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■ 闇の胎動


 がみがみくどくどぎゃーすかザフトの規律と威厳がうんたらかんたら。
 きぃきぃねちねちかりかり女心に対するデリカシーがどうたらこうたら。

 イザーク機、シホ機に両サイドを挟まれる陣形で、大気圏を突破したディアッカは――息つく暇も無く、長ったらしい説教の二重奏にさらされていた。
(……うるせえな、眠れねえっつーの)
 燃料節約の為モニターは使わず、音声だけが響いているのを良いことに。
 暑苦しいパイロットスーツの襟元をはだけ、座席もソファーベッド状に調節。足を組んで寝転がり、チョコレート味カロリーメイトをばりぼりと。さらに大あくびを連発しながら思う。

(イイじゃねーかよキスのひとつやふたつ減るモンじゃあるまいし)

 だいたい、もうちょい長居してイロイロやりたいところを、あんな紳士的スキンシップで我慢したんだぞ、俺は?
 こちとら二年越しでお預け食らってんだ、労られこそすれケチ付けられる謂れは無い。断じて無い――はずだが、同僚たちが怒鳴り疲れて黙るには、もう少し時間がかかりそうだ。
 転寝を諦めたディアッカは、スヴェルドで入手したディスクデータを、液晶ディスプレイに読み出す。

(ケースラベルが “EX” になってんのは……全部、エクステンデッドの研究資料か。これは親父に、だな)

 併記されている四桁の数字は、さしずめ固体識別番号といったところか。
 次に取り上げた “ML” の列には、連合幹部ひいてはブルーコスモスと繋がりを持つ、政財界重鎮の氏名や連絡先がずらりと並んでいた。
 しかし高揚は、すぐさま投げやりな失笑に変わる。
 リストアップされた固有名詞はあまりに数が多く、所在地も地球全土に渡っており――本来、中立国であったはずのオーブ閣僚まで、ちらほら混じっている有り様には笑うしかない。これでは逆に使えないだろう。
 正面切ってジブリールを追い詰めようとするなら、再びコーディネイターVSナチュラルの殲滅戦だ。
 ひとまず該当のプラスチックケースを、チェック済として一纏めに。あまり期待せず、また外観の異なる黒いディスクを差し込んだ、

「……RE……Q……UIEM?」

 ディアッカは、軍用兵器の開発記録と思しきデータに、眉を顰めた。
「ゲシュマイディッヒ・パンツァー全五基、うちグノー、フォーレ、シミュレーションエラー。屈折角再調整」
 巨大な、円筒状構造物の設計図が、ディスプレイの中で鈍い光を放ち。
 画面を切り替えるたび、前後左右にくるくると回転する。
「ジェネレーター、リフレクター、強度不足により比率変更、レアメタル搬入納期4日短縮、設定プログラム更新」
〔なにをブツブツ言っているんです?〕
 訝しげな問いに 「ディスクを整理してんだよ」 と答え、僚機へデータを転送しながら。
「ビーム偏向装置の改良履歴だ、また馬鹿デカイ代物を――モビルスーツ量産じゃ飽き足らず、どっかの基地か戦艦あたりに装着するつもりなんだろうぜ」
〔確か……ヤキン宙域で戦った連合機が、似たような装甲を備えていたな?〕
「ああ、大鎌を振り回してたヤツだろ」
 ビームを弾き返す、背部のリフターに散々手こずらされたことを思い出す。
 軌道をねじ曲げ飛んできたプラズマ砲に、死角を突かれたカガリの “ストライクルージュ” を、イザークが庇ったときも驚いたが――敵機に向かっていった “デュエル” がシールドごと爆散した瞬間は、総毛立ったものだ。
 最後には追加装甲 “アサルトシュラウド” を盾代わりに脱ぎ捨て、相手の懐に飛び込んだイザークが、ビームサーベルを叩きつけ撃破したわけだが。
〔用途は? 具体的にどこで、どう使われる予定なんだ〕
「ダメだ、こっちの添付ファイルは開発費明細だけで……おまえらが積み込んだ資料は? 本体色が黒のヤツから探してみてくれ」
 舌打ちしつつ、ディスクの特徴を伝えると、
〔黒、ですね?〕
 スピーカーで応答があり、ややあって通信ランプが点滅。二人が順に、左右モニターに姿を現す。
〔無いぞ、そんなもの。薬物投与が人体に及ぼす統計検証ばかりだ〕
〔私の手元にも “被験体” の入出記録しか見当たらな――いえ、ひとつありました! 黒いディスクが〕
「中身は? 名称が “REQUIEM” になってるか?」
〔これ……は……違うようです。戦略装脚兵装要塞、GFAS-X1 “デストロイ” 〕
 ガタガタとせわしなくコンソールを弄っていた、彼女はみるみる顔色を失い、次いで悲鳴じみた声を上げた。
〔おそらく新型の破壊兵器です! データ、そちらへ転送します〕
 間もなく表示された文字列が示す脅威に、ディアッカは目を眇め、イザークが愕然と呻く。
〔これだけの火力を、たった一機で――だと!?〕

【 高エネルギー砲アウフプラール・ドライツェーン   熱プラズマ複合砲ネフェルテム503   200mmエネルギー砲ツォーンmk2   75mm自動近接防御システム・イーゲルシュテルン   1580mm復列位相エネルギー砲スーパースキュラ   腕部ビーム砲シュトゥルムファウストMJ-1703 5連装スプリットビームガン   マーク62 6連装多目的ミサイルランチャー   陽電子リフレクター・シュナイドシュッツSX1021 】

