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■ シン 〔2〕


 そうして、たっぷりこってり絞られいびられ床にへばって、根性で立ち上がった傍から小言の集中砲火を浴び。
 夕食の時間になって、ようやく第一日目のカリキュラムから解放されたカガリは――
「ジャーナリストって、みんな……こんな特訓してるのか?」
 どうにか食事を済ませ、湯船で眠りこけそうになりながら入浴を終え、ミリアリアに付き添われて部屋へ帰り着くなり、よろよろふらりとベッドに倒れ込んだ。
「してない、してない。アナウンスに発声練習くらいはするけど、さすがにあそこまでやんないわよ」

 午後から覗きに行った稽古の様は、まるで舞台役者と監督のよう。
 台本を棒読みしていると指摘され、ケンカ腰だと突かれ、ふてくされた気分が滲み出てると叱られて。
 思いつきでラクスの話し方を真似てみたカガリに至っては、似合わないし、旧知の人々が不気味がるから止めた方が賢明だと、スパルタ式にけちょんけちょんである。
 男言葉そのものは凛々しい印象を与えるから、個性として悪くはないとシルビアは評した。
 けれど、声音を柔らかくしなければ、威圧的かつ無作法なイメージに直結してしまう――生徒の問題要素を、彼女は、語調矯正によって180度ひっくり返すつもりでいるらしい。

 当初、カガリは、メディア関係者だからという理由でミリアリアに講師役を依頼したのだが。
 独り立ちを認められたとはいえ、まだまだキャリアも浅い駆け出しの身。なにより発声のコツや正しい敬語はともかく、アナウンサーと政治家に求められる話術は別物だろうと、ターミナル経由で適任者を探して正解だった。
 自分じゃ、ああまで手厳しくやれないし、指導内容に自信も持てそうにない。

「カガリ、カガリってば。髪! 乾かして寝ないと、風邪引くわよ」
「うー……」
 シーツの端に転がったまま、眠りかけていた少女を揺り起こし、枕をクッション代わりに座らせて。
「二年間、ホント――なにやってたんだろうな、私」
 濡れた金髪をタオルでわしゃわしゃやりながら、ミリアリアは、訥々と紡がれる小さな声に耳を澄ます。
「こんな性格だし、首長を継ぐには、あんまり向いてないって思われてたのかな? どこか良家に嫁入りさせるのが無難だと判断して、それで許婚なんか作ったのか……お父様も、たくさん大切なこと教えてくれたけど、娘の言葉遣いを咎めたりはしなかった。だから、先生に怒られたとき、そんなことないってムッとしたけど」
 文句つけられたから言い返して、怒鳴られたら耳を塞いで、嫌なものは周りから弾き出す。カガリは、半ば独り言のように、講師となった女性の台詞をなぞった。
「たぶん私は、そう見えてた。虚勢だった。誰の話も、ろくに聞いてなかったんだと思う――プラントで議長と会談したときも、どうしてオーブの要望を受け入れてくれないんだ、軍備の増強なんかするんだって、そればっかり考えて」
 タオルに包まれていた頭が、ぐりんと急にこっちを向き。
「……ユニウスセブンが落ちたとき、ミネルバに乗ってたって話したっけ?」
「知ってるわよ」
 苦笑したミリアリアが、不揃いな毛先を拭きつつ押し戻すと。
 話題は、ザフト艦内で、同世代のメカニックが漏らしたという言葉に移っていった。

