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■ 慟哭の空 〔2〕


 陽光に透ける、水の結晶がちらつく海。
 スヴェルドより数百km南に浮かぶ、孤島の岩陰――揃って気まずげな顔を波間へ向けた、イザークとシホは、

「連絡先ぐらい、聞いておくべきでした……」
「そうだな……」

 愚痴とも自責ともつかぬ、それでいて後悔の念は抜け落ちた語調で、ぽつりぽつり言葉を交わしていた。

「連中が乗り込んだ車が、どの方角に走り去ったか覚えているか?」
「ターミナルは……散り散りに、撤収していったように思います」
「俺もだ」
「探しようが、ありませんね」
「……無理だろうな」
 腹が減っては寝不足の頭もいよいよ回らないと、もそもそ遅い朝食を摂り続けている同僚を、横目にしながら。

(こいつら、わざとやったんじゃねえだろうな……?)

 先手を打って、俺の監視か? いや、シホはともかく、イザークにそんな芸当は無理か。
 とっくに食事を終えていたディアッカは、機体の脚部に背を預け、これからどうしたものだろうと空を仰いでいた。

 施設の破壊に熱くなるあまり、燃料を使い込んでしまったと。
 ジャンク屋なりなんなり軍とは無関係のルートで補給して戻るから、おまえらは、資料を乗せて先に帰れと。そう言って別行動をとり、アークエンジェルに接触を試みる。
 ネオ・ロアノークと呼ばれる人物について、伝えてやれれば良し――以前の連絡コードで繋がらなければ見切りをつけ、後はタッドたちが動くに任せよう。

 立てていた予定は、一瞬にしてぶち壊れた。
 自分が “隠れ蓑” にしようと考えていた事態を、同僚二名が、現実に引き起こしてしまっては。
 残量不足に陥るどころか巧妙に余裕を残していたディアッカが、予備パワーパックの燃料を分配しても――イザーク機、シホ機のエネルギーゲージは、どちらも大差無いイエローゾーン。残量を示すランプが、安全域のブルーから切り替わり数分経過したところで、ようやく我に返ったんだろう。
 薄情な自分と、彼らの気質差を、実感するのはこんなときだった。

 しかし、これでは――成層圏を抜けプラントへ向かうまでは良いが、市街地にたどり着く前にミラージュコロイドを使えなくなり、間違いなく守備隊の警戒網に引っ掛かる。

「……不明機で、カーペンタリアやジブラルタルへは乗り込めんからな」
「ザフトの認識票は……持っていても、使うわけにはいきませんよね」
「ああ。燃料は、民間企業から手に入れるしかない……が」
 イレギュラー発生時の保険として荷に加えられていた、アード紙幣の束を睨みつけ、イザークは嘆息した。
「ガソリンじゃあるまいし、街に出れば買えるという物でもないだろう」
「南アメリカに駐屯していた頃……軍用物資を扱うギルドの噂を、聞いたことはありますが」
 潮風になびいて乱れる髪もそのままに、シホが肩を落とす。
「どこへ行けば接触できるのか、分からなければ意味が無いですよね……すみません」
「おまえが謝るな」

 話し合いは、遅々として進まない。
 坊っちゃん育ちで世間知らずなイザークに、潔癖でマジメ一辺倒のシホ。
『移動中のトラブルに関しては各自で最善と思われる判断を』
 と言われても、臨機応変にやれる物事の種類には、かなり偏りがあるわけで。
 いつになれば彼らが結論を出し、どういう手段に踏み切るのか、ディアッカには皆目見当もつかなかった。
 どうあれ地球どころか世俗にも疎い両者を放って、アークエンジェルを探しに行くわけにはいかない。インチキ業者に引っ掛かりでもしたら、身包み剥がして売られるか、相手を返り討ちにして警察沙汰か――どっちにしろ非常にマズイことになる。

