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■ PERSONA 〔1〕


「まあ、ラミアスさんが適任よね。本音がどうこういう以前に艦長なんだから……少なくともヤマト君や、あなたが首謀者として出頭するよりマシでしょう」
 モニターの向こう、シルビアは苦笑していた。
「嫌だイヤだって気分が顔に出てるわよ? アスハ代表」
「国家元首なら、仲間の身と――民を天秤にはかけられないって。自分よりフラガのことが大切だっていう、艦長の気持ちも分かるけど」
 理解は出来ても納得できないことだらけだと、カガリは、かつてアスランに突きつけられた台詞をなぞった。
「……自分で責任を被るばかりが、償いじゃないわよ。特に為政者は」
 統治者の判断ミス・失政が、そこに連なる者の未来をも左右する。
 今回どうにか切り抜けられたとしても、国政に携わる限り、しょっちゅう似たような問題に直面するはずだと。
「曲がりなりにも二年間ずっと代表を務めていた、あなたが割り切りに不慣れなら。それは今まで誰かが代わりに、汚れ役を引き受けてくれてたってこと」
 諭したシルビアは、静かに言う。
「覚悟だけは決めておきなさい――といっても、まだ残り三日あるわ。間に合わなかったら即どうこう、って話じゃないんだし」
 そうして黙り込んだミリアリアたちに、発破をかけるように訊ねた。
「……それで? 問題のネオ・ロアノークはどうなの」
 カガリは、沈鬱に首を振った。


 数日ぶりにレッスンが始まるのを見届け、ミリアリアは医務室へ向かった。
 マリューがオーブ軍人らと交代で尋問に当たっているが、今のところ収穫はゼロ。
 理屈で攻めれば、非正規軍でありながらどっちつかずな介入行為を繰り返す、アークエンジェルの違法性を突いてくるし――情に訴えれば、鬱陶げに顔をしかめるだけ。
 こちらが問い質すほど、“捕虜” の態度は硬化していくばかりだった。

「ふざけるな、真面目に答えろ!!」

 自動ドアまで後数歩というところで、響いた怒号にびくっと身を縮める。
「……ふざけるも何も。吐けと言われて、ほいほい仲間の居場所をばらす軍人がいるかよ」
 うんざり気味に応じた声は。
「ああ。アスハを祭り上げて戦場荒し、国元に迷惑かけまくってるエセ軍人だっけ、あんたたち? そりゃあ守秘義務なんて概念は知ったこっちゃないね――どうも失礼致しました、と」
 フラガにしか聞こえないのに、ネオと名乗る皮肉っぽい男性の。
「なっ、なにを言う! 我々はオーブの為に」
「こんなんが艦隊に混じって副官やパイロットやってたんじゃ、勝てたはずの戦いに負けるわけだぜ……ユウナ・ロマも気の毒に」
 意を決して、おそるおそる中へ足を踏み入れると。ベッドスペースに拘束された “大佐” は、
「オーブを脅して派兵させたのは、貴様ら地球連合軍ではないかっ!」
「そうだなあ」
 いきりたつ軍人らを挑発するように、ふわあと欠伸などしてみせていた。
「現政府の決定に逆らって、同盟締結を支持した世論も無視して、イイ歳こいた大人がヒーローごっこ。カガリ様万歳、正義は我に有り、世界平和を乱す奴は悪人だからとりあえず撃っちまえ――って? 付き合わされる側はたまったモンじゃないな」
 訪れたミリアリアに目もくれず、彼らは睨み合いを続けている。
「おかげでこっちは敗戦続き、無能者のレッテル貼られて隊ごとユーラシアへ左遷だ。まったく大天使とは名ばかり、とんだ疫病神様だよ」
「疫病神はそっちだろう! 独立を望んだだけの都市、民間人に、あんな虐殺行為を」
「望んだ、だけ? ……虐殺?」
 ディープブルーの眼がギラリと、周りを威圧するように細まり。
「街全体でプラントに迎合、望んでザフトを駐留させている以上、そこは中立でも何でもない――ナチュラルでありながらコーディネイターに加担する、裏切り者も俺たちの敵だ」
「……ぐっ」
「民間人だから撃つな? 中立だから関係ないって? 脱退宣言を容認して、あんたたちみたいな武装グループが調子づいて暴れだすのを、寛大に見守ってろとでも言いたいのか? ……バカバカしい」
 兵士らが気圧されたように一歩退く中、苛烈な勢いで怒鳴る。
「オーブの絵空事理念になんぞ、付き合ってられるか。コーディネイターはナチュラルを見下す、ナチュラルはコーディネイターを妬む! それが現実で、宇宙のバケモノを殲滅しない限りこの戦争は終わらない――青き清浄なる世界のため、過ちから生み落されたコーディネイターを根絶やしにする。俺たち “ファントムペイン” はその為に選ばれた尖兵――殺し合いをしてるんじゃない、戦争をしてるんだ!」
 医務室は、しぃん……と静まり返り。
 マリューだけが挑むように、じっと青年から眼を逸らさずにいた。
「ああ、そっちは上手くコーディネイターを利用して儲けまくってる、技術大国だったか。Nジャマーを撃ち込まれようと、ソーラーエネルギーで賄える常夏の島――ユニウスセブンが落ちても高波被っただけらしいな? 桁違いの人口抱えて宇宙に採掘資源を求めるしかない、経済システムが破綻したまま立ち直れずにいる他所の問題なんざ知ったこっちゃないんだろ?」
 だったら俺たちが遠慮してやる義理も無いなと、ロアノークは、顔を背けつつシーツに寝転がった。
「話を逸らすんじゃない! 同胞の幼子を薬やら洗脳で弄り回して、貴様はなんとも思わんのか!?」
 必死に反論するオーブ兵を、冷めた眼で一瞥。
「規定訓練を終えただけのガキを、さあ死んで来いって特攻させる奴が立派な上司で正しい戦争と仰いますか? ああそうですか、お気楽で羨ましいねえ」
 ふんと鼻を鳴らすと、苦虫を噛んだような調子で吐き捨てる。
「これでも軍人歴は長いんでね……指導したルーキーを、何百回と前線に送り出したよ。優秀だった奴らも成績イマイチだった連中も、相手がコーディネーターじゃ赤ん坊同然だ」
 実戦に慣れる間も与えられず、あっさり撃墜されて死んでいったと。
「だがエクステンデッドなら、ザフトの新型とも互角以上にやり合える。損失は格段に減った! 敵軍の守備隊を薙ぎ払い、立て続けに三都市を壊滅させる――ナチュラルのモビルスーツ隊が同じ戦果を出すのに、どんだけ手間取ると思う? デストロイ級に至っては機体にかかる負荷が酷すぎて、並みの身体じゃあ乗り続けることさえ叶わないんだぜ。それに比べて」
「…………そういうのが、作戦なんですか」
 効率、計算、現実を。
「薬でムリヤリ強くした……洗脳したパイロットに、あれは敵だから殺して来いって」
 それが必然と断じてしまえる、懐かしい姿をした見知らぬヒト。

