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■ 慟哭の空 〔1〕


 三勢力が入り乱れたクレタ沖の戦いに、決着も曖昧なまま終止符が打たれ――潜水して戦闘空域を逃れたアークエンジェル艦内、ブリッジ。

 正面モニターに映る景色は、どこか都心の “中継点” と思われるPCブースで。
「ゲンさーん……」
 画面奥には、通話相手に気圧されタジタジとなっているフジの姿があり。
「お願いだから代わってくださいよー。僕じゃ、モニカは手に負えませんよぉ」
〔ちょっと、聞いてんの。フジ!?〕
 スピーカー越しにハスキーな女性の、容赦ない糾弾がこだました。
〔アークエンジェルが、なんでまたミネルバ相手の戦闘に介入してんのよ! 先回りして、オーブ軍と話つけに行ったんじゃなかったの? ジブラルタルへ着く前にこんな足止め食らってちゃ、艦は沈まなくても捕虜の子の身体が持たないじゃない!〕
「いや、それが間に合わなかったらしいんだよね。衝突避けられない可能性も、やっぱりあったわけで――」
 及び腰で応じるフジに、相手はますます語気を荒げる。
〔だからって、どうして両軍にケンカ吹っかける訳ぇ? 連合とザフトだけじゃなくて、オーブまで敵に回すつもり? 正気の沙汰? ニュース見た国民が、どういう反応してるか知ってんの!?〕
「それは、その……」
〔もう、あんたじゃ話にならないわ。兄さん出してよ! いるんでしょ、近くに!〕
 音声のみで通信をかけているモニカは、彼らが今まさに、当事者に真偽を問い質している最中だとは気づかずにいるようだった。
「…………」
 洗い浚い話し終え、師の反応を待っているところだったミリアリアを含む、クルーたちが直立不動で息を詰める中。

「ギャンギャンやかましい、こっちにだってイレギュラーなんだ! 落ち着いたら連絡するから、おまえは一眠りしてメシ食ってから医者の手伝いでもしてろ!」

 青筋をひくつかせ、フジを押し退けたコダックは、女性との通話を打ち切るとそのまま頭を抱え――デスクに両肘を突いて、低く唸りながら動かない。
「あの……」
「馬鹿か、あんたらはッ!?」
 いたたまれず話しかけようとしたミリアリアの声は、怒号に掻き消された。
「先回り出来んかったことは、ワシらがどうこう言えた義理じゃない。情報がもう少し早く入ってりゃ、なんとかなったかもしれん。だがな――おっぱじまっとるのが分かった時点で、なんでアスハの娘を連れて退かなかった!?」
 操舵士であるノイマンは、無言で表情を強ばらせ。
「いや、それは彼女が戦闘空域に突っ込んで行って……」
「あんたらがそれを諌めるどころか、一緒になって暴れ回った理由を訊いとるんだ!」
 びくびくと補足を試みるも一喝されたチャンドラが、首を縮めて押し黙る。
「特にそこ、フリーダム! キラ・ヤマト」
 答える者がいないと見るや、コダックは、名指しした相手を睨み据えた。
「オーブ側に有利だった戦況をひっくり返し、カオスとセイバーぶった斬って、余計に事をややこしくしやがって――いったい、なんのつもりだ」
「……止めたかったんです、戦闘を」
 沈鬱な面持ちで、キラが答える。
「カガリが守ろうとしているものを、守りたかったから……」
「あんた、アスラン・ザラの話ぜんぶ聞き流していたんじゃあるまいな。ダーダネルスで背を向けられた理由を、少しは掘り下げて考えたのか?」
 けれど詰問の厳しさは和らぐどころか、怒気をはらんで爆発した。
「命令が撤回されん限り、武力放棄して国に戻ることなんざ叶わねえんだよ、軍人は! 戦いたくなかろうと、あんたらに半殺しにされようとな――連合に首根っこ掴まれて、すでに抜き差しならん状況に陥っとるオーブ軍がいまさら、公の場から離れたアスハの呼びかけに応じて敵前逃亡するとでも思ったか! ああ!?」
 老カメラマンの剣幕に、クルー全員がひっと竦み上がり。
「で、ですが……なにもしないで見過ごすわけには」
 おずおずと口を挟んだマリューを、底冷えするような眼で睨めつけた、
「ただオーブ軍の指揮系統を混乱させるだけと知りながら、すでに失敗した説得を繰り返す? とんだ自己満足だな」
 コダックが手元のコンピュータを弄ると、画面はニュースの中継映像――見知らぬ人々の姿に切り替わる。