 ディアッカは、二人が会話に疲れた頃合を見計らい、告げた。
「……足がつかない “補給のアテ” なら、あるぜ」
「え?」
「どこで、どうすると言うんだ」
 驚きと不審が入り混じった反応を、軽く見返して、ラボから持ち出したデータディスクをひらひら振ってみせる。

「ザフトに盾突いてる不穏分子を、ちょっと牽制にな」

×××××


 シートにへたり込んだ当直のチャンドラを、その場に残して。
 気まずい沈黙から逃れるように、クルーたちは互いに目を合わさず、のろのろとブリッジを出て行った。

(どうしたらいいんだろ? これから……)

 ミリアリアは、途方に暮れつつ食堂に立ち寄り、紅茶のカップをふたつ手に取る。
 とにかくアスランの無事だけでも早く報せてあげないと――もう丸一日、飲まず食わずで部屋に閉じこもったままのカガリが、脱水症状を起こして倒れかねない。
 クレタ沖戦のニュース映像を思い返しながら、うつむき加減に歩いていくと、前方に人影があった。

「……あ」

 アーノルド・ノイマンだ。
 浮かぬ表情で窓辺に立っていた操舵士は、こちらの足音に気づいたらしく顔を上げ、苦笑した。
「どんな状況でも、喉は乾くな」
 彼もまた、ドリンクのカップを持っていた。うっすらコーヒーの香りがする。
「そう……ですね」
 曖昧に肯いたミリアリアは、気後れしつつ頭を下げた。
「あの、すみませんでした!」
「ん?」
「みんな疲れてるのに、師匠、言いたい放題で――心配してくれてるんだろうとは思うんですけど」
 ノイマンは、面食らった様子でミリアリアを見つめ返すと、
「君が謝ることじゃないだろう」
 困ったように笑い、碧の海底に視線をやった。
「それにしても容赦ない爺さんだな。返す言葉が無かったよ」
「でも、私たちと違って、ノイマンさんは気づいてたんですから……」

 クレタを前に、彼だけは懸念を口にしていた。
 すでに交戦状態にある艦隊をレーダーが捉えたとき。眉をひそめ、マリューに向かって言ったのだ。
『艦長、いったん退いた方が良くありませんか?』
 けれどクルーは誰も、その言葉が示唆する “先” を思い描くことなく、取り合おうとせず。
 戦闘を止めなければという勢いだけで突っ走った、結果、こんなふうに身動きが取れない状況に陥ってしまった――ターミナルから派遣された自分より、この人の方がよほど冷静ではないか。

「マズイんじゃないかと思っても、あっさり流されたんじゃあな。なにも気づかないよりタチが悪い」
 おそらく君の師匠もそう言うだろうと、ノイマンは深く息をついた。
「舵を握っていたのは俺だ。 “フリーダム” と “ルージュ” はともかく、アークエンジェルだけでも退かせようと思えばやれた」
 壁にもたれ、己の右手に眼を落として、
「情勢は膠着したまま、バルトフェルドの奴もプラントに発って。進路さえ定まらないなら、せめてルート選びは慎重にと、肝に銘じていたんだが……なかなか、バジルール中尉のようにはいかないな」
 微苦笑を浮かべると、やや歯切れ悪くミリアリアをうながす。
「なんにせよ、俺たちが相手じゃ彼女も話し辛いだろうし――ヤマトが行くと、今はまだ、どうしてもぎこちなくなるだろう。出来れば、ザラのことは、君から伝えてやってくれないか?」


