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■ 空と海の間 〔2〕


「どうせムチャクチャやるんなら、アスハ代表を拉致した直後から、近海を “フリーダム” や “ルージュ” で塞いでさ。他国の争いに介入しようとしたら撃つ、国を侵略しようとするものも撃つって声明出した方がマシだったと思う」
「あ、そっか! それなら 『オーブは内乱の真っ最中で余裕ないから』 って、海外派兵も断われたよね? ザフト軍を撃ちに出てプラントとの友好関係を切ったり、大西洋連邦から睨まれることも、今ほどには無かっただろうし――」
 すごいなぁと素直に賞賛してくれる友人を横目に、サイは、いよいよ我が身が情けなくなった。
「まあ、いまさら手遅れだけどな……」

 ここで仮定話や自論を披露したとて、なんら役に立ちはしないのだ。
 戦争の根幹を突き詰めるべく進学を選んだが――たとえ勇み足でもカレッジ卒業後すぐ入庁していれば、今この時、祖国のため働けたはずだと思うと、つい過去の選択を呪いたくなる。
 傍観しているより他にない身の、なんと歯痒いことか。
 アークエンジェルに乗り込んで行ったというミリアリアの決断を、なんてムチャをと苦く思う一方で、羨ましく感じる気持ちの方が強かった。

『自分で決めたことなら、それでいいじゃんか』

 かつて、迷うカズイに告げた言葉が、思い起こされる。
 政局の危さを愚痴りつつも泰然と、地に足がついた様子でいる彼とは、まるで立場が逆転してしまったようだ。

「……なんで、サイが言ったみたいにしてくれなかったのかなぁ」
 こういったぼやきを 「知らないよ」 と、冷たく突っぱねることがなくなった今の自分は、昔より成長したと思えるけれど。
「 “フリーダム” が映ってたから、キラは絶対いるだろうし。アークエンジェルを動かしてるのも、たぶんラミアス艦長たちだよねえ」
 やはり、迷いは燻り続けて消えずに。
「なに考えてるんだろ、みんな――サイ、分かる?」
「どうかな……危機感っていうか、融通利かない正義って言うか。直に会って話さなきゃ分からないけど。良かれと思ってやったことが、ことごとく裏目に出てる状態なんだろうとは思うよ」
「良かれったって、俺みたいな凡人は働かなきゃ食ってけないし、本土を爆撃されたらアッサリ死んじゃうんだけどなぁ」
 魚だって、釣れたらタダみたいなもんだけど、店で買ったらけっこう高いんだよと所帯じみたことを言い。
「ミリィは、カメラマン助手の仕事で海外に行ってるって聞いたけど。オーブがこんなじゃ、そっちの方が安全かもしれないよね」
「う」
「キラが、帰って来たときはさ」
 カズイは、こちらが返答に詰まっている間に、さっさと話題を移してしまった。
「復学出来ないくらい衰弱してるって、おばさんに聞いて。途中で逃げだした俺は、合わせる顔が無いって感じだったけど――生きててくれて嬉しかったから、思い切って見舞いに行ったら」
 そう、一度。
 ミリアリアと一緒に彼を誘って、療養中のキラを訪ねた。
「なんでか、捕虜だった女の子がくっついて来てるし、イージスのパイロットまで一緒にいて、アスハ代表とも仲良さげで……胡散臭いアロハシャツ着てた髭のおじさんは、後で聞いたら、あの “砂漠の虎” だって言うしさぁ」
 話が盛り上がらなかったわけじゃない、けれど。
 以来、カズイは――ともに本土の工科カレッジへ編入した、サイやミリアリアは例外として――元クルーと顔を合わせそうな場所へは寄り付かなくなった。
 聞けばモルゲンレーテへの入社も、研究室勤務に決まらなければ内定辞退するつもりでいたらしい。
 たとえば十年後に、街で偶然会ったなら……笑って近況報告できるかもしれないけれど。まだ思い出したくないことのほうが多いから。
 敵だったコーディネイターと、すんなり仲良く握手できるほど強くなれないよ、と言って。
「それだけでも、昔みたいには戻れないんだなって痛感したのに、とうとうテロリスト容疑で国際手配されちゃったろ? 会っても、なに話せばいいか分かんないし。もう俺とは違いすぎてついてけないよ……」
 諦めたように突き放した台詞が、寂寥を掻きたてる。
 だが、無条件にアークエンジェルを支持する気にもなれず、あるのかも不確かな “出来ること” を模索しているサイには、それを否定する根拠さえ見つけられなかった。

