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■ DESTINY 〔2〕


「……彼は、チェスが得意でね」
「は?」
「現議長殿が、さ。メンデルに滞在していた頃、私も何度かゲームに興じたが」
 結果は、全敗。
「これが手強いのなんの。数手先どころか、常に100パターンをゆうに越える展開を想定しているんじゃないか? という隙の無さで、臨機応変に次の手を打ってくる」
 追い詰めたと油断したところで、ことごとくひっくり返されたものだ。
「今回の件も、同様に――ステラ・ルーシェを本国へ移送しろという命令が、遂行されようと失敗に終わろうと、プラスマイナスの要素が部分的に入れ替わるだけで、さしたる支障は無いということだ」
 一過性の乱れに目くじらを立てては、キリがない。
 後の働きにより補填できる損害ならば、デスティニープランはその罪を許容する。

「ユニウスセブンや、アスハ邸の襲撃計画を、デュランダルは知りながら黙認したんだろう……という話はしたかな?」
「私は聞いていないぞ。なんのことだ」
 エザリアが、紅い唇を尖らせ。
 ああ、そうか。ユーリに訊かれたんだったかなと、曖昧だった認識をひとつ整理。
「彼は世界中の、ありとあらゆる出来事を把握しようと務めているだろう。情報収集に余念無く。アーモリーワン襲撃を事前に掴んでいたかもしれない。ディアッカたちが運んできた “デストロイ” の開発データさえ、とうの昔に目にしているかもしれない――が、プラント政府やザフトの正規ルートより “議長の指示” を求められない限り、もしくは事態がレッドゾーンに突入するまで、しゃしゃり出て止めようとはしないはずだ。実験の意味がなくなるからね」
「実験だと?」
「……いや、彼は手を出さないのだから、観察といった方が正しいか」
 表現を訂正して、
「数年前だが、デュランダルに、プランのシミュレーションを見せてもらったことがある」
 タッドは当時の、おぼろげな記憶を掘り起こした。
「不遇の人々が埋もれさせている才能、逆に、その資格を持たぬ連中が貪っている贅。現代社会の狭間に蔓延した “不公平” を正せば――地球を含む総人口の半数をまかない、自然との共存関係を保ちつつ、誰もが平穏と幸福を享受できる計算になった」
「残り半数はどうなるんだ」
「問題は、そこだよ」
 当然の問いを発したエザリアに、苦い気分で応じる。
「それでは人類救済策たりえない。結局は夢物語だと、私は言った……すると、彼は切り返した」


『――では、教授』
『ヒトが未来にも過ちを積み重ね、滅亡の一途を辿るなら?』

 柔らかくも理知的に、けれど頑なに、黄金の双眸を細め。

『今ではない、いつか? ここではない何処か、きっとそこにある素晴らしいもの、と――永遠に血の道を彷徨うだけの存在だとしたら』
『やはり誰かが、すべてを変えなければならないということですね』

 そうして青年は去った。
 今思えば、医学界を見限ったあの日から…… “実証し得る舞台” へ上り始めていたんだろう。だから、

「なんなら賭けても良いぞ? デュランダルが裏で糸を引いている、などという証拠は存在しない」
 地道な調査を続けている “ターミナル” の活動に、水を差すようで悪いが。
「99%の確率で、彼は、人々の動向を見定めているだけ。議長として関わった相手を誘導することはあっても、あくまで役職の権限内に留めているはずだ」
「ふざけるな、知っていたなら止めるべきだろう!? クラインの娘はともかく、地球にはザフトの駐留部隊がいるんだぞ!」
「止めるべき……?」
 ああ、やはりそこへ帰結するのか。
「ユニウスセブンの異常が露呈すれば、速やかに破砕を指示――被災した地球各国へ支援物資を送り。再びの核攻撃を警戒して、開発済だったニュートロンスタンピーダーにより、本国の壊滅を防いだ。開戦後は、連合軍の支配から逃れるべく奮起したナチュラルたちの支援に采配を振るっている」
 デュランダルの辣腕ぶりを羅列した、
「……彼は充分すぎるほど、責務を果たしていると思うが?」
 タッドは冷ややかに微笑。ぐっと詰まったエザリアに、遠慮抜きでたたみかけた。
「この上まだ “血のバレンタイン” の遺族による復讐を止め、オーブへ逃れた元歌姫の、命を狙う輩を取り押さえるべき? それは、なんの義務だ。動機を抱かせた本人たちが、尾を引かぬよう筋を通しておくべきではなかったかね? ただでさえ多忙な議長が、なぜ他人の尻拭いまで引き受けなければならない。プラントの最高責任者だから当然だと?」
 反論を封じられた屈辱に、頬を紅潮させるエザリアを見やり、
「まあ、そうだな。尤もな意見だ」
 癇癪を起こされては嫌だなあと、申し訳のように、彼女の言い分を肯定してみる。

