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■ 定めの楔


 医務室で目を覚ました、男は、ネオ・ロアノークと名乗った。
 検査で出たフィジカルデータは、艦のデータベースにあったフラガ少佐のそれと一致。ほぼ時を同じくして報された――最大28%の可能性を、高いと視るべきかどうか。クルーの混乱は極限に達していた。
 ……特に、マリューは。
 とうの昔に戦死したはずだった恋人の手で、撃ち殺されかけたという現実の前には、事前の心構えなど無意味に等しかったろう。

 そうしてミリアリアは、遅まきながらに。
 ディアッカが刺していった “釘” の意味を、痛烈に、初対面の同業者から突きつけられることになる。

〔――話になりませんね〕

 主なクルーが揃ったブリッジ、正面モニター。
〔これからどうすれば良いかと、あなた方が訊ねた……だから僕は、捕虜を引き渡すようにと告げました。それが、出来ない? 嫌なだけの間違いでしょう〕
 カノン・ヴィラッドと名乗った青年は、冷ややかな声音で。
〔巻き添えにされた一般人を庇って戦うことが、アスハ代表の復帰に際してプラスになると――介入を渋るヴェスタル女史に、主張したのはハウさんでしたね?〕
「はっ、はい!」
 身を強ばらせたミリアリアを一瞥、次いでマリューたちに目線を移した、
〔ベルリン戦に介入し、連合軍士官を匿ったとなれば。それも台無しどころか薄皮一枚で繋がっていた首を刎ねかねないと、覚悟した上での選択ですか? 責任者クラスの方々〕
「……え?」
〔裁かれても本望だ、と開き直って敢行したなら―― “ターミナル” との提携はご破算になりますので、速やかに、ゲンゾウ・コダックの弟子を降ろしていただきたい。彼女が残りたがれば、僕に、指図する権限はありませんけれど〕
 青年は、付き合っていられないと肩をすくめた。
〔そちらに関わった連中が、散々念を押して来たはずなんですがね……なにか、根本的に勘違いしていませんか?〕
 語尾に嘲りを滲ませ、カノンはさらに話し続ける。
〔世界平和のため孤独な戦いに挑む自分たちに、賛同する組織が現れた、とでも曲解していません? “ターミナル” が情報提供を決めたのは、あなた方が無所属の集団で、目を離したうちに危険な存在へと変じかねない、ラクス・クライン暗殺未遂に関しては貴重な証言者だから、ですよ〕
 あちこちに睨まれ爪弾きに遭い、小規模なグループのくせして破壊力は桁違い――さらに世間の信用を失えば、もう証言者としての価値さえ無くなりますねと。
〔コダックが業界の古株で、報道関係者に顔が利くからこそ、これまではアスハ代表の件も含め支援に近い方針を採っていましたが……何事にも限度はあります。いくらお弟子さん所縁の艦といえど、優先順位を見誤るほど、あのハゲオヤジも耄碌はしてないでしょう〕
 哀れむようにミリアリアを見つめ、大仰に溜息をついた。
〔それにしても、つくづく難解な神経構造だ……ネオ・ロアノークを庇い立てる、あなた方に、世論が味方すると本気で思ってるんですか?〕
「あの人はっ、そんな名前じゃありません!」
 弾かれたように真っ先に、硬直から脱したマリューが言い募るも。
「彼は、ムウ・ラ・フラガです! ただ、地球連合に――」
〔知ってますよ。アークエンジェルクルーにとって、昔のお仲間だということくらいは〕
 カノンは、顔色ひとつ変えずに応じた。
〔ちょうど、エクステンデッド問題の調査を進めているところでしてね……ヤキン戦の折、連合軍に回収されて記憶を弄られ、ネオ・ロアノークと名乗っているんでしょう。それがどうしたって言うんです? 不本意に洗脳されていようが、ベルリンを焼き払った部隊を率いていた “大佐” は、貴女たちが母艦に収容している男に違いないんですけど〕
