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■ デストロイ 〔2〕


〔キラ様!〕
 猛攻を仕掛けてくる “カオス” に、退路を塞がれていた “フリーダム” の元へ、まずムラサメ・イケヤ機が駆けつけ。
〔大丈夫だ、キラ。任せろっ〕
〔……分かった、頼む!〕
 不安を払拭するように、あえて明るく言葉を交わすと。キラは “デストロイ” 目掛けバーニアを噴かした。
 がむしゃらに追撃しようとする青緑の連合機は、 “ムラサメ” 三機が放つビームライフルに行く手を遮られ。

 それでも戦局好転には、ほど遠く。

 混戦した空域に、リフレクター搭載の巨大兵器が存在するとなれば、うかつに攻撃も出来ない。
「とんでもない化け物だな、これは」
「市街地じゃ、ローエングリンも撃てないし――」
 ノイマンたちが焦燥を濃くする中、マリューは、突破口を計るようにモニターを注視していた。
 核エネルギーを動力源とした “フリーダム” の火力は凄まじいが、敵機が放つ熱閃はそれさえ凌駕して嘗め尽くす。
 前大戦時よりキラが多用してきた、マルチロックオンシステムは、どちらかといえば多数を同時に相手取る戦法に向き――強靭なリフレクターを、中距離から貫通するほどの威力は無い。
 けれど接近戦に持ち込もうと試みても、まず “ウインダム” に阻まれ、さらに標的よりミサイルが撒き散らされる。
 逃げ遅れた住民の前に立ち、シールドを掲げた “ストライクルージュ” が市街に降りそそぐ流れ弾を食い止めるも、ごく限られた範囲のこと。
 飛び火を恐れてか、後方・空母脇へ控えた “ウインダム” 部隊が、いずれも白を基調にカラーリングされている中で、
(一機だけ、色違い……?)
 “フリーダム” を牽制して退かぬ赤紫を、ふと目で追ったミリアリアの、散漫な注意力を咎めるように点滅した、
「接近する熱源、四! これは――“インパルス” です」
 コンソールパネルが示すデータを読み上げる間に、空中合体を経てひとつに結集した熱紋は、一直線に “デストロイ” へ突っ込んでいく。
「さらに後方から “ミネルバ” !」
「……くっ」
 深紅に縁取られたグレーの艦影を見とめ、マリューが小さく呻いた。驟雨のごとく迫り来るミサイルを迎撃するも、数秒、閃光に動きを止められるキラ。
 他方、続けざま放たれるビームを見切ったように射線ギリギリかわし――誰も近づけなかった敵機の懐へ、凄まじいスピードで飛び込んだ “インパルス” は、すかさず胸部装甲をビームサーベルで斬り裂いていた。

「は、速い……!」

 ぐらりと傾ぐ巨大兵器、次いでスパークする爆音。
 アークエンジェルクルーが唖然と身を乗り出す間にも、再びビーム乱射をかわし間合いを狭めるが――飛来した “ウインダム” が体当たりを喰らわせ。反撃に出ると思われた “インパルス” は、それきり沈黙してしまう。
(なに、動力系統の異常?)
 どちらからともなく離れた、両機が慣性に流され空を漂うさまに、ミリアリアは眉をひそめた。
 様子がおかしい……パイロットが脳震盪でも起こしたか?

