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■ ゆりかご


 ネズミ捕りに引っ掛からない限界速度で走り続けるトラックの、荷台にて。
「そのとおり、任務完了しました! このままじゃ埒が明かないってウィスナーを引き込んだときは、正直不安だったけど――結果オーライってヤツ?」
 モニカはさっきから、ケータイに向かって延々しゃべり続けていた。

(それは、こっちの台詞だ……)

 ウィスナーは、事の始まりをぼんやり回想する。
 勤めていた大学病院に、 ブルーコスモス幹部が 『手を貸してほしい』 と訪ねて来た日。
 詳細を知らされていれば即座に突っぱねたろうが、百聞は一見に如かずと案内されたスヴェルドで、ラボの内情に直面しては考えも変わる。
 せいぜい所長候補の待遇を活用して、機密データも洗い浚い世間に公表してやろうと、おとなしく “コーディネイター嫌いの狂科学者” を演じていたところに接触してきた女が、研究員として潜り込んでいたモニカだった。

「まあ、誰も死なずに済んだんだから上出来よね」
 プラント側から寄こされた青年たちの腕か、ジャーナリストの組織力か――なんにせよ運が良かったんだろう。
「って……なに、それ? たまには労ってよ、ゲン兄さんッ!」
 わざとらしく憐れっぽく訴えるモニカを、相手は鼻であしらっているようだ。
「わーかってるわよ、きっちり安全な場所に移動するまで油断しません。ハイハイハイ」
 じゃあまたね、と通話を切り、

「んもう、偏屈石頭!」

 拗ねた態度でケータイを睨んだ彼女は、八つ当たりの勢いで言い放つ。
「夜明け前には、話を通してる病院に着くから。それまでに治療マニュアルまとめといてよ、ウィスナー! ミネルバに捕まってる子、かなり衰弱が進んでるらしいし――あんたのサポートに揃えたスタッフだって、強化云々に関しては素人なんだから」
「……リノルタ」
 頼まれずとも、治療には全力を尽くすつもりだが。
「ステラ・ルーシェの身柄だけどね。エルスマン教授の手元に保護させるって話は、すべてにおいて現議長がシロだという前提でのことか?」
「まさか! あんた、か弱い民間人のあたしたちが、なんでこんな荒事に首突っ込んでると思ってんの。胡散臭いと踏んだから調べてるんでしょ」
(どこの誰が、か弱いって……?)
 元女スパイのコーディネイターを前にして、ウィスナーは心底疑問を抱いたが、もちろん面には出さなかった。
「いくら世界規模のネットワークがあったって、移動中のザフト軍艦から、捕虜を連れ出す方法なんて無いわ。あっちが研究施設を募るっていうんだから、フェブラリウス最大の総合病院に名乗りを上げてもらった方が早いじゃない」
「それで? デュランダルが、むざむざ外部の人間に研究権を渡すと思うのか」
「捕まえて今まで殺さずに、延命措置を続けているのは、理由はともかく彼女を生かしておきたいからでしょう?」
 モニカは、むっと眉をひそめた。
「実際に、そういう通達が出されてるんだもの。不足してる人材や設備を、民間企業に求めちゃおかしいの?」
 目的が言葉どおりなら、かまわない。けれど、
「狙いが違っていたら? 評議会の意向に従うか、それとも反発を示すか――プラン導入の手足となるべき者を見極めるため、餌を撒いただけだとしたら」
「冗談でしょ、そこまでする?」
「さあね。ただ……彼が以前、学会の重鎮たちによって、デスティニープランを真っ向から否定されたことは事実だ」
「あんたが居合わせたっていう、コロニーメンデルで?」

 記憶は、数年前に遡る。
 表向きには、相互理解がなんたらと銘打った医学界のシンポジウム。
 扉を開けてみれば、ナチュラル VS コーディネイターの技術自慢大会が催されていた、人工の大地で――ひときわ異彩を放っていた、二人の男を覚えている。

「平静を装ってはいたけどね。あのとき持論にケチつけた教授陣まとめて、障害と見なしていると思うよ」
 特に “権威” の象徴だった、タッド・エルスマンは。
「もし旧評議会メンバーが、すでに第一線から退いた身で、現プラント政府から歯牙にもかけられていないと考えているなら。少し、認識を改めた方がいい」
「だけどあの人たち、政府の内情がさっぱり掴めないからって、ターミナルの情報提供に乗ったのよ? 思いっきり部外者みたいなんだけど」
「警戒しているからこそ蚊帳の外へ追いやって、刺激せずに済まそうって考え方もあるさ」
 無視、イコール無関心とは限らない。
「僕なら厄介事は避けるね。せめて、プラン導入の土台が整うまでは」
「じゃあ……ステラって子は、これから」
「プラント本国に送り届けられるまで、生き長らえたとして――手厚い看護を受けられるか、プラン導入の布石として利用され続けるか、それもデュランダルの意図次第だろうな」

