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■ インパルス 〔1〕
〔久しぶり、とか言ってる場合じゃないわよアンタたち――とうとうプラント政府が、アークエンジェル一派の討伐命令出したって!〕
通信を繋げるなり騒ぎたてたモニカに、食事中だったヴィラッド兄弟はげんなり相槌を打った。
「朝メシの時間帯に、息切らして叫ぶほどのことかよ? 想定内だろが……」
「ユーラシア近辺もNジャマーの障害が激しいですし。おとなしく海底に潜ってれば、そうそう発見されはしませんよ――まだ僕ら食べ盛りなんだから、朝食くらい静かに摂らせてください」
〔だからーッ! 内陸の山岳地帯をうろついてたとこ、ザフトに見つかって追われてんのよ。あの艦!!〕
「ハァ!?」
声を揃えた社長と専務のすぐ傍で。
インスタントコーヒーを運んできた秘書のカーリィが、何事かと目を白黒させる。
〔回答要請の準備が整うまで、待機させとくんじゃなかったの? 狙われるの覚悟で出てったワケ!? ねえ、こっちの段取り総崩れなんだけど!〕
「……ヘッセル」
ぎちぎちとゼンマイ人形のような動きで兄を窺った、カノンは引きつった笑み浮かべ。
「確か、つい数日前――不用意に艦を出すなと、ブリッジクルーに釘刺さしてた記憶があるんですが。僕の空耳ですか?」
食べかけのプチトマトが皿の上で、無惨にフォークで押し潰された。
「なんか今頃 “どうしてザフトが急に?” とかショック受けつつ寝言ほざいてそうで、ものっすごく嫌なんですけど」
〔はぁ?〕
青年の呟きを聞き咎めた、モニカは思いっきり眉をひそめる。
〔どうしてって考えるまでもないじゃない? プラント側にしてみれば、現に一機と一隻だけで、あちこち混乱させてた危険因子なんだから。とーぜん撃っときたいわよ。これからロゴスと前面衝突を控えてるのに、また横槍を食っちゃたまんないもの〕
「ある意味、相手を敵視してない証拠なんだろうけどな。目の敵にされる理由が解らないってのは……」
両肘をテーブルについて項垂れた、ヘッセルは頭痛をこらえつつ呻いた。
「せっかく “証言者” が集まり始めた矢先だってのに――このまま、ぶち壊しか?」
「……馬鹿は死ななきゃ治らない、と言いますが」
その向かい側で、カノンは虚ろに遠い目をしていた。
「アホって死ななくても治るんですかね? それとも死んでも治らない?」
「俺が知るかよ、まったくどいつもこいつも!」
ダイニング備え付けのPCに飛びついたヘッセルは、怒涛のごとくキーを連打し始め。
「どうせアークエンジェルの目的地はオーブだろ。無事に追撃ふり切って逃げた場合、通過ルートになりそうな中継点は――ポート・バスキース、シディの町工場に、ティーラデルの地下ドックか」
シミュレーションデータが刻まれた地図をプリントアウトしつつ、矢継ぎ早に指示を出す。
「悪い、カーリィ。後回しに出来る通常業務をリストアップしてくれるか? カノン、空域観測に補給修理併せて頼めるか打診しろ。コダックのオヤジにも連絡! 姐さんは、入国審査がこれ以上厳しくなる前にプラントへ向かってくれ」
×××××
迷路のごとく連なる山脈すれすれ、西へ、ひたすら西へと。
全速で海を目指していたアークエンジェルの艦橋窓が、突如としてダークグレーに染まった。
「うわあ!?」
突き飛ばされるように横倒しになった、ミリアリアたちは反射的に座席シートへしがみつく。
正確には乗員ではなく艦体そのものが垂直に傾いたのだ――さらに閃光が奔り、背後で響きわたる炸裂音。
「……ッ!」
どうにか平衡感覚を取り戻した反動でまた、ぎりぎりと腹部を絞めつけるシートベルトの圧迫感に、
「すいません!」