〔なにをやっている、的になりたいのか!?〕

 ずしんずしんと瓦礫を踏み砕き、接近する “デストロイ” を前にしても無防備なザフト機へ、注意を喚起したキラは。ようやく隙を見せた敵機にレールガンを叩き込み――なおも立ち塞がった “ウインダム” と、激しい撃ち合いに縺れ込む。
「キラ! 少佐がパーソナルカラーにしてた色って」
 映像記録にあった “エグザス” とは違う、けれど同一の彩。なにより量産機で “フリーダム” と渡り合える手錬は。
〔分かってる!〕
 とっさに叫んだミリアリアに、なんら問い返すことなく艦長を呼び。
〔マリューさん、こちらを頼みます!〕
 被弾によって爆散したシールドを目くらましに変え、キラは、ビーム兵器と一緒くたに赤紫の両腕を弾き飛ばした。
「えっ?」
 戸惑うマリューの眼前で、フライトユニットをも損傷した機体は、黒煙を噴き上げ墜落していく。
 炸裂した轟音にひやりと身を竦めるが、衝撃で炎上したのは、切り離された飛空用パーツと腕部だけ。焦土に投げ出された “ウインダム” 胴部から足にかけては、ひとまず大破を免れていた。
(…………荒っぽい)
 思わず、頬が引き攣る。けれど、交戦中のパイロットに手加減を強いる方がよっぽど非情だろう。
「ムウが、乗っているの……?」
 一拍遅れて、示唆された可能性を悟ったらしい。
 ずっと毅然と艦長席に座していた、マリューの表情がみるみる動揺に揺らぎ。
 蹴破るように開けられた “ウインダム” のコックピットから、まろび出た人影に、ミリアリアは息を詰めた。

〔なにをしている、イケヤ! ゴウ、ニシザワ――自身の敵でないものを撃つな!〕

 平行して、カガリの叱責がスピーカーを揺らす。
 何事かとモニターを確かめれば、三機がかりでバラバラに斬り刻まれた “カオス” の胴部に、ムラサメがビームサーベルを突きたてる寸前だった。
〔ここへ赴いた目的は、無差別攻撃の停止だ。武装を削げれば充分だろう……奪わずに済むパイロットの命まで奪うな! そうでなくとも連合は現在、オーブの同盟軍なんだぞ!?〕
〔も、申し訳ありません!〕
 うろたえるイケヤたちの後方より、威嚇するように地球軍空母が近づいて来る。ライブラリを照合すると “ボナパルト” と表示された。
 それ以上、空域に留まることは叶わず必然も無く、ムラサメ隊は、ひとり市街地で護りに徹するカガリの元へ向かう。

「まだ、信じられないけど……違っていても、司令官を拘束されれば。指揮系統を立て直すため撤退してくれるかもしれないわよね」

 青褪めながら立ち上がり、意を決したように拳銃を携えたマリューは、
「私が戻るまで “フリーダム” の援護、それから艦長代理を――お願いね。アーノルド」
「ええ!?」
「んなっ、直接降りて確かめる気ですか!」
「操舵士を欠けば、アークエンジェルが沈みかねない。戦闘管制を疎かにしても、キラ君が不利になるわ」
 困惑顔のノイマン、ぎょっと腰を浮かしたチャンドラに、曖昧な苦笑で応じた。
「だからって、まさかアマギさんたちに押しつけて待機している訳にもいかないでしょう? 大丈夫よ……これでも二年間ずっと、モルゲンレーテ社員として非常訓練は欠かさずにいたんだから」
 艦の護衛に就いていたムラサメ一機と搭乗者、さらに体術に定評があるというオーブ軍人を同伴して、マリューが “ウインダム” の墜落地点へ向かう間にも。

 半壊した機体を乗り捨てた、パイロットは、ますます激化する破壊の中心地―― “デストロイ” の方角へと。片足を引きずり、憑かれたように歩きだす。

 バリケードと化した古都の残骸を踏み越え。
 つまずいて横転し、それまで頭部を覆っていた、制帽とは似つかぬ造りのマスクが剥がれ落ちても一顧だにせず。
「やっぱり……!」
 焔に照らされ輝く金髪の色合いを見て、モニター倍率を引き上げようと、ミリアリアが計器を弄っている間に――空路より追いついた “ムラサメ” が着陸。
 マリューを制して飛び降りたオーブ兵二人が、それぞれ銃で狙いを定め威嚇する。

〔…………〕

 ホルスターへ片手を伸ばしつつ、男は、ひどく緩慢に振り返った。

 ふらふらと近づきかけたマリューは、とっさに拳銃をかまえ、けれど撃てず駆け寄れず――蓄積した感情の遣り場を失い、見えざる手に喉元を絞め上げられたような、自失の表情で立ち竦む。

