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■ 約束 〔2〕


 半ばムリヤリ詰め込むように夕食を済ませ、医務室へ戻ると。
 シーツに横たわったまま 「なんだよ、また来たのか?」 と目線だけ寄こした、青年は投げやりにつぶやいた。
「黙秘を続けてる敵兵相手に、ご苦労なこった」
「それでも、ずっと張り付いていれば独り言くらい聞けるかもしれないでしょう?」
 卑屈な笑顔にならないよう、出来る限り不快感は与えぬように椅子とベッドの距離をはかってみるが。
「……ふん」
 呆れ混じりに鼻を鳴らしたロアノークは、ごろりと寝返りを打ち、大型モニターが設えてある壁の方を向いてしまう。

「えーっと、じっとしてても汗はかくわよね。シャワー浴びます?」
「要らない」
 応えがあるだけマシなんだろうか、ディープブルーの双眸はこちらを見ようともせず。
 マリューが話題を求め、きょろきょろと首を巡らせば、食事のトレイは手付かずで残されたままだった。
「あの、夕食は……」
「ろくに動かなきゃ腹も減らんだろ」
「あっ! 手錠されたままだとフォーク使いにくいわよね、ナポリタンなんて特に。介助してもいいかしら」
 とにかく何でも良いから話を途切れさせまいと、思いつきを提案してみれば。
「はあ?」
 すっとんきょうな声を上げたロアノークは、次いでげんなりと、手首を戒めるメタリックグレーの手枷を示して顎をしゃくる。
「お断りだ、ガキや病人じゃあるまいし。そんなことに労力割くくらいなら、こいつを外してくれ」
「それは、その。あなた一応、捕虜だから――そういう訳には」
「あっそ」
 元より期待してもいなかったようで、短い相槌ひとつのみ。再びTVニュースに戻ってしまった。
 マリューは無言で、がくりと肩を落とす。
(あの頃は、ムウと……どんな話をしていたんだったかしらね)
 敵意あらわに突っぱねられる状態も苦しくはあったが、鬱陶がるのを通りこし完全無視を決め込まれては、それ以上に辛いモノがある。

 食事と睡眠、尋問の黙殺を除けば、どうしても時間を持て余すからだろう。
 艦に拘束されて以降、特に今日、デュランダル議長の声明が発表されてからというもの。ロアノークは、各地の様子を伝える中継映像に齧りついていた。
 地球連合にとって情勢は、あきらかに不利へ傾いている。
 なにより、特殊部隊 “ファントムペイン” を直轄する母体組織、ロゴスそのものが壊滅の危機に瀕しているのだ――指揮官ならば、動けぬ我が身を歯痒く思うに決まっているか。

 会話の糸口も早々に尽きてしまい。
 まだ見慣れぬ金の長髪、逸らされた広い背中をぼうっと眺めながら、考える。
 クルーは、みんな 『艦長なら』 と。
『恋人だったんだから、少佐の記憶を戻せるかもしれない』 と一縷の望みを賭け、公私混同のワガママに付き合ってくれた。
 自分自身、わずかなりとも己惚れが無かったといえば嘘になる。けれど……丸二年の空白を経た関係性が、なんの意味を成したろう?
 足枷になっているだけ、のような気がする。

〔コーディネイターに対抗するため必要なこと――割り切らなければと、自分に言い聞かせていたんです。それなのに、戦争がロゴスの利益のためだった、なんて〕
 TV画面の中では、元研究員だという男女十数人がインタビューに応じていた。
〔子供捕まえてあんまりだ、と外へ連れて逃げたって。医療設備どころか養う金も無けりゃあ、衰弱死しちまうことは判りきってましたから……〕
 興奮、不安、後悔や焦燥。
 どこか病院の待合室と思しきスペースに座り込んだ、その表情は様々だったが。
〔こんな支援団体が設立されていたとは知りませんでした! 口に出さなくても、迷いを感じてたスタッフは多いと思います。避難先が用意されてるとなれば、きっと〕
 語る女性の胸にしがみつき、眠っている幼児や。
 白衣の背に隠れ膝元にまつわり、警戒と好奇心がない交ぜになった顔つきで、マイクやTVカメラを窺っているのは――保護されたエクステンデッド、もしくは実験素体とされていた子供たちだろう。
〔ええ。こういった症状は、プラントのお医者様には専門外のようですし……ザフトの方々には、病棟の警備をお願いできればと〕
 さらにメグ・アスターと名乗る女性が、“最適化” とは何ぞや、という質問にあれこれ答え始める。