「戦争だから? その子たちは軍人だから――そう言われたら、そうやって死ななきゃいけないんですか!?」

 ヒステリックに反響する自分の声が、ひどく遠く聴こえた。
 そこで初めてミリアリアに気づいたらしい、ロアノークは一瞬、困惑に似た表情を浮かべたが。
「ステラ殺したのは、あんたたちだろ?」
 すぐさま端々に棘を滲ませた、親しみの欠片もない態度に戻る。
「“ベルリンを襲った極悪非道なモビルスーツを、キラ様が倒した” んだろ――とどめに親玉を拉致って、お説教? 反吐が出るな」
 勢いだけで食って掛かるも、二の句を告げず萎縮して黙り。遅まきながらに痛感する。
「研究施設の場所だって? 殺されたって教えるか」
 今の彼にとって……アークエンジェルクルーは “敵” 以外の何者でもないのだ。
「朝から晩までムサい野郎共にへばりつかれ、たまに毛色の違う奴が来たと思えばムームームームー、人違いだと何回言えば分かるんだ」
 そうして元軍属と言えど、敵兵と接した経験など皆無に等しかったミリアリアには。
 エクステンデッドについて問い質すどころか、敵意を剥き出しにした捕虜を前に、どう話しかければ良いのかさえ分からない。
「さっさと俺を、ここから出せ! スティングはまだ生きてるかもしれねえし、いくら水槽がバイオスフィアだって、持ち主がいなくなりゃ備品でもない熱帯魚は処分されちまうんだよ! 俺はムウなんて男じゃない、ネオ・ロアノークだ――勝手に変な名前つけたうえ降格しやがって、ふざけてるのはそっちだろ!?」
 ファントムペインの指揮官は、知らぬ名を呼ぶ。
 ここにいる誰でもない、おそらくは、空白の二年間に出会った誰か。
「……もう、いいです」
 なにか出来ると思って、みんなの “力” になりたいと考えて、ここまで来たのに――結局なにも昔と変わらない。
 クルーの中で一番、自分が役立たずだ。
「あなたなんかに訊かなくたって、自力で突き止めますから!」
 叫んだとたん止まらなくなった涙腺の緩みを悟られたくなくて、ミリアリアは、逃げるように医務室を飛び出した。

 息が切れるまで走って突き当たりの壁に凭れ、ごしごしと軍服の袖で顔をこする。
 捕虜に八つ当たりして、泣き喚いて……本当にまるっきり進歩してない。あのとき付き添ってくれていたサイは、今はアークエンジェルにいないのに。
 だけど、二年前にも同じことを。
 そんな覚悟もせずに志願したのかと呆れられそうなことを、訊ねたけど。答えは、無かったけれど。

 それでも少佐はアラスカで、みんなを助けに来てくれたのに。
 あのヒトと同じ顔で声で、あんなことを言う――

×××××


「……なんなんだ、あのお嬢ちゃんは?」
 激昂した少女が駆け去ったあと。
 医務室を浸した沈黙は、半ば強引にロアノークが破った。
「子供がどうこう俺たちのやり方に難癖つけて、そっちはキャンパスライフ謳歌してる年頃の子に、テロの片棒担がせてるって? だいたい連合内部でも機密扱いになってる、ラボの在り処なんて調べられるわけないだろう」
 やれやれと肩を竦めた男に、マリューが応じる。
「彼女は軍人じゃない、艦の正規クルーとも違うわ――ジャーナリストよ。まだ18歳の新人さん」
「はあ?」
「ミリアリアさんの人脈を頼って、ずっと調査も任せきりで。人手不足だから、厚意に甘えてオペレーターまで兼任してもらってるけど……本当なら関わらなくて済んだこと、ばかりだったのに」
 わずかに眉根を寄せたロアノークの視線には気づかず、ドアの方を向いたまま、自嘲まじりに呟く。
「私に出来ることと言ったら――なにかあったとき艦長だと名乗るくらい。情けないわね」



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TV本編ではおとなしく捕虜になってたイメージしかありませんが、口論のひとつやふたつやみっつくらいは――ということで、無印・ネオさん語録を引っ張り出してみました。