苦痛に顔をゆがめるクルーを見渡して、舵を握ったまま謝罪するノイマンと。
「いや、助かった――」
ぶんぶん首を振ったカガリの様子に、バレルロールまがいの荒業で以ってさっきの “影” を避けたらしいと、ようやく悟った。
「そんな……なぜ、あの艦が!?」
呆然とモニターを凝視するマリューと、同じ疑問を誰もが抱いたろう。
待ちかまえていたように立ち塞がった相手は、ベルリン郊外に碇泊しているはずの “ミネルバ” だった。
なぜ、とマリューが自問したのは、今日二度目。
オーブへ進路を定め、雪吹き荒ぶ山岳地帯を移動していた明け方、コンプトン級ザフト艦隊に狙い撃たれたのだ。
キラは “フリーダム” で出撃、アークエンジェルも迎撃システムを駆使して応戦するが、バクゥ、バビ――ほぼ全方位から浴びせられるビームやミサイルをいくら薙ぎ払おうと、無数のモビルスーツ隊に囲まれては抗しきれるものではない。
『これでは沈みます! 直撃の許可を……認められないと仰るのなら、せめて我らの “ムラサメ” 隊を!』
『分かるけど――キラ君にも言われたでしょ? そうして撃たせるのが目的かもしれない、と』
アマギ一尉の訴えを、マリューは唇を噛みつつ退けた。
ザフトと戦いたくないという心情とは別に、今は抜き差しならぬ理由があった。
デュランダル議長の “ロゴス撲滅宣言” 直後に。
もしザフト艦隊を全滅させて行方をくらますような真似をすれば、今度は、アークエンジェルが “世界の敵” と報じられかねない。
『ムラサメは一機も欠かさず、オーブへ連れて帰るから』
出撃前、キラは約束していった。
そうして出来る限りパイロットの命を奪わず済むよう、敵機の武装やメインカメラ、フライトユニットのみに砲口を向けている。
“フリーダム” は “インパルス” と一騎撃ちに縺れ込み。
ミサイルを放ちつつ旋回したグレーの艦影は、こちらの攻撃を避けようともせず一直線に距離を詰めてきた。
(脅しだって、見抜かれてる……?)
威嚇射撃は弾道そのまま、ミネルバが通り抜けていったポイントに着弾して岩肌を抉り落とす。その爆音に被せるように、国際救難チャンネルで通信が入り。
モニターに映った、ザフトの制帽と白服を纏うきりっとした印象の女性は、タリア・グラディスと名乗った。
〔――アークエンジェル、聞こえますか?〕
毅然と送られた 『警告』 の内容は、司令部より、アークエンジェルの撃沈命令を受けていること。投降するなら、乗員の安全は保証すると。
「さすが、あの “ミネルバ” の艦長ね……やっぱり敵にはしたくないわ」
「しかし! ここでザフトに投降などしたら、カガリ様の御身は――」
微苦笑を浮かべるマリューに意見したオーブ兵を、カガリが 「よせ!」 と窘める。そこへ通信機が音をたてた。
「メッセージ、キラからです――海へ。カガリをオーブへ、それを第一に」
インパルスの猛攻にさらされながらも、ブリッジに一瞬兆した迷いを聞き取ったらしい。
確かにカガリを、ザフト側へ引き渡すわけにはいかなかった。
議長だけでなくミネルバクルーとも直に顔を合わせたことのある彼女が、身柄を拘束されれば……クレタやダーダネルスに現れた “代表” を、偽者と断じたオーブ政府の弁明も虚偽と暴かれてしまう。
ロゴスが糾弾され、地球連合の組織維持さえ危ぶまれる今、オーブの立場を傾ける事態だけは回避しなければ。
「ミリアリアさん、向こうと同じチャンネルを開いて」
通信機に手を伸ばしたマリューは、やや躊躇いがちに 「貴艦の申し入れに感謝します、ありがとう」と返した。
〔あー!?〕
ミネルバの副官だろう黒服の男性が、すっとんきょうな声を上げ。グラディス艦長も驚いたように目を瞠る――ただ礼を言われただけなのに、なんだろう。このオーバーリアクションは?
