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■ インパルス 〔2〕


 “ナチュラルって、やっぱ――”


 ぼんやりとした視界の先、呆れ顔した誰かが、わざとらしく肩を竦めた。


「バカって言った方が、バカなのよー!!」

 心底ムカついて大声で――叫びながら飛び起きた、瞬間。
「ぐはっ!?」
 ゴツン!! と脳天に物凄い衝撃、それから誰かの呻き声、どさっと物が落ちる音。
「いいい、痛ったあ……!!」
 夢と現実の狭間で混乱しつつもジンジンと痛む頭を両手で抱え、ミリアリアは涙目でその場に突っ伏した。
「おいおい、なにやらかしたんだ? ノイマン」
「なにって、タオル替えようとしてただけだぞ? ……たぶん」
 タオル? 
 茶化すようなマードック、それから困惑気味なカガリの声に、訳も分からぬまま顔を上げれば。
 壁際に腕組みして立ち、おもしろそうにこっちを眺めている整備士と。
 部屋の中央あたりで目を白黒させている、オーブの姫。
 それから自分は、なんでか上半身だけ起こしてベッドに乗っていて――その脇に丸イス。さらにその横に顎を押さえ、床にうずくまっている――ノイマン?
「……なんで私、こんなところで寝てるの?」
 デスク上の小物等からして、アークエンジェル艦内の宛がわれた私室だろうが、パジャマ姿でもないし、カガリはともかく男性陣がいるのは妙だ。時計を見ても、まだ夜と呼ぶには早すぎる時間帯である。
「被弾と着水の衝撃が強すぎたらしくてな。脳震盪を起こして、気絶していたんだ」
 カガリが簡単に説明してくれて、立ち上がったノイマンが頭を下げる。
「荒い操縦をしてしまって、申し訳ない」
「やだ! ノイマンさんの所為じゃないから気にしないでください。私こそ、ごめんなさい。そもそも艦が危ないってときに気絶だなんて情けない――」
 慌てて両手と首を振りながら、あらためて見ればノイマンの顎はうっすら赤くなっていた。
 どうやら跳ね起きた拍子に彼に頭突きを食らわせてしまったらしい。自分でも、くわんくわんするくらい痛かったし、あとで青痣になったりしなければ良いけど……と考えていたミリアリアは、はたと固まった。
 艦が危ないって? 被弾? 着水?
 気絶する前のことを思い出そうとして――脳裏に甦る文字列。

【 SIGNAL LOST 】

 一瞬で血の気が引いた。
「! キラは!?」
 ミリアリアの勢いにたじろぎつつも、
「だいじょうぶだ。あちこち怪我はしてるけど、寝てれば治る程度の傷だってさ。今は医務室で休んでるよ」
「フリーダムは残念ながら大破してしまったがな……負けると悟って真っ先に原子炉を閉鎖した、判断力はさすがだよ。もし核爆発しようものなら非常用シャッターも機能せず、一帯のなにもかも巻き添えに海の藻屑だったろうからな」
 カガリとノイマンが笑って答え、マードックも得意げに胸を張った。
「ザフトの追跡も振り切ったぜ。目くらましに第2エンジンを切り離して、爆発させてやった。残骸を詳しく調べられりゃ、まあ逃げたとバレるだろうが……時間稼ぎにはなったろ」
「……良かったぁ」
 肝が冷えたぶん、安堵もひとしお。ミリアリアは再び、己の膝に突っ伏した。
「それで、起きたばっかりのところ悪いんだけど。戦闘後しばらくしてから、通信機にずっとノイズが入ってるんだ――ターミナルからの暗号電文じゃないかってチャンドラが言うけど、解析は難しいらしくてさ」
「どのみち艦も修理中ですぐには動けない。まだ身体がキツイようなら、もうしばらく休んでからでも良いんだが」
「大丈夫です。なにか急ぎの話かもしれないし」
 ベッドから下りようとして足元に目を向けると、ベッドサイドにタオルが落ちていた。拾い上げてみると、ぬるい感じに湿っている。
 ああ、ノイマンはこれを取り替えようと屈んでいたせいで、頭突きを浴びる羽目になったんだろう。しかし濡れタオル? 私は熱を出した子供か――と苦笑するも、軍服が汗ばんだ感じが残っている。
(あとで一緒に洗濯しなきゃね)
 まだ少し痛む頭に辟易しつつ、ミリアリアは三人と連れ立ってブリッジへ向かった。