〔ユウナ様の御判断は正しかったんだ! あれがアークエンジェルやフリーダムであるはずがない、偽者だッ〕
〔そうだそうだ、本物の “オーブの守護神” なら、ムラサメ隊を撃ったりするもんか!〕
 サラリーマン風の男たちが、苦々しく吐き捨て。

〔共に介入してきた “ストライクルージュ” については、どう思われますか? ムラサメ数機が、あのモビルスーツをザフト機から庇う様子が見受けられましたが……〕
 続いて、オーブ本土の繁華街。リポーターが向けたマイクに、
〔それも敵の策略よ!〕
〔いいや、カガリ様は、おそらくテロリストに脅されていらっしゃるんじゃ! 誘拐犯どもをひっ捕らえて、お救いせねばならん!〕
 買い物袋をさげた婦人と、連れの老人が勢い込んで主張した。

 さらに、どこか閑静な住宅街の、門扉前。
 輪を作る報道陣――ぱしゃぱしゃとフラッシュがたかれる、シャッターを切る音。
〔あれがフリーダムだって言うなら、どうして父さんの艦を守ってくれなかったの!? なんで、ザフト艦の援護なんかするのよ!〕
 母親らしい女性に抱きしめられた少女が、黒髪を振り乱し泣きじゃくっている。
〔無事に帰ってくるんだ、もう大丈夫なんだって思ったのに……あいつらが割り込んできたせいで、オーブ軍は、父さんは〕
 呆然とモニターに見入っていた、キラの顔がみるみる青褪め、
〔返してよ、父さんを返してよぉッ!!〕
 華奢な少女の叩きつけるような金切り声が、アークエンジェルクルーの鼓膜を劈いた。


「これが一般市民の反応だ――ムラサメ隊長機のライフルは、敵艦のブリッジを捉えていたんだからな」
 なんの横槍も入らなければ。
 連合とオーブ艦隊に挟み撃ちされたミネルバが、エーゲ海に沈んで終わっただろう。
「それが正しい結果とは言わん。オーブ軍が、国家元首に足止め食らっている間に、あの艦がクレタをすり抜けて行ってくれれば……その間に打つ手を講じられりゃ良かったんだが」

 ムラサメ隊、特攻死。旗艦タケミカズチを含む、オーブ艦隊壊滅――連合機アビス、シグナルロスト。カオス中破、ミネルバ機、セイバー、ザクウォーリア大破、ブレイズザクファントム中破。
 羅列された、クレタ沖戦の結末。
 渦中に身を置きながら、戦闘停止の時点でミリアリアが把握していた事柄は、半分にも満たなかった。
 インカムを通して聞こえた口論、絶叫、慟哭……集中力を掻き乱すそれらに、ブランクを挟んだCIC管制の手元が狂わないよう務めるだけで精一杯で。