 地球が滅亡したって不可抗力だから、しょうがない。変なゴタゴタもキレイに無くなって、プラントには楽じゃないか。

「私、アタマに来て。一方的に食って掛かったんだ」
 これがどんな事態か、地球がどうなるか、どれだけの人間が死ぬことになるか本当に解っているのかと。
「やはりそういう考えなのか、おまえたちザフトは――って。アスランが隣にいることも忘れて、怒鳴り散らしてた」
 思い出と呼ぶには鮮明で、苦い。
「不安を、冗談で紛らわそうって気持ちくらい、向こうの立場で考えれば分かったはずなのにな。もしあれが本気だったって、オーブのカガリ・ユラ・アスハは、反感買うような暴言を吐いちゃいけなかったのに」
 記憶の吐露は、とめどなく。
「そんなことも分からないのかって、シンに言われて。馬鹿にされたみたいで、また腹が立って……」
 そこで再び、
「あ、シンって、ミネルバ所属のパイロットなんだけど」
 加えられた注釈は既知の事柄だったが、わざわざ話の腰を折る必要も無いだろうと、ミリアリアは静かに頷いて流した。
「いい加減にしろって、アスランが――私のこと止めてくれたけど。くだらない理由で代表に突っかかるなら、ただじゃおかないって、シンから庇ってもくれたけど」
 されるがまま、背を預けていた少女の肩が沈み。
「関係なくなんか、なかった……家族が、アスハに殺されたって」
 瞠目したミリアリアの指先から、水気を含んで重くなったタオルがすべり落ちる。
「国を信じて、理念を信じて、なのに殺されたから。オーブを信じない――キレイゴトを信じないって。あいつ、泣きそうな顔してた」
 それを両手で受け止めた、カガリは、
「今は、こうやって思い出せるのに。肝心なときに私は……自分や、お父様のことで頭いっぱいで。あのとき、オーブ政府の決定で、言葉で、誰が死ぬことになるかちゃんと考えたのかって、訊かれて……だけど、なんにも言い返せないままミネルバを降りた」
 今にも泣き崩れそうに語尾を震わせていた。
「分かった気でいたけど、深くは考えてなかったんだ。解って、それでも選んで覚悟を決めてたら、あんな動揺するわけない」
 父・ウズミと、共に逝った首長たち。
 皆が命懸けで守り抜いたものが、否定されて悔しいと。己の想いにばかり囚われていたという。
「ただ、私が今まで、接する機会を持てなかっただけで。アスハ家を恨んでる人は、たくさんいるんだよな――」
 彼女の話に、ふと、脳裏を過ぎる少年の姿があった。
「……オノゴロ戦で家族を亡くしたっていう、オーブ出身者になら会ったことあるわ。その子は、ディオキアに移り住んで暮らしてるみたいだったけど」
 まだ幼さを残す、深紅の眼光は――今は凪いでいるだろうか?
 それとも “アスハを騙る艦” の存在、一連のニュースを知り、新たな怒りに燃えているだろうか。
「いまさら大西洋連邦に媚を売るくらいなら、最初っからそうしてくれていれば、みんな死ななくて済んだのにって……怒ってた」
 ぎゅっと目を閉じた、カガリの眉が苦痛に寄せられる。けれど、これはごまかしの効かない事実で。
「割合としては多くないと思う。でも、確かにいるわ」
「うん……」
 頷いて、ベッドにうずくまり、膝を抱えた金髪の少女は。
「二年間、放ったらかしにしてたんだよな、私は――彼らの居場所さえ、知らないで」
 こちらに聞かせるというより、己の心を直視しようと、ひとつひとつ自らに問いかけているようだった。
「償うどころか、シンの言葉に逃げたんだ」
 こぼれ落ちる独白が、相槌を求めているふうには感じられなかったので、
「あいつのこと言い訳にして、楽な道へ流されたんだ。国を守る為に、理念を捨てるって……そうしたら、もうウナトたちに責められなくて済んだから。それが正しい判断だって、良いことなんだって思い込めたから」
 ベッドサイドに腰を下ろしたミリアリアは、ただ黙って耳を傾ける。
「オーブ領海のすぐ傍で、連合艦に囲まれて危なかったミネルバ、助けられもしなかったのに。ダーダネルスで、馬鹿なことだって詰られたのに、クレタでも同じこと繰り返して被害ばっかり増やして――合わせる顔なんか、無いけど」
 言葉を切ったカガリは、おもむろに自分の膝上に突っ伏した。
「……会いたいな」
 吐息と、熱っぽいうわ言を落として。
「嫌われて、憎まれても――殴られたっていいから、会いに行きたいな」
 ひどく呼吸しにくそうな格好で喋り続ける彼女が、いっこうに身を起こそうとしないので、もしかしたらまた泣いているのかと、だんだん心配になってきた。
「聞かなきゃいけないこと、もっと、たくさんあったはずなんだよな……」

 それっきり、沈黙が訪れ。
 待てども待てども、彼女は 『く』 の字に折り曲げた体勢から、ぴくりとも動かない。

「あの、カガリ? 落ち込んじゃうのは分かるけど、ほら、シルビアさんも筋は悪くないって褒めてくれてたし! これから、がんばって出来ることやるしかないでしょ? だから今夜はもう、しっかり眠って明日に備え――」
 そっと横から窺いつつ、寝かしつけようと腕を突いた途端。
 それまで微動だにしなかったカガリの身体が、ふらぁーっと緩慢な速度で傾いでいった。
「!?」
「う〜……」
 おかしな角度で横倒しになった彼女は、もぞもぞと手足を動かし――ややあって、聴こえ始める微かな寝息。
 話をするため振り絞っていた気力も尽き、とっくに睡魔の誘いに乗っていたらしい。

「……おやすみ」

 呆気に取られつつ、タオルを回収。
 縮こまった薄着の肢体に毛布をかけてやりながら、ミリアリアは、やれやれと笑った。



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そこはかとなくカガシン。
会いたいと思い浮かべた人物は、アスランというのも有りですねぇ。