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■ DESTINY 〔1〕


【任務完了、これより帰還する】

 地球へ降りていた “シュバルツ” 部隊から連絡を受けた後。
 ユーリとハーネンフースは仕事に戻り、カナーバも浮かぬ表情で 「用事がある」と出掛けていった。
(院長が数週間留守にしたくらいで、業務を滞らせるような連中ではないが)
 予想される長丁場に備え、いったんフェブラリウスへ戻るべきかと考えながら、客室へ引き返していた途中。
「……タッド」
 追ってきたエザリアが、横に並んだ。
「デスティニープランとは結局、なにを目的にしている?」
 語気の荒さからして、かなりご機嫌ナナメであるようだ。
「与えられた役割を果たさず、従わぬ者が排除・矯正される世界だと――我々に語った構想。あれは、嘘か?」
 タッドは 「まさか」 と肩を竦め、マイペースに歩き続ける。
「なんの必要があって数少ない同志の君らをだまくらかすと言うんだね失敬な」
「ならば何故、シン・アスカの行動が不問にされた」

 艦長タリア・グラディスより、評議会へ送られた報告書は、経緯そのものを塗り替える形で揉み消された。
 敵兵、しかもエクステンデッドを。
 独断でミネルバへ運び、怪我の治療をと一歩も譲らず。軍医の手に余ると判れば、クルーを殴り倒し、捕虜を連れ出すため “インパルス” を無許可発進。接触した連合の司令官に、ステラ・ルーシェを引き渡してしまったという。
 ショッキングな事件の真相を知り得た人々は、当然、守秘義務を課される立場にあったはずだが……どんな時代も 『噂なんだけどね』 『ここだけの話』 と、出所をぼかした囁きに蓋は出来ないもので。
 ザフト軍部に潜むクライン派が入手した、報告書のコピーもまた “ターミナル” を経由。プラント現政府にこれというコネクションを持たぬ、タッドたちの元へ渡って来ていた。つくづく情報化社会とは油断ならない代物である。

「マイナス要素を差し引いてもなお、その能力が充分に認められるからだよ」

 いくらなんでもムチャクチャな措置だと、至極まともな反応を示した旧評議会メンバーと異なり。
「エースパイロットとして、彼の活躍は見事の一言に尽きる。華々しく “赤” に返り咲いた、アスランの存在が霞むほどに」
 タッドは、べつだん驚きもしなかった。
 かつて馬鹿息子の所業が、降格処分だけで済まされた経緯を思えば、またか、という程度である。
 当時は、ただ 『デュランダルの価値基準は、政治家に転じても相変わらずのようだ』 としか思わず。
 ディアッカが釈放されたことに安堵して、その場で深くを突き詰めて考えなかった過去は、父親としての甘さに起因する落ち度だったろう。
「なるほど、捕虜に関わる一連の行為は、まごうことなき軍規違反だ――が、そもそもシン・アスカがいなければ、とっくの昔にオーブ沖で沈んでいた艦だ。ミネルバは」
「だからといって、そんな身勝手を許すのか!?」
 ヒステリーを爆発させるくらいなら小出しにされた方がマシだが、なんだって私相手に怒鳴るんだ。
「なにも、無罪放免という訳じゃないさ……ただ、実績に見合った優遇措置を取っただけのこと。プラン導入下においては贔屓ですらない、当然の実務処理だ」
 工廠の職員に聞き咎められては困るなと、エザリアを誘い、ひとまず庭へ場所を移す。
「衰弱死せずに回復したなら、ステラ・ルーシェは再び前線配備されるだろう。それが、すべて彼の罪かね?」
 死にそうだった、死なせたくなかったからという単純な理由で。
 少女を帰した、少年は。
「一人が戻らなければ、穴埋めに、他のエクステンデッドが戦場へ送られる。頭数が足りなくなれば、また各地のラボが徹夜で “製造” に励むだろう。スヴェルドの研究所はターミナルによって停止したが、大元の活動を挫かない限りイタチごっこだ」
 口を挟まず聞いていたエザリアが、不満げに美貌を歪め。
「独善的な行為が、プラントを害するものを野放しにしたという解釈を、否定する気は無いよ」
 タッドは一応のフォローを入れた。
「しかし見方を変えれば、強化済の少女が返されたことで、何十人の子供が新たな被験体になる日を先送りされたか分からない」
 大西洋連邦が、地球全土の国家へ圧力をかけている限り。
 支配下に置かれた一般市民が、コーディネイターと戦う為の物資を搾り取られる。
「開戦の引き金はユニウスセブン落とし。実行犯はコーディネイター……だが、そもそも原因を作った側はどちらだったね? パトリックの妻も住んでいた、農業プラントに核を撃ち込み滅ぼした。遺伝子操作された人間を生み出したものは?」
 幼子を、殺人兵器に造り替えてまで。
 対コーディネイターのみならず、地球全土へ戦火を広げている輩は。
「プラントを守り、さらに反連合を掲げる人々の為に、先陣切って戦っているシン・アスカの功績と。ある意味、被害者とも呼べる少女を “元いた場所へ戻した” 行為――天秤で量れば、前者が重要というわけだ」
 逆を言えば、見逃してやる代わり、今後もミネルバを英雄たらしめる戦士であり続けろと。
「まあ、そういうことだよ」
 エザリアは、ますます理解不能という顔つきになった。
「……秩序を乱す人間を、例外なく抹消するシステムではなかったか?」
「どうも、細部に誤解があるようだな」
 タッドは、苦笑しつつ答える。
「なにもデスティニープランは、個人の意志をことごとく否定する恐怖政治ではないんだよ、エザリア。向上心や自発性は、特に、活気ある社会の源となる大切な要素だからな」

