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■ 二者択一の答え


 元乗組員の少年たちが、故郷の海辺で語り合っていた、その頃。

 アマギを筆頭としたオーブ軍人と、古株クルーの間に、ピリピリした牽制感が漂い。ひそやかな内部分裂の危機に瀕していた、アークエンジェル艦内では――

「……もう一度、ターミナル中継点と繋いでちょうだい。ミリアリアさん」

 カノンとの通信を終えてから、約二時間ずっと。
 部屋に閉じこもっていたマリューが一転、据わった眼をして、しゅんと開いた自動ドアをまっすぐな足取りで通り抜けてきた。
「や、やっと追いついた――」
 彼女に付き添っていた双子が息を切らせ駆け込んでくるのを、ブリッジに集っていた面々は驚いて見やる。
「連絡はすぐ取れると思いますけど……どうするんですか、艦長?」
 匿うか、引き渡すかの択一では。
 いくら心情的にためらわれても、後者を選ばなければ収まりがつくまい。
 ここは移送に応じて、事情を知るカノンらに預け、人体実験の被害者でもあるのだと酌量を図ってもらうのが得策では――という結論に、まとまりかけていたところだった。
「捕虜として扱えば、文句ないんでしょう」
 マリューは強い語調で、今はなにも映していないモニターを睨み。
「今後の予定にあった軍事作戦? エクステンデッドの機密事項? 他にも “ターミナル” が必要と判断したことは、すべて尋問するわ」
 唖然とするクルーに振り向いて、宣言した。
「ひとりの為に、ブリッジや士官室から遠く離れた独房に見張りを立てる余裕はありませんから。ひとまず怪我が治るまで、医務室に拘束――国際社会における軍規でも、捕虜への暴行が禁止されている以上、ユーラシア西部侵攻の指揮官だったからと劣悪な環境下で拷問する必要はないわね? ヴィラッド氏には、私からそう伝えます」
「ほ、捕虜扱いすればとか、そういう問題じゃないと思いますけど……」
 彼女の迫力に気圧されつつ、おずおずと意見するミリアリアに、
「いや、嬢ちゃん。案外そういう問題なんじゃねえか?」
 艦の今後を左右する話し合いということで、格納庫から駆けつけていたマードックが、あっさり異見を述べる。
「そのカノンって野郎は、引渡しが嫌なら対案を出せっつったんだよな? 身内だから匿うのがマズくて、少佐を突き出すのも避けたいとくりゃあ、もう捕虜って名目で筋を通すしかないだろ」
 強引すぎると思われたマリューの決断を、いとも簡潔にまとめてみせた整備班チーフに、どよめくブリッジの空気。
「発想の転換だな――難しく捉えるだけじゃ、ダメなのか」
「僕も、ぜんぜん思いつかなかった」
「艦長ってさ……昔から、副長に比べて判断力いまいちだったワリに、クルーの命が関わると肝が据わるっていうか、自棄っぱちで開き直るとこあったよな」
「しかし俺たちが延々 “どちらを選ぶか” で、悩んでた時間はいったい――」
 チャンドラに耳打ちされ、がくりとパネル上に突っ伏した操舵士の背を、マードックは笑いながら張り飛ばした。
「おまえは頭が固すぎるんだよ、ノイマン! 士官学校のペーパーテストじゃねえんだ、AとBしか模範解答が載ってないからって、他に方法が無いとは限らんだろうが? 俺は、艦長に付いてくぜ」
 旧来のクルーが、それぞれ同意を示して肯く中、