 熱を孕んだ吹雪に嬲られる、陽光と大地。
 それぞれ黒と白を身に纏い。
 焼け融け鉄屑となったモビルスーツの真横――互いに銃口を突きつけ、対峙する男女。
 “ムラサメ” が転送してきた映像のアングルが、ゆっくり切り替わる……左頬から鼻筋とひたいへ、斜めに過ぎる傷痕。すっと細めたディープブルーを、敵意に燃やした長身の影は。
「少佐――」
 驚愕に我を忘れ、齧りついたモニターの向こう。
 ディスクデータには “ネオ・ロアノーク” と記されていた、男の人差し指が、無造作に引かれ。


 インカム越しに轟いた銃声が、ミリアリアの鼓膜をつんざいた。


 わんわんとブリッジに反響、こだまする重低音。
〔――きゃあっ!?〕
 マリューの手から弾き飛ばされた拳銃が、シュルルルッと放物線を描きながら後方へ飛び、空中で暴爆発した。
「艦長!」
 モニターが映しだす光景に、ブリッジの空気は凍りつき。
〔くそっ!〕
 応戦に転じかけた護衛がそれぞれ携えていた銃器も、音をたてる隙さえ得られず撃ち落とされてしまう。
〔ははっ、誰かと思えばオーブ兵の皆さんか……友軍に加勢するどころか、散々邪魔した挙句に銃口を向けるとは、とんだ同盟国だ〕
 マリューたちに視線を据え、男は嘲るように口角を歪めた。
〔ジブリール様も、さぞかしお怒りになるだろうぜ。こりゃ、ユーラシアが片付いた次のターゲットは、あんたらの国で決定だな〕
〔こ、この地のみならず、オーブ本土を二度も焼くつもりか!?〕
 猛然と抗議するオーブ兵に、狙いを定め。
〔さっさと “ミネルバ” を撃ててりゃ、こんな作戦は必要なかったんだがね――あのトダカ一佐が果たした義理を、踏み躙っておきながら。どっちつかずで戦局を長引かせてきたコウモリ野郎が、俺たちを責めるのはお門違いってモンだろう?〕
 流れるような動作で装填された弾丸が、立て続けに火を噴いた。
〔ぐわっ!〕
 ネオ・ロアノークと言い争っていた青年が、腕と足を撃ち抜かれ、もんどりうって昏倒。
〔!? ラミアス殿……!〕
 立ち尽くすマリューを突き飛ばした、もう一人のオーブ兵は、脇腹を負傷しながらも予備の拳銃を抜き放ち。
〔恐怖でしか人々を従わせられぬような国に、媚びへつらったところで民の安寧など得られるものか!〕
 反駁しつつ発砲するが、相手は、瓦礫を盾に身をかわす。
〔おい、急いでくれッ! 連合の士官を逃がしちまう!!〕
 モビルアーマー形態の “ムラサメ” 機内に留まっていた兵士が、発進に手間取り遅れていた後続のパイロットを急かしつつ、援護射撃を放とうとするが――目敏く睨めつけた男は、すかさず拳銃をかまえた。
〔つくづく鬱陶しい奴らだな!〕
 次いで、弾ける銃声。
 装甲貫通に至るはずのない衝撃に何処をどうやられたか、コックピット内で小爆発が起こり。
〔なにィ!?〕
 レバーや計器をガチャガチャ動かせど機体はピクリとも反応しない。砂嵐に襲われたモニターの中で、音だけが明瞭に。
〔な、なんて奴だ……拳銃一発で “ムラサメ” を!?〕
 焦土にへたり込んだマリューの傍ら、信じ難いというように、驚愕をもらすオーブ兵。
〔昔は苦手だったんだが――死なせちまった部下の、直伝でね!〕
 フラガのものとしか思えない声が、さらに響く。

〔スティング……? くそっ、ステラ! 落ち着け、俺は……!!〕

 マリューたちを戦闘不能に追い込んだ、男は再び、ふらつきながら “デストロイ” の方角へと。
〔くっそー、もう止めろー!!〕
 そこで不意に、キラの叫びが耳を打ち。
〔うっ……!?〕
 すっかり逸れていた意識を戦闘モニターへ戻した、ミリアリアは一瞬、我が目を疑った。
 急に “インパルス” が動きだしたと思いきや、鬼神のごとき速度で “フリーダム” に斬りかかっている。
「な、なんのつもりだ――」
「ダーダネルスやクレタの遺恨なら、後回しだろ。フツー!?」
 クルーが困惑しているうちに、キラは、しゃにむにビームサーベルを振り回すザフト機から飛び離れ。
 とたん彼に興味を失ったように、反転した “インパルス” は、なおも街を灼熱の海へと塗り替え続ける敵機へ突っ込んでいった。
 なぜかスピードを落とし、携えたサーベルの切っ先も逸らして。

