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■ 約束 〔1〕


 ――その日、そのとき。

 スカンジナビアに本社をかまえる、中堅TV局の。
 南洋の島国、とある大学構内に設えられたマルチメディアルームの。
 ベルリン郊外に碇泊・急ピッチで補修が進められている、ザフト艦 “ミネルバ” の。
 戦場からたった一人回収されたエクステンデッドを乗せ、連合軍基地ヘブンズベースへと向かう空母 “ボナパルト” の。
 ごくありふれた病院、ベッドで昼寝している子供らを横目に欠伸する医者の。診察室に据えられた、PC画面の。
 前議長をセプテンベルへ送り帰すべく、早朝にファクトリーを発った小型艇内の。
 マイウス工場区、休憩室に置かれたポータブルの。
 アプリリウス市街へと続く大通り、信号待ちで停まっていたタクシーより覗く、街頭スクリーンの。

 ラジオ、TV、インターネット――作動中だったあらゆるメディアが、プラント本国より送られた緊急メッセージに塗り潰された。


「何事だ?」
 通路側から、ばたばた響いてくる足音の騒がしさに。
「ああっ、ジュール隊長? すごいことになってるらしいんですよ、議長が……!」
 そろって執務室を出たとたん、すれ違った隊員たちは、答えにならない返事を残し走り去ってしまった。
「だから、どうしたと言うんだ!」
「まーまー、追って行けば分かるだろ」
 イザークをなだめ興味なさげなシホをうながして、駆け込んだブリーティングルームに流れていたのは。
 いつになく語気を荒げた、デュランダルの声。

〔何故こんなことになったのか――連合側の目的は “ザフト支配からの地域の解放” ということですが、これが解放なのでしょうか!?〕

 画面の中、立ち込める暗雲と炎。
 以前データで目にした甲殻類に似たフォルム、黒光りする連合機が一歩踏み出すたび、倒壊した建物があっけなく踏み砕かれ。
 応戦するザフト・モビルスーツ隊、逃げ惑う人々ごと大都市がビーム掃射に灼かれていく。
「さっき急に始まったんです。こんな戦争状態に陥ってしまった、本当の理由を知ってほしいとかって……どういうことなんですかね?」
「プラントだけじゃなく、地球に向けても放送されてるみたいで」
 イザークの到着を見とめた隊員たちが、好奇と不審が入り混じった様子で、口々にモニターを指し示す。
「……予定にあったのか?」
「俺は、なにも聞かされていないぞ」
 相棒のムスッとした表情に、またか、とディアッカは黙考する。
 ニュートロンスタンピーダー使用に引き続き、元の番組枠を潰してまで、今度は何をいきなり?

〔確かに我々の軍は連合のやり方に異を唱え、その同盟国であるユーラシアからの分離・独立を果たそうとする人々を、人道的な立場からも支援してきました〕

 “ラクス・クライン” の歌に湧きかえる、コンサート会場。
 ガルナハンだったか、圧政より解放された歓びに抱き合う住民を、見守るように佇む “セイバー” と “インパルス” の機影。
 あくまで理知的に、だが憤然と訴えるデュランダルと。
 ビームサーベルを抜き放ち “デストロイ” と交戦する、インパルスの映像が交互に映し出されていた。

 さらには黒煙くすぶる、壊滅したユーラシアの情景。
 無数の青いシートに覆われた動かぬもの、土を掘っただけの墓穴が、かつての悪夢を脳裏に掘り起こす。
“ママー、ママは!?”
“あの連合のバケモノが、なにもかも焼き払っていったのよ――”
“敵は連合だ、ザフトは助けてくれた……! 嘘だと思うなら見に来てくれッ”
 被災民が口々に泣き叫ぶ。
 さらにカメラは次々と、死体の山を映しだす。
 逃げようともがく民間人と思しき男。その背を片足で踏みつけ、銃口を突きつけ薄笑いを浮かべる地球軍兵士を。

〔なのに和平を望む我々の手をはねのけ。我々と手を取り合い、憎しみで討ち合う世界よりも対話による平和への道を選ぼうとした、ユーラシア西側の人々を――連合は裏切りとして、有無を言わさず焼き払ったのです。子供まで!〕

 そうして議長は、煽るように責めるように問い質す。
 何故か、と。
 なぜ平和が許されぬ。なぜ戦わねばならない? 手を取り合えないと、誰が言った?
 らしくもなく両手をデスクに叩きつけ、立ち上がったデュランダルを、

