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■ 眼差しの先 〔1〕


 30分くらいで戻るから、晩ご飯は一緒に食べないかと誘われた、
「え? キラ、いま起きてるんだ――待って、私も一緒に」
 ミリアリアはPCに向かう手を休め、バッグの中からケースごとカメラを取りだした。
「どうするんだ? それ」
 まだ出歩けない弟へ届けるんだという食事のトレイを抱えたまま、カガリがきょとんと小首をかしげる。
「ちょっと喋ってるとこ撮って、“エターナル” に送ろうかなって」
「……そっか。昼に通信が繋がってたとき、あいつ痛み止めの副作用で寝ちゃってたもんな……ただでさえ時差あるのに」
「うん。だいじょうぶって聞いただけじゃ心配だろうから――ラクスも、あんまり自由な時間って無いみたいだしね」

 そうして向かった医務室では、キラが無理に身を起こそうとしていて、

「怪我人なんだから、おとなしく横になってろって!」
「だけどザフトの偵察機が、どの海域を探っているかも判らないのに」
 左腕と背中を姉に支えられ、片膝をたててベッドに座った体勢でようやく息をつくも、表情を翳らせ肩を落とす。
「 “フリーダム” が……あれを墜とされちゃったら、僕は」
「なに言ってんだ、キラ! 今はそんなこと、いいから」
「―― “インパルス” にやられたって?」
 励まそうとするカガリを遮り、それまで黙々と食事していたロアノークが唐突に 「ざまみろ」 と、鼻で嗤った。
「あ……」
 悪意の塊というほど冷ややかではないにせよ、語調は辛辣なもので。
 けれど内容はともかく――彼が、こんなふうに話に加わってきたのは、アークエンジェルに収容されてから初めてと言ってもいいくらいで。
 ミリアリアたちは、おどおどと青年の横顔をうかがう。
「まっすぐで勝気そうな小僧だぜ、“インパルス” のパイロットは……どんどん腕を上げてる」
「会ったことあるんですか?」
「ああ、一度な」
 あっさり頷いたロアノークは、拘束生活のうっぷんを晴らすように、
「しかし、この艦は何をやってんだ? この間は俺たちと戦ったくせに、今度はザフトが」
 プラスチックトレイに盛りつけられた各種おかずに、ぐさぐさとフォークを突き刺している。そこへシュンッと自動ドアが開き、
「――敵かよ」
 入室してきたマリューを見とめ、くちごもって目を逸らした。
 もの柔らかに 「そうね……」 と微苦笑を浮かべ、こちらのベッドサイドへ歩み寄り腰を下ろした艦長は、
「起き上がって、だいじょうぶなの? キラ君」
「あっ、はい。もう」
「そう、良かったわ。アークエンジェルも、だいぶ酷い状態だけど――見つからないように上手くルートを選べば、なんとかオーブまで辿り着けるでしょう」
 ゆったりした物腰で、穏やかに話しかけてくるのだが。
 こうして彼女らが同じ空間にいるところを眺めてしまえば、やはり “艦長と少佐” にしか思えない。
「…………」
 どうしようかってどうしようもないじゃないの、いきなり出てくなんて感じ悪いし、って僕だけ置いて行かないでよ!? という無言の気まずさがトライアングルで漂い始め。
「あ、ほら! 食べろって、おまえも」
「むぐ?」
 カガリとキラは手っ取り早く、栄養補給作業に逃げた。
 出遅れたミリアリアはごそごそと、べつだん変える必要もないカメラの倍率を弄ったりなどしてみる。
「オーブの艦なのか? やっぱり、こいつは――」
 ぽつり呟いたロアノークの視線に、マリューは曖昧に頬笑んで応じる。
「んー……、どうなのかしらね」
「じゃあ、そこでどうするんだ? 俺は」

 元々は、少佐であると確かめるために捕縛したのだった。
 それから “ターミナル” の要求に従い、エクステンデッド研究施設の在り処を聞き出すことになったけれど。
 正式にはオーブ軍籍とも呼べない自分たちが、なぜ “ファントムペイン” の大佐を捕虜にしたのかと問われれば……それは人為的に消されてしまった記憶を、取り戻してほしいから。
 けれど過去ばかり追っては、今の彼と向き合うことにはならないんだろう。

 答えられず黙り込んだ面々を見渡したロアノークは眉をしかめ、重ねて問う。
「ムウ・ラ・フラガってのは――あんたの何なんだ?」
 よりにもよって、そんな直球をー!?
 全速力で逃げだしたい衝動に駆られつつ、ひいっと身を竦ませたミリアリアたちの傍らで。
「戦友よ、かけがえのない」
 寂しげに瞳を伏せた、マリューは半ば己に言い聞かせるように答えた。
「でも……もう、いないわ」