「“カガリが守ろうとしているもの” とやらの、なにを守ったって言うんだ? 生きて戻れたはずの人間を、大勢死に追いやっただけだろうが! 直に撃たなけりゃ手が汚れんと、恨まれずに済むとでも思うのか!?」
 コダックは、だんっとデスクを殴りつけた。
「留まるべきか退くべきか、そんなことまでターミナルが指図してやらにゃならんわけか。その頭は飾りか? 元軍属の人間が、雁首そろえて何やっとったんだ! カガリ・ユラの存在を大義名分にして、兵器を振り回すしか能が無いなら、死ぬまで海の底に潜っとれ!」
 沈黙するクルーたちの態度に業を煮やした、怒声の辛辣さがいっそう増す。
「師匠ッ!」
 ミリアリアは、たまらず声を上げて遮った。
 自分はまだ免疫があるからともかく、疲れ切った他のクルーたちに、これはあまりに――

「おまえも、どういうつもりだ」

 案の定というか、矛先はこちらに向いた。
「アークエンジェルに乗り込んだのは、喜び勇んで戦闘行為に加担するためか? こいつらが介入した結果がどうなるか、一度は “外” から見とったろうが!」
 期待された役割は、ターミナルとアークエンジェルを繋ぐこと。
「あれが最善の行動だったと、反論出来るならやってみろ。ターミナルの連中も聞きたがっとるわ」
 カメラを捨てず、ここに居ることを選んだからには。
 たとえ冷徹と思われようと、仲間意識を払い捨ててでも、ジャーナリストとしての視点を貫かなければならなかったのに。
「なんとかしなきゃって……気持ちばかり、先走って」
 肝心な局面で、衝動に流された。
 ずっと心の片隅にあった、かつての戦友と同じフィールドに立ちたいという想い。
「周りのこと、見えていませんでした」
 独立を認められた矢先に、いきなりこの有り様では―― “通行証” も剥奪だろうか。
「……ごめんなさい」
 弁明の余地などあるはずもなく、ミリアリアは、針の筵に置かれた気分で頭を下げる。

 ややあって、チッと舌打ちの音が聞こえ。

「アスラン・ザラが言ったとおり。オーブ政府の方針を変えたいと思うなら、アスハの娘は国に戻るべきで、現状打破には後ろ盾となる支持者が必要なんだぞ。ただでさえ悪かった立場を、これ以上危うくさせてどうする」
 怒鳴りたいのをムリヤリ抑えているような苦りきった調子で、コダックは深々と息をついた。
「ゲンさん……」
「なんじゃ」
 触らぬ神に祟り無しとばかりに逃げの姿勢を取っていたフジが、おそるおそる声をかける。
「あんまり怒ると、血圧上がりますよ」
「年長者を敬ってくれるんなら、モニカの相手はおまえがしとけ」
「うええええ?」
 露骨に嫌そうな顔をする男を放って、
「オーブを守ったのは、特攻していった軍人たちだ。国の為にと、命を散らしたムラサメ隊、タケミカズチ――国際社会が彼らに同情を寄せる限り、ザフトも連合も、オーブには今後おいそれと手を出せんだろう」
 コダックは、これが止めと言わんばかりの雷を落とした。
「次に同じことをやらかして、情勢を引っ掻き回してみろ。真正テロリストのレッテル貼って放り出すぞ! いいな!?」

 ブリッジは、しぃんと重く静まり返り。

「……僕たちは、今からオーブ本島へ行きます」
「切り崩せる線を探しにな。せいぜい、身内に伝わることを祈ってろ」
 フジに続いてデスクを立ち、背を向けかけた師は、
「ああ、言い忘れるところだった」
 思い出したように振り返り、ミリアリアに向かって告げた。
「機体をダルマにされて、海に落ちたアスラン・ザラだがな――ミネルバに回収されて、ほとんど怪我も無しに生きとるそうだ」
 はっと顔を上げたキラに、たいした腕だな、と半ば呆れ顔で言う。
「気休めくらいにしかならんだろうがな、カガリ・ユラ・アスハに伝えてやれ」

 そうしてモニター映像はぷつんと切れ、嵐が去った。



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ど叱られる、AAクルーの図。激怒するのが、師匠の役目。一般庶民の反応は、こんなものだと思いますよー。カガリは良いのです、ババ一尉がしっかり現実を伝えてくれたんで。