 ぱくぱくと声も無く、口を開閉するチャンドラ。
 操舵席のノイマンは険しい面持ちで、なにか考え込んでいる。
〔マインドコントロール下にあったから、罪に問えないだろうと仰りたいんですか? そんなことは “デストロイ” や “カオス” の搭乗者も同じでしょう。ナチュラルでありながら、ハイスペックな機体を乗りこなせる技量を持ったパイロットは、ほとんどが連合軍によって強化された少年少女のはずです〕
 色褪せた唇をわななかせる艦長に、追い討ちをかけるように。
〔他は容赦なく撃墜して放置しながら、ロアノーク氏だけは保護して擁護すると? 民間人の大量虐殺を指揮するような、トチ狂った倫理観の持ち主を? 末期の薬物中毒なら夜な夜な奇声を上げたりもするでしょう……そちらの皆さんは内心、迷惑してるんじゃありませんか?〕
 ワインレッドのスーツに身を包んだ青年は、矛先を、ブリッジ後方に控えたオーブ兵へ向けた。
〔捕らえに行って重軽傷を負わされた方も少なくないようですし、なによりダーダネルスやクレタでは、オーブ艦隊を死地へ追いやった油断ならぬ策士だったんですよ、ねえ〕
 アマギたちは、うぐっと顔を引き攣らせ。
「いえ、それは――おとなしく拘束されていますので」
「少なくとも、薬漬けにされているような印象は受けませんでしたが」
「“エンデュミオンの鷹” といえば前大戦時、我が国のため戦ってくれた義勇軍のパイロットでもあり……」
 互いに同僚を窺いつつ、やや覇気に欠けた調子で答える。
〔君主への忠誠と職務の板挟みにされる、軍人さんは大変ですねえ――それで? 問題の人物は、まともに受け答えが出来る状態だと。発狂などしておらず、つまり引き起こした惨事の是非もきっちり認識していると〕
 にっこり壮絶に笑んだ青年は、冷めた視線をマリューに戻す。
〔しっかりあるんじゃないですか。責任能力〕
「で、でも……怪我人を、そんな。敵軍に突き出すなんて」
〔事前連絡では、軽傷だと伺いましたがね。尋問に耐えきれないほど衰弱しているなら、なおさらとっとと移送すべきでしょう。目的地すら定まらない戦闘艦が、なんの為に彼を捕縛しているんです? どういった待遇を?〕
 艦長がうろたえるほど、追及の鋭さは増していった。
〔僕の自宅近辺は、たまたま直撃を免れましたが――市街にはまだ、家を焼かれ親兄弟を失い、暖炉はおろか食料も無く吹雪にさらされている人々が大勢いるんですよ。救援作業は多忙を極め、この会話に割いてる時間すら無駄に思えてしょうがないくらいです〕
 モニターの向こう、壁際に据えられた大型TVに。
 物資の運搬に追われるザフト兵、凍えて身を寄せあう男女、保護されて泣きじゃくる子供の姿が流れては消え。
〔まさか被災民を差し置いて、暖かいベッドに豪勢な食事と手厚い看護を受け、ぬくぬくと休息中じゃありませんよね――ロアノーク氏は? そんな身びいきを隠蔽して、ベルリン在住の僕らに協力を求められるほど、厚顔無恥な人間がいるとは思えませんし〕
 そこまで深く考えず、ただ昔の仲間を救出したつもりでいた、クルーに。
 カノンの詰問は、金槌で殴り倒されたような衝撃を齎し。
「……あ」
 これまで無意識に眼を逸らしていた事実が、脳に浸透したんだろう。マリューは小刻みに震えだす。
〔ユーラシア西部の人間が、あなた方に感謝する理由も霞んでしまいますからねえ〕
 青年は、ふんと鼻を鳴らしつつ口角を吊り上げ。
 “ムラサメ” パイロットのニシザワが、見かねたように一歩前へ出た。

