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■ メビウス・ゼロ


 午後一時。シフトの交代時間に合わせ、ブリッジへ向かう途中。
 サンドイッチを届けに寄った、カガリの私室では――うら若きオーブ元首が、今日も朝からターミナル関係者の手で徹底的にしごかれていた。
 シルビアの演説指導を始め、たまたま “中継点” に立ち寄ったジャーナリストが入れ代わり立ち代わり、討論を吹っかけ冷やかし観客に徹しながらヤジを飛ばしたりと。
 これで、もう連続五日。
 結婚式以前から蓄積した心労の所為だろう、ずっと不眠・拒食がちだった彼女に。途中休憩を挟むとはいえ……一日あたり十時間にも及ぶ過密カリキュラムは、正直、酷に思えて。
 そのうち倒れてしまうんじゃないかと思ったが、しかし杞憂に過ぎなかったようだ。

 レッスン開始以降、カガリの食欲はみるみる回復。
 汗だくに動かした身体を湯船でなだめ、夜も早くに熟睡。きっちり夜明けとともに起き出して、テキスト片手に予習復習を重ねつつ――午前九時・モニターに姿を現す “講師” を、挑むような眼で待ちかまえている。
『頭ばっか使うのは、良くないからな。医学的にも』
 昔どっかのコーディネイターが口にしていた台詞、あながち出任せではなかったらしい。
 なんにせよ、元気になってくれるのは良いことだ。

 訓練に励むカガリを、壁際で見守って (たまに男泣きして) いるオーブ軍人たち。
 未熟さをさらけ出した “代表首長” に対する、彼らの敬愛が揺らがず……むしろ深まっている様子も嬉しいことだ。
「キレイな飾り物のお人形を、愛でて悦に浸りたいだけの人間じゃ、頼れないでしょ?」
 初日の夜、二人で通信していたとき。
 シルビアは、茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせた。
「なんでもかんでも完璧にお膳立てして、楽にイイ思いをさせてくれる、そんな指導者の腰巾着になりたい輩にも、用は無いでしょう」
 どうやら彼女は、ひそかにアマギたちの反応まで観察していたらしい。
「カガリ・ユラ・アスハが、谷底に突き落とされた “獅子の娘” なら――今は、断崖絶壁をよじ登ってる真っ最中かしら?」
「……そうですね」
 語られた情景を思い浮かべた、ミリアリアは、言い得て妙だなと納得する。
「鍛え甲斐あるわ、あの子。未加工の原石って感じで。頑固者のおじーちゃんが、望みをかけたがるわけだ」
 評したシルビアは、就寝の挨拶に乗せて言った。
「アークエンジェルに乗り込んだ、あなたの判断。吉に転がればいいわね」