「……アマギ一尉」

 マリューは、険しい面持ちで壁際に控えたオーブ軍人を、直視して切り出した。
「アスハ代表を連れ去り、幾度となくオーブ現政府の顔に泥を塗ってきた、アークエンジェル艦長は私です」
 わずかに躊躇しつつ、そこで爆弾を落す。
「ムウ・ラ・フラガと同一人物と思われる連合軍士官、ネオ・ロアノークに固執するのは――二年前、彼と恋人関係にあったからです」
 ある者はギョッと硬直、また他の兵士は 「どうりで」 と納得の色を浮かべ、動揺と疑念がざわざわ広がっていく。
「か、艦長? そういうプライベートは、ちょっと……」
「散々迷惑かけておいて、本心を伏せてる方が卑怯でしょう? どのみち、もう一部では噂になってるみたいだったけど」
 うろたえるチャンドラに苦笑してみせ、再び、クレタ戦後に合流した男たちに向き直った、
「ですから、もしものときは……すべての介入行為において、首謀者はマリュー・ラミアスであり、カガリさんやキラ君たち、他のクルーは利用されただけと証言してくださいませんか」
 彼女の依頼に、アマギは 「は?」 と目を剥いた。
「ネオ・ロアノークを尋問した結果、なんらかの戦災を未然に防げれば、拘束した理由としても充分に通じるはずです――けれど彼から、そういった情報を引き出せるかは判りません」
 だから責任はすべて私が負いますと、マリューは、さらに突飛な提案を始める。
「まだ十代の少年少女が黒幕だなんて、信憑性に欠けるわ。あなたたちがヴェスタルさんに話した、自首自供の 『ストーリー』 ね……どう考えても、万一の場合にだって使えたモノじゃないわよ」
 すくめた肩越しに、キラたちを眺めやり。
「本来、他軍の機体であった “フリーダム” や “アークエンジェル” を隠し持っていた女が。オーブが大西洋連邦と同盟を結べば、脱走艦の責任者だった自分は連合側に引き渡されてしまうだろうと、不安を抱き……昔のようにオーブのため、世界のためにとクルーを焚きつけ、カガリさんまで攫って脅し巻き込んだ」
 大筋は本当だし、この方がずっと自然でしょう? と同意を求める。
「アマギ一尉は部下を率い、賛同者を装って “アークエンジェル” に潜入――ベルリンで遭遇した連合軍士官を、昔の恋人に似ているからと匿うマリュー・ラミアスの身びいきに、オーブの今後など念頭に無いのだと悟ったクルー共々、私情のために国政を混乱させたテロリストを捕縛後、帰還した――それなら、体裁や辻褄も整うでしょう?」
「しかし……それでは、ラミアス殿お一人が」
「そうですよ、艦長! 行かなきゃって言い出したのは僕で」
「プラント側が勝利を収めれば、おそらくファントムペインの指揮官だった “ロアノーク大佐” は、戦犯として処刑されるわ」
 噴出した懸念に被せるように、マリューは首を横に振る。
「大西洋連邦が支配する世界になれば、ただ独立を望んだだけのベルリンを攻め滅ぼすような、恐怖政治の一翼を担い続けるんでしょう」
 それじゃあ私が嫌なのよ、と硬い声音で。
「地球連合から離反して、私たちを庇って死んだ、あの人が――二度も戦争に、殺されることになる」
 最後まで諦めるつもりはない、それでも。
 道が途絶えてしまったとき、すべての糾弾はカガリたちではなく、自分に向いてくれなければ困るのだと。
「……拾ってもらった命だから」
 フラガ生存の可能性を報されてからというもの、ひどく昏い眼差しでいた彼女は、
「ヘリオポリス崩壊から、ずっと。アラスカや、ヤキン・ドゥーエでも、私には、彼に助けられた命だから――」
 憑き物が落ちたように、すっきりした口調で頬笑む。
「これは、自分のため。彼への温情を望める陣営に賭けたい、ただの利己的なワガママです」
 あまりに率直なマリューの “告白” に、まだ知り合って日も浅い兵士たちの眼つきから、不信や猜疑は吹き飛んで。ただ、心許なさと困惑が陰を残す。
「それでもオーブへの飛び火を最小限に留める、保険には成り得るでしょう……了承していただけますか?」
「我々には、オーブとカガリ様の御身が最優先事項です。ネオ・ロアノークを捕縛した件が、怪我の功名に繋がらなかった場合――頼まれずとも、そうしますよ」
 半ば呆れ、けれど感服したようにアマギは応じた。
「もちろん捕虜の監視と尋問には、協力を拒む理由はありません。洗い浚い、吐かせてやりましょう」