 なにから説明し直したものかと考え、どのみち長引きそうだと省略を断念した。

「人間には、それぞれ生まれ持った能力があるだろう」
 立ち話もなんだな、と思ったところ庭の隅にベンチを見つけ、落ち葉を払いつつ 「座ろう」 と促す。
「アイリーンは外交、私は医学、ユーリは機械工学で、シーゲルは天文学に詳しかったな。君は――造船工学が専門だったかね」
 まあな、と肯いた彼女は、ベンチの左隅に腰掛けた。
「コーディネイターである我々は、比較的、得意分野がはっきりしている。そう調整されて生まれたのだから、当たり前だが……人間とは、元より生産性の低い動物だ」
 他種族と共存する、糧を生み出すという点では植物の足元にも及ばない――といって、他の動物の餌になることは滅多に無い。知恵を得たがゆえ生態系の頂点に立ち、災害や病魔、飢餓をしのぎ、ひたすらにその数を増やしてきた。生来の “器” を越えて。
「このまま資源を食らい尽くせば、やがて自らの首を絞めると察していながら、なお豊かな生活を捨てられない」
 右側に腰を下ろしていた、タッドは。
 いっそ清々しいほど空けられた距離に、なんだかなあと造り物の晴天を仰ぐ。
「挙句、コーディネイターとナチュラルに分かれて憎み、殺し合う。あわや人類絶滅という段階に行き詰って、また同じことを繰り返している進歩の無さだ。核兵器の脅威をニュートロンジャマーで排除した結果、深刻なエネルギー不足を招き。凍死者が増え、餓死者も後を絶たず」
 寒冷地で暮らす人々は、太陽エネルギーを代替えにすることも叶わず、すでに枯渇した化石燃料に頼らざるを得ない。
 プラントはプラントで、出生率の低下に悩みながら、軍備強化のため若者を戦地へ送らなければならない。
「誰が手を下さずとも、世界は滅びるんじゃないかという有り様だな?」
「……戦火に油をそそぐ、ナチュラルどもの所為でな」
 エザリアは、つんと横顔を背けた。
「そういった矛盾、すべての歪みをデスティニープランは是正する」
 やはり美人だなあと観賞しつつ、タッドは指折り数え上げる。
「遺伝子解析結果をもとに、政府が、適した道をいくつか提示――学校教育を受ける傍ら、職業研修を重ね。そうして相応しい仕事に就き、相性の良い異性と添い遂げ、無駄を削ぎ落とした一生を送る」
 母なる地球の寿命を、縮めぬように。
 ひいては人間社会の未来を切り開くため。
「各業種における労働人口の配分は調節しなければならないから、職業選択の自由には制限がかかるが……プロフェッショナルとして地位や富を追い求めるも、ノルマぶんだけ働いてほどほどの生活水準を維持するも良し。務めを果たした余暇に、畑違いの趣味を持とうが副業を営もうが、それは個々の自由だ」
 経済社会の発展を、子の世代に依存せず。己の一生を、まずは自分で養える体制を整える。
「もはや科学技術を駆使したところで、需要に供給が追いつかぬ域にまで増え過ぎた人間は、緩やかに減るべき段階にあり――プランに従えば生涯を約束されるのだから、産めよ殖やせよと出産・子育てを強いられずに済む」
 婚姻統制は俗にいう 『見合い』 の形で継続するが。
 自由恋愛を否定、産めぬ苦渋を切り捨て、独身者を嘲る世間の圧力からも解放される。
「人口が自然減少している間に、少子化の問題についてはシーゲルの思想を継ぎ、ナチュラルとの融和策を掲げる」
 デュランダルが政界の一部で “クライン派” と見なされていたのは、この持論が共通していた為だろう。
「戦争に怯える必要が無ければ、核エネルギーを禁じる理由も弱まる。高めた生産性の余剰を以って、難病や障害に苦しむ人々のセーフティネットを敷き、勤勉な労働者に一定の生活保障を与える。秀でた能力の持ち主は、働きに比例した厚遇を得られる」
 凝り固まった反発からやや変化した、エザリアの表情に、ひそかな満足を覚えつつ。
「ちなみに更生の見込み無しと判断された罪人には、相応の矯正カリキュラムが待ち受けている――これまた当然の処分だ。はた迷惑な他人を養う為に、税金を使われたがる者はいないだろう?」

 タッドは、話を本題に戻す。

「デスティニープランは、弱者を虐げての暴利を許さん。必然的に、今の地球連合軍、大西洋連邦、ロゴスは排除すべき “悪” だ」
 掲げた理想を叶えるため、声高に正義を叫びながら。
 ささやかな暮らしを営む人々、彼らの生命を踏み躙るもの。顧みぬもの。
 ベクトルは違えど同じ理屈で、元祖歌姫やアークエンジェルも “人類の敵” であり、デュランダルが目指す世界と相容れない。
「混乱の火種となり掻き乱す存在を、打ち砕く為の “矛と盾” を、プランは肯定する」
 争いが無くならぬから、力が必要なのだと。
 撃たれた核を逆手に取り、敵軍を壊滅に追いやったニュートロンスタンピーダーなどは、その典型例だ。
「シン・アスカは、稀に見る一騎当千の兵士だ。多少のイレギュラーやトラブルに目を瞑っても痛くはなかろう」
 “インパルス” のパイロットに、彼を指名したというデュランダルは、おそらく。
 冷徹な判断を求められる軍人としては致命的と言える、少年の気性さえ承知のうえで目を掛けているんだろうから。




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ディアイザの親コンビ。それぞれ、奥さんと旦那さんがどーいう人物かは不明ですが、なんとなく父子家庭・母子家庭っぽいイメージあり。それも死別じゃなく離婚の方で。