 その途中、医務室の前を通りがかり。

「あ、ミリィ。気が付いたんだね、良かった」
「それはこっちの台詞!」
 無事だったとは聞いていても、実際に顔を見るとやはりホッとする。
 ベッドに横たわったキラの頬にはぺたりとガーゼが貼られていた。胴体は服に、足はシーツに隠れて見えないが、ギプスをしてるでもなし表情も痛がっているようには思えない、ホントに軽傷で済んだようだ。
「重症にはならなかったって言っても、疲れたでしょう? ゆっくり休んでてね」
 言い置いて、踵を返しながら……安心して気が緩んだからか、ふと、どうでも良いような感想を抱く。
(サーモンピンクのTシャツ着てて、ちっとも違和感ないんだもの。やっぱり中性的って言うか、女顔よねえ)
 寄ったついでに医務室にあった使用済タオル等も回収して、途中で出会ったオーブ兵が洗濯室に行くというので預け。

「ミリアリアさん!」
「気が付いたんだな、良かった良かった」
 ブリッジの扉を開けると、マリューとチャンドラが揃って振り返った。
「すみません、気絶なんかしてる場合じゃなかったのに、脳震盪くらいで――ご迷惑かけました」
 カガリが “ルージュ” でキラのコックピットを探し回り、皆がミネルバやインパルスによる再襲撃を警戒する最中、気を失って仕事も出来ず終いとは、情けない。
「いいのよ。すごい衝撃だったものね……私も一瞬、気が遠くなったわ」
 微笑んでフォローしてくれる艦長に、もう一度頭を下げ。
「こっちに来たってことは妙なノイズの件、聞いたんだ? これが、なかなか手強くってさ――頼める?」
「あ、はい」
 自席のシステムを立ち上げるべく手を伸ばす前に、チャンドラが促すように席を譲ってくれた。確かに今まで解析を試していたなら、そこを借りた方が早い。失礼します、と断って着席、ターミナル関係者が良く使うパターンを試していくと、5つ目でヒットした。
「出ました! ターミナル中継点 “ヴィラッド” からです」
「やっぱり、暗号電文か」
「あーあ。またあの弟から、嫌味言われるのかね?」
「不用意に艦を出すなと、忠告を受けた矢先のことだしな」
 ノイマンとチャンドラが顔を見合わせ、嘆息するのを横目に電文を読み上げる。

【 この通信を傍受したってことは、とりあえず逃げ延びたんだろう? 修理補給が必要なら、ポート・バスキースかティーラデルの地下ドック、もしくはシディの町工場に行け。話は通してある 】

 文体からしてヴィラッド兄弟の兄、ヘッセルからのようだ。
「……そういえばアークエンジェルは、支障なく動ける状態に戻せそうなんですか? さっき、第2エンジンを爆発させたって言ってましたけど」
「正直、厳しいわね」
「ザフト軍の砲撃にさらされて外装はぼこぼこ、整備班で頑張っちゃいるが修理用の資材も足りそうにねえし、もし今またミネルバに見つかろうもんなら一撃で木っ端微塵だろうなあ」
 元々技術士官だったマリューが表情を曇らせ、マードックもお手上げのポーズ。
「補給を受けられるなら――私は、厚意に甘えたい」
 カガリが思案顔で、言葉を続ける。
「あのザフト艦隊……ミネルバも。私たちが動き出したと気づいて、どこかの基地から追って来たのかと思ったけど。それにしてはタイミングが早すぎだ」
 確かに、とブリッジクルー全員が頷く。
 人気が無い山岳地帯を選んで飛んでいたのに、あっさり発見され、逃げ場も無いほどの数に囲まれてしまった。
「議長の声明が発表されれば、オーブに戻ろうと動き始めると読んで、先回りしてユーラシアからの航路に張り込ませていたんだとすれば――フリーダムを破壊されて、アークエンジェルも被弾して、補給先にと頼ろうとする国がどこかも見透かされていると思う」
 プラントを敵に回し、地球連合との関係もぎくしゃくしている今、戦前と変わらぬ友好国と呼べ、物資の提供を望めるほどの大国はスカンジナビアくらいのものだが。
「間違いなく待ち伏せされているだろうし、迷惑をかけるから、どの国を頼るわけにもいかない。オーブと直接は繋がりが無い場所で、世話になった方が良いと思う」
「そうね。陸に上がらなくて済むから、ここからで見つかりにくいのはティーラデルかしら……」
 ノイマンとマリューがモニターに地図を表示、ルートについて相談を始めるが。
「あれ? 暗号電文、続きがあります」
「今度こそ嫌味か?」
 チャンドラが身構えるも、表示された内容はまったく違っていた。