「ですが……残念ながら、それを受け入れることは出来ません。本艦にはまだ仕事があります」
ミリアリアが首をひねっている間にも、マリューは訥々と語り続ける。
「連合か、プラントか。今また二色になろうとしている世界に、本艦は、ただジャマな色なのかもしれません。だからこそ、ここで消えるわけにはいかないのです」
しばし流れる沈黙。
グラディス艦長は戸惑った様子で口を噤み、けれど通信は、どちらからともなく切られた。
ふと、二年前、メンデル宙域で “ドミニオン” と対峙したときの――同じように降伏を勧めてくれたナタルの、声と表情がおぼろげに脳裏を過ぎり――消えた。
モビルスーツ隊の攻撃が再開された。
ここまで “アークエンジェル” を追い込んできたコンプトン級が、脱出など許すものかと言わんばかりにミサイルを連射する。
そう、やすやすと見逃してもらえよう筈もない。この空域を強行突破するしか。
艦長同士の対話により一時休戦となった数分間に、ブリッジクルーは多少息を整えられたものの。
ずっと集中攻撃されていた、キラは、さすがに疲弊してきているようだった。
飛び道具代わりにシールドを投げつけられた、と思いきや敵機のビームライフルがそれを直撃、反射屈折した熱閃は “フリーダム” の頭部すれすれを掠め。竦むように踏みとどまったところへ、さらに振り下ろされるビームサーベルを――すんでのところで回避した、キラは “インパルス” の首から左肩までをばっさり斬り落したが。
「よし、これで追撃の手も……って、ええ!?」
背後でチャンドラが、うわずった呟きをもらす。切り離されたトリコロールの上半身部が “フリーダム” 目掛けて突っ込んでいったのだ。
破損部をパージするとともに戦闘機形態に変じた “インパルス” が連射した、機関砲に射抜かれた鉄塊は、オレンジの炎を噴き上げ爆散――襲い来る熱風と衝撃に、キラは機体のコントロールを失う。その隙に、母艦より射出されたパーツと再合体を終えたザフト機は、どうにか体勢を立て直した “フリーダム” の斬撃を、胴部で上下に分離するという奇策でかわした。
(……押されてる?)
ミリアリアは我が目を疑った。相手のスピードに、キラが翻弄されている?
「海岸線まで、あと10――!」
「これでは保ちません、ムラサメを!」
「振り切って!!」
「キラは!?」
怒号と悲鳴が飛び交うブリッジに、待ちに待った 「非常隔壁閉鎖、潜行用意!」の指示が飛び。
「はい!」
「キラ……キラは!?」
あきらかに追い込まれている弟を、助けに出られない状況が歯痒くて仕方ないんだろう。
「キラ様なら、だいじょうぶです!」
「ルージュを出せ、私が行く!」
アマギの制止も聞かず、コパイロット席から飛び出しかけたカガリを、マリューは「ダメよ!」 と叱りつけた。
ミサイルの驟雨をかい潜って山脈を突破した勢いのまま、アークエンジェルは水飛沫を上げ、海面に突っ込むように潜行していく――あとは “フリーダム” がザフト機を退けて、帰投すれば。
(キラは、どこ?)
モニターを切り替えたミリアリアは、そこに映し出された光景を見とめて凍りついた。
“インパルス” のレーザー刃に胴部を串刺しにされたモビルスーツが、真っ白な閃光に塗りつぶされたあと――画面に表示される、テキストオンリーの無機質な文字列。
【 SIGNAL LOST 】
迫り来る陽電子砲のエネルギー反応を捉えた計器の、せわしなく点滅するアラームが、他人事のように遠く聴こえる。
強ばった身体を、次いで殴り倒されるような衝撃が襲い――ミリアリアの意識は、モニターごとブラックアウトした。
管理人脳内設定のミリアリアさんは、シグナルロスト恐怖症です。たった二年じゃトラウマは消えないでしょう。しかし公式小説とかぶる場面は書きにくいな……。