 後者の場合。
 精神操作のメカニズムが解明されてしまえば、彼女は捕虜としての価値を失う。
 ザフトが勝利を収めた時点で、連合の犠牲になった哀れな少女として、プロパガンダに利用される道も途絶える。
 そしてマッドサイエンティストと呼ばれる人種は、往々にして、使えなくなったモルモットに関心など払わない。

「ゆりかごから離れては、生きられないんだ。エクステンデッドは」

 けっして連合に牙を剥かず、戦場から逃げ出さぬよう。
 万一、敵軍に囚われたとしても、与えた “力” を利用されることなく死に至るよう。処置が一定の段階まで進んでから、完成体として戦場へ送られる。

「スヴェルドが潰れて、数ヶ月は生産ラインも滞るだろう――といってもラボは、まだ各地にある」

 強化人間の実戦配備は、さらに進むはずだ。
 情勢が不利に傾きつつあるからこそ、物量に物を言わせ、コーディネイターを叩きのめす為に。

「治療マニュアルはまとめるし、使い途も任せるけど。戦争を止めるどころかターミナルの関与を知られて、国家権力を敵に回すようなヘマはしないでくれよ」
「分かってるわよ」
 憂鬱そうな応えが返ったタイミングで、また鳴り渡る着信音。
「はい? どうかし……」
 さっと通話に出た、モニカの顔色がみるみる褪せて。
「――連合側が、もう動き出したですってえ!?」
 ケータイを耳に押し当てたまま、ぎょっとするウィスナーの眼前を突っ切った彼女が、荷台後方の扉を押し開けた、途端。


 容赦ない粉雪混じりの夜風が吹きつけた。


 乱れるブロンドを片手で押さえたモニカは、隙間から上半身だけ乗り出して、研究施設の方角を見やる。
「うっ、わ!?」
 たった今、報されたとおり。スヴェルドの空には、天をも焦がせとばかりに揺らめく火柱が上がっていた。
 闇夜を照らす炎は、紅蓮のオーロラめいて。

「これは、また。見事に燃えてるね」
「呑気なこと言ってんじゃないわよ! ……どうなってんの? 異常に気づいて最寄の基地から駆けつけたにしたって、いくらなんでも早すぎるわ」
「少し、落ち着きなよ。関係者が様子を確かめに来たなら、いきなり施設を焼き払ったりはしないだろう」
「え? それじゃ」
「 “彼ら” が、暴れてるんだろうね」
 ウィスナーは切れ長の眼を細め、ふっと微笑した。
「――って、連合軍が飛んで来ちゃうことに変わりないじゃないの」
「どのみち、そろそろ仕掛けておいたダミー映像が切れる頃だ。監視員にバレるのも時間の問題だったろう」

 パイロットの青年たちを思い返す。
 務めて冷静な行動を取ってはいたが、スヴェルドで見聞きしたものすべて、相当腹に据えかねているようだった。
 連合が爆薬持参で乗り込んできたと考えるより、ウィスナーの見解が妥当ではある。

「まあ、このまま逃げ切れたら、むしろ状況はこっちに有利だけど……」

 施設自体が焼き払われてしまえば、なにを持ち去ったか区別もつくまい。
 ロドニアと同様に “処分” される矢先だったと――所長に告げたことを事実と解した研究員たちが、身の危険を感じ、雲隠れしてくれれば良し。たとえ彼らが話を信じず、連合軍に泣きついたとしても、
『十数人そこらの、コーディネイターを含むグループの仕業。手引きしたスパイは、リノルタとウィスナー』
 目撃証言から得られる犯人像は、たかが知れている。
 動ける人間が何十人といたにも関わらず、最低限に絞った突入要員。さらに、顔や名字もしっかり偽っていた自分。よほど運が悪くない限り、ターミナルに行き着かれはしないだろうが。

「……大丈夫なのかしら? 帰りの燃料とか」 
「素人じゃないんだ、復路分くらい確保してるだろう」

 黒雲を薙ぐ、赤。
 熱を和らげるように、舞い落ちる白。
 眼前の情景を、ぼうっと言葉も無く見つめながら、モニカは考える。

(熱かったり、苦しかったりするのかしらね――死んでいても)