「ですが、“デストロイ” を倒したのはキラ様で――」
〔ああ…… “フリーダム” の功績ですか?〕

 話題にされて戸惑った様子のキラを、横目に。
〔レインボービームずばしゅーっと、弾かれる。敵機の攻撃を、ひらりひらりと蝶のごとく避け。街は、そのたび崩壊加速―― “ミネルバ” が駆けつけるまでエンドレス〕
 ベルリン戦の記録映像を再生した、カノンは、さらりと切って捨てた。
〔むしろ増えてるんですけど。被害〕
「……」
〔“デストロイ” 本体に、まず痛手を加えたのは後から到着したザフト機でしょう。以降は、共闘とも呼びがたい撹乱戦法で――エネルギー切れか “インパルス” の攻撃によるものか、動きを止めていた破壊兵器が再び動き出そうとしたところへ、横から飛び込んだ “フリーダム” がさっくりと〕
 アークエンジェル側の葛藤や努力を丸ごと無視して、ベルリン戦の顛末を総括。
〔実はウチの支店ビルも、流れ弾で倒壊したんですよねー。すでに焦土と化していて、逃げ遅れた人間はおそらく死んでいただろうからタダで済む、って問題でもありませんよね。弁償してくれません? 億兆単位の都市再建費用……ヤマト氏にそんな財力は無いでしょうから、同行したアスハ代表?〕
 絶句したキラたちは、ちょっと肘で小突けば今にも昏倒しそうで。
〔と言うのは冗談――で片付けられるほど軽い問題じゃありませんが。少なくとも、僕には些末事でね。ありがとうございました〕
 急に表情を緩めたカノンが、述べた礼に。
〔連合軍の侵攻を、止めてくださって感謝していますよ。先陣切って戦われた、お二方へは特に〕
 どう返事したものか計りかねたようで、双子は、紫と金の瞳孔を白黒させている。
〔僕は軍事に関しては素人ですが。記録映像を見る限り “インパルス” は、あきらかに敵機に不意をつかれ反応出来ていなかった……あなた方が戦闘の長期化を防いでくれたという見解に、異存ありません〕
 しかし、その語調は 〔ですが〕 という前置きを経て、再び硬化した。
〔ネオ・ロアノークを隠匿した、その行為が露呈すればすべて水の泡。今しがた言及したマイナス要素を、容赦なく責められるようになるんですよね〕
 分かります? と青年は問うた。
〔ヤマト氏が “デストロイ” を撃破、ムラサメ隊の方々は “カオス” を墜とし、アスハ代表も人命を守りに立ったこと――すべてが、身内の関与を揉み消すためのパフォーマンスに過ぎず。アークエンジェル一派は、口先だけ平和を叫び、被災地の窮状や民の心情など顧みないテロリストとしか映りません〕
 まずカガリが、ぎこちなく頷き。
〔今のベルリン市民にとって “正義の味方” は、戦闘が終わるなり現場からとんずらこいた所属不明艦などではなく。生き埋めにされた人々を助け、無惨に踏みにじられた遺体を弔い、テントで炊き出しを行いながら毛布や寝床を提供、親身な活動を続けているザフト軍です〕
 公的な援助を行える立場にない、クルーは反論できず肩を落とす。
 当然だ……たとえ敵軍が退こうと、生活環境を破壊されたままでは、生身の人間は三晩と経たず飢える前に凍死してしまうのだから。
〔世論の支持を得るどころか糾弾されかねない行為に走った、短慮を是正するため、ロアノーク氏を引き渡せという僕がおかしいですか? 非情ですか〕
 カノンの視線は、再び艦長席に留まった。どうやら彼の憤懣は、ネオ・ロアノークに関して。
〔仲間だった過去があるからこそ、私情を排した対応を採らなければ対外的な示しがつかないと、指摘されてもまだ分かりません? 連合やらオーブ、元正規軍の人間が大半を占めていながら。それとも、軍属だった故ですか〕
 クルーを取り仕切る立場にあった人物に、集中しているようだった。
〔とばっちりの矢面に立つだろう少女が、容認したから甘えていると? それとも艦長権限の乱用ですか――ねえ、マリュー・ラミアスさん。アスハ代表の復権に、真面目に尽力する意志あるんですか〕
 フラガと彼女の繋がりが、とっさに口を突いて出かけるが。
 恋人同士だったからなどという弁解は、相手の怒気に油を注ぐだけだろう。
〔少年少女が感傷に囚われ、一兵卒の発言力が低いなら、なおのこと艦長さんが毅然と対処すべきじゃないんですかね〕
 思い直したミリアリアは、喉元まで出かかった反駁を呑み込み。
 耐えかねたように口を開きかけた、カガリも、さっと手を伸ばした弟に制される。
〔それが言うに事欠いて “出来ない” と? しかも対案は無しね……まったく、お話になりませんよ〕
 マリューを睨みつける青年は、丁寧な物言いの裏に嫌悪感すら漂わせていた。
〔ロアノーク氏に非は無いと思うなら、焼き払われたベルリン市街で洗い浚い叫んでみてはどうですか? ザフトの法に裁かれるよりも、凄惨な情景にお目にかかれるでしょうねえ……〕
 くっくっと笑う姿は、なまじ中性的に整っているぶん酷薄で。
 真っ青になったマリューを顧みることもなく、片手をひらつかせる。
〔ともあれ、お伝えすることは以上です。中継点 “ヴィラッド” の片割れは、アークエンジェルとの取引断絶をターミナル中枢に具申する――そちらも僕の忠告など、聞く耳をお持ちでないようですしね〕
 後は、どうぞご自由にと。
〔夕刻には、補修作業の現場指揮に出ている兄が戻ります。少しはマシな代替案をひねり出すか、ロアノーク氏の引き渡しに踏み切るというなら交渉の余地もあるでしょうが……同情を買ってうやむやにさせようという魂胆なら、不毛な通信はご遠慮くださいね〕
 カノンは冷たく言い放ち、画面から姿を消した。



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赤の他人だから言いやすいこと、身内だから言いにくいこと、でも曖昧にしちゃいけないことはあると思われ。マリューさんはウェットな人柄ゆえ、対照的に、ドライな人間と対峙させてみたかった……。次、妥協策を練る。