【 今後のことについても教えておく。ターミナルは近く、証言を集め終え次第、プラントに回等要請をする。ひとつ――地球連合軍が襲撃してきた際、淡紅色のモビルスーツに庇われた住民が相当数いる。ぜひ礼を言いたいと望んでいるが――ニュースで報じられた映像や内容に、該当モビルスーツの姿は無かった。パイロットの氏名、所属、連絡先は? 】

「カガリさんのことね」
「そういえばニュース画像では、意図的に削除されている感じだったな」
「ヴィラッドたちはとぼけてるにしても、ベルリン市民には……オーブ代表の愛機だと、分からないものか?」
「私たちにとっては当たり前になっちゃってますけど、軍や戦争のニュースをよっぽど気にして観ていない限り、モビルスーツの区別ってあんまりつかないと思いますよ。他国のものなら、なおさら」
 自分も昔はそうだったな、と苦く懐かしく思いながら、さらに続きを読み上げる。

【 ふたつ――インパルスのパイロットが、大破した “デストロイ” のコックピットから担ぎ出した連合兵と何事か言葉を交わし、こちらの制止・詰問も振り切ってどこかへ連れ去っていったという目撃証言が、現地自警団のメンバーから複数上がっている 】

「インパルスって……シンが? デストロイのパイロットを? なんで?」
「いや、なんでって言われても」
 シン・アスカと面識あるカガリにさえ見当が付かないなら、他のクルーに分かる訳がない。

【 ベルリン市街に甚大なる被害を齎した、このモビルスーツは、ザフトによる公式発表では爆散、操縦者も焼死したとされ引き渡されなかったが――生きているなら尋問されるべき敵兵の身柄を隠匿した理由は、どういった意図か? 地球連合軍の横暴からユーラシアを守るべく戦ってくれたザフトを疑いたくはないが、あきらかに不審な行為は看過できない――プラントとの友好関係を今後も継続発展させていく為にも、納得のいく回答をいただきたい 】

 妙な話だ、と顔を見合わせ。
 直接話を聞けばもう少し詳細が判明するかもしれないと、生存報告ついでに通信をかけてみると、
「……おや、皆さん。ご無事で何よりです」
 応じてモニターに映ったの弟の方だった。アークエンジェルに対して呆れているのか諦めの境地に至ったか、これといった嫌味は飛び出さず、ミリアリアは内心拍子抜ける。
「ありがとうございます。暗号電文、受信しました――ティーラデルの地下ドックに寄って、補給を受けたいと思います」
「そうですか。ヘッセルが電文にも載せたと思いますが、話は通してありますので。5km圏内まで近づいたら、3番コードを使って通信かけてください。あちらのオペレーターが誘導します」
「分かりました」
「あのっ、プラントへの回答要請……!」
 カガリが横からモニターに割って入り、カノンは片眉を跳ね上げた。
「シン――あ、いや。インパルスのパイロットが、デストロイに乗っていた連合兵をって――もう少し、詳しいことは?」
「現場に居合わせた人間にさえ意味不明な話だから、問い合わせようとしているんですけれど。他に、省いて書かなかったことなんて」
 僕が知るわけないでしょう、と言いたげに突き放したカノンだったが、そこで少し声のトーンを落とした。
「まあ、そうですね。 “デストロイ” のパイロット、目撃者の話からして少女だったようですが……その子を抱きかかえて、泣いていたそうですよ。シン・アスカは」



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管理人脳内設定のミリアリアさんは、シグナルロスト恐怖症です。たった二年じゃトラウマは消えないでしょう。しかし公式小説とかぶる場面は書きにくいな……。