×××××


 そうして空になった弟のトレイを下げ。
 人影まばらな食堂のテーブルで、切り分けたハンバーグを欠片も残さず食べ終えてしまうまで、ずっと上の空だったカガリが。
「どうしたの? キラなら薬飲んでたし、もう寝ちゃってるんじゃない?」
「いや、ちょっとフラガ――じゃなくて。ロアノーク大佐に、用があって」
 ためらいがちに立ち止まり、そおっと覗き込んだ医務室にはすでにマリューの姿もなく、かすかにTV音声が響くだけ。
 左のベッドに横たわる少年は、静かに目を閉じていて。
 右のベッドに寝そべった青年は相変わらず、壁のTVばかりを観ていた。
「……あの」
 キラの寝顔に一瞬、視線を留め。それからロアノークに近づいていったカガリは、相手の無反応に困った様子で、つまんだTシャツの袖をくいくいと引っぱる。
「…………なに」
 傷痕残る目元をしかめた青年は、不愉快そうに溜息をこぼした。
「聞きたいことがあるんだけど。シンに会ったって、どこで――モビルスーツのモニター越しとかじゃなくて?」
「シン?」
「“インパルス” のパイロットだ。名前は、知らないのか?」
 問いかけた側に問われた側そろって首をひねり、訝しげにお互いを窺う。
「ああ……確かに、そう呼んでいたな」
 記憶を辿るように遠い眼をしていたロアノークは、ややあって、いまいち脈絡の掴めない相槌を打つと、
「なに、これがさっきの答え? 捕虜は絞りカスになるまで尋問され続けるってワケですか、結婚式場からとんずらして船旅中のアスハ代表?」
 呆れ混じりにカガリを一瞥、冷め切った態度で突き放す。
「“フリーダム” を叩き潰したザフト兵の弱点、なんてモノ、俺は知りませんがね」
「そんなことを言ってるんじゃない!」
 堪らず怒鳴り返した彼女だったが――言葉の続きをグッと飲み込むと、まず隣のベッドで眠っているキラ、さらに同席したミリアリアへ視線を移して。十数秒のち、
「そうじゃなくて、ただ……私には、どうしたって分からないから。せっかく話せそうな相手がいて時間もあるんだから、訊いてみようと思っただけで」
 再びロアノークを見据えたカガリの声は、どうにか落ち着きを取り戻しており。
「ベルリンに住んでる報道関係者が、教えてくれたんだ」
 なにを、と物問いたげな顔つきになった青年へ、人伝に聞いたことを告げる。
「“デストロイ” が大破したあと。コックピットにいた女の子を……シンが、軍本部の許可無しにどこかへ連れて行ったらしくて、現場に居合わせた人たちが不審がってる」
 ロアノークの双眸が動揺に瞠られるさまを目の当たりに、ミリアリアは困惑していた。
「……抱きかかえて、泣いてたって」
 一方、順序立てて話すことに手一杯といったふうのカガリは、勢いのままに訊ねる。
「接点もなにも思いつかなくて、どうしてなのかずっと考えてたけど。あなたが会ったことあるなら――もしかしたら、その子もシンと顔見知りだったのかなって」
「知らん」
 短く言い捨てたロアノークは、こちらに背を向けTVニュースに戻ってしまった。

 それきり会話は途切れ。
 しゅんと萎れたカガリをうながして、ミリアリアが自動ドアへと踵を返しかけたとき、

「なんでそこまでするのか……こっちが、訊きたいくらいだよ」
 抑揚の無い口調で、青年は独りごちた。
「 “ミネルバ” を追う途中に。アクシデントでMIAになった部下を、最適化サイクルのリミットも迫って諦めかけてたとき―― “インパルス” の小僧に名指しで呼び出された」
 はっと息を呑んだ、カガリが振り返る。
「……死なせたくないから返すんだ、と言っていた」
 けれどロアノークは、ここではない時間、どこか遠い国の情景を映すモニターを仰いでいるだけだ。
「あの子が好きなものを知っていた――俺が知っているのは、それだけだ」
 議長の声明によって瓦解した組織の、変化の一端。
「なにかタイミングが……もう少し、違ってれば。こんな胡散臭い二枚舌の大人を頼るまでもなかったんだろうにな」
 ブラウン管の向こうでは、連合のラボから保護されて間も無い――まだ3.4歳と思しき子供たちが、陽の当たる窓辺で戯れている。



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実はネオも、シンとステラの関わりについては、ろくすっぽ把握して無かったんだな……とTV本編を観直して思う。まだアスランの方が詳しげです。とりあえず艦内に缶詰だったろうAAクルー、疑問解決の糸口は身近に転がってんだから対話しろや頼むから! という鬱憤をミリカガに託す。