 爆炎に、呑み込まれる瞬間は?
 それでも自分なら、誰にも悼まれず物扱いされるくらいなら、灼かれて大地に還ることを望むだろうけれど。


「ドクター……?」


 不意に背後から聞こえた、幼く頼りない声に、びくっと振り返れば。
「ここ、寒い」
 子供たちの一人――もぞもぞと起きだした少女が、浅葱の瞳をこすりながら、不服そうに唇を尖らせている。
「え、う」
 彼らの睡眠パターンからして、病院に落ち着くまで、数時間は熟睡してくれているはずだったのに。
(……って、もしかして。あたしが騒ぎすぎたから起きちゃったの!?)
 あたふたと、縋る視線を向けられた、
「ああ、ごめんごめん。風が冷たいね、今夜は――」
 ウィスナーは苦笑しつつ少女の隣に腰を下ろすと、着ていた白衣を掛けてやった。
 華奢な体をすっぽり覆う布に、満足そうにくるまった、眠たげな浅葱が半開きの扉に留まり。ぼうっと首をかしげる。
「どこか行くの?」
「えー、あー。そう、かもね」
 ごまかし笑いを浮かべつつ、モニカは、ぎぎぎと扉を閉めた。
 寒いわ火事だわ。これ以上の刺激を与えては、いよいよマズイ。
「みんなで行くの? 戦争?」
 すぐ傍で雑魚寝している仲間たちを見とめ、ウィスナーを仰いだ少女が、嬉しそうに問いかける。
「そうだね――世界で一番厄介な敵と、戦うための訓練だ。朝が来たら」
 彼女らの身に潜む毒を、誰より理解しているであろう男は、ゆっくりと囁いた。
「まだ夜だから、もう少し眠っているといいよ」
「うんっ」
 頭を撫でられた少女が、安心したように目を閉じる様は、町で見かける平凡な子供となんら変わらぬように思えた。

「……戦争、かぁ」

 モニカは、やるせなく嘆息する。
 おもしろい遊びが待っているとでも言うように瞳を輝かせた、少女は無垢で幸せそうで――いや、実際そうなんだろう。
 敵を殺すためだけに育てられ、疑うことも、迷うことさえ知らぬ子供たちは。
 殺し合いの戦争を、楽しいゲームと信じているのだ。

「十年後、この子たちは……連合を恨むかしら? それとも、あたしたちを憎むのかしらね」

 彼女らの境遇を不幸だと、子供の尊厳を踏み躙るものと決めつけ、連れ出した。それもまた主観の押しつけに過ぎない。
 医学分野に疎くとも、薬物中毒の治療が一筋縄ではいかないことくらい分かる。
 造られた “幸福” から切り離したうえ、行き場の無い破壊衝動や、捻じ曲げられた恐怖と、戦うことを強いようというのだから。

「現に、飢えて、死にそうで、居場所が無くて――そういう人にしてみたら、デスティニープランを阻止しようとしている、あたしたち完全に悪者かな」
 もし一生、敷かれたレールの上を歩くのだとしても。
「箱庭に閉じ込められたって、苦しまずに済むならかまわないって、そう思う人もきっといるのにね」
 今はなにも分からず、眠り続ける子供たちに。
 そう遠くない未来に 『余計なことを』 と、敵意に満ちた眼でなじられる日が来るだろうか。

「……人は世界のために生きるのではない」

 ウィスナーが、急にきっぱりした口調で言い、ぼやいていたモニカは意表を突かれて顔を上げた。

「人が生きる場所、それが世界だ」
「なあに? ずいぶんカッコイイこと言うのね」
 笑いながら混ぜっ返すと、男は穏やかな表情で、僕じゃないよと首を振った。
「昔、通りすがった人間の受け売りさ」
 けっこう耳に痛かったな、と懐かしそうに。
「どんなふうに生きるも、それぞれ好きにすればいいんだ――他人の庭に土足で踏み込まない限りはね。多様性がぶつかって、流血沙汰に発展しないよう仲裁するのが 『政府』 ってヤツの仕事だろう? 面倒だからって、一切合財まとめて枠に嵌め込まれちゃ堪ったモンじゃない」
 それはもちろん、モニカとて願い下げだ。
「なにが幸せかを決めるのは、この子たち自身の心だ。まずは、外の世界を見せなきゃ始まらない……逆戻りを阻止しようっていうんだろう、ターミナルは?」
「そうよ」
 スヴェルド襲撃は一応の成功を収めたが、まだ、なにひとつ解決していない。正念場は、ここからだ。

「――お手並み拝見しますよ」

 眠る子供たちに視線を落としたまま、ウィスナーは、挑発的な笑みを浮かべた。



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エルスマン父から見たデュランダル議長と、また立場が違う人間から見た、両者の関係。
当事者より、赤の他人の方が冷静に分析することもある……かもしれません。