〔……このたびの戦争は確かに、私どもコーディネイターの一部の者たちが起こした、大きな惨劇から始まりました〕

 窘めるように進み出た、憂い顔の “歌姫” が訴える。

〔止め得なかったこと。それによって生まれてしまった数多の悲劇を、私どもも忘れはしません。被災された方々の悲しみ、苦しみは、今もなお深く果てないことでしょう――ですが〕

 このままではいけない、と。
 胸の前で、祈りの形に両手を組み合わせ。
 ユニウスセブン攻防戦、放たれる核ミサイル、そうしてニュートロンスタンピーダーが作動する瞬間を背景に。

〔どうか目を覆う涙を拭ったら前を見てください! その悲しみを叫んだら、今度は相手の言葉を聞いてください……そうして私たちは、優しさと光の溢れる世界へ帰ろうではありませんか! それが私たち、すべての人の、真の願いでもあるはずです〕

 そりゃそうだが。
(誰もが誰も、そうやって遺恨を振り切れるほど強くねえから、武器を持ち出してまで啀み合うんだろ?)
 ディアッカは、両者の意図を測りかねていた。
 ブリーティングルームに集まった隊員のほとんど、特に戦後入隊組は、ひたすら熱心に議長と歌姫のスピーチに耳を傾けているが。
(こうまで派手にぶちかましといて――さあ皆さん一緒に話し合いましょう、なんてオチは無えだろうし)
 外交・説得で片付かない相手だから戦争になるんだ。
 それを、どうすると?

〔なのに、どうあってもそれを邪魔しようとする者がいるのです。それも古の昔から――自分たちの利益のために戦え、戦えと! 戦わない者は臆病だ、従わない者は裏切りだ。そう叫んで常に我等に武器を持たせ敵を造り上げて、討てと指し示してきた者たち〕
 間を置かず、音吐朗々と響き渡ったデュランダルの答えは。
〔間違った危険な存在とコーディネイター忌み嫌う、あの “ブルーコスモス” も、彼らが創り上げたものに過ぎないことを……皆さんは御存じでしょうか?〕
 あきたりな失望を招くことなく、誰の予想をも遥かに上回って世界中に投げ落とされた。

〔その背後にいる彼ら。世界に戦争をもたらそうとする軍需産業複合体――死の商人 “ロゴス” ! 彼らこそが平和を望む私たち、すべての真の敵です!〕

 瞬時に九分割されたモニターが鮮明な写真とともに、その名を映し出す。
(ブルーノ・アズラエル?)
 表示されたファミリーネームの幾つかには、思い当たる節があった。なにより一番若く、血色優れぬ男の画像は。
「ロード・ジブリール……」
 隣に突っ立っていたシホが、小さく息を呑む。
 ざわざわと困惑が伝染していくブリーティングルームの中、高らかに。

「よって、それを阻害せんとする者――世界の真の敵、ロゴスこそを滅ぼさんと戦うことを。私は、ここに宣言します!」

 プラント最高評議会議長による、宣戦布告が響き渡った。

×××××


「……これは、大変なことになるぞ!」
 クルーを振り仰いだ、カガリは蒼白になって叫んだ。
 全世界へ向けて公開されたロゴス幹部のうち、エルウィン・リッター、並びにセレスティン・グロード。
 前者は、セイラン家と懇意にしている財団グループ。
 そして後者はあろうことか、オーブでも五指に入る氏族の遠縁に当たる人間だという。
「オーブだけじゃない、彼らのグローバルカンパニーと関わりのない国などあるものか――それをどうしようと言うんだ、デュランダル議長は!?」
 呆然とモニターに釘付けになっていた、誰も返す台詞を持たず。
 たった数時間でパワーバランスの激変した世界は、現実を以って、ひとつの答えを弾き出していった。

(混乱が怒りに摩り替わるタイミングを狙って、プラント側が動くはずだ……って、こういう意味だったの?)