 迎え撃つように伸びた “デストロイ” の右手より、無数のビームが放たれるが、対するザフト機はろくに回避運動も取らず――なにか策でもあるのかと固唾を呑んで見守っていた、ミリアリアは、やがて半信半疑でつぶやいた。
「停まっ……た? どうして」
 これまで途切れることの無かった砲撃がぴたりと止み、今にも “インパルス” を捻り殺しそうだった腕部は、静かに武器ごと下ろされて。
 炎と黒煙に包まれた “デストロイ” は動かない。


 奇妙な静寂が、一帯を浸した。


「なんだ? “インパルス” が何かしたのか」
「攻撃する素振りは見えなかったけどな――なんだっけ、あれ? ニュートロンスタンピーダー?」
 事態が呑み込めず、アークエンジェルクルーは、ざわめきながら推論を交わす。
「あの要領で、一定距離まで近づけば機体内部にダメージを与えられる、特殊武装をしていたとか」
「……それも有り得ますけど。単純に、エネルギーが切れたのかも?」
 驚異的なパワーを誇っていた “ドミニオン” の三機が交戦中によく、唐突に離脱していったことを思い返しながら、ミリアリアも首をひねる。
「あれだけ見境なく撃ちまくればな。可能性としては、両方考えられるが――」
 ノイマンは眉根を寄せつつ、戸惑ったように様子を窺っている “フリーダム” へ呼びかけた。
「ヤマト。そこから、なにか判るか?」
〔いえ。視界が悪くて、ほとんど……もう少し、近づいてみます〕
 慎重に迂回しつつ、降下するキラ。

〔――ムウ!?〕

 そこへまた、悲鳴が通信機を揺らす。
 何事かと視線を移せば、マリューたちの前方――ぼろぼろに焼け焦げ、風圧と熱に煽られ続けた高層ビルが今まさに、ガラガラガラ、ドゴオォオオン! と倒壊していくところだった。
 轟音とともに、遠ざかりつつあった人影が粉塵に呑まれ、元より通信状態の悪かったモニターは真っ暗に染まり。
〔あやつはネオ・ロアノーク。連合の軍人ですぞ、ラミアス殿……! うかつに近づいてはなりませんッ〕
〔でも!〕
「やはりお止めすべきだった――ムラサメ隊、合流はまだか!?」
〔すみません、もう少しです!〕
 ノイズ混じりの音声だけが、ブリッジに状況を伝える。
 錯乱したマリューを留めるオーブ兵、語調を荒げるアマギに、応じる “ムラサメ” パイロットたちの声。
「まずい、ノイマン!」
「くっ……」
 さらにチャンドラが叫び、操舵士の顔色が褪せた。

(――自爆!?)

 確かに活動を停止していた “デストロイ” の胸部砲口が、再びエネルギーを充填して輝き始め――いったん戦闘態勢を解いた敵機に油断していたのか “インパルス” は、竦んだように射線の真正面で滞空したまま。
「危な……!」
 ミリアリアが叫びかけた、そのとき。
〔止めろー、もう!!〕
 疾風のように空を切った “フリーダム” が、臨界寸前だった砲口をビームサーベルで貫いた。
 さらにもう一撃、高熱の刃が突き刺さり――行き場を失った高エネルギーが、瞬時に破裂する。世界が眩む。

 破壊の名を冠したモビルスーツは、ゆっくりと、炎に焼かれた瓦礫の中へ崩れ落ちていった。

 血色のビームを、一筋。
 まるで断末魔のように、暗雲たちこめる空へ放ちながら。



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管理人はシンステ派です。家族愛に近い初恋――な、イメージ。残されたスティングの身を案じもせず、AAに居ついてしまったロアノーク氏 (さらにそれを良しとする古株クルー) にはTV本編中萎えまくったので、やや願望捏造が加わると思われますよ。