「が、論点がそこに帰結した時点で――デュランダルの勝ちだ」

 昔の知人に過ぎない、自分の杞憂であれば良かった。
「ザフトが未然に防げず、地球連合は手段を選ばず、オーブは自国の指揮系統さえ危ぶまれる有り様で、誰一人として流れを変えられる者はいなかった」
 けれどメディアに姿を現す “議長” は、かつての印象を色濃く残し。
「ニュートロンスタンピーダーが軍に導入されていなければ、プラントは今頃、宇宙の塵と化していただろう。あのタイミングで “歌姫” が市民感情を鎮めなければ、積極的自衛権の行使程度では済まされない。殺られる前に滅ぼしてしまえと、ヤキン・ドゥーエの悪夢再び、だ」
 無条件に信じる懐の広さを、タッドは持ち合わせていない。
「つまり、彼が導かなければ、とっくに滅亡していた世界ということだな?」
「……貴様と話していると、頭がおかしくなりそうだ」
 疲れ切った口調で吐き捨て、銀髪美女はベンチに凭れかかった。
「ははっ、君は素直で良いなあ。エザリア」
「うるさい」
 碧眼でキッと睨みつける彼女の、むくれた様子に笑みを零すタッド。
「デュランダルは私などより、よほど頭が切れるぞ。言動はまさしく紳士、真面目で人望ある好青年だ。話をする機会があったなら、煙に巻かれないよう気をつけたまえ」

 だからこそ、ディアッカたち “ザフト” には。
 抑止や戦略を通り越し、殺戮を目的にした各軍の大量破壊兵器を、事前に見つけ潰してもらわねばならず。

 自分は、行使される権力に便乗してでも、地球連合軍の戦力を削ぐと同時にプラン導入を阻止しなければならない。

×××××


 プラントの元評議会議員が、息子たちの帰りを待ち侘びていた頃――オーブのモルゲンレーテ社は、来客を迎えていた。

「……事前にアポをいただいていたのに、本当に取引先の営業かと思いましたわ」
「あはは、よく似たようなことを言われます」
 頭を掻く中年を一瞥して、初老の男が肩を竦めた。
「周りに違和感を与えず、場に紛れ込むことに関しては天才的でしてな。こいつは」
 エリカ・シモンズ主任に案内されて通路を進む、それぞれ作業着とスーツ姿の男性は、ミリアリア・ハウから依頼を受けたジャーナリスト二人組である。

「バスカーク君。お客様にお茶、お願いね」
「あ、はい」
 パソコンに向かっていた少年が手を止め、頷いて給湯室へと歩いていく。
「ずいぶん若い子ですね。新入社員ですか?」
「ええ。早く情勢が落ち着いて、あの子たちが研究に集中できるようになれば良いのですけれど」
 そんな雑談をしながら、テーブルに向かい合わせ。
 コーヒーを運んできた少年が一礼し、退室して行ったところで――エリカが語り始めた。

「結論から申し上げましょう――確かに前大戦時 “ストライク” のコックピット部には、試作段階の対ビーム防御・反射システムを用いていました」
 手元の資料を、パラパラとめくりながら、
「カガリ様の専用機として造り替えるつもりでいましたから……本来の持ち主がお戻りになった為、お返ししましたけれど」
 当時を回想するように目を細める。
「情勢を鑑みれば、オーブが中立を貫き続けられる可能性は低かった。他国から侵略を受けた場合は出撃できるよう、日々訓練を受け、本人もそのつもりでいる――とはいえ万が一、“獅子の娘” が戦死するような事態になれば、軍の士気はガタ落ちです」
 たとえ搭乗機が壊れても、カガリ・ユラ・アスハが無事でいられる技術が求められた。
「その後パワーエクステンダーが完成し、フェイズシフト装甲の持続時間を飛躍的に延ばせたことで、まだ不完全なシステムを使うよりはと、“ルージュ” にはそちらを採用したんです」
「……それで “ストライク” が、ローエングリンの直撃を受けたとして、パイロットの生存確率はどれくらいなんですか?」
「機体が万全の状態で、28%です」
 なめらかに答えた女性技術者が、図やグラフ付きの資料を広げ、詳しい説明を始める傍らで――男たちは、どちらからともなく顔を見合わせ、呟いた。

「28%ねぇ……なんとも言えん数字だな」



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議長曰くの 『人類の存亡をかけた、最後の防衛策』 デスティニープランについて仮定してみる――TV本編が、概要をぼかしたままムリヤリ武力終結させてしまったんで、捏造するより他に無いとはこれいかに?