「……サイは、大学卒業したらオーブ政府に入るの?」

 十匹目の小魚を釣り上げた、カズイは、慣れた手つきで餌をつけ替えている。こっちの三倍ペースだ。
 カレッジに通っていた頃、教室にゴキブリが出ただけでパニックを起こし逃げ惑っていた下級生がなぁ――と、思い出に浸っていた釣り初心者・サイは、一拍遅れて友人に視線を戻した。
「え?」
「なにも故郷に拘らなくたって、サイならどこでもやっていけると思うけどな」
 カズイは真顔で、心配そうに言う。
「なんかもうオーブって、蛇に睨まれたカエル状態だしさ……代表と閣僚が、お互いに足を引っ張り合ってたんじゃ、政府の役人なんてお先真っ暗だろ」
 大学の同期生も、優秀で向学心あふれる奴ほど――特に、アークエンジェル絡みの騒動が表沙汰になってからというもの――オーブを見限り、他国への留学・就職を視野に入れているのは事実だった。
「お父さん、けっこう海外に知り合い多いんだよね? 家族で引っ越そうって話が出たりしない?」
「今のところ、無いけど……」
 だが、夫婦では相談を進めているのかもしれない。
 カズイが言うとおり、父親さえその気になれば、明日にでも仮宿を決め移住できるだろう。
 やたら交友関係が広いのは、職業柄であると同時に中庸な性格ゆえか――権力とは縁遠い一官僚の身で、大西洋連邦の事務次官だったジョージ・アルスターと個人的に親しく付き合っていたくらいである。
「……俺は、オーブを離れるつもりはないよ」
 少し考え、サイは答えた。
「確かに現政権は安定を欠いてるけど、引っ越せば安心できる、平和に暮らせるって保障も無いし」
 かつて、フレイが言ったように。
 世界は依然として、戦争のままだからだ。
「危険は避けるに越したことない、行き詰ったとき回り道するのも有りだろ。でも、俺は……今の情勢がどんなふうに帰結するか、自分の目で見届けておきたいんだ」
 国の命運がかかってるときにこそ、政治で戦える――そういった役割を担う、将来を目指すからには。
「避難勧告が出されるような事態に陥らない限り、ここで暮らしていくと思う」
「そっか……サイが残るんなら、俺もそうしようかな」
「止めとけって、それ。また後悔するぞ」
 未だ親の脛を齧っている学生、しかも父親が政府関係者の自分とカズイでは、判断基準も異なって当たり前だ。けれど、
「しないよ。昔みたいに、流されてる訳じゃないから」
 彼は笑って、首を振った。
「ムチャやってる代表たちに、振り回されてるセイラン親子もなんだかなぁって感じで。いくら俺みたいなのがコツコツ働いても――肝心の政府が世界にケンカ吹っかけて自滅したんじゃ、意味ないよなあ、って馬鹿らしくなったりしたけど」
 少し間を置いて、さらに続ける。
「サイがどういう奴かは、知ってるから。同世代が踏ん張ってるうちは、オーブもまだ捨てたモンじゃないかなって思うし……それに、俺が造りたいものって、日照時間の多い島国じゃないと難しいんだよね。せっかく考えてた名前も、他の土地じゃ似合わないっていうか格好つかないしさ」
「なにを造るって? 名前まで決まってるのか、モルゲンレーテの新製品?」
「うえっ!?」
 こそばゆさを横へ押しやりつつ訊ねると、なぜかカズイは赤面して、ごまかし笑い。
「ああ、うん? まだ設計図も出来てないよ。今は防衛システムの開発に忙殺されてるし――こんな世の中だから、せめて守りはしっかり固めとかなきゃだよね。攻め込まれてまた占領されたら、政治もなにも出来なくなっちゃうだろ」
 なにを慌ててるんだ企業秘密か、と首をひねるサイの傍ら。
「アークエンジェルだって、大西洋連邦やプラントに捕まるよりは、オーブに戻った方が処分軽くて済むだろうし」
 ふと、神妙な口調でつぶやく。
「俺はもう、ついてけないけど……キラたちが銃殺刑にされるとこなんて、やっぱり見たくないから」
 それはもちろん、同感だが。
 あまりにも前例が無さ過ぎて、彼らが指名手配犯として拘束された場合、どういった扱いになるのかは皆目見当がつかなかった。
「帰って来れたらいいよね、みんな」
「……そうだな」
 水平線の向こう、どこからか遠く汽笛が響きわたる。
 二年前とはまた別の形で追われる身となった、白亜の艦は、今頃どこを航海しているんだろう――



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無印後半、キラ&サイの和解 (?) シーンで 『お互い、それぞれに違う “出来ること” がある』 といった主旨の台詞が好き――なんですが。運命ストーリーを観終えたあとに思い返すと、せっかくな名言の数々が台無しにー(涙)