×××××


 そうして遠く離れたオーブの海岸が、そろそろ夕陽に染まろうという頃。

「なんだ、案外まともじゃねーか」
 正面モニターに姿を現した青年、ヘッセル・ヴィラッドは意外そうな眼で、肩越しに後ろを振り返った。
「……悠長に考える暇を与えてくれる “敵” は、いないと思いますが?」
「べつに俺たちは敵じゃなし、時間も多少は残ってるんだ――今はそれでいいだろ」
 弟であるらしいカノンの憎まれ口を、ぞんざいに諌め、
「本題に入らせてもらうぞ。ネオ・ロアノークを捕虜として遇する用意があるなら、真っ先に聞き出してもらいたいのは、世界各地に点在するだろうエクステンデッド研究施設の場所だ」
「研究施設の、場所?」
「次の侵攻予定地とかじゃなくて? なんで」
 不審がるクルーには答えず、ミリアリアに視線を向ける。
「情勢チェックを怠ってなけりゃ、同業者の大多数が今なにを目的にしてるかは分かるだろ?」
「実験体にされた、子供たちの解放……ですか?」
「そういうこと。ロドニアやスヴェルドの内情が明るみに出ても、関連施設が他にいくつあるかハッキリしない――なにしろ、連合軍内でも非公然の研究機関だからな」
 肯いて返した青年は、おそらくマリューと同年代だろう。カノンに比べ、とっつき難さは感じられず。
「質問の類があるなら、あとでハウ嬢に聞いてくれ」
 端折ったクルーへの説明を、スレッド “M” に載ってる範囲のことは話してかまわないから、とミリアリアに委ね。
「ユーラシア西部の救援活動に一区切りつけば、被災地の混乱が怒りに摩り替わるタイミングを狙って、プラント側が動くはずだ…… “ターミナル” は、その機に便乗させてもらう」
 強化人間の研究を止めさせる、と宣言した。
「戦災孤児がモルモット代わりにされてる軍事施設を潰すと同時に、生体CPUの供給を断ち―― “デストロイ” に類した破壊兵器の量産・実戦投入を断念させるためでもある。タイムリミットは五日だ」
「五日ぁー!?」
 あまりの短さにクルーの大半が目を剥き、傍観していたカノンは、くっくっと男性にしては華奢な肩を揺らす。
「ほーら、こんなですよ? この人たち」
 話にならないでしょうと、壁に凭れ手元のファイルめくりつつ。
「百年後に滅亡する危険を孕むなら、千年だろうと平和に保たれた方が良いと僕は思いますけどね」
「分かったから、おまえは少し黙ってろ」
 話の腰を折られたヘッセルは、げんなりした表情で言い添えた。
「悪いが、最大限に譲歩して五日なんだ。贅沢言えば、今日中に洗い浚い吐かせてほしいとこだよ」
 そりゃ無理だろう、という顔つきで絶句するクルーを順に見やり、
「カノンに散々脅されたろうから、傷に塩を塗りたかないけどな……あんたたちには、残された手段も猶予も皆無に等しい。ネオ・ロアノーク捕縛が功を成しても、擁護の材料がひとつ増えるってだけで、ここに至るまでの対応のマズさが帳消しになるわけじゃないんだ」
 唯一、うろたえず真っ直ぐにモニターを仰いでいた、交渉相手のマリューを見据える。
「とにかく、なんか判ったら連絡寄こしな。五日後までに音沙汰なけりゃ、尋問は空振りに終わったと看做す――どっちにしろ、ゴタゴタの裏で糸引いてる連中の足元は掬ってやるから、それまで不用意に艦を出すなよ」




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ネオだった時間もひっくるめてフラガ兄貴を愛してるっていうなら、これくらいの覚悟は示して欲しかったですよ、マリュさん……。