「生体CPU、未定。全高38.07m、重量404.93t……重装備もここまで来ると、モビルスーツって言うより移動要塞だな。シュバルツと並べたら、縦に二倍、重さは五倍以上だぜ?」
 単機で突っ込んでいった自分が、蝿を払うように墜とされ、さらにグシャリと踏み潰される様をなんとなく想像して、シャレにならないと頭を抱える。
 規格サイズのモビルスーツを人間に例えるなら、この “デストロイ” はまるで巨神だ。
〔製造元は? まさか、またモルゲンレーテじゃないだろうな!?〕
「いや、アドゥカーフ・メカノインダストリー社。大型モビルアーマーの開発企業らしいな――工場の地名は載ってるぜ。どうする? 休暇返上・ザフトのお勤めってことで、地球に引き返して奇襲仕掛ける?」
 電子MAPを睨みつつ、提案するディアッカ。しかし、
〔……無理です。最終調整を待たず、連合側に引き渡されています。日付は、私たちがスヴェルドに降りた一週間前……搬送先は、ユーラシア〕
 シホは、浮かぬ表情で首を横に振った。
「 “ミラージュコロイド” の有用性にも限界があります。民間の軍需施設ならまだしも、連合基地内部では――シュバルツの武装で警備網をすり抜け、こんな巨大兵器を破壊できるとは思えません。そちらのディスクにある、ビーム偏向装置も気になりますし」
 研究所への潜入行為だけでも、かなり危険な橋だった。
 ターミナルが持ち去った資料に、同種のデータが含まれていたかどうかも定かでないからには、とにかく一度、マイウス市の工廠へ戻ってディスク類を降ろさなければと。
「それに休暇の残日数も、余裕がありません。ザフトで無断欠勤扱いになるだけならともかく、事が公になれば、個人の責任問題では済まされない……これ以上独断で、戦闘行為を重ねるべきではないと思います」
 しごく真っ当な、主張を続ける彼女に。

〔…………地球には、戦艦ミネルバがいる〕

 渋面で黙考していたイザークは、やがて唸るように判断を下した。
〔この “デストロイ” を相手にしては、エースクラスのパイロットと機体でなければ歯が立つまい――基地を攻撃するにしろユーラシアへの警戒を強めるにしろ、今は “インパルス” のシン・アスカを向かわせるより他にないだろう〕
「あー、なんせ頼みのアスランがなぁ」
〔……その先を言うな〕
「クレタで暴れたフリーダムに、さっくり斬られてサイコロステーキ?」
〔やかましい!〕
 制止を無視して嘆いたディアッカへ向け、癇癪玉が炸裂する。
〔議長から直々に拝領したという、最新鋭機 “セイバー” を! よりにもよってフリーダムなんぞに完膚無きまでにやられおって、袖を通した “赤” がすたる! FAITHの徽章が泣くぞ!? キラ・ヤマト絡みで判断を狂わすのもいい加減にしろ、アスランめ!!〕

 スヴェルドを発ち、補給先を決めた後。まずは出現を確認していたダーダネルスへ。
 そこからアークエンジェルを探すうち、戦闘の名残が濃く残るクレタへ辿り着き――ミネルバとジブラルタル基地の通信を傍受して、状況を掴んだという次第だったが。

「おまえ、あの艦で半日過ごして、よく耐えられたよねえ? 偉い偉い」
 オーブ側の事情も多少察しており、なにより、アスラン本人が無傷で生きていると判明していたからこそ、自制も効いたんだろう。
〔ヤツと同じ空気を吸わんで済むよう、細心の注意を払ったわ! 文句なら山ほどあるが、俺たちはあくまで情報提供に付随する補給のため乗艦した。出発を急ぐのに、波風を立てるべきではないと思ったから我慢したんだ――仇の半分も討ってやりたかったがな! 後先考えんで良いなら、ザフトの主戦力を削り落とした責任を取れと蹴り飛ばしていたところだ! むしろ今から引き返し、二人まとめて殴ってもかまわんか!?〕
「……俺の顔も、つぶれるからヤメテ?」
〔だったら思い出させるな、馬鹿者ッ!!〕
 間髪入れず、耳を劈く怒号。
 僚機と通じるスピーカーから、がっこんがっこん、コックピット内部を蹴りつける音が反響する。
「コンソールは殴るなよ、壊れるぞー」
〔だから、どうしてあなたは、イチイチそうやって人の神経を逆撫でするんですか!?〕

 緊張と退屈が混在していた往路に比べ、ひどく多忙かつ騒々しい復路であった。

〔とにかく、新型兵器に関するデータだけは、母上たちの判断を仰いでなどいられん。一刻も早くザフト本部へ報せなければ〕
 激情に荒いでいた呼吸を整え、イザークが言う。
「なら、匿名でタレ込むか? 手遅れになる前に調査しろって」
〔ああ。最短コースからは少し逸れるが、プラントへは、要塞メサイア宙域を経由して戻るぞ……途中ですれ違うだろう、守備隊の母艦にもデータを流す〕
 さすがにジュール隊の名は出せないが、戦局に関わる地球連合の機密情報だ。
 提供者や真偽確認は後にして、まずはユーラシアの都市駐留軍へ連絡が行くだろう。
〔――こんなモノ、完成させる訳にはいかん。急ぐぞ〕
〔はい!〕
「分かった」
 焦燥もあらわに呟いて、加速したイザークに従い―― “シュバルツ” 三機は、宇宙空間を駆け抜けていった。



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デストロイデータ。本編27話時点で、議長が眺めていた記憶ありです。悪者と戦うミネルバ、の図式が必要だったから、わざと放置していた……のかな。謎。