 差し入れを済ませ――オペレーター席に戻って、ほどなく通信機が音を立てた。
「艦長! エターナルからです」
 表示された識別コードに、クルーを振り仰ぎながら。回線を繋げた正面モニターに、
〔おお? 予定としては聞かされていたが、君もそっちに復帰したか〕
「お久しぶりです、バルトフェルド隊長。ダコスタさんも」
 旧知の相手。
 青いコートに身を包んだ “砂漠の虎”、並びに補佐役だった赤毛の青年が顔を出す。
「ザフトの追撃は、無事に振り切れたんですね。もう、プラントへ?」
 ホッとした表情で尋ねるマリューに、バルトフェルドは 〔いやいや、ここはデブリベルト〕 と片手を振った。
〔まだ、エターナルに合流した矢先だ。事前連絡しといたのに、ウチの副官ときたら、補給ルートの確保までしか終わらせてなくてなぁ……しかもコーヒー豆を申し訳程度しか用意してないという、やっつけ仕事〕
 困ったもんだと、おおげさに天を仰いでみせる。
〔なに言ってんですか!? “偽者” の存在に牽制された、クライン派がろくに身動き取れない状況で、人員物資をかき集めるのにどれだけ苦労したと――〕
〔ジョーダンだよ、冗談。落ち着きたまえ〕
 肩を怒らせ詰め寄るダコスタに、飄々と応じるバルトフェルド。
〔キミの有能さは、ボクが一番よく解っているさ。物事をあまり真面目に捉え過ぎると、いつかハゲてしまうぞ?〕
〔そうなったら誰の所為ですか!? しらじらしく褒めてもらったって嬉しかありませんッ!〕
 画面を埋め尽くす近さでじゃれあう男二人の、大人げなくも愉快なやり取りに、ぷぷっと笑いを堪えるブリッジクルー。
〔とにかくそんな訳だから、プラント本国へは容易に入れん。ラクス暗殺未遂についての調査法も、話し合いはこれからってところだ〕
 今後の方針が決まっていないという割りに悲観した様子も無く、隻眼の男は不敵に笑った。
「……あの、バルトフェルドさん?」
 不審げに話しかけた、キラの心配事を見透かしたように。
〔ちなみに歌姫は、こっちの乗組員に歓待されちまってなあ。なにしろ二年ぶりだ。お目通り叶って舞い上がる気持ちは分からんでもないし、長くなりそうだったから残して来たんだが――もうそろそろ〕
 顎をしゃくったタイミングに被せるように、しゅんと開いたドアを潜り、薄桃色の人影が飛び込んで来る。
 さっと左右に場を譲ったバルトフェルドとダコスタの間から、モニターを覗き込んだ少女は弾んだ声を上げ。
〔キラ!〕
「……ラクス」
 互いの名を呼び、安心したように肩の力を抜いた。
 彼女は何故かまた、前大戦時にも着用していた 『陣羽織』 と似通った、不可思議な格好をしている。
 それは歌姫だからといって、ひらひらのドレス姿で戦艦を歩き回る訳にもいくまいが――代わりに、異国情緒ただよう民族衣装を好むのは、どうしてなんだろう?
(まあ、可愛いけど)
 昔着ていた、連合の軍服にも匹敵するミニスカートに、ひっそり度肝を抜かれているミリアリアに視線を留め。
 お久しぶりです、と微笑んで。
〔おかげ様で、無事エターナルに着きました。そちらは、お変わりありませんでしたか?〕
 順にクルーを見渡し、ラクスは訊ねた。
 それはおそらく 『最近どう?』 といった挨拶言葉と同義の問いだったろうが、アークエンジェルの面々は一様に口ごもる。
「それが、その……」
 キラが語尾を濁し。うつむくマリューを見て、意を決したようにノイマンが口を開いた。
 ラクスたちの出立後、目まぐるしく続いた出来事をかくかくしかじかと。話はやがてフラガ生存の行に移り、

〔んなっ、なんだってェー!?〕

 歌姫が小さく呑んだ息も、ダコスタが驚きに後ずさった物音も、まとめてバルトフェルドの大声に掻き消された。

×××××


 カガリのオーブ帰還と異なり。
 フラガに関する事柄は、マリューを始めとする古株クルーの個人的感傷だ。

 指導者と慕う少女が気にかけているからこそ、アマギたちも、あからさまな不満を表に出したりはしないが――地球連合の指揮官なんぞに拘っている場合じゃないだろう、という僅かな棘は感じ取れる。
 フラガと面識を持たぬ彼らにとって、ネオ・ロアノークは、ユウナ・ロマをおだて脅してオーブ艦隊を矢面に立たせた、胡散臭い仮面の男に過ぎないのだ。
 当然、同一人物かどうか調べたいから手伝ってください、とは頼めず。
 確証も無いのに接触を試みたい、などと告げれば猛反発は必至。
 一介のオペレーター・ミリアリアにさえ 『カガリ様の、御戦友』 だからと敬意を払っている軍人たちも。いたずらに国家元首の身を危険にさらす……しかもオーブに無益な行為となれば、なりふり構わず阻止しようとするに違いない。
〔ローエングリンに吹っ飛ばされて、生きているわけ無いだろう!?〕
 研究所のディスクデータを転送されるまで取り合おうとしなかった、バルトフェルドの反応は、ごく正常なものだったろう。
〔まあ、誰も遺体を確かめた訳じゃない――爆散した機体から生還した、実例は目の前にいますけどね〕
〔宇宙空間でだぞ、同列に扱えるレベルか!〕
 とにかく本人かどうか突き止めなければ、先へ進めない。