 驚嘆や興奮よりも空恐ろしさを覚えつつ。
 ミリアリアは、最新ニュースを求めチャンネルを切り替える。

 真っ先に武力蜂起したのは、大洋州、ディオキアやガルナハン、さらには辛うじて被災を免れたユーラシア西部都市など――反地球連合を表明、元よりザフト基地の存在を受け入れていた地域だった。
 怒りに燃えた市民グループが銃を手に、ロゴス幹部のものと判明した邸宅へ撃ち入ったのだ。
 表社会では名士と敬われていた老人が引っ立てられていく様子、そのTV中継が起爆剤となったか……各地で次々と、大西洋連邦に追随していた国でさえ、同様の暴動が勃発。
 これまでに発見された六名のうち、無傷で捕縛された者はたった一人。
 残るメンバーは重軽傷を負わされ、うち二人は――それぞれ頭部に受けた打撲傷と、患っていた心臓病が急激に悪化して死に至ったと報じられた。

「だけど、これじゃあ……議長もロゴスと変わらないじゃないですか!? 自分の利益の為に誰かを煽って、ヒトを殺させる!」
 ブリッジの左端には、憤慨するキラと。
「落ち着け、ヤマト!」
 苦りきった調子で、彼に応じるノイマン。
「報復と称した核攻撃、エクステンデッドの生体実験、さらにはユーラシアの大量虐殺――あれは考えるまでもなく、やり過ぎだ! あの演説を見聞きした一般市民が暴動を起こすほどに。許せないと思われたからこそ、討たれる」
 夕暮れとともに、市民グループの動きは。
 標的の半数以上を拘束、逃走中のメンバーを追跡する段階に移ったためか、多少沈静化していた。
「放送された、ベルリン戦の映像から “フリーダム” は消されていた。プラント側は、おまえが “デストロイ” を撃破した事実を喧伝する気は無いってことだ……なら現状、アークエンジェルがやったと世界に認識されてるのは、アスハ代表の拉致、ダーダネルスとクレタの戦闘介入くらいだろう」
 夜になって、飛び込んできたニュースは。
 デュランダルの声明に賛同・鼓舞された地球連合軍の一派が続々と、自ら属する組織に反旗を翻しているというものだった。
 さらに各地のラボ、関連施設では。
 メディアの取材に応じた職員が、違法行為の告発に踏み切り。エクステンデッドの保護を訴え始めている。
「いま下手に、プラントの政策を非難してみろ。ロゴスの手先と看做されて、押し寄せてきた民間人と戦う事態になりかねないぞ? オーブ上層部にも、幹部と関わった人間がいたならなおさらだ」
「……ッ!」
 モニターを注視していたカガリの背が、びくっと跳ね上がり。
「でも、ほら! まさかリッターだか首長家の親戚やらが、ブルコスの黒幕やってるなんて知らなかったんだろ?」
 チャンドラが、あたふたとフォローを試みるが。
「そんな言い訳、通るわけないだろう? 国の最高責任者が……知らなかったと言ったところで、それも罪だ」
 震えを押し殺した彼女は、もどかしげに 「オーブが心配だ」 と呻いて金髪をかかえ込んだ。
「セイランは、これからどう――」
「せめて少佐から、なにか聞き出せればとは思うが」
「マリューさん相手にさえ黙秘したままだって聞きますし。それ以前にもう期限、五日どころじゃなくなってますよね……」
「たぶんまた暗い雰囲気の中、テレビつけっ放してるんだろうなぁ。医務室も」
 ブリッジクルーの間に、重い溜息が落ちる。
 画面の向こうでは今もまた、NPO法人のメンバーと名乗る女性がインタビューを受けている最中だ。

『しかしアスターさん? むろん実験台にされた子供たちは保護されるべきでしょうが、その……すでに彼らは “普通の身体” ではないと聞き及んでいます。公開されたラボの設備等を見る限り、一般の病院で受け入れは難しいのでは?』
『もちろん、1、2ヶ月で完治するような症例ではありません』
 リポーターの問いに、返される言葉は淀みなく。
『けれど、すでに過ちを認め連合軍を抜けたスタッフの手により、治療マニュアルが作成され、数十の企業から援助金も寄せられております――この問題に関心を寄せていただき、ご支援くださって本当に心強いですわ』

 そうして目まぐるしく揺れ続ける世界の片隅、海底に留まったアークエンジェルの夜は、鬱々と更けていった。



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議長の長台詞は省いてまとめるのに手こずりますです。思いついたらまた削ります。セレスティン・グロードは、どーいったポジションの人間なのか取っ掛かりすら公式設定が無いので詳細ぼかします。