連合軍のやり方、命令に、諾々と従っている訳がない。ただ仕事だからと――無為に戦火を拡げている、なんてこと。

 暗い方へ傾きがちな想像を打ち消して、傍らのディスクを手に取る。
 ダウンロードした “ファントムペイン” の戦闘記録だが、モビルスーツ入り乱れる映像と睨み合ったところで、どこに彼がいるか居ないのかまるで分からなかった。そもそも同一人物であることの立証など、ネオ・ロアノークを捕まえて遺伝子検査でもしない限り不可能だろう。
 考え事が多過ぎてもう、なにから手を付ければ良いやら。
「うぅ……ん……」
 腕を反らして背伸びすると、全身にびりびり神経が逆流するような感覚が奔った。特に後頭部がひどい。
「――痛〜、いたたたた」
 こめかみや頭部をほぐし、ぶつぶつ言いながら両の肩揉み。
 もし今から美容室に行って、シャンプーついでに頭をわしわしやられたら、3秒と経たず熟睡しちゃいそうだ。
 全身マッサージなんて、もっと……ああ、天使湯に入って来ようか。さすがにマッサージチェアは置かれてないけど、気分転換したら寝付けるかもしれないし。バスグッズ用の小物入れは、どこにやったっけ?

 ベッドに散らした書類の合間をごそごそ漁ったミリアリアは、ふと動きを止めた。
 こつんと指先に触れた、ブルーのプラスチックファイルは。
 ずっと持ち歩いていた7冊のうち、仕事の合間や休暇中に撮った、私物ばかりを収めているもので。
「あーっ、そうだった!」
 水色の封筒を、あたふたと引っぱり出す。
 逆さに開いた中から、手のひらに落ちた二枚の写真は。それぞれ晴天の太陽とマリンブルーを背景に、若葉も鮮やかな大樹の根元――片方には、青と白。

 もう一枚には、黒の金属片。
 機会があればディアッカに預けようと考えていた、失われた島の。

 次々と不測の事態に見舞われ、すっかり失念していた……けど良かった、彼らの滞在中に思い出せて。
「〜って、行きたくないぃ!」
 よりによって、どうして二度も啖呵を切って飛びだした後になって気づくのよ? 頼みにくいじゃない!
 ぐったりベッドに突っ伏して、ミリアリアは、いや待てよと顔を上げた。
 なにもディアッカに拘らず、同じ隊だったイザークに託したっていいじゃないか。他に、手紙を付けて目立つように、機体の足元なんかに置いとく手もあるわよね、うんうん。

 スカイグラスパーの欠片を映した写真を、ファイルに戻しながら見つめ、ぼんやり思う。
 仮にトールが、少佐みたいに生きていたら? 私は、どうするだろう。


 ……分からない。


 物思いに耽っていると、低音量で内線コールが鳴った。発信元は――格納庫? こんな夜更けになんだろう。
「はい?」
「ああ、嬢ちゃん! よかった〜、起きてたか……」
「どうしたんですか、マードックさん?」
 訝るミリアリアに、ディスプレイに顔を出した整備士は苦りきった調子で告げた。
「それがディアッカの奴な、もう帰るんだと。朝飯くらい食ってけって止めたんだが、連れの二人も長居してる暇は無いって聞きゃしねえ」
「ええっ!?」
 耳を疑い、思わず仰いだ時計の針は、まだ午前四時を回ったばかりだ。
 帰る? こんな時間に?
「寝てる連中まで呼び出すのは、どうかと思ったけどよ。知らない仲じゃねえんだし、挨拶ナシってのも味気ないだろう? 機体の微調整終わらせたら出ちまうらしいから、見送り」
「ま、待ってくださいハッチ開けないで! すぐに行きますッ」
 確かに、早くプラントに戻れとは言った。
 その方が良いんだと思ったけど――着艦から1日と経たず発ってしまうなんて、聞いてない!

 渡す方の一枚を差し入れた、水色の封筒を手に、ミリアリアは格納庫めがけ全速力で走っていった。



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たまには、追いかける側が逆転するのも一興かと。1ページにまとめる予定の話が、また前後に伸びました。こうして際限なく長編となっていく、当方SS……。