「…………」

 その日、夕食後。
 ミリアリアは、休憩室にキラと二人。ダウンロードした 『ファントムペイン』 の戦闘記録を、ぼうっと眺めていた。
 L4.アーモリーワンから、先日のクレタ沖まで。
 巻き戻せど睨めど一時停止してみれど、まったく何も見つからない。砲火飛び交う戦場に、捜索対象が、生身でうろついている筈もなく――
「すごいね、 “インパルス” って……」
 ひたすら艦影とモビルスーツが入り乱れている映像に、目を凝らしても、浮かぶ感想はそれくらいだった。
「……うん」
 まるでフラガと関係ない呟きに、キラがぼんやり相槌を打つ。
「…………」
 インド洋の前線基地、ダーダネルス、クレタと。
 カガリが話していた、オーブで生まれ育った少年の、搭乗機。数では圧倒的に劣る不利な戦況を、幾度も覆す――分離・合体機能を有する、白いモビルスーツの動きを追っていると。
「そういえば、ミリィ?」
 沈みゆく空気を紛らわすように、友人が話題に上らせた、
「例の一点ものネックレス。会ったら突き返すって言ってたけど、ディアッカ――」
「……キラ」
 すでに地雷と化した名を、直球で食らったミリアリアは、絶対零度の声音でにっこり微笑む。
「ラクスが無事に、ダコスタさんたちと合流できて良かったわね」
「う、うん」
 ぎくしゃくと頷いた彼は、それ以上なにも問わず、姿勢を正して映像検証作業に戻った。
『眼が据わってた、怖かった』
 後にキラが姉に訴えた事実は、双子の胸の内に封印されることになる。

(えーえ、キレイさっぱり忘れていましたとも!)

 ファイルから写真を取り出したとき、ほんのちょっと冷静になってさえいれば。
 普段、目に留まらないポケットにしまい込んだりしていたから、とっさに思い出せず機会を逃してしまったのだ。だいたい――いきなり押しかけて来て、好き放題やらかした挙句あっという間に発ち去ってしまった、あいつが悪い。だから私が、うっかりしていた訳じゃない。
 ディアッカに対する感情が、どういう類のものか、ずっとずっと考えていたけれど。今は、ひとつ断言できる。
 ……あの男は天敵だ。

(もういい! 特注品だろうが何十万だろうが、知ったこっちゃないわよッ)

 次に会ったら、銀鎖のアメジスト――厚い面の皮めがけて速攻、投げ返してやる。
 決意したミリアリアは、散々迷った末。
 二年近くバッグに押し込めてきた件のネックレスを、ターミナル通行証の裏にかけておくことにした。
 身に付けるのは癪だったが、再会時に手元に無かったり、また忘れてしまっては本末転倒だし……背に腹は変えられないといったところか。
 私生活に追われていた二年間と異なり、今の自分は戦艦に乗っていて、フラガやラクスの問題もある。
 おそらく遠からず、ディアッカとはまた顔を合わせることになるだろう。

「……あ。あれ、少佐が乗ってた “ゼロ” に似てるね」

 気を散らしている間に、映像は、リプレイも三度目となるアーモリーワン宙域に切り替わっていた。
 漆黒の空間、“インパルス” と連合側のモビルアーマーが、激しく旋回しつつビームを撃ち合っているところへ、白い “ザクファントム” が僚機の援護に駆けつける。
 ザフト機を相手取り、四基の兵装ポッドを縦横無尽に操っている、赤紫の戦闘機は―― “エグザス” という名称だったか。
「そうだね……」
 再び、ぼんやり応じたキラは、そこでガタンと椅子を蹴たてて立ち上がった。
「――ムウさんだ!」
「え?」
 唐突に叫ばれて面食らう、
「ミリィ。ヘリオポリスが崩壊して、最初に寄港した “傘のアルテミス” に、ガルシアって司令官がいたよね?」
「あ、うん……腕ひねられて痛かったことくらいしか、覚えてないけど」
 ミリアリアに向け、彼は急いた語調でまくしたてた。
「確か、あの人が言ってた。ガンバレル付きの “ゼロ” を扱えるパイロットは、ムウさんしかいないって」
「そ、そうだっけ?」
 必死に記憶を辿っても、思い出せたのは――フレイの言動にトールが激怒したこと、ガルシアの暴力から庇ってくれたサイが殴られたこと。あとはキラが連行されて怖かった、とか。
「だけど、あれから二年よ? 連合のモビルアーマーも改良されてるだろうし。今は誰だって操縦できるんじゃ」
 憶測をあげつらい否定しかけて、考え直す。
「でも……」
 ミネルバ所属のモビルスーツ相手に、苦戦するどころか優位に立ち回っている “エグザス” は。
「モビルアーマーで、ザフトのエースと互角以上に戦えるパイロットなんて、そうそう居ない……わよね?」
 おそるおそる問われた、キラは確信を込めて肯いた。



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当サイトのキラきゅん、取ってつけたような “キュピーン能力” は持ち合わせていません。記憶を活用すればいーじゃんよ!(暴) さらに余談。アスラン、はヘブライ語で “夜明け” って意味らしいです。