 エルティーエムとエルティーエスがどうたらこうたら。飛び交う単語は、素人には、さっぱり意味が分からなかった。

「……大西洋連邦、セントヘレン北端・クラウバー」
 急にぼそりと聞こえた低い声に、マリューは、散らしていた視線を引き戻す。
「マーデルフラッツ南部・ザハラ、レキ山麓・シャイエン。ユーラシア、アラルシア沿岸・グリーヴ――あの辺は、まったく映らないな」
 ロアノークは不機嫌そうにぶつぶつと、TVに向かって毒づいた。
「上層部しか把握してないんだ、当然か……ったく、下手な兵糧攻めよりタチが悪いぜ。ノールドビーク半島のラボも、このぶんじゃあ補給ルート断たれて強制閉鎖かね」
「え? それって」
 いま確かに、ラボと言った?
「ま、待って! ちょっと待って、書き留めるから――」
 キャビネット上の筆記用具に手を伸ばすが、勢い余った右手に弾かれたペンはころころと床へ転げ落ちていき。
 ああっ、と焦りそれを追いかけるマリューの背後に流れる、辟易した溜息。

 約三分後。
 固唾を呑みつつメモ用紙をかまえると、こちらを一瞥したロアノークは、先程の地名に加え数箇所のラボを明かした。

「だけど……教えないって言ってたのに、どうして?」
「どうもこうも、ただの寝言だ」
 訊ねれば機嫌を損ねてしまうだろうと思いながらも、にわかに信じられず発した問いに。
「……約束したんだよ」
 やはり壁を向いたまま、青年はそっけなく。
「戦争とかモビルスーツとか、そんな、死ぬようなこととは絶対遠い――優しくてあったかい世界へ帰す、って」
 遅すぎだけどな、と呟いた。
「約束?」
 いまいち話の筋が掴めないまま首をひねった、マリューの疑問に答えは返されなかった。
「あの子たちが、他に生きられる場所があったなら……まだ間に合う奴らだけでも、檻から出してやってくれ」
 それきりロアノークは口を噤んでしまい。
「…………ありがとう」
 手のひらのメモ用紙を握りしめた、マリューがやっとのことで絞り出した謝辞にも、なにを言うこともなかった。


×××××


「ど、どうやったんですか!? 艦長」
 そろそろ日付も変わろうという時刻、ブリッジに顔を出したマリューは。
「私は、なにもしてないのよ」
 エクステンデッド関連施設の所在地が、10箇所以上も記されたメモを携えていて、苦笑しつつ首を横に振った。
「なにもしてないって――あんなに頑なだったのに、なにもしないで教えてくれるわけ」
「そんなことより早く “ターミナル” に報せなきゃ、時間切れにされちゃうんじゃないかしら?」
「ああっ、そうかも! メモお借りします」

 とにかく先に連絡だけはと、通信回線を開けば。
 夜分にも関わらずすぐさま応対に出たヘッセルは、一連の地名を聞き終えると、ひゅうと口笛を鳴らし。

「……どうなんですか、足りますか」
〔ああ、充分すぎるくらいだよ。大佐の肩書きは伊達じゃないらしい――どこが真っ先にヤバくなるか、しっかり判ってんだな。ロアノーク氏は〕
「真っ先にって?」
〔一般兵にも知られてるような施設はいいんだよ、すぐ見つけられっから。すでに前線配備されてるエクステンデッドも、即どうなるってことはない……頭痛の種だったのは、地球連合が内外から切り崩された場合に、しっぽ切りで放置されちまうような研究所でさ〕
「前にザフトが調査したっていう、ロドニアみたいに?」
 ミリアリアが眉をひそめると、
〔いや。きっちり処分されるなら、まだ――良いとは言えないが、マシっつーか〕
 語尾を濁したヘッセルは唐突に、意図不明の質問を挟む。
〔 “カニバリズム” って単語、知ってるか? ハウ嬢〕
「か……にば、りずむ? お祭り?」
 ミリアリアだけでなく、周りで話を聞いていたブリッジクルー全員が首をひねった。
「なにか大きな事件が起きたら、それが煽られてどんどん騒ぎが広がっていく――って、そんな感じの意味ですか?」
〔模範解答っつーか、健全な反応だな〕
 苦笑したヘッセルは、まあ、そんなモンだよと肯いた。
〔出来ることも物理的に限りはあるが、被害は最小限に食い止めたいからな。とにかく助かった、ありがとう……これでまた何割かは、外へ連れ出せる〕
 青年は、クルーを見渡して礼を言い。
 アークエンジェル艦橋には、しばらくぶりにホッとした空気が流れた。



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『あの子たちは、ここ (地球軍) でしか生きられない』 …… 公式小説のロアノーク氏がステラたちの運命を割り切るため、己に言い聞かせてたこと。じゃあ、ちょっと視野を広げれば届く別世界があると判ったらどうするの、ネオさん? と思った。