 ノイマンに 「はい」 と返事をして、カガリの部屋へ向かいながら、考える。


『戦闘を止めたい、オーブを戦わせたくないと言うんなら、まず連合との条約からなんとかしろ。戦場に出てからじゃ遅いんだ!』

 ダーダネルスの海辺では、理不尽な糾弾にしか思えなかった、アスランの台詞が……ここへ来て、やけに身に沁みた。

 権勢にものを言わせて各国に同盟を押しつけ、開戦に踏み切ろうとする大西洋連邦の動きを警戒して、ザフト復帰を決意したんだろう――彼は。
 プラントに協力して連合軍の暴挙を阻止すれば、オーブへ及ぶ被害も防げるはずだった。
 ところが政府は、あっさり条約加盟を決定。
 カガリは結婚未遂のうえ、失踪。
 コーディネイター殲滅を目論む連合の一派として、ミネルバを撃ちに現れたオーブ軍。
 さらにアークエンジェルまでが、なんら先の算段を持たず、全軍へ刃を向けたとあっては……アスランが怒っても当たり前、だけど。
 “フリーダム” が、カガリを式場から連れ去ってくれたとき、快哉を叫んだ気持ちは今も譲れない。

『オーブに留まってどうにか出来るものなら、とっくにやっているっ!!』

 アスランに突き放され、泣いていた彼女は。
 なんとかしようと力を尽くしても叶わず、首長たちに背を向けられて、どうにもならなくなってしまったから此処にいるのだ。
 無条件に味方してくれるキラたちの存在は、カガリを、彼女の気持ちを救ってくれるだろうと思ったけど。
『カガリは今、泣いてるんだ!』
 キラはそう叫んで、アスランを撃ったけれど。

 ……やっぱりカガリは、今も泣いてる。
 死地へ追いやってしまった人々を、助けられなかったことを悔やんで。
 二人が戦ったという事実が辛くて、生死も定かでないアスランの身を案じて、泣き続けている。
 矛盾、矛盾――また矛盾。
 でも、それじゃあ? 必死に駆けずり回ってもどうにもならないなら、いったい誰が、どうすれば良かったんだろう。

(……なにもしないのが一番……なのかな)

 カガリの訴えを耳にして、ムラサメ隊は迷っているように感じられた。
 けれど、かつて “オーブの獅子” が中立を貫き、独立不可侵の技術大国と詠われていた頃でさえ、オノゴロは戦火に薙ぎ払われた。
 ウズミを含む、当時の閣僚たちは、地球連合軍が欲するマスドライバー施設を爆破。
 掲げた理念を焼きつけるように、炎に包まれて果てた。

 必然的に、政界のバランスは激変する。
 ウズミの同志だった首長数名が彼と共に逝き……生きて停戦を迎えた者たちも、発言力を削がれた。
 入れ替わるように、アスハと意を違える政治家が台頭。
 戦後処理の心労による病で倒れた、叔父ホムラに代わり、代表首長の地位に就いたカガリが行政府で孤立するのは、無理からぬ話だったと言えるだろう。

 独立性はおろか、軍事、経済――政府の求心力さえ 『二年前』 に遠く及ばぬ混迷の世に、民衆は、理念よりも “安全” を求め、セイランの政策を支持した。
 故郷にいる両親のことを思えば、ミリアリアとて、その方針に肯きたくなる部分はある。
 誰に強制された訳でもなく、そう思う。
 大西洋連邦の圧力を退ける術など持たぬ、平凡な一国民としては。

 それは “今” を守るための、確実な手段だから。
 未来に賭けようと、流れを覆すには、相応の “希望” を示さなければならないだろう。

(……どうやってよ?)

 思いつかない、分からない。
 ミリアリアは鬱屈とした気分のまま、士官室の扉の前に立った。


「入るわよ? カガリ」
 声をかけ、しばらく待ってみたが返事は無かった。

(寝てるの、かな――)

 ようやく眠れたなら、今はそっとしておきたいと思う。
 けれど、周りの音も耳に入らないほど意識が混濁しているとすれば、目を離している方が不安だ。
 鍵が掛かっていなかったので、ミリアリアは、ためらいつつも室内に足を踏み入れた。



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ノイマン氏が、他のクルーをどう呼んでいるのかいまいち分かりません。戦後、アークエンジェルクルーとは離れて暮らしていたようですし、名前を呼び捨てするほど親しくはなさそうな気もしますが……うーむ。